2014年6月22日 (日)

ヒゼキヤの祈り    Ⅱ列王記19:15-20

 南ユダのヒゼキヤ王のことは、Ⅱ列王記の他に、Ⅱ歴代誌とイザヤ書にも記されています。北イスラエルは、ヒゼキヤ王のときアッシリヤによって滅ぼされました。彼らはその勢いで、南ユダにも攻めてきました。敵の攻撃を受けた原因は、南北イスラエルが主の戒めを破り、偶像礼拝をしていたからでした。ヒゼキヤは25歳で王になりました。彼はどのような王様であり、どのような祈りをしたのでしょうか、ともに学びたいと思います。


1.ヒゼキヤの信仰

 ヒゼキヤの父アハズは、北イスラエルの風習を取り入れ、バアルのために鋳物の像を作りました。また、ベン・ヒノムの谷で香をたき、自分の子どもたちに火の中をくぐらせました。さらに高き所、丘の上、青々と茂ったすべての木の下で、いけにえをささげ、香をたきました(Ⅱ列王記16:3-4)。そのため、主はアラム王の手に渡し、アハズ王を打ちました。さらには、北イスラエルが攻めてきて、民20万人をサマリヤに連れて行きました。また、エドム人やペリシテ人も攻めて来てユダの村落を奪いました。主がアハズ王のためにユダを低くされたからです。それでは、息子のヒゼキヤはどうだったのでしょうか?Ⅱ列王記18:2-6「彼は25歳で王となり、…高き所を取り除き、石の柱を打ち壊し、アシェラ像を切り倒し、モーセの作った青銅の蛇を打ち砕いた。…彼はイスラエルの神、【主】に信頼していた。彼のあとにも彼の先にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。彼は【主】に堅くすがって離れることなく、【主】がモーセに命じられた命令を守った。」つまり、ヒゼキヤは父アハズが作ったすべての偶像を取り壊しました。なぜなら、偶像礼拝が国を滅ぼすことを知っていたからです。また、主に堅くすがり、主がモーセに命じられた命令(律法)を守りました。ヒゼキヤは宮をきよめた後、アロンの子らに命じて、主の祭壇の上でいけにえをささげさせました。ヒゼキヤは北イスラエルの人たちに「イスラエルの神、主に過ぎ越しのいけにえをささげよう」と呼びかけました。でも、人々は使いの人たちを物笑いにし、あざけりました。主はヒゼキヤが行った宗教改革とまことの礼拝を喜ばれました。しかし、このような良い王様にも試練がやってきました。

ヒゼキヤ王の第6年、アッシリヤは北イスラエルを滅ぼしました。そして、大勢のイスラエル人をアッシリヤに捕え移しました。さらに、ヒゼキヤ王の第14年に、アッシリヤの王セナケリブがユダにある城壁の町々を攻め取りました。その後、将軍のラブシャケが大軍を引き連れて来て、エルサレムを包囲しまた。ヒゼキヤはその前に、地下水道を作っていましたので、水は確保できていました。ラブシャケは長引くといけないので、神経戦に持ち込みました。「いったい、だれに頼って私に反逆するんだ。エジプトに頼ってもダメだぞ。お前たちの主がこの国に攻め上ぼって、これを滅ぼせと言われたんだ。」確かに、北イスラエルは罪を悔い改めなかったので、主がアッシリヤをさばきの器として用いました。ラブシャケは城壁の向こうから大声で叫びました。「ヒゼキヤにごまかされるな。あれはお前たちを救い出すことはできない。私に降参したら、良い国に連れて行こう」と言いました。民は黙って、彼に一言も答えませんでした。ヒゼキヤ王が「彼に答えるな」と命令を降していたからです。ラブシャケは悪魔と似ています。「主を信頼するな。指導者を信頼するな。私に降参すれば、良い国に連れていくぞ!」と誘惑します。ヒゼキヤ王はどうしたのでしょうか?Ⅱ列王記19:1-3 ヒゼキヤ王は、これを聞いて、自分の衣を裂き、荒布を身にまとって、【主】の宮に入った。彼は、宮内長官エルヤキム、書記シェブナ、年長の祭司たちに、荒布をまとわせて、アモツの子、預言者イザヤのところに遣わした。彼らはイザヤに言った。「ヒゼキヤはこう言っておられます。『きょうは、苦難と、懲らしめと、侮辱の日です。子どもが生まれようとするのに、それを産み出す力がないのです。』」ヒゼキヤは主の宮、つまり神様のところに助けを求めました。その当時活躍していた預言者イザヤに、主の導きを求めてもらいました。イザヤは「主はこう仰せられる。アッシリヤの若い者たちが主を冒瀆したことばを恐れるな。彼はある噂を聞いて、自分の国に引き上げる。私はその国で彼を剣で倒す」と主のことばを伝えました。

その後も、ラブシャケは使者を遣わして、降伏を迫りました。ヒゼキヤは使者からの手紙を受け取り、主の宮に上って行って、それを主の前に広げました。ヒゼキヤの良いところは、主のもとに逃げ込むということです。Ⅱ列王記19:15-16 ヒゼキヤは【主】の前で祈って言った。「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、【主】よ。ただ、あなただけが、地のすべての王国の神です。あなたが天と地を造られました。【主】よ。御耳を傾けて聞いてください。【主】よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセナケリブのことばを聞いてください。」ヒゼキヤはイスラエルの神は、地のすべての王国の神であり、天と地を造られた神であると告白しています。さらに、聖書を読んでいくとヒゼキヤの信仰が分かってきます。Ⅱ列王記19:17-18「【主】よ。アッシリヤの王たちが、国々と、その国土とを廃墟としたのは事実です。彼らはその神々を火に投げ込みました。それらは神ではなく、人の手の細工、木や石にすぎなかったので、滅ぼすことができたのです。」アーメン。確かにアッシリヤの王たちが、国々を倒し、彼らの神々を火に投げ込みました。しかし、それらは神さまではなく、偶像でした。人の手で作った、木や石に過ぎなかったので、滅ぼすことができたのです。ヒゼキヤは天地を造られたまことの神、主に頼りました。北イスラエルは、主に背いて、偶像礼拝をやめなかったので滅ぼされました。父ハアズも北イスラエルの習慣にならって、偶像礼拝をしました。そのため、多数の敵によって侵入されました。何が重要かということをヒゼキヤは知って、すべての偶像を取り除き、宮をきよめまことの礼拝をさげました。また、主を信頼し、モーセに命じられた命令を守りました。このところに国を守り、国を繁栄させる原理が記されています。今の総理大臣は集団的自衛権奉仕を主張しています。日本にとって、中国やロシアが驚異かもしれません。だから、アメリカに頼り、自国でも防衛力を高めようということなのでしょう。しかし、総理大臣自身が偶像を礼拝をやめようとしません。聖書が主張する国の繁栄は、まことの神を恐れ、神さまの仰せを守ることです。

また、ヒゼキヤが取った行為は、私たち信仰者の模範です。ヒゼキヤは悪魔の象徴であるラブシャケと議論をしませんでした。エバは蛇と議論したばっかりに誘惑に負けました。蛇は「神は本当に言われたのですか」と神のことばに疑いを入れました。アダムはどうしていたのでしょう?アダムはエバが誘惑されるところを近くで見ていました。本当なら「やめろ!」と蛇を追い払うべきでした。しかし、アダムはかしらであることの責任を放棄しました。ヒゼキヤのすばらしいことは、主のもとに行ったことです。祭司たちに荒布をまとわせ、預言者イザヤの所に遣わしました。イザヤは主からのみことばを伝えました。そして、ヒゼキヤ自身は主の宮に上り、主の前に訴えました。「主よ。御耳を傾けて聞いてください。主よ。御目を開いてご覧ください」と祈りました。新約の時代、預言者イザヤにあたるものは聖書です。私たちは聖書を開くとき、主のみ声に耳を傾けているのです。聖書を閉じたままで、主のみ声を聞くことは危険です。現代も預言者のような人がいますが、私たちはまず自分自身で聖書を開いて、神様に聞かなければなりません。第二は、主の前に出て祈るということです。今はエルサレムの神殿に行く必要はありません。キリストがよみがえられてから、私たちのからだが神殿になりました。カトリック教会のように司祭のところに行く必要はありません。私たちが一人ひとりが祭司なので、主の御名によって祈ることができます。ヒゼキヤは神様がどんなお方か目をとめました。私たちも問題がどのくらい大きいかを詳細に述べるのではなく、神さまがどんなに大きなお方か目をとめることです。神さまは私たちが問題を1つ1つ説明しなくてもご存じです。それよりも私たちが神様に目をとめ、信仰をもって求めることが重要なのです。全能の神様を通して問題を見るのです。そうすると問題から解放され、なすべきことが見えてきます。

偶像の神様は耳があっても聞くことはできません。偶像の神様は口があっても話すことができません。偶像の神様は手があっても伸ばすことができません。京都の三十三間堂に行った時、千手観音などたくさんの仏像がありましたが、あれは人間が考え出したものです。まことの神様に、私たちと同じような耳や口や手があるかどうか分りません。おそらくないでしょう。しかし、まことの神様は私たちが口に出す前からご存じです。そして、私たちのところに身をかがめて聞いてくださいます。そして、全能の御手を動かしてくださいます。ヒゼキヤ王に対してはどうだったのでしょうか?イザヤは「わたしに祈ったことを、わたしは聞いた」と主からのことばを伝えました。Ⅱ列王記19:35-37「その夜、【主】の使いが出て行って、アッシリヤの陣営で、十八万五千人を打ち殺した。人々が翌朝早く起きて見ると、なんと、彼らはみな、死体となっていた。アッシリヤの王セナケリブは立ち去り、帰ってニネベに住んだ。彼がその神ニスロクの宮で拝んでいたとき、その子のアデラメレクとサルエツェルは、剣で彼を打ち殺し、アララテの地へのがれた。それで彼の子エサル・ハドンが代わって王となった。」主ご自身が戦い、勝利をもたらしてくださいました。


2.ヒゼキヤの祈り

 これで話が終われば良いのですが、一難去ってまた一難です。Ⅱ列王記20:1-3そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。そこへ、アモツの子、預言者イザヤが来て、彼に言った。「【主】はこう仰せられます。『あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない。』」そこでヒゼキヤは顔を壁に向けて、【主】に祈って、言った。「ああ、【主】よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを。」こうして、ヒゼキヤは大声で泣いた。なぜ、主はヒゼキヤに「あなたは死ぬ。なおらない」と言われたのでしょう。人の寿命は神様が握っておられます。イエス様はマタイ6章で「あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか」とおっしゃいました。私が散歩するコースに「延命寺」というお寺があります。おそらく、「同じような名前のお寺がたくさんあるんだろうなー」と思います。私たちの場合は、延命ではなく、永遠の命です。でも、欲を言うならば、地上でも長生きしたい、延命したいと思います。ヒゼキヤはイザヤから「あなたの地上のいのちはおしまいですよ」と言われました。話は飛びますが、ヒゼキヤは主のあわみを受けて、15年長生きできました。でも、彼は大きな失敗をしました。そのころ、無名だったバビロンの王様がお見舞いのため使者を遣わして来ました。Ⅱ列王記20:13「ヒゼキヤは、彼らのことを聞いて、すべての宝庫、銀、金、香料、高価な油、武器庫、彼の宝物倉にあるすべての物を彼らに見せた。ヒゼキヤがその家の中、および国中で、彼らに見せなかった物は一つもなかった。」その後、イザヤからなんと言われたでしょう。Ⅱ列王記20:16「見よ。あなたの家にある物、あなたの先祖たちが今日まで、たくわえてきた物がすべて、バビロンへ運び去られる日が来ている。何一つ残されまい、と【主】は仰せられます。また、あなたの生む、あなた自身の息子たちのうち、捕らえられてバビロンの王の宮殿で宦官となる者があろう。」おそらく、主はこうなることを知って、ヒゼキヤ王が召されることが最善だと思われたのでしょう。

でも、主はヒゼキヤの悲痛な祈りを聞かれました。「ああ、【主】よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを。」ヒゼキヤは大声で泣いて祈りました。主はどのくらい後に、彼の祈りを聞かれたのでしょうか?3日後でしょうか?1か月後でしょうか?私たちは「祈りというものは、そう短時間で聞かれないものだ。聞かれるまで、何回も祈らなければならない」と考えているかもしれません。しかし、いつもそうとは限りません。Ⅱ列王記20:4-6 イザヤがまだ中庭を出ないうちに、次のような【主】のことばが彼にあった。「引き返して、わたしの民の君主ヒゼキヤに告げよ。あなたの父ダビデの神、【主】は、こう仰せられる。『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしはあなたをいやす。三日目には、あなたは【主】の宮に上る。わたしは、あなたの寿命にもう十五年を加えよう。わたしはアッシリヤの王の手から、あなたとこの町を救い出し、わたしのために、また、わたしのしもべダビデのためにこの町を守る。』」このところに、「イザヤがまだ中庭を出ないうちに、次のような【主】のことばが彼にあった」とあります。おそらく、ヒゼキヤは神殿の壁に顔を向けて祈っていたのでしょう。イザヤがまだ中庭を出ないうちに、主のことばがあったということは、30メートルくらい歩いてからでしょう。30メートルだったら2分はかかりません。2分もたたないうちに、主がヒゼキヤの祈りに答えてくださいました。主はヒゼキヤの本来の寿命に15年を加えると約束されました。ヒゼキヤは何か腫物で病んでいたようです。干しいちぢくをそのところに当てたら、彼はいやされました。いちぢくは何か薬効成分あるようですが、この場合は、主が直接いやされたということです。私たちは「祈りというものは、そう簡単に聞かれるものではない」とどこかに思ってはいないでしょうか?そのため何べんもくどくどと祈ったりしてはいないでしょうか?マタイ6:7-8「また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。だから、彼らのまねをしてはいけません。」とイエス様はおっしゃいました。結論的に、祈りは長ければ良いというものではありません。祈りは単純で短くても聞かれます。むしろ、その方が、神様が喜ばれます。私も人の長い話を聞くのは好きじゃありません。クリスチャンは年数が増せば増すほど、当時の律法学者のように人に聞かせるような祈りをする傾向があります。イエス様は「祈るときには、偽善者たちのようであってはいけません」と言われました。では、長い祈りは不要なのでしょうか?その代わり聖書は「絶えず祈りなさい」と言っています。祈りは求める祈りだけではありません。主と交わる、つまり会話をする祈りもあります。また、多くの人たちのためにとりなす祈りをするならば、どうしても時間がかかります。しかし、結論的には、祈りは長さではなく、信仰であるということです。私たちは信仰が来るまで祈る必要があります。信仰が来たなら、あとは感謝して待てばよいのです。

また、ここで注目すべきことは、神様がどれくらい偉大かということです。ヒゼキヤはしるしを求めました。Ⅱ列王記20:9-11「イザヤは言った。「これがあなたへの【主】からのしるしです。【主】は約束されたことを成就されます。影が十度進むか、十度戻るかです。」ヒゼキヤは答えた。「影が十度伸びるのは容易なことです。むしろ、影が十度あとに戻るようにしてください。」預言者イザヤが【主】に祈ると、主はアハズの日時計におりた日時計の影を十度あとに戻された。みなさん、日時計の影を10度あとに戻すという意味をご存じでしょうか?日時計というのは、太陽と地球の位置関係から来るものです。自分の家の時計の針を戻すのとは訳が違います。太陽というか、おそらく地球を動かしたのでしょう。あるいは地軸を動かしたのかもしれません。地軸は公転軌道に対して23.4度傾いています。そのために、季節の変化があるそうです。しかし、これがヒゼキヤの時のことなのかは分りません。ちなみに、ヨシュアがギブオンというところで戦っているとき、「日は動かず、月はとどまった」とあります。まる1日ほど、太陽が動かなかったということです。これは、地球が動かなかったということですが、時速1674キロで自転している地球が止まるとどうなるでしょう。どういう仕組みか分りませんが、それは奇跡です。神様が全宇宙を創造したのですから、日時計の影を10度あとに戻すことも、1日、天空に太陽をとどめておくことも可能です。全宇宙から見たら、銀河系の中の太陽系の惑星などゴミみたいなものでしょう。でも、なぜ主は「影が十度進むか、十度戻るか」というしるしを与えようとされたのでしょうか?人の寿命を変えるのは、そのくらい大きなことなのではないのでしょうか。イエス様はマタイによる福音書で、「しかし、そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません…だから恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です。」と言われました。ということは、私たちの寿命は神様の御手の中にあるということです。私たちの寿命をどうこうするのは、日時計の影を動かすのと等しいということです。「私の命の長さと、天体の動向と等しいなんて、なんとすごい」と思わないでしょうか?

神様は私たちに計画をもっていらっしゃいます。英語ではdivine destiny 「天命」と言います。ヒゼキヤは15年寿命を延ばしていただきました。それ自体はすばらしいことです。しかし、彼は安心しきって、見舞いに来たバビロンの高官たちに宝物蔵を全部見せました。そのため、あとでバビロンに襲われたとき、全部持っていかれました。神様はヒゼキヤの将来を知っていたので、「あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない」と言ったのです。しかし、ヒゼキヤは「私はこれまで良いことを行ってきました」と、泣いて頼みました。すると、主は15年の命を加えてくださいました。ヒゼキヤ自身はそれで良かったかもしれません、しかし、ユダの国にとっては、不幸なことでした。ベストとベターというのがあります。ヒゼキヤはベターを願ったために、ベストを失ったのかもしれません。だから、早く死ねば良いというわけではありません。私たちが主からみこころを示されているにもかかわらず、執拗に求めるなら、主はみこころを変えてくださるかもしれません。しかし、それはベストではなくて、ベターである場合もあります。たとえば、子どもパソコンやバイクを願います。親は、最初はダメだめだと言いました。しかし、あまりにもせがむので、仕方なく買い与えました。そのため勉強をしなくなったり、事故にあったりするでしょう。今のは、消極的な例でありますが、神様のご性格は最善のものを与えたいと願っておられます。私たちが健康で長生きするように願っておられます。ヒゼキヤは国内から偶像を排除し、モーセの命令を守り、正しい礼拝をささげました。だから、ダビデに次ぐ、良い王様であると聖書の3つの書物に彼のことが書かれています。私たちも、自分の中から神さまよりも大切な偶像を取り除きましょう。また、聖書のみことばを守り、心から神様を礼拝したいと思います。父なる神様はloving-kindness慈しみ深い神様です。慈愛に満ちた神様です。私たちに悪いものを与えるお方ではなく、最善の計画と最善のものを与えようとしておられるお方です。信仰をむずかしく捉えてはいけません。信仰とはまことの神様を信頼して歩むということです。


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2014年3月23日 (日)

二倍の分け前     Ⅱ列王記2:1-9

きょうは奉仕の原動力についてお話ししたいと思います。私たちには生来の賜物が与えられています。あるものは生まれつき、またあるものは努力して身に付けたものであります。しかし、神様はご自身に仕える者たちのために、霊的な力を与えて下さいます。この霊的な能力がなければ、たとえ生来の賜物が豊かであっても、神様のわざを行なうことはできません。本日、登場しますエリシャはエリヤの後継者として任命されました。しかし、彼は自分自身に霊的な力不足を感じていました。「私もエリヤが持っている神の霊がなければ、預言者としてやってゆけない」と切なる渇きを覚えていました。


1.二倍の分け前

 イゼベルによる迫害が続いていたので、預言者たちはいくつかの場所に隠れて住んでいたようです。同時に、そこは預言者スクールのようではなかったかと思われます。エリヤは、彼らがいるべテル、エリコ、ヨルダンを回って歩きました。おそらく、自分がまもなく、天に引き揚げられるので別れを告げるためでしょう。「まもなく先生がいなくなる!」エリシャは霊的な力を授けていただきたいために、べテル、エリコ、ヨルダンとエリヤ先生の「追っかけ」をしました。「追っかけ」といいますのは、お目当ての役者さんの公演場所について行く熱心なファンがやることです。エリシャは紀元前850年頃の最も古い「追っかけ」であります。大和カルバリーの大川先生もひところ、ベニー・ヒンの追っかけをしていたようです。オーランド、トロント、ロス、ハワイ・・・など各所のベニー・ヒンのミラクル聖会に行かれていたようです。そのとき、ベニー・ヒンは日本からはるばる来られている大川先生を見つけ、何度か講壇にお招きしたようです。なぜ、大川先生はお金と時間をかけて、追っかけをしたのでしょう。それは、霊的な賜物をいただいて、日本に持ち帰りたかったからだと思います。大川先生は病を持っている人を見ると、「ああ、なんとか癒して差し上げたい」とものすごい同情心が湧くそうです。さらに先生は聖霊による癒しの賜物を求めて、アルゼンチンやアメリカ、リバイバルの起こっている所に出かけました。

 さて、エリヤがいよいよ、ヨルダンに来たときです。エリヤは「ここにとどまっていなさい」とエリシャを制止しました。それでも彼は、「私は決してあなたから離れません」と食い下がりました。Ⅱ列王記2:7-9節「預言者のともがらのうち五十人が行って、遠く離れて立っていた。ふたりがヨルダン川のほとりに立ったとき、エリヤは自分の外套を取り、それを丸めて水を打った。すると、水は両側に分かれた。それでふたりはかわいた土の上を渡った。渡り終わると、エリヤはエリシャに言った。『私はあなたのために何をしようか。私があなたのところから取り去られる前に、求めなさい。』すると、エリシャは、『では、あなたの霊の、二つの分け前が私のものになりますように』と言った。」「二つの分け前」は英語の聖書では、let a double potion of your spirit be upon meとなっています。直訳すると「あなたの霊の二倍の分け前が私の上に下りますように」という意味です。旧約の時代、長男は父親から、他の兄弟たちに比べ、二倍の財産を譲り受けることができました。エリシャは後継者として、2つの分け前が欲しかったのです。それは、恩師よりも優れた預言者になりたいという野望からではなく、より困難な時代にあって霊的な力が必要だったからです。また、エリヤが「むずかしい注文をする」と言ったのは、自分ではなく、神様ご自身が決めることだと理解していたからです。まもなく、エリヤはたつまきに乗って天に上って行きました。エリシャがなお追いかけようとしたとき、二人の間に、1台の火の戦車と火の馬たちが現われました。エリシャが「わが父。わが父。イスラエルの戦車と騎兵たち」と叫んでいる間に、エリヤの姿は見えなくなりました。すると、上からエリヤが着ていた外套がヒラリ、ヒラリと落ちてくるではありませんか。それを受け取ってから、エリシャの上に、エリヤが持っていた神の霊がとどまるようになったのです。

 さて、このところから何か思い起こすシーンはありませんでしょうか。そうです。イエス様が天に昇られるとき、弟子たちに「あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい」(ルカ24:49)と言われました続編の使徒1:8「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます」と言われました弟子たちは3年半もイエス様から薫陶を受け、十字架と復活の目撃者でもありました。ところが、人々を恐れ、戸を閉じて隠れていました。弟子たちは十字架と復活の知識はありましたが、全く力がありませんでした。そのため、彼らはイエス様が天に引き揚げられてから10日間、聖霊を待ち望みました。ペンテコステの日、約束どおり、「いと高き所から力を着せられた」のです。その日から、弟子たちは、全く別人になり、大胆に福音を語るようになりました。そればかりか、イエス様が行なっていた同じような奇跡も行なうようになりました。エリシャがエリヤに求めたものと、弟子たちが受けたものと同じ聖霊の力であります。カルバリーチャペルのチャックスミスや韓国のチョーヨンギ先生はこのようにおっしゃっています。未信者の人たちにはイエス様はそば(by)にいます。ヨハネ黙示録では「私は戸の外にたってたたいている」と書いてあります。イエス様がすぐそばにいるので、その人がイエス様を救い主として心にお迎えするなら、その人の中に入られます。中は、英語でinであります。人がイエス様を信じると聖霊が内側に住んでくださいます。すべてのクリスチャンは聖霊を内側に宿しています。これは旧約時代にはなかったことで、新約の私たちが受けるすばらしい恵みです。しかし、それだけでは、力がありません。上から(upon)という満たしの経験が必要なのです。先ほど引用しました、使徒1:8は「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき」と書いてあり、upon youとなっています。エリシャもyour spirit be upon meと言いました。つまり、上からというのは油が器に注がれるようなイメージがあります。だから、よく、按手の祈りをしたとき、聖霊に満たされる経験をするのではないかと思います。

ギリシャ語で「賜物」のことをカリスマと言います。第一の意味は、聖霊ご自身が賜物です。第二は、聖霊が下さる霊的な賜物です。賜物つまり、カリスマということばは、この世では、なぜ誤解されているのでしょうか?社会学者のマックス・ウェバーが「カリスマ的支配」と言いました。この場合、特別な能力を持った英雄的な指導者という意味で使われています。そして、キリスト教会では、「カリスマは、危ない邪道的な力」みたいに考えられています。日本のキリスト教会は西洋の合理主義が基盤にありますので、奇跡や癒しは過去のものであると考えています。特に預言の賜物が教会に現れたとき、牧師たちが混乱しました。牧師は自分の地位が脅かされたように思ったのでしょう。また、ペンテコステやカリスマの教会では、霊的な力を持っている人を「神の器である」と敬います。また不思議なことに、聖霊の賜物を持っている先生というのは、魅力があります。大体、聖霊に満たされているのに、人間的には全く魅力がないというのは矛盾しています。でも、これが行き過ぎると、神様よりも人物に目が向けられてしまい、気が付くと大きな躓きを招くことがあるのです。だから、キリスト教会では「カリスマは危ない」と言って、霊的賜物を退けます。それは、まるで、たらいの水と一緒に赤ん坊も捨てることと似ています。「熱物に懲りて、生酢を吹く」という諺もあります。刃物や原子力でも使い方を間違えると、非常に危険です。これと同じようなことが聖霊の力にもあるのではないかと思います。

 では、どのようにしたら良いか。霊的な力と人格とは違うということです。先ほども言いましたが聖霊は、第一に私たちの内側に住んで、私たちを聖めてくださいます。聖霊によって罪や肉から解放されて、栄光から栄光へと変えられるのです。また、聖霊は神さまに奉仕できるように、能力を与える「力の霊」です。使命感だけでは、神さまに仕えることができません。聖霊が下さる賜物は神さまに仕えるためにあります。ですから、品性と力のバランスが必要だということです。クリスチャンであるならば、すでに聖霊が宿っています。しかし、エリシャのように上から力を受け、満たされる必要があります。新約の時代は、聖霊の力は何か特別な人に与えられるものではありません。使徒2:17-18「終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する」と書いてあります。「隣人を愛する力をいただきたい」、「罪に打ち勝つ力をいだだきたい」、「神様に仕える能力をいただきたい」。こういうエリシャのような切なる飢え渇きが重要です。神様は「聖霊に満たされなさい」と命じておられます。それは背後に「私が満たしてあげます」という約束があるということです。私たちは息を無意識にしています。息を吸うのと止めるとのどちらが難しいでしょうか。同じように、聖霊は私たちを満たしたいのですから、私たちが抵抗しないで、信仰をもってお迎えすれば良いのです。不思議な体験とか劇的な体験は必要であれば与えられます。しかし、そういう体験がなくても、「神様の約束に従って、求めました。だから、与えられたと信じます。アーメン。」信仰によって受け取るのです。そうすると、体験があとから与えられます。


2.二倍の奇蹟

 エリシャはエリヤが行なった同じような奇跡を行なっています。しかし、エリヤが行なわなかった奇跡も数多く行なっています。第一のポイントで「二つの分け前」についてお話ししました。本来は二倍という意味ではないのですが、エリシャはエリヤの二倍の奇跡を行いました。いわゆる「倍返し」であります。後半はその中で2つの出来事を取り上げたいと思います。4章にはやもめとその家族のことが記されています。エリヤのときと、ちょっとだけ違います。預言者の夫が死に、多額の負債を負い、二人の子供を奴隷に売らなければならない、やもめがいました。エリヤは彼女に、空のつぼを持ってくるように命じました。彼女は「家には壷が1つしかありません」と言いました。Ⅱ列王記4:3-7「すると、彼は言った。『外に出て行って、隣の人みなから、器を借りて来なさい。からの器を。それも、一つ二つではいけません。家に入ったなら、あなたと子どもたちのうしろの戸を閉じなさい。そのすべての器に油をつぎなさい。いっぱいになったものはわきに置きなさい。』そこで、彼女は彼のもとから去り、子どもたちといっしょにうしろの戸を閉じ、子どもたちが次々に彼女のところに持って来る器に油をついだ。器がいっぱいになったので、彼女は子どもに言った。『もっと器を持って来なさい。』子どもが彼女に、『もう器はありません』と言うと、油は止まった。彼女が神の人に知らせに行くと、彼は言った。『行って、その油を売り、あなたの負債を払いなさい。その残りで、あなたと子どもたちは暮らしていけます。』おそらく、壺、何十個分もの油だったでしょう。彼女はそれを売って負債を払うことができました。めでたしめでたしですが、この奇跡で興味深いことがあります。最初の1つの壺から、からの器に次々と注いでいきましたが、からの器がなくなったとき、油が止まったということです。この奇跡をもっと、比ゆ的に解釈できないでしょうか。

かなり前、大川先生がアルゼンチンにいかれたとき、ある講師がこのところからメッセージなさったそうです。最初の1つの壺は聖霊に満たされた人であります。そして空の壺というのは聖霊の満たしを求める人たちです。よく、リバイバルの起こっているところでは、満たしと言わないで「油注ぎ」と言うようです。とにかく、油注ぎを受けたのは自己満足のためではありません。それを他者に与える使命があります。1つの壺から多くのからの壺を満たすことができましたが、からの壺がなくなったときに、油注ぎも止まったということです。それで、講師は「エリシャがからの器を探して持ってきなさい」と命じたように、「あなたがたは受けた以上は、満たされていない人を探してでも、満たして上げなさい」とチャレンジしたそうです。大川先生はそれに非常に感動し、返りの飛行機で、「からの壺をさがして満たす」という歌を作ったそうです。帰国後、大川牧師は按手祈祷を始めました。そして、全国から大和教会に油注ぎや癒しを求めて、来られたようです。ところが、一時期、何かの理由でやめたそうです。しかし、そのときに癒しの奇跡もストップし、自分自身も霊的に枯れてしまったそうです。大川先生がおっしゃるには、「油注ぎを受けた以上は、どんなことがあっても、ミニストリーを続けなければならない」と悟られたそうです。つまり、按手して祈る人自身に何かがあるのではなく、その器を通して、他の人々を祝福するということが重要なのです。聖歌にも「通り良き管として、用いてください」という歌詞があります。主のしもべは、器もしくは通り良き管に徹するべきなのです。重要なのはそこに入っているもの、注がれる聖霊様です。

 このことを普遍的にとらえますと、私たちも神様から与えられた霊的賜物、霊の力を使わなければ、なくなってしまうということです。神様はある人には5タラント、またある人には2タラント、そしてある人には1タラントの賜物を与えました。5タラント与えられた人は2や1の人を見て高慢にならないで、5タラント儲ける責任があります。2タラントは5タラントの人を羨むようなことをしないで自分の2タラントで行なうべきです。ところが聖書には、1タラントの人は、それをふくさに包み、地を掘って埋めてしまったとあります。彼は主人からしこたま怒られ、その1タラントを取り上げられてしまうのです。それでどうなったか?5タラントの人にあげてしまいました。イエス様は「だれでも持っている者は、与えて豊かになり、持たない者は、持っている物までも取り上げられる」とおっしゃいました(マタイ25:29)。「持っている者は、与えて豊かになる」とはすごいことですね。反対に、持たない者…つまり、わずかなものでも使わない人は、持っているわずかなものまでも取り上げられてしまうということです。なんだか不公平のように思われますが、これが天国の法則です。神様に用いられたいと願う人はもっと能力が与えられ、「神様に用いられるなんてまっぴらごめんだ」と言う人からは霊の賜物が取り上げられるということです。本当に恐ろしいことです。なぞなぞみたいですね。「与えれば与えられるもの。使わなければ、なくなる物なーに」。答えは、神様からの賜物であります。

もう1つ奇跡的な出来事を引用してメッセージを終えたいと思います。エリシャの時代はイスラエルが北と南に分かれていました。さらに、アラムやシリアと戦いを交えることもあったのです。神の人エリヤがいたので、イスラエルの国が守られたと言っても過言ではありません。あるとき、アラムの王様は自分の国にイスラエルのスパイがいるのではと疑いました。なぜなら、こちらの作戦がイスラエルに筒抜けだからです。すると家来のひとりが言いました。「いいえ、王様。イスラエルにいる預言者エリシャが、あなたの寝室の中で語られることばまでもイスラエルの王に告げているのです」。王様は「行って、彼をつかまえよ」と馬と戦車と大軍とをそこに送りました。エリシャの召使が、朝早く外に出ると、なんと、馬と戦車の軍隊が町を包囲していました。彼は「ああ、ご主人様。どうしたらよいでしょう」とエリシャに告げました。するとエリシャは、「恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らと共にいる者よりも多いのだから」と言いました。そして、エリシャは「どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにして下さい」と主に祈りました。こんど若者が見てみると、なんと、火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていました。何とすばらしい光景でしょう。天の軍勢がエリシャを守っていたのです。詩篇34:7「主の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される」とあります。神様は私たちが見えなくても、天の使いをめぐらしておられるのです。そういえば、車とか自転車でヒャッとするときがありますね。子供なんかは特にあぶないですね。間一髪で守られたり、たとえ怪我をしても致命傷にならないのは、天の御使いが守っておられるからでしょう。天国に行ったら、そのビデオを見たいと思います。「ああ、あのときもお世話になっていたのですか。知らなかったとは言えお許しください。どうもありがとうございました」と数々のお礼を述べなければならないでしょう。アラムの王はたった一人を捕まえるために、全軍を遣わしました。ところが、エリシャの回りにはそれ以上の天の御使いがいました。結局、アラムの軍隊は一時的に目が見えなくなり、戦うことができませんでした。

私たちは数に頼もうとします。日本にはクリスチャンが少ないので、政治や教育界に意見を述べることができない。確かにそういうところもあります。しかし、聖書を見ますと、数ではなく、神が共におられるかが問題なようです。ギデオンの時などは、敵が海辺の砂のように数え切れないほどいました。ギデオンには3万2000人いましたが、主が「恐れ、おののく者はみな帰りなさい」といわれました。すると、2万2000人が帰り、1万人が残りました。主は、それでも多すぎると言われ、結局300人になりました。たった300人で10万人以上の敵と戦い、勝利したのです。それは、人間の力ではなく、神様がやったとしか考えられません。今から10数年前、新松戸教会から津村牧師が来られ、聖霊刷新祈祷会を当教会で開いたことがあります。津村先生はいつも、「数ではない。たたった1人でも、神様によって変えられた人がいれば、リバイバルは起こる。エリシャがその例だ」と言われたことがあります。そして、先生は一人一人に時間を取り、祈ってくださいました。私は悪い癖で、すぐ人数を数えてしまいます。アメリカとか韓国の大教会を見てきましたので、少人数じゃ寂しいと感じてしまいます。しかし、数も重要ですが、その前に質が重要です。一人一人がちゃんと神様と結びついているかが問題です。一人一人が神様から与えられた賜物を自覚してそれを生き生きと用いているかです。ペンテコステの日、聖霊が下りましたが、「炎のように分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった」と聖書に書いてあります。「みんなに」とか、「全体に」ではありません。「ひとりひとり」にです。生まれも個性も、考えも、好みも違う、賜物も違う、一人一人の上にとどまったのです。「一人一人が大事だ」ということがそこでもわかります。弁慶と義経がごはん粒から、それぞれ糊を作ったという話があります。弁慶は7つ道具の大きな棒を取り出して、器に入れたごはん粒をまとめて、力まかせにこねたそうです。一時にたくさん糊ができました。しかし、よく見ると、粒が荒っぽくて糊としては使えなかったそうです。一方、牛若丸義経は、ごはん粒を1つ1つ丹念につぶしていったそうです。時間はかかりましたが、彼が作った糊は上等だったというのです。人間をごはん粒に置き換えるのは失礼ですが、神様は十把一絡(じゅっぱひとからげ)のようには取り扱いません。一人一人を高価で尊い存在としてご覧になっています。そして、一人一人を恵みに満たしながら、神の人になるように整えて下さるのです。


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