2014年9月21日 (日)

学者エズラ       エズラ9:11-15 

 エズラ書1章から6章までは、エズラがエルサレムに帰還する前の出来事が記されています。ペルシヤのクロス王がバビロンを破って、70年間捕えられていたユダの民を解放しました。さらにクロス王は、「必要な資金を与えるからエルサレムに帰って、主の宮を建てるように」命じました。そのとき約4万2千人のユダとベニヤミンが帰還し、主の宮を建てました。ところが、周囲の妨害にあって16年くらい工事が中断させられました。その後、ハガイとゼカリヤが励ましたので、工事が再開されました。主の宮はダリヨス王の治世の第六年、紀元前516年に完成しました。きょうのメッセージは、神殿が建ってから58年経った後のことです。


1.エズラの帰還

 エズラはどういう人だったでしょうか?彼は祭司であり、アロンの子孫でした。彼はペルシヤのアルタチャスタ王の治世の7年にエルサレムに帰還しました。それまで彼は何をしていたのでしょう?エズラ7:6「エズラはバビロンから上って来た者であるが、イスラエルの神、【主】が賜ったモーセの律法に通じている学者であった。彼の神、【主】の御手が彼の上にあったので、王は彼の願いをみなかなえた。」バビロンに捕らわれていた人たちの中に、モーセの律法や預言書を研究している学者たちがいました。エゼキエルやダニエルも間接的に彼らの教師でした。やがて、バビロンが倒れ、ペルシヤが支配しました。そのとき、エステルがユダヤ人のため立ち上がりました。捕囚の生活は外から見たらみじめだったでしょう。しかし、イスラエルの神こそが、世界を治めるまことの神であることが国中に知れ渡りました。クロスやダリヨスと同じように、アルタチャスタも神様に動かされ、エルサレムへの帰還を許しました。その時は、男子だけでも2,058人あり、エズラはその中に加えられていました。エズラは何をするために召されたのでしょう?58年前に、エルサレムに神殿が建てられました。しかし、建物はあっても、人々の信仰は不完全でした。あとで分かりますが、ユダヤ人は律法を忘れ、土着の人たちと結婚していました。だから、神様は律法によって信仰生活を建て直すためにエズラを選んだのです。彼は学者であり、モーセの律法に通じている人でした。エズラ7:10「エズラは、【主】の律法を調べ、これを実行し、イスラエルでおきてと定めを教えようとして、心を定めていたからである。」アーメン。エズラはエルサレムに帰還したユダヤ人に律法を教え、それを実行させようと決意していました。

 アルタチャスタはエルサレムの神の宮が整えられるために、いくつかの命令を下しました。王様はエズラが天の神の律法の学者であることを認め、エルサレムに帰ってから、律法を教えることを許しました。さらに、帰還する人たちに神の宮のために必要なものを買うための銀と金を与えました。エズラ7:17-20「それゆえ、あなたはその献金で、牛、雄羊、子羊、また、そのための穀物のささげ物と注ぎのぶどう酒を心して買い求め、エルサレムにあるあなたがたの神の宮の祭壇の上で、それをささげなければならない。また、残りの銀と金の使い方については、あなたとあなたの兄弟たちがよいと思うことは何でも、あなたがたの神の御心に従って行うがよい。また、あなたの神の宮での礼拝のために、あなたに与えられた器具は、エルサレムの神の前に供えよ。その他、あなたの神の宮のために必要なもので、どうしても調達しなければならないものは、王の宝物倉からそれを調達してよい。」アルタチャスタはエズラを信頼しきっています。そして、エズラが求めることは何でも、心して行えと命じました。エズラ7:21「私、アルタシャスタ王は、川向こうの宝庫係全員に命令を下す。天の神の律法の学者である祭司エズラが、あなたがたに求めることは何でも、心してそれを行え。すなわち、銀は百タラントまで、小麦は百コルまで、ぶどう酒は百バテまで、油も百バテまで、塩は制限なし。天の神の宮のために、天の神によって命じられていることは何でも、熱心に行え。御怒りが王とその子たちの国に下るといけないから。」アーメン。エズラの一行はどれくらいの金銀を携えて行ったのでしょうか?ある資料によりますと、金が100タラント、3.6トンです。銀が600タラント、22トンです。現代のお金に換算すると、330億円位になります。

 みなさんこのことを、私たちの信仰生活に例えるならばどのようになるでしょうか?神様は一人一人に対し、果たしてもらいたい計画、divine destiny があります。天命と訳してもかまいせんが、神の栄光を現わすための目的です。アルタチャスタは「神の宮のために、銀や金を与えるので、必要なものを買い求めなさい」と言いました。それだけではありません。「その他、どうしても調達しなければならないものは、王の宝物倉からそれを調達して良い」とまで言いました。そして、川向うの宝倉係全員に、「エズラがあなたがたに求めることは、何でも心してそれを行え」と命じました。私たちにとって「宝倉係」は天の使いではないでしょうか。彼らが神様から「彼、彼女が求めるものは、ちゃんと与えなさい」と命じられているとしたらどうでしょうか?私たちは、何かするとき、必要な資金、協力者、能力、計画書がなければできないと言います。会社では「買いたいものがあれば、稟議書を切りなさい」と言われるでしょう。この世の人たちは、資金的な目途が立たないうちは動き出しません。しかし、神様の事業は違います。アルタチャスタはエズラという指導者を信頼していました。予算よりもオーバーするかもしれません。しかし、王様は「エズラが求めるなら、なんでも王の宝物倉から調達してあげなさい」と命じました。神様はあなたに特別な計画を持っていらっしゃいます。特に、それが神様の事業であるならば、なおさら与えるでしょう。元旦の礼拝では、天には倉があることをお話ししました。私たちのふところになくても、天の倉には必要なものが蓄えられています。ですから重要なのは、目の前の物やお金ではありません。神様が自分を通して何をなさりたいのか計画を知ることであります。神様の計画、divine destinyに焦点を合わせることが重要です。ハガイ2:7-8「わたしは、すべての国々を揺り動かす。すべての国々の宝物がもたらされ、わたしはこの宮を栄光で満たす。万軍の【主】は仰せられる。銀はわたしのもの。金もわたしのもの。」この世にはお金はあるけれど使い道の知らない人たちが沢山います。神様はそういう人たちの懐を揺り動かして、神様の事業がなされるために、与えてくださるのです。なぜなら、銀も金も元来は神様のものだからです。


2.エズラの偉業

 私たちは旧約聖書を1つの書物として捉えています。しかし、当時は1つ1つが巻物でした。今のような印刷ではなく、祭司たちが一字一句、羊皮紙などに書き写していました。旧約聖書は大きく分けると、律法が記されているモーセ五書、預言書、そして歴史書があります。また、詩篇やヨブ記などのような文学書もあります。では、それがどのように編集され、今のような権威ある書物(正典)になったのでしょうか?旧約聖書の編集のためには、学者エズラが大きな働きをしたのではないかと思います。バビロンに捕らわれていた人たちは、「国を失い、大切な神殿も壊されたのは何が原因だったのだろうか?」考えたと思います。それは、自分たちの先祖の罪だけではなく、自分たちが犯した罪のゆえであることを初めて悟りました。「何が神様のみ旨にそぐわなかったのだろうか?」と律法や預言書を読んだと思います。そのとき、モーセの五書の収集と律法の研究が始まったと思われます。また、預言者たちが語ったことを知るために、イザヤやエレミヤ、エゼキエルその他の預言者たちの書いた巻物をも熱心に読むようになりました。そして、預言書の文書の収集も始まりました。特に北イスラエルと南ユダが崩壊する前に、多くの預言者が活躍しました。大きな書物も、小さな書物もあったと思われます。それから、詩篇は膨大な量があったので大変だったと思います。詩篇の中には、捕囚の地で書かれたものもありました。たとえば、詩篇137:1-4「バビロンの川のほとり、そこで、私たちはすわり、シオンを思い出して泣いた。その柳の木々に私たちは立琴を掛けた。それは、私たちを捕らえ移した者たちが、そこで、私たちに歌を求め、私たちを苦しめる者たちが、興を求めて、『シオンの歌を一つ歌え』と言ったからだ。私たちがどうして、異国の地にあって【主】の歌を歌えようか。」

 モーセの五書やヨシュア記と列王記などの歴史書は完成していたと思われます。では、エズラが手掛けたものはどの書物だったのでしょうか?預言書の他に、Ⅰ歴代誌、Ⅱ歴代誌エズラ記、ネヘミヤ記ではないかと伝えられています。イスラエルの歴史はバビロン捕囚によって切断されてしまいました。北イスラエルの10部族は遠く外国に連れ去られました。南ユダのユダとベニヤミンの数万人が戻って来ることができました。そのため、エズラは神殿を中心に歴史を新たにとらえなおす必要があったと思われます。ⅠⅡ歴代誌にイスラエルの記事はなく、ユダだけであります。エズラは紀元前440年くらいの人ですが、紀元前400年頃、旧約聖書が正典になったと言われています。ということは、エズラが聖書の編集のためにリーダーとなって用いられたのではないかと思います。エズラは律法の学者でした。しかし、中間時代を経てイエス様の時代、パリサイ人や律法学者たちが跋扈していました。かつてのイスラエルは偶像礼拝に走り、捕囚という懲らしめを受けました。しかし、ユダヤ人は偶像礼拝はしませんでしたが、律法主義に走りました。彼らは神の民である誇りを取り戻すのですが、行き過ぎて、形だけを追い求めるようになりました。エズラたちによって、聖書がまとめられたことは素晴らしいことです。しかし、原著者の聖霊を無視すると、命をもたらす書物のはずが、死をもたらしてしまうということです。

 エズラの偉業として5つまとめてみました。これは、インターネットのあるウェブを参考にしたものです。

1.エズラはモーセの律法に精通し、学者として指導的な立場に立って教えた。

2.祭司の立場から祭儀的改革を施し、人々の心を主に向けようとした。具体的にはダビデが目指した賛美礼拝のヴィジョン(ソロモンの神殿礼拝)に焦点を当てた。エズラの改革によって大祭司が頂点に立ち礼拝が規則正しく執行されるようになった。

3.律法の意味を研究し、それを人々に教えるために、シナゴーグ礼拝が組織された。それにともない律法を教える学者たちが台頭する。

4.彼は人々に異教徒との混交をきびしく禁じただけでなく解消させた。以前にゼルバベルに率いられて帰っていったユダヤ人男性の多くが契約外の結婚をし、自らを汚していたからである。この中には指導的立場の者も含まれていた。エズラは彼らの不信のために悲しみをもって祈り、彼らに異国の妻子との絶縁することを誓わせた。9章1節~10章17節参照。

5.律法の朗読を公の礼拝の中に取り入れた。また、旧約聖書の正典を結集させて個人的にも聖書を読めるようにした。

エズラはこのように律法を中心として民の意識改革を断行していった。ここから神の民イスラエルはユダヤ人と呼ばれ、ユダヤ教が始まったとされている。

 旧約聖書ではエズラが学者の賜物がありました。そして、新約聖書ではルカであります。ルカはルカによる福音書と使徒の働きを書きました。学者の特徴は綿密に調べることです。他の人たちが「そんなこと?」と思っても、小さな事柄でもよく研究します。そして、それらを体系的にまとめあげることができます。神学校では学者の賜物の先生がたくさんいらっしゃいます。では、彼らが同時にすばらしい説教家であると言えば、必ずしもそうではありません。ボソボソと語ったり、面白くもないことをダラダラと語るので「このばの人」ではない場合が多いです。でも、聖霊に満たされ、霊的に燃やされているならば、学者の賜物が豊かに用いられると思います。多くの場合は、学べば学ぶほど冷たくなります。しかし、自分の知識が神様にはとうてい及ばないことを知って、へりくだる必要があります。そして、真理の御霊を仰ぎ、霊的な知恵と知識を常に仰ぐなら、エズラやルカのように用いられると信じます。


3.エズラの改革

 エズラがエルサレムに帰るとどうでしょうか?彼らは周りに住んでいた異邦の民と結婚していました。祭司やレビ人までも、いみきらうべき国々の民と縁を立つことなく、婚姻関係を結んでいました。その事実を知ったエズラは着物と上着を裂き、髪の毛とひげを引き抜き、色を失ったまますわってしまいました。エズラは夕方まで、茫然としていました。やがて気を取り直して、主に向かってこのように祈りました。エズラ9:6「私の神よ。私は恥を受け、私の神であるあなたに向かって顔を上げるのも恥ずかしく思います。私たちの咎は私たちの頭より高く増し加わり、私たちの罪過は大きく天にまで達したからです。私たちの先祖の時代から今日まで、私たちは大きな罪過の中にありました。私たちのその咎のため、私たちや、私たちの王、祭司たちは、よその国々の王たちの手に渡され、剣にかけられ、とりこにされ、かすめ奪われ、恥を見せられて、今日あるとおりです。」エズラは「彼らの罪」ではなく、「私たちの罪」として祈っています。この罪は、ヨシュアがカナンの地に入国する前から、モーセによってきつく言われていたことでした。申命記7:3-4「彼らと互いに縁を結んではならない。あなたの娘を彼の息子に与えてはならない。彼の娘をあなたの息子にめとってはならない。彼はあなたの息子を私から引き離すであろう。彼らがほかの神々に仕えるなら、【主】の怒りがあなたがたに向かって燃え上がり、主はあなたをたちどころに根絶やしにしてしまわれる。」なぜ、異邦の民と婚姻関係を結ぶとダメなのでしょうか?それは、彼らの神々を拝むようになるからです。ソロモン王も同じ失敗をしました。北イスラエルも南ユダも、偶像礼拝の罪で滅びました。70年バビロンに行って、清められたかのように思われました。帰ってきた民も同じ罪を犯しているので、エズラは驚いたのです。

 エズラは主の律法と預言書に精通していました。イスラエルが滅びた原因をもう一度、民たちに言い聞かせました。そして、人々に悔い改めを迫りました。エズラ9:14「私たちは再び、あなたの命令を破って、忌みきらうべき行いをするこれらの民と互いに縁を結んでよいのでしょうか。あなたは私たちを怒り、ついには私たちを絶ち滅ぼし、生き残った者も、のがれた者もいないようにされるのではないでしょうか。」エズラが涙を流しながら告白していると、イスラエルの大集団が彼のところに集まって、激しく涙を流して悔い改めました。そして、「律法に従って、外国の妻とその子たちを追い出しましょう」と言いました。その時は大雨の季節でしたので、外に立っているだけでも大変でした。2日や3日ではできないので、3か月弱の猶予を与えました。年が明けた、1月1日、外国の女性をめとった男たちのリストが完成しました。そのことが、エズラ10章に記されています。エズラ10:19「彼らはその妻を出すという誓いをして、彼らの罪過のために、雄羊一頭を罪過のためのいけにえとしてささげた。」とあります。ヒューマニズム的に考えるなら、「そんなヒドイことをして良いのだろうか?」という疑問が残るでしょう。しかし、彼らは神の契約の民として生きる道はこれしかないと考えていました。私たちは、イスラエルとは神の契約と律法に生きる民であることをこのところから学ぶことができます。

 これを新約聖書的に考えるならどうなるのでしょうか?使徒パウロはⅠコリント7章とⅡコリント6章でそのことに触れています。使徒パウロは「命じるのは、私ではなく主です」とか「これを言うのは主ではなく、私です」と何回か繰り返しています。ですから、絶対的な命令というよりは、勧めであります。最も多く引用されるみことばはこれです。Ⅱコリント6:14-15「不信者と、つり合わぬくびきをいっしょにつけてはいけません。正義と不法とに、どんなつながりがあるでしょう。光と暗やみとに、どんな交わりがあるでしょう。キリストとベリアルとに、何の調和があるでしょう。信者と不信者とに、何のかかわりがあるでしょう。」保守的なキリスト教会では未信者との結婚を厳しく禁じています。そういう結婚式を教会では挙げることはできません。滝本明先生はこのようなたとえ話をしたことがあります。「クリスチャンはベッドの上にいる人で、未信者はベッドの下にいる人です。クリスチャンの女性は結婚してから、ご主人を導こうと思っていました。この二人が結婚してどうなったでしょう?ベッドの上から下にいる人を引っ張り上げるのと、ベッドの下から上にいる人を引き下ろす方はどっちが簡単でしょうか?引っ張り上げるのが大変で、引き下ろす方が楽でしょう。つまり、結婚後、未信者の方にひっぱられてしまうのです。」私が育った座間(大和)キリスト教会では、若い人たちがたくさん集っていました。ですから、教会で一年間に5組くらい結婚式がありました。大川牧師は「好きになる前に私のところに相談に来なさい。少なくとも、結婚する前に洗礼を受けるように祈り求めなさい」と言っておりました。中にはそれがかなわないで、一般の式場で未信者と結婚式をあげる兄弟姉妹もいました。数年たつと礼拝に来なくなるケースが多かったように思います。長老さんの孫娘が未信者の男性と結婚するとき、私たちは緊張しました。二人が牧師室で結婚の準備会をしていました。1時間くらいたって、出てきました。そのとき、男性がイエス様を信じて、洗礼を受けますと決断されました。なんとすらばらしい結婚準備会かと思いました。パウロが言うのを絶対的な律法としてとらえるのではなく、祝福の原則としてとらえるのが良いと思います。

 女性がクリスチャンでだんな様が未信者の人がいます。また、男性がクリスチャンで奥様が未信者の人がいます。どちらの方が救われやすいでしょうか?データーを取ったわけではありませんが、前者の方が救われる可能性が多くあります。クリスチャンの奥さんは、夫のために良く祈るし、しつこく教会に誘うからです。逆の場合、クリスチャンの夫はあまり祈りません。奥さんはご主人が会社にでも出勤しているように教会に通っていると思うからです。「教会の力はクリスチャンホームが何組いるかで決まる」とある先生がおっしゃっていました。私たちは夫婦がクリスチャンであることがあたり前であると思いたいです。また、自分一人だけではなく、家族全員が神様につながるのがあたり前であると思いたいです。ヨシュア24:15「もしも主に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶがよい。私と私の家とは、主に仕える。」アーメン。「私と私の家は主に仕えます」と信じ、告白して、歩みたいと思います。


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