2014年9月28日 (日)

ネヘミヤのリーダーシップ   ネヘミヤ1:1-6  

 クロス王による帰還が許されてから、エルサレムの神殿が再建されました。さらにはエズラによって神殿礼拝と律法の回復が行われました。しかし、エルサレムの城壁が破壊されたままでした。そのために、敵から簡単に侵略される恐れがありました。また、霊的な意味においても城壁が破壊されたままなので、彼らはしまりのない生活をしていました。ネヘミヤはアハシュエロス王の献酌官、今でいう給仕役でした。なのに、彼はたった52日間で城壁を再建することができました。ネヘミヤは聖書に出てくる人たちの中で、最も顕著なリーダーシップの持ち主です。彼のリーダーシップを支えている4つの要素について学びたいと思います。


1.祈りの人

 ネヘミヤは祈りの人でした。彼が王様に献酌官として仕えているとき、エルサレムの現状を知らされました。1:3「あの州の捕囚からのがれて生き残った残りの者たちは、非常な困難の中にあり、またそしりを受けています。そのうえ、エルサレムの城壁はくずされ、その門は火で焼き払われたままです。」私たちはこれまで、エルサレムに帰還した人たちが、神殿を再建したことを学びました。その時、ゼルバベル、ヨシュア、ゼカリヤ、ハガイたちが活躍しました。神殿は紀元前516年に完成しました。その後、学者エズラが帰還して、律法によって民たちを指導したはずです。しかし、城壁がくずされ、その門が焼き払われていたため、民たちは非常な困難の中にありました。ネヘミヤはその知らせを聞いて、座って泣き、断食して天の神の前に祈りました。ネヘミヤは「その原因は申命記に記されている命令を守らなかったからである」と理解していました。「もし、主に立ち返るなら、主が選んだ場所に彼らを連れて来る」という約束も知っていました。ネヘミヤの祈りのすばらしいところは、「彼らの罪」と言わないで、「私たちが犯した罪」と告白していることです。ネヘミヤは「罪を犯した彼らに、罪を犯していない私を遣わしてください」と祈っていません。イエス様もこの世に来られた時、人と同じようになり、罪人が受ける洗礼を受けられました。そして、十字架につけられた時は、二人の強盗の真ん中でした。まさしく、イザヤ53:12「そむいた人たちとともに数えられた」ということばが成就しました。イエス様は罪人の代表として、十字架にかかられたのです。ネヘミヤも罪を犯した民の一人であると考えていました。

 工事が順調に進んだ頃、周りの人たちからの妨害に会いました。そのとき、ネヘミヤはこのように祈りました。ネヘミヤ4:4「お聞きください、私たちの神。私たちは軽蔑されています。彼らのそしりを彼らの頭に返し、彼らが捕囚の地でかすめ奪われるようにしてください。彼らの咎を赦すことなく、彼らの罪を御前からぬぐい去らないでください。彼らは建て直す者たちを侮辱したからです。」ネヘミヤは持ち場を離れて、敵と戦うために出かけませんでした。彼らの誘いに乗らず、主の前に来て訴えました。私たちはヨシャパテやヒゼキヤの祈りを学びました。彼らは主の宮に逃げ込み、ひざまずいて主に訴えました。ネヘミヤは王様から「総督」という立場を与えられました。だから、「お前たちは私に従え!」と武力行使しても良かったかもしれません。しかし、ネヘミヤはこの世の権威や権力をそのようには用いませんでした。多くの場合、「リーダーシップというときに、権威や権力を行使すべきだ」と言うかもしれません。しかし、それはこの世の方法であり、神様の方法ではありません。その人に権威や権力を与えるのは人々ではなく、神様であることを忘れてはいけません。祈りというのは、権威や権力の源であられる神様により頼むことです。リーダーが神様への祈りを忘れてしまうと、暴君になり、やがては人々からも捨てられてしまうでしょう。政界や経済界でも名をあげたリーダーがたくさんいますが、彼らの寿命が短いのはそのためではないでしょうか?ネヘミヤは自分のことを「しもべ」と呼んで祈っています。ネヘミヤ1:11「ああ、主よ。どうぞ、このしもべの祈りと、あなたの名を喜んで敬うあなたのしもべたちの祈りとに、耳を傾けてください。どうぞ、きょう、このしもべに幸いを見せ、この人の前に、あわれみを受けさせてくださいますように。」ネヘミヤはリーダーである前に、主のしもべとして自分を見ていました。神様がなぜ、一人のリーダーをお立になるのでしょう?それは、その人を通してご自分の目的を果たしたいからです。ですから、リーダーは祈りの人であり、神様の言われる通りに動く人でなければなりません。


2.戦略の人

 ネヘミヤは戦略の人でした。ある辞書には「戦略は特定の目標達成のために、総合的な調整を通じて力と資源を効果的に運用する技術・理論である」と書いてありました。第一にネヘミヤは神さまからビジョンをいただきました。王様から城壁再建の許可証と総督という立場をいただいてからどうしたでしょう。彼はだれにも相談しないで、三日間、エルサレムの城壁を調べました。まず、自分の足で歩き、自分の目で調査しました。普通なら、代表者たちを招集して会議を開き、調査団を派遣するはずでしょう。テレビでも首相が真新しい作業服を着て、現地を調査している姿を見るときがあります。そういう場合は支障のないところを見せられ、肝心なところは隠されているものです。ネヘミヤは人々の先入観や言い訳を受けないために、自分一人で調査しました。そのとき、神様からビジョンをいただいたに違いありません。ビジョンは会議などでみんなが相談して決めるものではなく、孤独のうちに神様から与えられるものです。

 第二にネヘミヤは人々を集め、自分のビジョンを分かち合いました。ネヘミヤ2:17-18「それから、私は彼らに言った。『あなたがたは、私たちの当面している困難を見ている。エルサレムは廃墟となり、その門は火で焼き払われたままである。さあ、エルサレムの城壁を建て直し、もうこれ以上そしりを受けないようにしよう。』そして、私に恵みを下さった私の神の御手のことと、また、王が私に話したことばを、彼らに告げた。そこで彼らは、「さあ、再建に取りかかろう」と言って、この良い仕事に着手した。」ある人たちは、「ペルシャから突然やって来て、お前に何がわかるんだ」と言いたかったでしょう。あるいは、「王様の献酌官に何ができるんだ」と文句をついける人もいたかもしれません。しかし、彼はアルタシャスタ王から、川向うの総督のために宛てた手紙を持っていました。ネヘミヤは総督として城壁再建の材料を譲り受ける権威と権力を持っていました。つまり、ネヘミヤのバックにはアルタシャスタ王がついていたのです。彼が「さあ、再建に取り掛かろう」と言ったとき、人々は従わざるを得ませんでした。チョー・ヨンギ牧師がヨイド教会の建設のため、12月31日を支払日とした約束手形を振り出していました。可能な限りの資金源をあさっても額面を満たすことができませんでした。大晦日の午後、銀行はとても混雑していました。1500万円の小切手を切るように支店長に談判するしかありません。秘書室は順番待ちの人々でぎっしり詰まっていました。先生は大会社の社長のように胸を張り、支店長室に突進しました。秘書が「あの、もし、どちらへ?ご予約はお済でしょうか?」と声をかけました。先生は「私は、最高権威筋からの者です」と返答しました。その秘書は韓国の大統領から派遣された者と勘違いしたようです。そして、大勢の来客を飛ばして、支店長室に通してくれました。支店長は「どんなお仕事をしていらっしゃるのでしょうか?」と聞きました。チョー先生は「支店長、私はきょう、偉大なる計画を携えて参りました。で、あなたのために十分にお役に立ちたいと思います。」「お役に立ちたい?」「物は相談ですが、あなたがほんのちょっぴり、私の役に立ってくれさえすれば、来年度から、新規に1万人分の預金をあなたの銀行にさせてあげようと思っているのですが?」「新規に、一万人分の預金?」支店長はびっくりして金切り声をあげました。副支店長は「とんでもない、この人には担保もなければ、書類の手続きもしていないのですよ」と止めました。先生は「もしそうなら、それで結構。別の銀行に行ってもさしつかえないですよ」と答えました。支店長は「何とも変な気分です。あなたを信用しましょう」と貸してくれたそうです。神からの権威、神からのビジョンによって人々は動くのです。

 第三は人間の性質を利用しました。人間というのは元来、「自分さえ良ければ」という性質があります。もし、「みんなで城壁を修理しましょう」と言っただけなら、何年かかるかわかりません。確かに、「みんな」なのですが、「自分の家の前をまず修理しましょう」と言うとどうなるでしょう?だれでも、自分の家を守りたいです。だから、人々は一番近いところから修理しました。城壁は壁と通用門があります。そして通用門は梁、とびら、かんぬき、横木でできています。またあるところには櫓(やぐら)や武器蔵があります。一番難しいのは、他の人がやったところとうまく接合できるかどうかです。ネヘミヤ4:6「こうして、私たちは城壁を建て直し、城壁はみな、その高さの半分まで継ぎ合わされた。民に働く気があったからである。」勢いというのは恐ろしいもので、半分くらいあっと言う間にできてしまいました。本当の戦略は神様の知恵からやってきます。ヨシュアやダビデがどうして勝利できたのでしょう?それは戦車の数や兵士の数ではありません。神から知恵が与えられたからです。神からの知恵によって戦略が立てられるのです。


3.克服する人

 ネヘミヤは数々の問題や困難を克服していきました。ネヘミヤは第一に敵の妨害を克服しました。ネヘミヤ4:7-8「7 ところが、サヌバラテ、トビヤ、アラブ人、アモン人、アシュドデ人たちは、エルサレムの城壁の修復がはかどり、割れ目もふさがり始めたことを聞いたとき、非常に怒り、彼らはみな共にエルサレムに攻め入り、混乱を起こそうと陰謀を企てた。」ユダヤ人は神殿を建てたときも妨害に会いましたが、今度もまた、周りの人たちから妨害に会いました。同じように、教会も何もしないときは、サタンも寝ています。しかし、神様のために何かやろうとすると、サタンも本気になって邪魔をしてきます。彼らは馬鹿にしたり、脅かしたり、修理している人たちを攻撃してきました。ネヘミヤはどう対処したのでしょうか?ネヘミヤ4:13,17「そこで私は、民をその家族ごとに、城壁のうしろの低い所の、空地に、剣や槍や弓を持たせて配置した。…城壁を築く者たち、荷をかついで運ぶ者たちは、片手で仕事をし、片手に投げ槍を堅く握っていた。」見張り人が角笛を鳴らしたら、すぐ投げ槍で応戦できるように備えました。ネヘミヤは敵によって工事を妨害されましたが、それでも工事をやめませんでした。

 第二は内なる問題を克服しました。人々は自分の仕事をやめて、工事に携わりました。そうしているうち、ある人たちは生活できなくなりました。彼らは食べ物を得るため、借金せざるを得なくなりました。ある人たちは借金が返せなくなり、息子や娘を売らなければならなくなりました。このことをきっかけにして、貧しい人たちの不満が爆発しました。この問題に対して、ネヘミヤはどう対処したでしょうか?彼は十分考えた上で、おもだった者たちや代表者たちに対して「あなたがたはみな、自分の兄弟たちに、担保を取って金を貸している」と言って彼らを非難しました。ネヘミヤ5:8-9「私たちは、異邦人に売られた私たちの兄弟、ユダヤ人を、できるかぎり買い取った。それなのに、あなたがたはまた、自分の兄弟たちを売ろうとしている。私たちが彼らを買わなければならないのだ。…あなたがたのしていることは良くない。あなたがたは、私たちの敵である異邦人のそしりを受けないために、私たちの神を恐れながら歩むべきではないか。」ネヘミヤは自分が貧しい人たちに貸したものを帳消しにしました。人々も、貸していた金や穀物、ぶどう酒、油を帳消しにし、利子を返してあげました。

 第三は敵の誘惑を克服しました。工事がいよいよ完成に向かいました。そのとき、サヌバラテとゲシェムが彼のところに使者を送ってきました。「さあ、村の一角で、一緒に会見しよう」と言いました。さらに、彼らは預言者を買収して、「神の宮の本堂で会いましょう」と誘ってきました。ネヘミヤは何と言ったでしょう?ネヘミヤ6:3「私は大工事をしているから、下って行けない。私が工事をそのままにして、あなたがたのところへ下って行ったため、工事が止まるようなことがあってよいものだろうか。」サタンはいろんな手を使いリーダーを潰しにかかろうとします。「親亀こけたら、みなこけた!」となるからです。しかし、ネヘミヤは自分自身を守りました。自分は何のために召されているのか、自分の使命を忘れませんでした。キリスト教会において、「ある牧師が倒れた」というニュースを聞きます。病気で倒れたのではなく、性的な誘惑に負けたということです。そのため、教会員が躓いて、信仰すら捨ててしまう場合があります。しかし、信仰とは戦争であり、私たちは日々、戦いの中にあるのを忘れてはいけません。戦争ですから、犠牲者が出るのは当然です。信徒もそうですが、牧師とて例外ではありません。信仰生活は悪魔との戦争です。ですから、どんなことがあっても躓かないようにしましょう。

 イエス様は何とおっしゃったでしょうか?ヨハネ16:33「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」聖書で「世」と言うのは、悪魔が支配している世界を指します。救われていなかった時は、サタンの持ち物でしたから、波風は立ちませんでした。ところが、一旦、救われて神様のところに行くとどうなるでしょう?私たちはサタンの敵になります。サタンとの戦いを避けることはできません。勝利できる唯一の方法は、司令官なるキリストに従うことであります。私たちの人生や教会において、問題を避けて通ることはできません。私たちは問題を克服するとき、さらに一歩目標に近づくことができるのです。いかなる時も主を見上げ、屈することなく勝利していきたいと思います。


4.遂行の人

 ネヘミヤは遂行の人でした。城壁は52日間で完成しました。その結果どうなったでしょう?ネヘミヤ6:16「私たちの敵がみな、これを聞いたとき、私たちの回りの諸国民はみな恐れ、大いに面目を失った。この工事が、私たちの神によってなされたことを知ったからである。」ハレルヤ!アーメンです。ネヘミヤは城壁の完成に導いたすばらしい指導者です。しかし、ネヘミヤ記はこれで終わっていません。なんと、ネヘミヤ記はさらに13章まで続きます。ネヘミヤは城壁の再建のために、王様からお暇をいただきました。本職は、王様の献酌官でした。城壁が完成したので、彼はもう用はないはずです。ネヘミヤは一度帰りました。しかし、再び戻って来て、12年間かけてあることを完成させました。何を完成したのでしょうか?それは目に見えない、まことの城壁です。7章には、人口調査を行ったことが記されています。なぜなら、エルサレムの内よりも、外に住む人たちが多かったからです。ですから、クジ引きをして、10人に一人のわりでエルサレムに住むように調整しました。また、8章と9章には、律法の朗読と礼拝について記されています。律法の書を持ってくるように、学者エズラにお願いしました。10章では、彼らは律法を守り、神様に従いますという約束をしました。11章には町々の居住地のリストが記されています。12章には城壁の奉献式が盛大に行われたことが記されています。こういう一連の出来事はどういう意味なのでしょうか?ネヘミヤは物質的な城壁を再建しただけではなく、民たちの霊的な城壁を再建しました。

では、城壁は現代ではどのような意味があるのでしょうか?教会に城壁は必要でしょうか?当亀有教会では2012年に、『亀有教会の理念』というものを作成しました。これはある意味では、城壁と言えるかもしれません。『亀有教会の理念』は3つのことが記されています。第一は「亀有教会が持つ価値観」です。教会は聖書的な教えに立ち、異端から守る必要があります。第二は「亀有教会員の役割」です。教会は建物やからだにたとえられています。一人ひとりが賜物と召命にあったように組み合わされる必要があります。第三は「亀有教会細則」です。私たちは世の罪が入って教会が堕落しないように気をつけなければなりません。教会は愛を強調します。しかし、神様の戒めをないがしろにしてはいけません。下町の教会なので、どうしても人情が先立つようなところがあります。でも、城壁も必要であります。イエス様は「恵みとまこと」に満ちておられました。恵みだけだと甘えていまいますが、同時に、まことも必要です。

 きょうはネヘミヤについて学びました。ネヘミヤは単身赴任でエルサレムにやって来て、城壁を建て直しました。幾多の困難を克服して、神様の事業を遂行しました。私たちにも成し遂げなければならない山、登らなければならない山があります。ジョエル・オースティン牧師が休暇でコロラドを旅行したことがありました。先生は朝早く起きて山登りに出かけました。ふもとの標識に「頂上まで徒歩3時間」と書いてありました。ふもとが2400メートル、頂上は3300メートルという情報も先生を戦慄させました。だんだん空気が薄くなり、果たして頂上まで行けるか自信がなくなりました。登り始めて45分くらいたって急に道が険しくなりました。心臓の鼓動も激しくなり、汗が滝のように流れてきました。「もし、あと2時間以上必要だと言われたら、きっと頂上には行き着けないだろうな」と思いました。その時、向こうから初老の紳士が下ってきました。なんと、Tシャツに半ズボンという軽装でした。この老紳士は、先生がどういう状態にあるかをひと目で見抜いておられたようです。道ですれ違う時、先生に一言声をかけられたのです。「ゴールは、君が思うほど遠くはないよ。実際、君は、君が想像するよりも目標のすぐそばにいるんだ」。老紳士のこの一言で、先生は活力を取り戻しました。それはまるで、彼の発した言葉が私の足に宿って新しい命を吹き込んだかのようでした!エネルギーが体中を駆け巡る感覚でした。先生は、「私は必ずできる。私が思っているより、ゴールにずっと近いところにいるのだから!」と自分に繰り返し言い聞かせて、頂上に達することができたそうです。

 私たちはそれぞれ「こうなってほしい」という目指すゴールを持っているはすです。でも、そのゴールを目指していく中で、「これは思ったより時間がかかりそうだ、思ったより手強いぞ」と思えるようなことが多いかもしれません。人生において、物事が思ったように進まないということはよくあることです。そして、あきらめてしまうのもまた簡単です。でも、神様の目から見ればあなたは目標に非常に近いところにいるのです。神様は「ゴールは、君が思うほど遠くはないよ。実際、君は、君が想像するよりも目標のすぐそばにいるんだ」と言ってくださるでしょう。ネヘミヤもそのように神様から励まされて、城壁の工事を完成することができたと思います。


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