2014年3月16日 (日)

燃え尽きたエリヤ      Ⅰ列王記19:1-8

 先週は、エリヤがバアルの預言者450人と戦い、天から火を下して勝利したという記事から学びました。しかし、きょうの記事を見ますと、エリヤは一人の怒り狂った女性におじけづいています。全く、別人のようであります。挙句の果て、「主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください」と祈っています。あの大預言者エリヤに、そんなことがあるのでしょうか?ヤコブ書5章には「エリヤは、私たちと同じような人であった」と記しています。ということは、大預言者であっても、私たちと同じような弱さがあったということです。なんという慰めでしょうか?


1.エリヤの燃え尽き

 アハブは、エリヤがしたすべての事と、預言者たちを剣で皆殺しにしたことをイゼベルに告げました。イゼベルは使者をエリヤのところに遣わして言いました。「もしも私が、あすの今ごろまでに、あなたのいのちをあの人たちのひとりのいのちのようにしなかったなら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」つまり、「お前も同じように剣で殺してやるから待っていろ!」ということです。普通だったら、エリヤは、負けじと立ち向かうところです。ところがどうでしょう?Ⅰ列王記19:3-4「彼は恐れて立ち、自分のいのちを救うため立ち去った。ユダのベエル・シェバに来たとき、若い者をそこに残し、自分は荒野へ一日の道のりを入って行った。彼は、えにしだの木の陰にすわり、自分の死を願って言った。「『主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。私は先祖たちにまさっていませんから。』」なんということでしょう?天から火を下し、バアルの預言者450人とアシェラの預言者たちを剣で打ち殺した同じ人物だとは思えません。大預言者エリヤがたった一人の怒り狂った女性を恐れて、「もう十分です。死にたいです」とは、一体どういうことなのでしょう? 

 まず、イゼベルのことについてお話したいと思います。イゼベルはシドン人の王エテバアルの娘で、政治的同盟のためにアハブと結婚しました。彼女がバアル礼拝をイスラエルに大々的に持ち込んだ張本人です。今や、エリヤによってバアルの預言者たちが殺されてしまいました。イゼベルは手負いの熊のように、怒り狂っていたのです。しかし、「天から火をくだすことのできる大預言者がなぜ恐れるのか」と思うでしょう?かなり前に、エリヤハウスで「イゼベルの霊」ということを学んだことがあります。エリヤハウス・ミニストリーは、マラキ4:6「彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。」から来ています。世の終わりになると、本当の父がいなくなり、家庭が壊れてしまうということが預言されています。エリヤハウスの1つの目的は、父の霊的権威を回復させるということです。しかし、それに対抗するために、イゼベルの霊が出現してくるということです。黙示録2章には、テアテラの教会に対して、こういうことばがあります。黙示録2:20「しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは、イゼベルという女をなすがままにさせている。この女は、預言者だと自称しているが、わたしのしもべたちを教えて誤りに導き、不品行を行わせ、偶像の神にささげた物を食べさせている。」世の終わりに、エリヤに対抗するようなイゼベルも出現するということです。これは、父の権威に対抗するイゼベルの霊であります。その証拠に、現代は、権威ということを否定するばかりか、男性が女性化しています。しかし、正しい権威はあるのです。旧約聖書に出てくるイゼベルは、バアル信仰をイスラエルに持ち込みました。しかし、アハブは王なのに、彼女のなすがままになっていました。そのため、主の預言者が殺され、国民もバアルに傾いていました。エリヤはバアルの預言者を殺し、民を真の神に向けようとしました。しかし、イゼベルが逆襲したのです。エリヤは一人の女の脅しに、おびえてしまいました。イゼベルの霊を侮ることはできません。今も、イゼベルの霊は、霊的権威とリーダーシップを弱体化するために働いています。

 では、なぜ、エリヤは彼女を恐れ、自分の死を願ったのでしょうか?それは、鬱と燃え尽きになったからです。ちなみに、鬱と燃え尽きは双子の兄弟です。エリヤはたった一人で、バアルの預言者450人、アシェラの預言者400人と戦いました。大きな声で「主よ。私に答えてください」と祈り求めました。そうしたら、天から火が降ってきました。その後、預言者たちを剣で殺しました。それで終わりではありません。カルメル山の頂上に登って、雨が降るように7度祈りました。そうすると、大雨が降って来ました。その後、エリヤはアハブの馬車の前を走りました。カルメル山からイズレエルまで、約35キロあります。フル・マラソンよりも少し短い距離です。バアルの預言者たちとの壮絶な戦い、必死の祈り、そして35キロ走ったらどうなるでしょうか?肉体的に、心理的に、そして霊的にクタクタだったと思います。そこにイゼベルの恐喝です。世の中に、ヤクザの恐喝でおびえて、夜も寝れない人がたくさんいるのではないでしょうか?エリヤが疲労困憊し、バーンアウトしているときに、イゼベルの恐喝がヒットしたのです。バーンアウトしている人を倒すのは簡単です。ひとこと、刺すような言葉を発すれば良いのです。「しっかりしてよ。それでも父親?」「それでも牧師?」おおー、そのまま倒れてしまうかもしれません。ある大学の心理学博士がこのように言っています。「10年前は2万人ほどだった日本の年間自殺者が、3万8千人へと急増しています。その増加部分の多くが中高年男性です。自殺をした中高年の多くが、本人も気づかないまま、うつ病になっていたようです。以前の日本であれば、中高年男性は職場や家庭内で尊敬されていました。しかし今や終身雇用、年功序列は崩れ、父親としての権威も失墜しました。中高年男性は自殺率と共に犯罪率も高まっています。また失業率と自殺率はこれまでリンクしてきました。社会構造の変化と大不況の中、今日本の中高年男性は危機的状況にあります。自殺する中高年男性は、必死で家を守り、プライドを守ろうとしてがんばり、ポッキリと折れていきます。」 

 ウェイン・コディロ牧師が『あなたが燃え尽きてしまう前に』という本を書いています。ウェイン・コディロ自身も52歳のとき、鬱と燃え尽きになり、3年間ミニストリーを休んだそうです。その本の中に、ウェイン・コディロ牧師の経験と酷似している「先達の証言」がありました。「私は誰よりも先に、自分が燃え尽きかけていることに気づきました。それで周りの人たちに休暇が欲しいと言い続けたのですが、帰ってくる答えはいつも、「今はこれこれのプログラムの最中ですから、あなたがいないと困ります」でした。そしてさまざまなことを私のところに持ってくるのですが、私は判断力に霧がかかったような状態になっており、決断がつきませんでした。私は人と向き合うことを避け始め、ついにはオフィスに行けなくなってしまいました。涙が止まらなくなった私を見て、周りの人々もついに休養の必要を理解してくれました。私が何かの罪を犯したのではないかと疑う人もいましたが、その時の私は自分のことだけで手いっぱいで、他の人のことを考えている余裕はありませんでした。人生のどん底と言ってもいい大変な時期でしたが、今振り返ってみると、何物にも替え難い大切な教訓をその時期に学んだと思います。私は神さまに腹を立てていました。祈りが聞かれていないと感じたからです。いくら答えを求めても与えられず、絶望感でいっぱいでした。教会でも数々の問題が起こり、何故そんなに問題ばかり起こるのだろうと感じていました。毎日、神さまとは何者なんだろうかと言う疑問と格闘し、信じることを諦めそうになっていました。私の理解では、神さまは祈り、断食すれば必ず解決を与えてくれる方だったのです。バーンアウトの初期の頃は、とにかく前進することだけを考えました。その頃は良く「お前ならできる」と自分に言い聞かせた物です。私は混乱していました。何度も何度も、「一体どうしてこうなってしまったんだ?」と自問しました。

 ヤコブが「エリヤは、私たちと同じような人であった」と記しているのは、何と言う慰めでしょうか?あの大預言者エリヤも鬱と燃え尽きになったのです。私たちも多忙な社会において、鬱や燃え尽きになる可能性があるということです。クリスチャンは「霊的には」とか、「信仰によって」と言いがちです。しかし、これは心と肉体の問題です。全部、霊によって解決しようとすると、空回りに終わってしまうかもしれません。私たちは土の器という肉体の中に、宝を持っていることを忘れてはいけません。


2.エリヤの回復

 神さまは燃え尽きたエリヤをどのように取り扱われたのでしょうか?神さまは、御使いを遣わしました。Ⅰ列王記19:5-7「彼がえにしだの木の下で横になって眠っていると、ひとりの御使いが彼にさわって、『起きて、食べなさい』と言った。彼は見た。すると、彼の頭のところに、焼け石で焼いたパン菓子一つと、水の入ったつぼがあった。彼はそれを食べ、そして飲んで、また横になった。それから、【主】の使いがもう一度戻って来て、彼にさわり、「起きて、食べなさい。旅はまだ遠いのだから」と言った。」エリヤがケリテ川に身を隠していたとき、主はからすに命じて養わせました。朝と夕に、からすがパンと肉を運んでくれました。その次に主は、ツァレパテのやもめに命じて給仕させました。今度は、天の使いの世話を施しました。沢村五郎と言う人が『聖書人物伝』という本で、エリヤのことを書いています。「天の使いは夜もすがら彼を抱きつつ見守ったであろう。その夜の眠りは、どんなに甘かったことであろうか。天の使いの優しい手ざわりに心地良く目覚めて、まくらもとを見ると、そこにはパンと水が備えられている。エリヤは慈母の膝に目ざめた幼児のように、食べ、かつ飲んだ。そのなごやかな安息の気分は、また彼を眠らせた。主の使いは再び彼を起こして、食べさせ、かつ飲ませた。エリヤの心身は、深い眠りと飲食によって再び爽やかにされたであろう。」アーメン。私も「天の使いの世話を受けたいなー」と思いました。家内は看護師ですが、私は滅多に病気で倒れることがありません。医学を否定するようなことを言って、喧嘩をふっかけることがあります。しかし、強靭な私も10年に1回くらい弱ることがあります。10数年前は、インフルエンザにかかり立てなくなりました。迎えに来たタクシーまで歩けませんでした。昨年の9月は熱中症にかかり、初めて救急車に乗りました。病院で3時間くらい点滴を受けました。この時ばかりは、家内が天使に見えました。

 エリヤはさらに深い神の取扱いを受けるために、40日40夜、歩いて、神の山ホレブに着きました。ホレブというのは、モーセが十戒を受けた同じ山です。主は「エリヤよ。ここで何をしているのか」と仰せられました。Ⅰ列王記19:10-12「エリヤは答えた。『私は万軍の神、主に、熱心に仕えました。しかし、イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうとねらっています。』主は仰せられた。『外に出て、山の上で主の前に立て。』すると、そのとき、主が通り過ぎられ、主の前で、激しい大風が山々を裂き、岩々を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風のあとに地震が起こったが、地震の中にも主はおられなかった。地震のあとに火があったが、火の中にも主はおられなかった。火のあとに、かすかな細い声があった。」エリヤは自分の悩みを主の前にさらけだしました。まるで、泣き言のように思えます。それに対して、主は何も答えていません。ただ、「外に出て、山の上で主の前に立て」と仰せられただけです。激しい大風、地震、火という描写は何を想像させるでしょうか?そうです。モーセがシナイ山の頂で経験したことと全く同じです。主が現れたときは、雷と稲妻、火と地震がありました。おそらく、エリヤもそのように自分に語ってくれるだろうと期待したのでしょう。しかし、主は風の中かにも、地震の中にも、火の中にもおられませんでした。火のあとに、かすかな細い声がありました。これは、一体どういうことでしょう?エリヤのこれまでの奉仕は、どちらかと言うと劇的なものでした。たった一人で戦い。天から火を下し、剣でバアルの預言者を切り殺し、大雨を降らせました。その後、イゼベルの恐喝で屈してしまいました。本当に激しい戦いで、霊も心も体もボロボロでした。鬱と燃え尽きの人に、大風や地震、火、あるいは大声で語ってはいけません。か細い命が、消し去られるでしょう。主は、かすかな細い声で語られました。なんという、主のおはからいでしょうか!

 先ほど引用した、エリヤハウスで燃え尽きの癒しについて書かれていました。「中でも第三段階まで燃え尽きが進んでしまった人の場合、神様からの慰めすら冷たい石のようにしか感じられなくなるからである。みことばを読んでも、何の慰めにもならないこともあるだろう。だから祈りも、意味がないように思われることがある。一生懸命、尽して、尽して、奉仕してきた。しかし、最後には見放されたような心境になっているからである。だから、私たちは無条件にサポートするように助けていかなければならない。一緒に過す時間をその人が求めるなら、それはすばらしいことである。一緒に何か、面白い映画に行くことも良いだろう。自分がこれまで背負っていた重荷について忘れられるような映画など。「ゴミ捨て場の犬になりましょう」というのがある。アメリカの犬の中でも、ゴミ捨て場にたむろしているような野良犬は、すごく怖い。「お前たちにとっては、ゴミ溜かもしれないが、俺たちにとっては大事なゴミ捨て場だ」と吼えてくる。私たちも同様に「この人は、燃え尽きて、今は役に立たないような人間に見えるかもしれないが、でも、私たちの大事な友人です」という態度で、私たちはその人を守って行かなければならない。それほどの忠誠心を尽してその人を守ってあげることが大切である。そういう人のことを頭に思い浮かべては涙が出る。多少回復してきて、初めて自分についていろいろなことが見えるようになってくる。自分が苦しんでいることの意味というのが分かるようになってくる。」

 主なる神は、エリヤに具体的な解決策を与えました。第一は、「ダマスコのハザエルに油を注いで、アラムの王とせよ」と命じました。第二は、「ニムシの子エフーに油を注いで、イスラエルの王とせよ」と命じました。第三は、「シャファテの子エリシャに油を注いで、あなたに代わる預言者とせよ」と命じました。エリシャはエリヤの後継者になる人です。預言者の務めは、王や預言者に油を注いで、任命することです。では、だれがアハブ王とイゼベルをさばくのでしょうか?エリシャが任命した王や預言者がさばくと言っています。Ⅰ列王記19:17「ハザエルの剣をのがれる者をエフーが殺し、エフーの剣をのがれる者をエリシャが殺す。」Ⅱ列王記10章に、エフーによって、主がアハブの家について告げられたことが成就したことが記されています。アハブの家は跡形もなく滅ぼされてしまいました。エリヤは「私はたった一人で戦い、たったひとり残りました」と主に告げています。しかし、そうではありませんでした。Ⅰ列王記19:18 「しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残しておく。これらの者はみな、バアルにひざをかがめず、バアルに口づけしなかった者である。」エリヤは全イスラエルが真の神から離れ、バアルを拝んでいると思っていました。「自分には一人も味方がいない」と孤独な戦いを続けていました。しかし、そうではありません。主は、バアルにひざをかがめず、バアルに口づけしなかった7000人を残しておかれました。7000人とは、エリヤの支持者たちです。エリヤは意識していませんでしたが、7000人がエリヤのために祈って支えてくれていたのです。ハレルヤ! 

 7000人とは結構な数ではないでしょうか?日本も宣教が難しい国であると良く言われます。宣教師が何十年も働いても、実が結ばないで、失望のうちに帰国する人がたくさんいます。日本の牧師たちは「自分のところがいかに難しいか」といつくも理由をあげます。「いや、私の方がもっと難しい」と競い合ったりします。しかし、それは違います。主が北イスラエルに、バアルにひざをかがめず、バアルに口づけしなかった7000人を残しておかれました。同じように、この日本にも純粋な信仰をもっている人たちを用意しておられると信じます。実は使徒パウロもローマ11章でこのみことばを引用しています。パウロの時代はユダヤ人がキリストを信じないばかりか、教会を迫害しました。それで、パウロは異邦人のところに福音を伝えました。しかし、どうにかして同胞のユダヤ人が救われないものかと、祈っています。ローマ11:3-5「『主よ。彼らはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇をこわし、私だけが残されました。彼らはいま私のいのちを取ろうとしています。』ところが彼に対して何とお答えになりましたか。『バアルにひざをかがめていない男子七千人が、わたしのために残してある。』それと同じように、今も、恵みの選びによって残された者がいます。」パウロは、7000人のことを「恵みの選びによって残された者」と言っています。私たちは「ああ、もっと伝道しなければならない」と思います。伝道も大切です。しかし、もっと大切なことは、神さまはこの日本にも、「恵みの選びによって残された者」を備えておられるということです。ギャラップの調査によると、「日本には潜在的なクリスチャンの数が3割いる」というデーターがありました。彼らは「私はクリスチャンです」と、公に告白していません。また、こういう地方教会にもつながっていません。でも、心の中で、「もし、神さまを信じるならキリスト教の神さまだな」と思っているということです。「勝手なこというな!」とギャラップに文句を言いたくなります。しかし、神さまはこの日本にも、「恵みの選びによって残された者」を備えておられるということです。献身者一人が戦っているのではありません。牧師一人が戦っているのでもありません。そうではなく、神さまはバアルにひざをかがめず、バアルに口づけしなかった者、7000人を用意しておられます。ここにいる私たちは「私はクリスチャンになります」「私はクリスチャンです」と表面に出てきた人たちです。しかし、まだ、日本には表に出て来ていない、潜在的なクリスチャンが大勢いるということです。聞くところによると、創価学会の代表が死んだら(もう死んだという説もありますが)、3分の1がキリスト教会に来るだろうと言われています。彼らの中にも真面目に神さまを求めている人たちがいるのです。「キリストの神さまがこそが本物ではないだろうか?」と教会にやってくるかもしれません。そのとき、私たちは「アーメンその通りです」と彼らを受け入れ、彼らを養育していく責任があります。そのためには、私たちは命がけで、キリストの神さまを信じて、愛している必要があります。せっかく彼らが教会にやって来たのに、「なーんだ。なまぬるい信仰だな」と躓かせてはいけません。肉的にがんばる必要はありませんが、「エリヤの神は私の神」と誇りながら、全身全霊をもって従っていきたいと思います。この日本にも、恵みの選びによって残された者が多数いることを信じましょう。


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2014年3月 9日 (日)

火を下したエリヤ     Ⅰ列王記17:1-16

火を下したエリヤ     Ⅰ列王記17:1-16      2014.3.9

 エリヤは「主は神である」という意味です。ソロモンの後、北と南に王国が分裂しました。北王国のヤラベアムは、自分勝手に神殿を作り、金の子牛を拝ませました。それ以来、北王国には、良い政治を行う王は一人も起こりませんでした。Ⅰ列王記16章後半にその頃の背景が記されています。南ユダのアサ王の第38年、オムリの子アハブが北イスラエルの王になりました。彼は、以前のだれよりも主の前に悪を行いました。最悪の王、アハブは異邦のシドン人のイゼベルを妻にめとりました。彼はイゼベルに言われるまま、バアル信仰を大々的に導入しました。バアルは農壌神であり、性的堕落をもたらす祭儀が組み込まれていました。そこに、突然エリヤが現れ、アハブに主のことばを告げました。


1.訓練を受けたエリヤ

 Ⅰ列王記17:1「私の仕えているイスラエルの神、【主】は生きておられる。私のことばによらなければ、ここ二、三年の間は露も雨も降らないであろう。」これは、偶像礼拝に対する、主のさばきであります。露も雨も降らなければ、穀物を収穫できないし、家畜も草を食べることができません。当然、エリヤは命を狙われるでしょう。17:2-3「それから、彼に次のような【主】のことばがあった。「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。そして、その川の水を飲まなければならない。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」エリヤは主のことばどおりにしました。するとどうでしょう?烏が朝になると彼のところにパンと肉を運んできました。また、夕方になるとパンと肉を運んできました。エリヤはそれを食べ、川から水を飲みました。烏が人からパンと肉を盗むということは聞いたことがあります。しかし、何かの間違いでしょうか?あの狡猾で自己中の権化の烏が、人に食べ物を持ってくるとはどういうことでしょう?ここで注目すべきことは17:4「私は烏に、そこであなたを養うように命じた」という主のことばです。そうです。全世界を支配しておられる、神さまが烏に「谷川にエリヤという人物がいるから、朝と夕にパンと肉を運べ」と命じたのです。数羽の烏は「カァ」と叫んで、交代、交代に、どこからかパンと肉を見つけて、エリヤのもとに忠実に運んだのです。本当は自分たちで食べたかったのに、エリヤに与えたのです。ちょっと常識では考えられません。「すごいなー」と思います。でも、烏に養われたエリヤはどう思うでしょうか?「俺は、烏に養われているのか?俺は、烏よりも劣るのか?」と思ったのではないでしょうか?これが重要なのです。大預言者エリヤはまず、烏に養われる必要があったのです。

次にどうなったでしょう?Ⅰ列王記17:7 「しかし、しばらくすると、その川がかれた。その地方に雨が降らなかったからである。」命の綱であった、川の水もなくなりました。そこまで、ききんが深刻だったと言うことです。さあ、どうしたら良いでしょう。17:8「すると、彼に次のような【主】のことばがあった。『さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしは、そこのひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている。』」こんどは、烏ではなく、異邦人のやもめを頼れと言うのです。烏もそうですが、やもめも頼りにならない存在ではないでしょうか?そのやもめは、最後のパンを食べて、子どもと一緒に死のうと思っていました。ちょうど、パンを焼くためのたきぎを拾うために出て来ていました。エリヤは彼女に出会って、何と言ったでしょう?「水さしから水を飲ませてください」。さらに、「一口のパンを持ってきてください」と言いました。「人でなし」という言葉は、こういう時に使うのではないでしょうか?やもめと子どもの最後の食事を「私によこせ」と言っているからです。彼女には、かめの中の一握りの粉と、つぼの中にほんの少しの油しかありませんでした。やもめは、言われたとおり、小さなパン菓子を作り、エリヤのところに持っていきました。しかし、どうなったでしょう?Ⅰ列王記17:16「エリヤを通して言われた【主】のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかった。」パンを作ると、使った分だけ、かめには粉が増えました。また、使った分だけ、つぼの油が増えました。翌日、パンを作ると、使った分だけ、かめには粉が増えました。また、使った分だけ、つぼの油が増えました。次の日も、次の日も、不思議なことが続きました。「いつまでも、なくならなかった」ということです。「そんな馬鹿な?」と言わないでください。これは、主の奇蹟です。アーメン。おそらく、1年以上、雨が降るまで、こういうことが続いたと思われます。やもめと子どもは、エリヤを世話したことによって、自分たちも生き延びることができたのです。エリヤはこのあと天から火をくだす奇跡を行います。神さまは御自分が用いようとする人には、必要な訓練をお与えになります。彼は3年半、身を隠していました。ケリテ川のほとりでは烏に養われました。川の水がかれた後は、シドンのやもめのところに身を寄せました。しかし、神さまはエリヤを忘れてはいませんでした。Ⅰ列王記18:1「それから、かなりたって、三年目に、次のような主のことばがエリヤにあった。『アハブに会いに行け。わたしはこの地に雨を降らせよう。』」

エリヤは大きな奇跡を行う前に、3年半の訓練を受けました。どのような訓練でしょうか?Ⅰ列王記16章後半からよく出てくる表現は「主のことば」とか「主のことばのとおりです」。合計6回出てきます。「ケリテ川で烏に養われよ」と言われれば、「主のことばのとおりにしました」。また、「シドンのツァレファテのやもめのろころへ行け」と「主のことば」があれば、それに従いました。主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油がなくなりませんでした。その後、やもめの息子が突然、死にました。やもめは「世話をした私に災いを下して、息子を死なせるのですか」と恨み事を言いました。しかし、エリヤはその子のために祈りました。すると、その子は生き返りました。やもめは「今、あなたが神の人であり、主のことばが真実であることを知りました」と告白しました。エリヤは「主のことばは必ずなる」という、信仰の訓練を受けたのです。こういう信仰の積み重ねが、やがて、天から火を下すことのできる信仰となったのです。私たちはまず、ふだんの生活において、主のことばのとおり生きるという信仰の訓練が必要です。その積み重ねが、やがて大きな信仰へと成長するのです。

2.天から火を下したエリヤ

Ⅰ列王記18:17-19 「アハブがエリヤを見るや、アハブは彼に言った。『これはおまえか。イスラエルを煩わすもの。』エリヤは言った。『私はイスラエルを煩わしません。あなたとあなたの父の家こそそうです。現にあなたがたは【主】の命令を捨て、あなたはバアルのあとについています。さあ、今、人をやって、カルメル山の私のところに、全イスラエルと、イゼベルの食卓につく四百五十人のバアルの預言者と、四百人のアシェラの預言者とを集めなさい。』」それから、2つの祭壇がつくられました。1つはバアルのために、もう1つはエリヤが言う主のために、です。それぞれ、牛を切り裂き、たきぎの上に載せます。しかし、火をつけてはいけません。エリヤはこう言いました。Ⅰ列王記18:24「『あなたがたは自分たちの神の名を呼べ。私は【主】の名を呼ぼう。そのとき、火をもって答える神、その方が神である。』民はみな答えて、『それがよい』と言った。」天から祭壇に火を下すことができた方が、まことの神さまだということです。一方は450人のバアルの預言者、他方はエリヤひとりしかいません。そこにいたイスラエルの民は、どっちにつくか迷っていました。まず、バアルの預言者たちが祭壇を作り、たきぎの上に切り裂かれた雄牛を載せました。彼らは朝から真昼まで、「バアルよ。私たちに答えてください」とバアルの名を呼びました。しかし、何の声もなく、答える者もありませんでした。そこで、彼らは自分たちが作った祭壇の周りを踊り回りました。エリヤは彼らをあざけって言いました。ここからは、リビングバイブルを引用したいと思います。「もっと、もっと大声を出せ。そんな声じゃ、お前たちの神には聞こえんぞ。だれかと話し中かもしれんからな。トイレに入っているかもしれんし、旅行中かもしれん。それとも、ぐっすり寝込んでいて、起こしてやる必要があるかもしれんな。」「トイレ」とはものすごく砕けた訳です。彼らはますます大きな声で呼ばわり、剣や槍で血を流すまで自分たちの体を傷つけました。夕暮れ時まで騒ぎましたが、何の声もなく、答える者もなく、注意を払う者もありませんでした。8時間くらいそうしていたのでしょう。あとで、450人のバアルの預言者が剣で殺されますが、疲労困憊の状態で抵抗できなかったと思います。

さあ、こんどはエリヤの番です。エリヤも同じ祭壇を築いて、たきぎの上に切り裂いた雄牛を載せました。しかし、それだけではありません。エリヤはわざと燃えにくくするために、たきぎの上に三度も水をかけさせました。また、祭壇の周りに溝を掘らせ、そこにも水を満たしました。私もキャンプ・ファイヤーを何度も見たことがありますが、たきぎに水をかける人はいません。これでは、マッチや着火マンがあっても無理です。預言者エリヤが進み出て、こう祈りました。Ⅰ列王記18:37「私に答えてください。【主】よ。私に答えてください。この民が、あなたこそ、【主】よ、神であり、あなたが彼らの心を翻してくださることを知るようにしてください。」18:37「すると、【主】の火が降って来て、全焼のいけにえと、たきぎと、石と、ちりとを焼き尽くし、みぞの水もなめ尽くしてしまった。民はみな、これを見て、ひれ伏し、『【主】こそ神です。【主】こそ神です』と言った。」なんと、いけにえだけではなく、祭壇の石まで焼き尽くし、溝の水もなめ尽してしまいました。おそらく、落雷のように火の玉が下ったのでしょう。その後、エリヤは「バアルの預言者たちを捕えよ。ひとりも逃すな」と、民たちに命じました。エリヤは彼らをキション川に連れて下り、そこで彼らを殺しました。なんという力ある預言者でしょうか。エリヤはイザヤのように文章は残しませんでした。しかし、行動によって「主が神である」ことを教えたのです。エリヤはたった一人で、バアルの預言者450人と、アシェラの預言者400人と戦いました。イスラエルの民は「どっちにつくべきか」迷っていました。しかし、天から火が下って来て、民たちはエリヤの神が本当であることを知りました。私たちはエリヤの情熱と勇気を学ぶ必要があります。私たちのまわりに、神さまを信じない人が99%いようとも、信仰を捨ててはいけません。私たちの神さまは必要とあらば、天から火を下してご自分がまことの神であることを証明してくださるからです。


3.大雨を降らせたエリヤ

 Ⅰ列王記18:41以降に、エリヤが祈って大雨を降らせた記事がのっています。エリヤはカルメル山の頂上に登り、地にひざまずき、自分の顔をひざの間にうずめました。一体、どんな格好で祈ったのでしょう?必死に祈ったのでしょう。エリヤは、従者に「さあ、上って行って海のほうを見てくれ」と言いました。従者は「何もありません」と答えました。エリヤは「七たび繰り返すのだ」と言いました。再び、エリヤは顔をひざの間にうずめ祈りました。その後、従者が見に行きました。「何もありません」。また、エリヤは顔をひざの間にうずめ祈りました。その後、従者が見に行きました。「何もありません」。また、エリヤは顔をひざの間にうずめ祈りました。その後、従者が見に行きました。「何もありません」。また、エリヤは顔をひざの間にうずめ祈りました。七度目、従者は「あれ。手の平ほどの小さな雲が海から上っています」と言いました。しばらくすると、空は濃い雲と風で暗くなり、やがて激しい大雨となりました。近くに来ていたアハブ王は、車(馬が引く車)に乗って、避難しました。主の手がエリヤの上にあったので、エリヤは腰をからげて、アハブの前を走って行きました。何というパワーでしょう。

 新約聖書のヤコブ書にエリヤのことがこのように記されています。ヤコブ5:17 「エリヤは、私たちと同じような人でしたが、雨が降らないように熱心に祈ると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。そして、再び祈ると、天は雨を降らせ、地はその実を実らせました。」ヤコブは雨が降らないように熱心に祈りました。3年半、雨が降りませんでした。その後、雨が降るように再び祈りました。そうすると雨が降り、地はその実を実らせました。この祈りによる奇跡は、どんなメッセージなのでしょうか?実はバアルは農作物の農壌をもたらす神と考えられていました。この神は雨と霧と露を支配し、カナン人の農耕の鍵を握っているとされていました。しかし、エリヤの神こそ、まことの神であり、雨を3年半留め、また再び雨を降らせました。エリヤはそのことを民たちに証明したのです。でも、その奇跡が起こるために、エリヤは祈る必要がありました。旧約聖書においてエリヤは特別な人物と考えられていました。なぜなら、天から火をくだしたり、雨をとどめたり、また、降らせたりしたからです。現代の科学の力をしても、そんなことは不可能です。天気の予報はできますが、天候を変えることはできません。

 ここで注目すべきことは、エリヤは雨が再び、降るために7度、祈ったということです。7は聖書では完全数です。ですから、エリヤは雨が降るように祈り抜いたということです。7度目に従者が「あれ。手の平ほどの小さな雲が海から上っています」と言いました。本当に小さな雲だったと思いますが、祈りの答えが見えました。エリヤは激しい大雨がやってくることを知りました。しるしが見えたならば、もう祈っていません。私たちも回数はともかく、神さまのしるしが見えるまで、祈り抜く必要があります。私も祈りますが、祈り抜くというところまで行かないときが多くあります。祈りが一方通行で、「きっと届いたと思います」位です。もちろん、どのような祈りであっても神さまは聞いてくださいます。しかし、こういう神さまの奇跡が起こるように祈る祈りは、普通の祈りでは足りないと思います。しるしが見えるまで、祈り抜くということが大事です。私も癒しの祈りを良くしますが、一生懸命になって、目をつぶって祈ってしまいます。私に癒しを伝授してくださった中島先生は、「目をつぶってはいけない、目を開けて祈りなさい」と教えてくださいました。聖霊様がその人に触れているかどうか見ることができるからです。「あ、聖霊様が何かをし始めたな」と分かったら、あとは任せれば良いということです。私たちの生涯で、祈り抜いたという経験がおありでしょうか?

先月、関東コーチングで横田先生がここでメッセージしてくださいました。会堂建築を今年始めることになったそうですが、役員の中に建築士1級の人がいるそうです。その方が、東京オリンピックが決まったので資材が30%上がったと言いました。今、手元に1億円しかありません。もし、それに合わせるとしたら、30%質を落とさなければなりません。横田先生はそういう場合は、飯能市の名栗川上流に祈るために行きます。川のそばにテントを張り、たき火を起こして、祈るわけです。あるときは、テントに泊まるそうです。まあ、熊が出るようなところです。横田先生はマタギに見えるので、熊も怖がるかもしれません。そのとき、祈りに祈りました。そうしたら、神さまが必要を与えてくださるという信仰が来たそうです。つまり、予算で会堂を決めるのではなく、ビジョンで決めるという信仰をいただきました。そのことを役員会に語ったら、みんな「そうしよう」と一致できたそうです。大変励ましを受けましたが、「私は最近、そのような祈りはしていないなー」と反省させられました。なぜ、エリヤは7度もしるしが見えるまで祈ったのでしょう?なぜ、私たちはある場合、祈り抜かなければならないのでしょうか?それは、サタンが私たちの祈りを邪魔しているからです。特に、環境や状況を変えるための祈りは、祈り抜かなければなりません。神さまは第三の天におられます。私たちが住んでいる地上は第一の天です。しかし、その中間の第二の天は霊的な世界です。天使も働いていますが、悪魔も働いています。もし、私たちが「みこころならばお願いします」とか「できたらお願いします」みたいな中途半端な祈りなら、途中でつき飛ばされてしまうでしょう。たとえば、バスケットボールで、だれかがシュートしたとします。しかし、相手側はジャンプして手前でボールを叩き落とそうとします。敵のドリブルやパスを奪うことをインターセプトと言います。追撃機が追撃するときも言うようであります。サタンは神さまと地上の間にいて、私たちの祈りを奪い取ろうとします。もちろん、私たちは霊的には神さまの御座にいます。しかし、奇跡を呼び求めるための祈りは、地上から必死に祈る必要があります。どうしてもそこには、霊的な妨げが伴います。そこで、私たちはサタンの妨げを破って、祈り抜く必要があります。

 使徒パウロはエペソの人たちに、とりなしの祈りの重要性を教えています。とりなしの祈りというのは、その人に代って祈ることです。どうしても、本人の祈りが弱いときがあります。あのパウロですら、自分のために祈ってくださいとお願いしています。エペソ6:18-19「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。」日本は、北イスラエルと同じような偶像の国です。首相自ら、偶像を拝んでいるような国です。また、まことの神さまも、聖書も信じていない日本人は、サタンの思うままになっています。私たちは自分のためだけではなく、教会のため、家族のため、地域社会のため祈る必要があります。神さまは全能のお方ですが、私たちの祈りを通してでなければ、働けない分野があります。世の終わり、エリヤのようにみことばにまっすぐ従う人とエリヤのような祈りが必要です。エリヤはたった一人で戦ったのですから、人数の多さではありません。当時の人々は、火をもって答える神を待っていました。今の人たちも、本当の神さまがいたなら、信じたいと思っているのではないでしょうか。神さまからチャレンジをいただいたら、それにこたえる者となりましょう。エリヤの神は火をもって答える神です。私たちも、エリヤのように祈り抜いて、神さまの奇蹟を体験したいと思います。


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2014年2月 9日 (日)

南北の王       Ⅰ列王記12:1-7

 主はソロモンに対して「私が命じた契約とおきてを守らなかったので、王国を引き裂いて、家来に与える」と言われました。ソロモンの後、息子のレハブアムが王になりました。ところが、彼は長老たちの助言を退けたので北の部族が離れていきました。一方、家来であったヤロブアムがソロモンに反逆し、エジプトに逃れていました。ソロモンの死後、北の部族が彼を呼び戻し、イスラエルの王にしました。つまり、南ユダの王はレハブアム、北イスラエルの王はヤロブアムになりました。旧約聖書の歴史において重要なので、二人の人物を取り上げてみました。


1.レハブアム

 ソロモンの死後、ソロモンの子レハブアムが王になりました。イスラエル、つまり北部族がレハブアムに言いました。Ⅰ列王記12:4「あなたの父上は、私たちのくびきをかたくしました。今、あなたは、父上が私たちに負わせた過酷な労働と重いくびきとを軽くしてください。そうすれば、私たちはあなたに仕えましょう。」レハブアムは「3日間、待つように」と申し送りました。初めに、ソロモンに仕えていた長老たちに、どう返事をしたら良いか相談しました。彼らは「きょう、あなたが、この民のしもべとなって彼らに仕え、彼らに答え、彼らに親切なことばをかけてやってくださるなら、彼らはいつまでもあなたのしもべとなるでしょう」と助言しました。確かにソロモンは神殿と宮殿を建てるためにイスラエル人にも強制労働をさせました。また、国を維持するために重い税金を課してきました。ユダ部族だけが優遇され、北部族に不満がたまっていたことでしょう。次に、レハブアムは自分とともに育った若者たちに、どう返事をしたら良いか聞きました。彼らはこのように答えたら良いと言いました。「私の小指は父の腰よりも太い。私の父はおまえたちに重いくびきを負わせたが、私はおまえたちのくびきをもっと重くしよう。私の父はおまえたちをむちで懲らしめたが、私はさそりでおまえたちを懲らしめよう」。三日後、レハブアムと北部族が王のもとにやってきました。王は荒々しく民に答え、長老たちが与えた助言を退け、若者たちの助言どおり答えました。そのため北の10部族は「ダビデには、われわれへのどんな割り当て地があろう」と自分たちの天幕に帰って行きました。そして、ヤロブアムを北イスラエルの王にしました。レハブアムはユダの全家とベニヤミン部族をもって、戦おうとしましたが、預言者からストップがかかりました。なぜなら、主がそのようにさせたからです。

 私たちはレハブアムからどのようなことを教訓として学ぶべきでしょうか?ソロモンの治世の終わり、イスラエルは偶像礼拝と物質主義に陥りました。ソロモンは富国強兵策を進めるために民を奴隷のように扱っていました。レハブアムも父ソロモンの政治哲学を受け継ぎ「民は王のために存在する」という立場に立っていました。長老たちの「過酷な労働と重いくびきを軽くしてください。そうすれば、私たちはあなたに仕えましょう」という提案は、実に理にかなうものでした。しかし、レハブアムは「王は民のために存在する」ということを悟ることができませんでした。彼は長老たちの助言を退け、自分に仕えている若者たちに相談して、その意見に従いました。「私の父はおまえたちのくびきを重くしたが、私はおまえたちのくびきをもっと重くしよう。父はおまえたちをむちで懲らしめたが、私はさそりでおまえたちを懲らしめよう。」と言いました。このことが北部族を怒らせ、ついに南北王朝分裂へと突進していくのです。レハブアムは良き助言を無視した人です。昨年、猪瀬都知事が5000万円問題で、辞任に追い込まれました。多くの人たちが、「真相はどうなのか」と経過を見守っていたことでしょう。あるジャーナリストがこのように言っていました。「彼は虚像で生きた、裸の王様であった。彼は前都知事に仕えていたブレーンを全部辞めさせ、若い人たちと総入れ替えした。彼は傲慢になり、だれの言うこともきかなかった。本来なら、いろんな逃げ道があるのに、自らが弁明し墓穴を掘った。今回の辞任に至る騒動は、彼が『出世』をする中で作り出した自らの虚像によって力を過信し、傲慢となり、高揚感の中で、現実が見えなくなったことが一因としか思えない。誰もがたどりかねない過ちである。」講壇から政治のことを語るのは、あまり良くないことを知っています。しかし、「レハブアムと似ているところがあるなー」と思いました。正月番組で天才棋士、米長邦夫氏のことが語られていました。「今でしょう」の林先生が教えていました。3人の兄は東京大学に進みました。米長氏は「兄達は頭が悪いから東大へ行った。自分は頭が良いから将棋指しになった」と言いました。彼が7段の人から「私の指し方を学べ」と言われました。しかし、「癖がつくからイヤだ」と断わりました。なぜなら、「その人から学んでも7段止まりだろう」と思ったからです。彼は40歳前半で4冠を取り、「世界一将棋の強い男」と称されました。ところが、それから突然、全く勝てなくなりました。そして、4冠すべてをなくしてしまいました。彼はそれまで、「独学」をモットーとしていました。悩んだあげく、彼は「独学」を返上して、だれからも学ぶことにしました。自分より年が若い人であっても「先生」と呼んで、将棋を1から学びなおしました。そのことが効し、49歳11か月で悲願の名人位を獲得しました。50歳での在位(「50歳名人」)は、史上最年長記録であるということです。『聖書の人々』で中川健一先生は、「良き助言を受け入れる人は、賢い人です。リーダーになる資格は、他人の助言に耳を傾けられることです」と述べています。

 レハブアムは、最初の3年間は忠実に歩んだようです。しかし、王政が確立し、強くなるに従って主から離れていきました。Ⅱ歴代誌12:1「レハブアムの王位が確立し、彼が強くなるに及んで、彼は【主】の律法を捨て去った。そして、全イスラエルが彼にならった」とあります。石の柱、アシェラ像、神殿男娼などが国中にはびこり、異邦の忌みきらうべきならわしが民の間で行われました。レハブアムは、主要な町々の防備を固め、外敵に備えようとしました。しかし、神さまに見捨てられた国を武力で守ることはできません。ついに、エジプトの王、シシャクがエルサレムに攻め上ってきました。そして、主の宮の財宝、王宮の財宝を奪い取り、何もかも奪って、ソロモンが作った金の盾をも奪い取りました。Ⅱ歴代誌12:10-11「それで、レハブアム王は、その代わりに青銅の盾を作り、これを王宮の門を守る近衛兵の隊長の手に託した。王が【主】の宮に入るたびごとに、近衛兵が来て、これを運んで行き、また、これを近衛兵の控え室に運び帰った。」ソロモンが蓄えた財宝が一瞬にして消え去りました。何ということでしょう。レハブアムの失敗のゆえに、金の盾が青銅の盾に置き変わってしまいました。金の盾に比べたら、青銅の盾はレプリカみたいなものです。最初は金のように光っていますが、少し経つと緑色に錆びてしまいます。金の盾から青銅の盾に取り変えたことは、レハブアムの人生を物語っています。彼は父ソロモンからすばらしいものを受け継ぎました。しかり、彼の治世のときイスラエルが分裂し、周りの国々から領土を侵略されていきました。レハブアムは三年の間、ダビデとソロモンの道に歩みました。しかし、王位が確立し、彼が強くなるに及んで、主の律法を捨て去りました。そして、全イスラエルが彼にならいました。なぜ、エジプトの王シシャクが攻め上ってきたのでしょう?Ⅱ歴代誌12:2「彼らが主に対して不信の罪を犯したからである」と書いてあります。旧約聖書においては、律法こそは最も大事な戒めであり、命令でした。特に偶像礼拝は最も忌み嫌われる背信の行為でした。だから、神の守りがなくなり、外敵に攻め込まれ、王宮の財宝や金の盾が奪い去られたのです。

 新約の私たちはどのような教訓を彼から学ぶできでしょう?レハブアム、都知事、天才棋士に共通していることは、「慢心」であります。慢心とは、おごり高ぶること、自慢する気持ちであります。だれでも事業がうまくいき、軌道に乗ると慢心してしまいます。「ああ、私も大したもんだ」と自分を誇ってしまいます。新約的に偶像崇拝とは、神さま以外のものを頼るということです。築いた富や栄光が神さまになってしまいます。まさしく、ラオデキアの教会がそうでした。黙示録3:17「あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。」と書いてあります。ラオデキアは金融業、目薬、毛織物で有名でした。物質的繁栄に満足して、イエス様を外に締め出していました。イエス様が「私は戸の外に立って叩く」と言っているのはそのためです。あの呼びかけは、未信者ではなく、イエス様を締め出しているクリスチャンへのことばです。成功し繁栄することは悪いことではありません。しかし、主に栄光を帰することを忘れ、自分を誇るようになる危険性もあるということです。ですから、そうならないために、身近な人の忠告や助言をありがたく受け止めたいと思います。何よりもイエス様を締め出さず、主の御声に聞きしたがうことであります。耳にタコができると良く言います。タコは皮が厚くなり、柔軟性がなくなるということです。耳の鼓膜が固くなるなら、音が聞こえなくなります。神さまに対しても人々に対しても、柔らかい心を持っていたいと思います。


2.ヤロブアム

 ソロモンが主の契約とおきてを守らなかったので、主は「王国を引き裂いて、家来に渡す」と言われました。その家来というのが、ヤロブアムでした。ヤロブアムは手腕家だったので、ソロモンはヨセフの家のすべての役務の管理を任せました。あるとき、預言者アヒヤが彼と道で出会いました。アヒヤは着ていた外套をつかみ、それを12切れに引き裂き、ヤロブアムに言いました。Ⅰ列王記11:31「十切れを取りなさい。イスラエルの神、【主】は、こう仰せられます。『見よ。わたしはソロモンの手から王国を引き裂き、十部族をあなたに与える。しかし、彼には一つの部族だけが残る。それは、わたしのしもべダビデと、わたしがイスラエルの全部族の中から選んだ町、エルサレムに免じてのことである。』というのは、彼がわたしを捨て、シドン人の神アシュタロテや、モアブの神ケモシュや、アモン人の神ミルコムを拝み、彼の父ダビデのようには、彼は、わたしの見る目にかなうことを行わず、わたしのおきてと定めを守らず、わたしの道を歩まなかったからである。」ですから、王国が分裂し、10の部族がヤロブアムにつくことは主のみこころだったのです。主はソロモンと同じようなことをヤロブアムにも言いました。Ⅰ列王記11:38「もし、わたしが命じるすべてのことにあなたが聞き従い、わたしの道に歩み、わたしのしもべダビデが行ったように、わたしのおきてと命令とを守って、わたしの見る目にかなうことを行うなら、わたしはあなたとともにおり、わたしがダビデのために建てたように、長く続く家をあなたのために建て、イスラエルをあなたに与えよう。」すばらしい約束ではないでしょうか?主は、北イスラエルをも祝福しようと願っておられたのです。レハブアムは長老たちの助言を退け、「くびきをもっと重くしよう」と言いました。すると預言のとおり、北の部族たちは怒り、ヤロブアムを自分たちの王様にしました。ヤロブアムは賜物が豊かで、ソロモンからのその働きを認められるほどでした。さらに主は、預言者を通して、北の10部族を与える約束されました。主は「私の命じるすべてのことに聞き従い、私の道に歩み、ダビデのような政治を行うなら、北王国をいつまでも祝福しよう」と仰せられました。

 しかし、どうでしょう?ヤロブアムは神さまの知恵よりも、自分の知恵に頼りました。Ⅰ列王記12:26-29「ヤロブアムは心に思った。『今のままなら、この王国はダビデの家に戻るだろう。この民が、エルサレムにある【主】の宮でいけにえをささげるために上って行くことになっていれば、この民の心は、彼らの主君、ユダの王レハブアムに再び帰り、私を殺し、ユダの王レハブアムのもとに帰るだろう。』そこで、王は相談して、金の子牛を二つ造り、彼らに言った。「もう、エルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる。」それから、彼は一つをベテルに据え、一つをダンに安置した。』ヤロブアムは、人々がエルサレムの神殿に行かないように、自分たちのところに神殿を建てることにしました。しかも、目に見えない神さまではなく、金の子牛を2つ作りました。1つは南のベテルに、もう1つは北のダンに置きました。金の子牛は、アロンが民たちにせがまれて作った忌むべき偶像です。あのとき人々は「イスラエルよ。これがあなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神だ」と言いました。あれから、1300年もたっていたのに、金の子牛のことを覚えていたとは、一体どういうことでしょう。これまで、数多くの主のみわざを見てきたのに、金の子牛を作るなんてありえないことです。さらに、ヤロブアムは自分で勝手に考え出した日を祭りの日と定め、レビ人ではない一般の市民から祭司を任命しました。神さまが、ソロモンの偶像礼拝の故に、王国を裁かれたというのに、再び、ヤロブアムは金の子牛の上に王国を建てようとしたのです。

 その結果どうなったでしょう?ヤロブアムの子アビヤ、後継者となる子どもが病気になりました。ヤロブアムは妻に変装して、シロにいる預言者アヒヤのところに行ってくれと願いました。アヒヤは、かつて「王国を割いて、自分に十部族を与える」と預言してくれた預言者です。子どもがどうなるか教えてもらうために、妻を変装させて送りました。アヒヤは年をとって目がこわばり、見ることができませんでした。しかし、主は、彼女が来る前、アヒヤに「これこれのことを彼女に告げなさい」と言われました。アヒヤは彼女の足跡を聞いて「お入りなさい。ヤロブアムの奥さん」と言って、主から言われたきびしいことばを伝えました。Ⅰ列王記14:7-11「帰って行ってヤロブアムに言いなさい。イスラエルの神、【主】は、こう仰せられます。『わたしは民の中からあなたを高くあげ、わたしの民イスラエルを治める君主とし、ダビデの家から王国を引き裂いてあなたに与えた。あなたは、わたしのしもべダビデのようではなかった。ダビデは、わたしの命令を守り、心を尽くしてわたしに従い、ただ、わたしの見る目にかなったことだけを行った。ところが、あなたはこれまでのだれよりも悪いことをし、行って、自分のためにほかの神々と、鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。だから、見よ、わたしはヤロブアムの家にわざわいをもたらす。ヤロブアムに属する小わっぱから奴隷や自由の者に至るまで、イスラエルにおいて断ち滅ぼし、糞を残らず焼き去るように、ヤロブアムの家のあとを除き去る。』」ヤロブアムの妻が立ち去って、自分の家の敷居をまたいだときに、その子どもが死にました。まさしく、ヤロブアムは自分が蒔いた種の刈り取りをすることになりました。しかし、それだけではありません。彼以降、イスラエルには18人の王が立ちますが、だれ一人として、この偶像礼拝からまぬがれた者がいませんでした。ヤロブアムの罪の道が、それ以降のイスラエル史の路線を決定づけたのです。

 私たちは「ヤロブアムは、なんと愚かなんだろう!」と思います。また、一国の王が偶像礼拝を持ち込むとそれが何代も続くことになります。徳川家康は自分を神格化するために、東照宮を作りました。私は日光の東照宮しか知りませんが、全国に家康を祀っている神社があることに驚きました。ある資料によると、北海道から長崎まで550社もあります。徳川家康が鎖国と同時にキリスト教を邪宗門としました。キリシタンを根絶やしにするため、寺受制度によって、すべての人がお寺の檀家にしました。五人組、仏壇や位牌、さまざまな法事で人々を縛りました。260年に渡る徳川の支配が日本人の精神構造に深く影響を与えたことを否むことができません。「おかみには逆らえない。長いものにはまかれろ」という考えもそうです。しかし、宗教的には先祖崇拝を根強く残すことになりました。日本においては、「先祖崇拝」を抜きにしては、どんな宗教も存在することができません。しかし、キリスト教はすべての偶像礼拝を排除しますので、どうしても対立せざるをえません。そういう中にあって、福音宣教において戦いが起こるのは必然的であります。日本の偶像礼拝と戦うことも重要ですが、もう1つは、家長がしっかりとした信仰を持つということも重要です。十戒には「偶像を拝む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。」とあります。父もしくは母が、しっかりとキリスト教信仰を掲げるならば、それが子ども、孫にまで及ぶということです。ヨシュアは民たちに向かって、「あなたがたは、どんな神々に仕えようとも私と私の家とは、主に仕える」と言いました。これは、信仰であります。私たちも、ヨシュアのように信仰をもって告白するならば、家全体もそうなるということです。私も牧師として、自分の子どもたち全員が聖日礼拝を喜んで守っていないことを知っています。私の願いは子どもたちは「神さまを信じているだけではなく、イエス様を愛する人になるということです。」私も、家長として「私と私の家とは、主に仕える」と信仰をもって告白します。必ず、神さまはこの祈りに答えてくださると信じます。日本は偶像礼拝に満ちている国です。ある伝道者は偶像礼拝だけでではなく、性的罪と高慢を付け加えました。日本がこのまま進むなら、神さまは日本をさばかれるでしょう。私たちは一握りのクリスチャンではありますが、地の塩、世の光として、日本のためにとりなしていきたいと思います。そして、このような日本の中にあっても、ヨシュアのように「私と私の家とは、主に仕える」と信仰をもって告白致しましょう。主は必ず、私たちの祈りに答えてくださると信じます。




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2014年1月26日 (日)

ソロモンの知恵    Ⅰ列王記3:7-14 

 ソロモンはイスラエルの全盛期を作った、三代目の王様です。ソロモンは知恵においてすぐれ、1000以上の詩を書き、3000にも及ぶ箴言を残しました。イエス様は山上の説教で、「栄華を窮めたソロモン」と、引用しました。しかし、ソロモンはヘブル11章の「信仰者の列伝」の中には加えられていません。なぜでしょう?初めは良かったけれど、最後が良くなかったからです。きょうは、ソロモンの知恵、ソロモンの栄華、そしてソロモンの晩年と題して、3つのポイントで学びたいと思います。


1.ソロモンの知恵

ソロモンが王様として就任してまもなく、夢の中で主が現れて「あなたに何を与えようか。願え」と言われました。みなさんだったら、何を願うでしょうか?やっぱり願うとしたら、富や財宝でしょうか?不老不死でしょうか?あるホームページを見たら、「景気回復、原発廃止」というのもありました。しかし、ソロモンはもっと根本的なものを求めました。Ⅰ列王記3:9「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、このおびただしいあなたの民をさばくことができるでしょうか。」ソロモンは自分のためにではなく、民を正しくさばくために知恵を求めました。その願いは主の御心にかないました。Ⅰ列王記3:11-13「あなたがこのことを求め、自分のために長寿を求めず、自分のために富を求めず、あなたの敵のいのちをも求めず、むしろ、自分のために正しい訴えを聞き分ける判断力を求めたので、今、わたしはあなたの言ったとおりにする。見よ。わたしはあなたに知恵の心と判断する心とを与える。あなたの先に、あなたのような者はなかった。また、あなたのあとに、あなたのような者も起こらない。そのうえ、あなたの願わなかったもの、富と誉れとをあなたに与える。あなたの生きているかぎり、王たちの中であなたに並ぶ者はひとりもないであろう。」とても、すごいことではないでしょうか?ソロモンが求めなかった、富と誉と守りまで与えられました。その条件は、「父ダビデが歩んだように、主のおきてと命令を守って、主の道を歩むならば」です。アントニオ猪木が「元気があればなんでもできる」と言いましたが、「知恵があれば何でもできる」ということです。ソロモンが書いた箴言には「知恵は真珠にまさる。知恵の実は、黄金よりも、純金よりも良く、選り抜きの銀にまさる」と書いてあります。

 その後まもなく、ソロモンの知恵が試されるような事件が起こりました。二人の遊女が一つの家に住み、それぞれの赤ちゃんを育てていました。ある朝、起きると、一方の赤ちゃんが死んでいました。寝ているとき、母親が覆いかぶさったので窒息してしまったのです。二人はソロモン王の前に立ちました。それぞれが、生きている赤ちゃんは自分の子で、死んでいるのは相手の子だと主張しました。一人の女は、「生きている子は私の子で、死んだのはあなたの子です」と言いました。もう一人の女は「いや、死んだのがあなたの子で、生きている子は私の子です」と言いました。今だったら、DNA検査をやればすぐわかるでしょう。当時はそういうものがありません。さあ、どうしたら良いでしょう?ソロモン王は家来を呼んで、「剣によって、生きている子どもを二つに断ち切りなさい。半分をこちらに、半分をそちらに与えなさい」と言いました。まもなく、一人の女は「わが君。どうか、その生きている子をあの女にあげてください。決してその子を殺さないでください」と言いました。もう一人の女は「それを私のものにも、その女のものにもしないで、断ち切ってください」と言いました。そこで王は「生きている子どもを初めの女に与えなさい。決してその子を殺してはならない。彼女がその子の母親なのだ」と宣告を下しました。確かにそうです。自分の子どもであるならば、死なせたくありません。なんとか助けたいを思うでしょう。中国でも似たような話があります。子どもを真ん中にして、二人の母親を立たせました。一人の母親が子どもの右手を取り、もう一人の母親が左手を取り、互いに引っ張って自分のものとするという裁判でした。二人の母親が思い切り、自分のところへ引っ張りました。すると、子どもが「痛いよー」と泣き叫びました。可哀そうに思って、手を放した方が、本当の母親だったということです。おそらく、ソロモンの物語から作ったものだと思います。イスラエルの人はみな、王が下したさばきを聞いて、王を恐れました。神の知恵が彼のうちにあって、さばきをするのを見たからです。

 ソロモンの知恵は政治ばかりではありませんでした。神殿や宮殿の建築にも生かされました。また、ソロモンは海外との交易によって多大な富を得ました。また、芸術的にもすぐれ、1000以上の詩を書き、3000にも及ぶ箴言を残しました。一部はソロモンが書いたと言われている『伝道者の書』にはこのように書かれています。伝道者の書2:4-9「私は事業を拡張し、邸宅を建て、ぶどう畑を設け、庭と園を造り、そこにあらゆる種類の果樹を植えた。木の茂った森を潤すために池も造った。私は男女の奴隷を得た。私には家で生まれた奴隷があった。私には、私より先にエルサレムにいただれよりも多くの牛や羊もあった。私はまた、銀や金、それに王たちや諸州の宝も集めた。私は男女の歌うたいをつくり、人の子らの快楽である多くのそばめを手に入れた。私は、私より先にエルサレムにいただれよりも偉大な者となった。しかも、私の知恵は私から離れなかった。」ソロモンはありとあらゆることを行いました。私たちはこのところから何を学ぶべきでしょうか?神からの知恵はあらゆるものを生み出す源であるということです。学校では知識を教えます。知識もすばらしいことです。でも、もっとすばらしいのは、知識を活かす知恵であるということです。フォードはアメリカの自動車王として有名です。彼は16歳で高校を中退しました。ある人が、「あなたは世界各国の名前すら分からないのに、社長が務まるのか」と訴えたそうです。フォードは「私には優秀な秘書たちがいるので、『これを調べてくれ』と言えば、即座に教えてくれる。しかし、私には知恵がある」と答えたそうです。神からの知恵を求めましょう。ヤコブ1:5「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。」アーメン。


2.ソロモンの栄華

 イエス様は、山上の説教で「栄華を窮めたソロモン」と引用しました。ソロモンがなぜ、栄華を極めることができたのでしょう。それは神からの知恵があったからです。もう1つは、ダビデがソロモンに対して政治的にも経済的に大きな基盤を与えていたからです。ダビデは主のために神殿を築きたいと願っていましたが、彼は多くの人の血を流したために、叶いませんでした。そのため、ダビデは神殿建設のために必要な資材を蓄えておきました。ソロモンが王になったことを聞いて、ツロの王ヒラムが自分の家来を遣わしました。ヒラムはダビデといつも友情を保っていました。ヒラムは「ダビデが建てられなかった宮を建てるために、レバノンから杉の木を切り出すように命じてください。私のしもべたちも、あなたのしもべたちと一緒に働きます」と提案しました。さっそく、ヒラムによって杉の木材とももみの木が、海からいかだによって運ばれてきました。Ⅰ列王記6章から8章まで、神殿と宮殿の建設について記されています。神殿には7年、宮殿には13年費やされました。神殿の内側はすべて純金で覆われました。燭台や皿などすべての用具も純金です。また、宮殿は非常に豪華で、柱や玉座には美しい模様が細工されました。ソロモンが全盛のときには、交易によって、1年間に666タラントの金が入って来ました。1タラントを30キログラムとすると、約2トンです。現在の価格に計算すると約896億円です。それだけの金が毎年入ってきたのです。ソロモンはその金によって、大盾200、盾300を作りました。玉座に金をかぶせ、飲み物に用いる器もみな金にしました。銀のものはありませんでした。「銀はソロモンの時代には、価値あるものとみなされていなかった」ということです。Ⅰ列王記10:23-24「ソロモン王は、富と知恵とにおいて、地上のどの王よりもまさっていた。全世界の者は、神が彼の心に授けられた知恵を聞こうとして、ソロモンに謁見を求めた。彼らはおのおの贈り物として、銀の器、金の器、衣服、武器、バルサム油、馬、騾馬などを、毎年きまって携えて来た。」

 その中で有名なのは、シェバの女王と家来たちがソロモンを訪れたことです。彼女も、らくだにバルサム油や、非常に多くの金および宝石を乗せて、エルサレムにやってきました。彼女が難問をもってソロモンを試そうとしました。ところが、ソロモンは彼女の質問をすべて解き明かし、分からなくて解き明かせなかったことは何1つありませんでした。そして、ソロモンが建てた宮殿と食卓の料理と家来たちのふるまい、および、主の宮でささげた全焼のいけにえを見て、息も止まるばかりでした。シェバの女王は何と言ったでしょう?Ⅰ列王記10:6-7「私が国であなたの事績とあなたの知恵とについて聞き及んでおりましたことはほんとうでした。実は、私は、自分で来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じなかったのですが、驚いたことに、私にはその半分も知らされていなかったのです。あなたの知恵と繁栄は、私が聞いていたうわさよりはるかにまさっています。」そう言って、彼女は「あなたの神、主はほむべきかな」と礼拝しました。シェバの女王が、帰るときには持ってきたもの以上をソロモンから贈られました。このところから、まさしく「ソロモンの栄華」を垣間見ることができます。

 もし、私たちが黙示録に記されているような、天のエルサレムに行ったときはどうなるでしょう?シェバの女王は「私にはその半分も知らされていなかったのです」と言いました。私たちも「その半分も知らされていませんでした」と告白するに違いありません?『天路歴程』、基督者が天国に近づいたとき、「私は病むほどである」と言いました。ダンテは『天国篇』で「うるわしい歌声に私は酔いしれたような心地だった。ああ歓喜よ、ああ筆舌にしたがい喜悦よ」と書いています。天国を見たなら、どんな人でも、詩人になれるかもしれません。だれが、イスラエルのソロモンにそのような栄華を与えたのでしょう?主なる神であります。ということは、神さまご自身の国ならば、もっと、もっと栄華に満ちているに違いありません。私たちもそこに住まうことができるとは何と幸いでしょう。黒人霊歌には、天国に対するあこがれを歌ったものが多いようです。なぜなら、彼らは地上では苦しみの連続でした。でも、天国で本当の「自由と救い」が得られます。私たちは、この世を捨ててはいけませんが、天国を夢見ることは良いことではないでしょうか。特に、夜寝る前です。疲れているときは、睡魔が襲ってきて、そのまま寝込むときがあります。意識がなくなり、「このまま、死ぬのかな?」と思うときがたまにあります。でも、目覚めたら、天国ということがあるかもしれません。私はクリスチャンになる前は、死ぬのが怖くてたまりませんでした。しかし、自分の魂が主のふところにあると思うと、赤ちゃんのように、すべてを委ねることができます。一晩眠ると、朝がきます。また、眠ります。その後、朝がきます。でも、あるときは天国で目覚めます。ということは、私たちは毎日、死と復活を練習しているということではないでしょうか?いずれは、目覚めたら、そこが、輝くような天国なのです。そのとき、私たちはシェバの女王のように言うでしょう。「実は、私は、自分で来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じなかったのですが、驚いたことに、私にはその半分も知らされていなかったのです。あなたの知恵と繁栄は、私が聞いていたうわさよりはるかにまさっています。」


3.ソロモンの晩年

 Ⅰ列王記11:1-4「ソロモン王は、パロの娘のほかに多くの外国の女、すなわちモアブ人の女、アモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヘテ人の女を愛した。この女たちは、【主】がかつてイスラエル人に、「あなたがたは彼らの中に入って行ってはならない。彼らをもあなたがたの中に入れてはならない。さもないと、彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる」と言われたその国々の者であった。それなのに、ソロモンは彼女たちを愛して、離れなかった。彼には七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた。ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、【主】と全く一つにはなっていなかった。」7-8節には、異教の神々に香をたき、いけにえをささげたことが記されています。さらに、9-10節「【主】はソロモンに怒りを発せられた。それは彼の心がイスラエルの神、【主】から移り変わったからである。主は二度も彼に現れ、このことについて、ほかの神々に従って行ってはならないと命じておられたのに、彼は【主】の命令を守らなかったからである。」主が二度もソロモンに現れ「他の神々に従って行ってならない」と命じました。それなのに、ソロモンは主の命令を守りませんでした。なんということでしょう。主の命令を守るという条件付きで、ソロモンに長寿と繁栄が与えられていたのです。全部ではありませんが、ソロモンが書いたと言われる箴言や伝道者の書、あるいは雅歌には何と書いてあるでしょうか?箴言1:7「【主】を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。」とあります。ソロモンは主を恐れることを忘れ、知恵と訓戒をさげすむ愚か者になったのです。伝道者の書2:8「私は男女の歌うたいをつくり、人の子らの快楽である多くのそばめを手に入れた。…私は、私の目の欲するものは何でも拒まず、心のおもむくままに、あらゆる楽しみをした。」でも、何と言っているでしょうか?「なんと、すべてが空しいことよ。風を追うようなものだ」と言っています。そして、伝道者の書は「神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってのすべてである。神は、善であれ、悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ」という文章で終わっています。これらの文章は、本当に、ソロモンが書いたのでしょうか?おそらく、ソロモンの心が頑なになる前かもしれません。こういうことを知っていながら、誘惑に負けて罪の中に埋もれてしまいました。

 しかし、ソロモンが急に堕落したかというとそうではありません。王様に就任した時から、誘惑者をそばに置いて生活していたことが分かります。Ⅰ列王記3:1-3「ソロモンはエジプトの王パロと互いに縁を結び、パロの娘をめとって、彼女をダビデの町に連れて来、自分の家と【主】の宮、および、エルサレムの回りの城壁を建て終わるまで、そこにおらせた。」このところで、ソロモンがいくつかのことで妥協していたことがわかります。まず、政略結婚のために、エジプトのパロの娘をめとっていました。そして、城壁を建て終るまで、自分の家に住まわせておきました。4節以降「ソロモンは主を愛し、父ダビデのおきてに歩んでいました。ただし、彼は高き所でいけにえをささげ、香をたいていた」と書いてあります。ソロモンが神殿を建てるまでは、イスラエルの民は「高き所」で、礼拝をささげていました。しかし、ヤハウェなる神なのか、偶像礼拝なのか区別がつかなくなっていたことは確かです。でも、「ただし」と書いてあるので、みこころではなかったということでしょう。限りなく黒に近い灰色です。ソロモンは当初から、女性問題と偶像問題を抱えていたということが本当ではないかと思います。それらが、多大な権力を身に着けたあと、はっきりと出てきたのです。もう、だれにも止めることができませんでした。昨年末、安倍総理が靖国神社を参拝しました。権力体制が安定したので、やり残していたことをやったのだと思います。安倍総理をだれも止めることができませんでした。

 最後まで、道を全うすることを、finish wellと言います。聖書を見ますと、finish wellした人物は全体の3割くらいです。世界中の伝道者や牧師も、finish wellするのは3割だそうです。finish wellできなかった聖書に出てくる人たちをざっとあげると以下の人たちです。ノア、モーセ、ギデオン、サムソン、サウル王、ソロモン王です。しかし、この後、イスラルが北と南に分裂します。そのときの王様のほとんどが、finish wellできませんでした。あんまり、こういうことを話すと恵まれません。使徒パウロはこう言いました。Ⅱテモテ4:7-8「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。」私たちもパウロのように、自分のレースを走りぬきたいです。そのためには、ソロモンからも学ばなければなりません。第一は、ソロモンは多大な富と権力を得たために、神さまを忘れてしまいました。自分は神さまなしでも、やっていけると思って、主の命令を捨ててしまいました。これを慢心というのでしょうが、たとえ多くの富と権力を得たとしても、神さまを忘れてはいけません。なぜなら、すべてのものは神さまから与えられたものだからです。箴言16:28「高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ」と、あります。第二は、ソロモンは女性によって堕落し、彼女らの神さまを拝みました。「ソロモンには七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた」と書いてあります。合計1000人になりますが、「どんだけ!」と言いたくなります。ある人は、1000人もの女性が喧嘩しないで仕えていたのだから、ソロモンはよっぽど心が広くて豊かだったのだろうと言います。しかし、ソロモンは女性たちを愛して、主なる神を忘れていまいました。箴言5:3「他国の女のくちびるは蜂の巣の蜜をしたたらせ、その口は油よりもなめらかだ。しかし、その終わりは苦よもぎのように苦く、もろ刃の剣のように鋭い。その足は死に下り、その歩みはよみに通じている。」これはソロモンが書いたのかどうか分かりません。しかし、ソロモンが書いたのなら、「愚かになった賢者」というしかありません。

中川健一先生は、『聖書の人々』という本の中で、ソロモンのことを「自分に教えることのできなかった人物」と言っています。さらに、先生はこのように書いています。「ソロモンの話は、数千年前の異国の王の人生ではなく、まさに私たち一人ひとりの姿ではないでしょうか。物質主義、快楽主義、偶像礼拝の中で、「神に愛された者」としての特権を、やすやすとサタンに明け渡している多くの同胞を見るとき、どうして心が騒がないことがありましょうか。」最後に、イエス様はソロモンをどのように引用したでしょうか?マタイ6:29「しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。」イエス様はソロモンが栄華を窮めたことは認めておられました。しかし、きょうは咲いて明日は炉に投げ込まれるような、野の花の方が着飾っているとおっしゃったのです。イエス様が述べた結論はこのことばです。「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます」(マタイ6:33)。異邦人の中あって、私たちは神さまを第一にして生きたいと思います。


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