2014年1月19日 (日)

イスラエルの王ダビデ    Ⅰサムエル23:14-18 

 イスラエルの初代の王サウルは、不従順の罪のゆえに主なる神から捨てられました。サウルはまだ王に就いていましたが、ダビデが17歳のとき新たな王として油を注がれました。ダビデは、巨人ゴリアテと戦い、勝利しました。しかし、サウル王はダビデを妬み、命を狙いました。ダビデは荒野から荒野へと逃亡の生活を余儀なくされました。サウル王はペリシテ人との戦いで敗れ自害しました。その後、ダビデはイスラエルの王になりました。王としての油注ぎを受けてから、13年の月日が経っていました。ダビデは多くの詩篇を描きましたが、そのいくつかを引用しながらメッセージをお届けしたいと思います。


1.逃亡者ダビデ

昔、『逃亡者』というテレビ映画がありました。妻殺しの濡れ衣を着せられ死刑を宣告された医師リチャード・キンブルが、警察の追跡を逃れながら、真犯人を探し求めて全米を旅する物語です。アメリカでも日本でも、高視聴率をあげました。先週の続きですが、青年ダビデはゴリアテを打ち倒しました。サウル王は「あの若者はだれの子だ」と尋ね、それが分かると、ダビデを召し抱えました。ダビデは、どこでもサウルが遣わす所に出て行って、勝利を収めました。そこで、サウルは彼を戦士たちの長に任命しました。あるとき、女性たちが、「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った」と笑いながら、繰り返して歌っていました。サウルは、このことばを聞いて、非常に怒り、不満に思って言いました。「ダビデには万を当て、私には千を当てた。彼にないのは王位だけだ」と言いました。その日以来、サウルはダビデを疑いの目で見るようになりました。Ⅰサムエル18:9-11「その日以来、サウルはダビデを疑いの目で見るようになった。その翌日、わざわいをもたらす、神の霊がサウルに激しく下り、彼は家の中で狂いわめいた。ダビデは、いつものように、琴を手にしてひいたが、サウルの手には槍があった。サウルはその槍を投げつけた。ダビデを壁に突き刺してやろう、と思ったからである。しかしダビデは二度も身をかわした。サウルはダビデを恐れた。【主】はダビデとともにおられ、サウルのところから去られたからである。」最初、ダビデはサウルが自分の命を狙っていることを、信じられませんでした。しかし、サウルは、ダビデを殺すことを、息子ヨナタンや家来の全部に告げました。ヨナタンはダビデを非常に愛していました。だから、サウルに「なぜ、あの人は殺されなければならないのですか。あの人が何をしたと言うのですか」進言しました。しかし、嫉妬に狂ったサウルは、本気でダビデを殺すつもりでした。そのことをヨナタンから知らされ、ダビデは荒野から荒野、ほら穴からほら穴へと逃亡生活を余儀なくされました。

しかし、ダビデは一人ではありませんでした。Ⅰサムエル22:1-2「ダビデはそこを去って、アドラムのほら穴に避難した。彼の兄弟たちや、彼の父の家のみなの者が、これを聞いて、そのダビデのところに下って来た。また、困窮している者、負債のある者、不満のある者たちもみな、彼のところに集まって来たので、ダビデは彼らの長となった。こうして、約四百人の者が彼とともにいるようになった。」彼には天来のリーダーシップがあったのでしょう。王家を去りましたが、ダビデの兄弟や親族、困窮している者、負債のある者、不満のある者たちもみな、彼のところに集まって来ました。アドラムのほら穴に、不満分子たちが400人も集まり、ダビデは彼らの長となりました。不満分子はやがて600人になり、ダビデのために命を捨てても良いという勇士たちも出てきました。サウルは執拗にダビデを討伐するために出かけました。Ⅰサムエル23:14-16「ダビデは荒野や要害に宿ったり、ジフの荒野の山地に宿ったりした。サウルはいつもダビデを追ったが、神はダビデをサウルの手に渡さなかった。ダビデは、サウルが自分のいのちをねらって出て来たので恐れていた。そのときダビデはジフの荒野のホレシュにいた。サウルの子ヨナタンは、ホレシュのダビデのところに来て、神の御名によってダビデを力づけた。」ヨナタンは、サウルの息子で、次期王様になれる人物でありましたが、ダビデを助けました。ヨナタンは、自分と同じほどにダビデを愛しました。そして、ダビデの家と契約を結びました。ダビデはあとで「あなたの私への愛は、女の愛にもまさってすばらしかった」と告白しています。また、妻ミカルもダビデを助けました。祭司アヒメレクはダビデをかくまった罪で、サウルから殺されました。ダビデは人々から愛され、慕われる人物でありました。しかし、最もすばらしいのは、神さまから愛されたことです。ダビデという名前は不明ですが、ある説には「神に愛される者」と言う意味があります。しかし、神に愛される者がどうして、王様から命を狙われるのでしょうか?

Ⅰサムエル19章から31章、つまりサウルが死ぬまで、ダビデは逃亡の旅を続けました。ノブ、ガテ、アドラム、モアブ、ハレテの森、ケイラ、エン・ゲディ、パランの荒野、ジフの荒野、ガテのアキシュのもとと、転々と放浪の旅を続けました。それは苦難と絶望の逃避行でありました。その過程でダビデは、二度ほど、自分の命を狙うサウルの命を奪うチャンスに恵まれました。部下たちは、「今こそ、主があなたに、敵をあなたの手に渡す時です」と言いました。しかし、ダビデは「私が主に逆らって、主に油注がれた方に、手を下すことなど絶対にできないことだ」と断念しました。ダビデは「自分を神さまが、民の王とされるご計画なら、かならずその時を与えてくださる」と信じていました。しかし、逃亡生活はダビデに対する厳しいテストでもありました。「なぜ、罪のない者が苦しまなければならないのか」、何度も悩んだに違いありません。苦しみ悩みからの告白が詩篇のいたるところに記されています。詩篇59:1-5「わが神。私を敵から救い出してください。私に立ち向かう者が届かぬほど、私を高く上げてください。不法を行う者どもから、私を救い出してください。血を流す者どもから、私を救ってください。今や、彼らは私のいのちを取ろうと、待ち伏せています。力ある者どもが、私に襲いかかろうとしています。【主】よ。それは私のそむきの罪のためでもなく、私の罪のためでもありません。私には、咎がないのに、彼らは走り回り、身を構えているのです。どうか目をさまして、私を助けてください。どうか、見てください。あなたは万軍の神、【主】。イスラエルの神。どうか目をさまして、すべての国々を罰してください。悪い裏切り者は、だれをもあわれまないでください。」

私たちの生活において、神さまを信じていても、不当な苦しみや理不尽を受けることはないでしょうか?「神さま、何で私がこういう目に遭わなければならないのでしょうか?」と、嘆くことがきっとあるはずです。ダビデは17歳のとき、「あなたは次期イスラエルの王様になる」と油注ぎを受けました。しかし、それから約13年間、日の当たらないところで生活しました。なんという苦しみ、なんという悲しみでしょうか。私だったら耐えられません。第一に、ダビデの試練は、私たちへの慰めであります。この世においては、不条理、理不尽さ、不当な扱い、理解しえない出来事がたくさんあります。自分の心が押しつぶされそうな時があるでしょう。私たちはそういう時に、ダビデのことを思い出すことができます。詩篇にたくさんのダビデの叫びと祈りが記されているのは、私たちのためです。多くの場合、嘆きや苦しみで始まり、最後は賛美に終わります。ダビデは自分の心の中の悩みや苦しみ、怒り、疑いを神さまの前にぶちまけています。ダビデの祈りは、決して、きれい事でありません。つまり、それは私たちもそうであっても良いということです。イエス様は「祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。戸を閉めて」(マタイ6:6)と言われました。「戸を閉めて」ということは、「だれにも邪魔されない密室で祈れ」ということです。もう、神さましかおられません。そんな時は、美辞麗句を並べ立てる必要はありません。私たちはダビデのように、恵みの座に近づいて、何でも祈ることができます。ハレルヤ!第二は、ダビデは神さまからテストされていたということです。ヘブル人への手紙12:6-7「主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。」とあります。ダビデは指導者としての神さまからテストを受けました。私たちの信仰生活において、「ああ、これは主の訓練なんだ。主が私を取り扱っておられるのだ」と理解するなら、視点が全く変わるのではないでしょうか?「なぜ?」「どうして?」と言っても、神さまは答えてくれないでしょう。でも、「何のためですか?」と問うなら、小さな声で語りかけてくださいます。私たちが神さまのところへ行くのは、悩みや苦しみに会ったときです。うまく行っている時は、ほとんど神さまのところへ行きません。でも、悩みや苦しみのとき、神さまのところに、より近づくことができます。「苦しいときの神頼み」と言われますが、これは人間の弱さであります。でも、私たちには、それでも私たちを迎えてくださる、イエス・キリストの神さまがおられます。

主がサウルの手から救い出された日、ダビデはこのように歌いました。Ⅱサムエル22:2「主はわが巌(いわお)、わがとりで、わが救い主、わが身を避けるわが岩なる神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。私を暴虐から救う私の救い主、私の逃げ場。ほめたたえられる方、この主を呼び求めると、私は、敵から救われる。」アーメン。主はわが巌(いわお)、わがとりで、わが救い主、わが岩、わが盾、わが救いの角、わがやぐらです。アーメン。


2.イスラエルの王ダビデ

サウルの死後、ダビデはユダの王に迎らえました。ダビデはそのとき30歳でした。その後、サウルの家としばらくの間、争いが続きました。しかし、それから7年半後、全イスラエルの王になりました。ダビデはエルサレムで33年間、全イスラエルとユダを治めました。その後、ダビデはペリシテ人やモアブ、アラムを打ち破り、領土を広げました。しかし、ダビデ自身、王になって喜んだことは確かですが、他に2つの喜ばしいことがありました。第一の喜びは、神の箱を運び込んだ時です。最初は神の箱を牛車に乗せて運んだために、失敗してしまいました。二回目は律法に従って、レビ人に運ばせました。Ⅱサムエル6:13-15「主の箱をかつぐ者たちが六歩進んだとき、ダビデは肥えた牛をいけにえとしてささげた。ダビデは、主の前で、力の限り踊った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。ダビデとイスラエルの全家は、歓声をあげ、角笛を鳴らして、主の箱を運び上った。」主の箱は、一時的にオベデ・エドムの家にありました。そこから、「神の幕屋」と呼ばれる天幕まで運びました。どのくらいの距離かわかりませんが、ダビデは王様でありながら、祭司が着る亜麻布のエポデをまといました。ダビデは、主の箱を運ぶレビ人の前を、力の限り、跳ねて踊ったのでしょう。日本の祭りもイスラエルの影響を受けていますので、神輿や山車の前を踊る人たちがいます。阿波踊り、ねぶた祭り、花笠音頭など、歌や踊りがつきものです。ダビデはあまりにも喜んだので、跳ねたとき、亜麻布のエポデからお尻が見えたかもしれません。しかし、妻のミカルはどう思ったでしょうか?Ⅱサムエル6:16「主の箱はダビデの町に入った。サウルの娘ミカルは窓から見おろし、ダビデ王が主の前ではねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼をさげすんだ。」、6:20-21「ダビデが自分の家族を祝福するために戻ると、サウルの娘ミカルがダビデを迎えに出て来て言った。『イスラエルの王は、きょう、ほんとうに威厳がございましたね。ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように、きょう、あなたは自分の家来のはしための目の前で裸におなりになって。』ダビデはミカルに言った。『あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで主の民イスラエルの君主に任じられた主の前なのだ。私はその主の前で喜び踊るのだ。』」。

ダビデは感謝と喜びにあふれて家に戻りました。ところが、冷水を頭からかけられました、ダビデは無邪気で気取らずにありのままに喜びを表して踊りました。しかし、ミカルは「サウルの娘」としての格式だの対面だのを重んじていたために、踊るほどの喜びを理解できませんでした。ダビデは何と答えたでしょう?6:22-23「『私はこれより、もっと卑しめられよう。私の目に卑しく見えても、あなたの言うそのはしためたちに、敬われたいのだ。』サウルの娘ミカルには死ぬまで子どもがなかった。」ミカルのように高ぶって人をあなどる者は、祝福を受けることができません。ダビデの礼拝の仕方はとても賑やかでした。歌だけではなく、立琴、琴、タンバリン、カスタネット、シンバルを鳴らして、主の前で、力の限り喜び踊りました。新約時代、エルサレム会議で、ヤコブが「この後、わたしは帰って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す」(使徒15:16)と旧約聖書を引用しました。しかし、現代の多くの教会ではどうでしょう?礼拝中、手を上げたり、「ハレルヤ!」と言ったら、バッシングをされるでしょう。叫んだり、踊ったりしたら、「ここから出て行ってください」と言われるでしょう。今から、10年くらい前になるでしょうか?日本基督教団のクリスマス礼拝にKGC(亀有ゴスペルクワイヤー)が招かれた時がありました。前半の礼拝はとても厳粛で、針の音が落ちたらわかるくらいの静けさでした。その後、KGCがざわざわと前に出て、力の限り賛美しました。ちょっとだけ踊りました。多くの人たちは、腰を抜かしたのではないかと思います。あとから、オルガニストに聞きましたら、「こういう賛美も良いですねー」と言っていました。福音派の教会でも、手を上げただけで、「ペンテコステですか?」と言われます。詩篇には「手をあげよ」とか「さけべ」「手を打ち鳴らせ」「踊れ」と書いてあります。しかし、多くの場合は詩篇の交読文を「手をあげよ」「踊れ」と、ただ読んでいるだけです。アフリカの教会の礼拝を見たことがありますが、彼らは1時間前から来て賛美して、踊っています。礼拝が始まる頃は、もうできあがっています。もう、どんな単純なメッセージでも、恵まれるのです。日本には日本の文化があるかもしれません。しかし、お祭りを見るとき、イスラエルの影響を受けていることを忘れてはいけません。キリスト教会こそが、元祖であり正統なのですから、私たちもダビデのように、力の限り賛美し、ときには踊って、主をあがめたいと思います。

第二の喜びは、ダビデ自身が神さまから罪を赦されたことです。ダビデはいつも先頭に立って戦っていました。しかし、今は自分が出ていかなくても、兵士たちが戦ってくれます。ダビデはエルサレムにとどまっていましたが、ある日、夕暮れ時に床から起き上がりました。王宮の屋上を歩いていると、ひとりの女がからだを洗っているのが見えました。「その女は非常に美しかった」と書いてありますから、至近距離だったと思います。ダビデは人をやって、その女について調べさせました。彼女はウリヤの妻で、バテ・シェバという名前でした。そこでやめていれば良いものを、ダビデは使いの者をやって、その女を召しいれました。聖書は「彼はその女と寝た」と書いてあります。その後、身ごもったことを知らされました。ダビデはバレないように、画策しました。戦場からウリヤを連れ戻し、「家に帰って、足を洗うように」命じました。ところが、ウリヤは真面目な人で、「主人も家来たちも戦場で野営していのに、自分だけが家に帰って飲み食いできません」と断わりました。ダビデは軍長のヨアブに手紙を書き、それをウリヤに持たせました。その手紙には「ウリヤを激戦の真正面に出し、彼を残してあなたがたは退き、彼が打たれて死ぬようにせよ」と書いてありました。そのとおりになったので、ウリヤは戦死しました。ダビデは喪が明けると、バテ・シェバを自分の妻に迎えました。しかし、ダビデの行ったことは主のみこころをそこないました。

ダビデは姦淫と殺人の罪を犯して、しらんぷりしていました。ところが、主のもとから預言者ナタンが遣わされ、「あなたがその男です」と糾弾されました。ダビデは「私は主に対して罪を犯しました」と告白しました。ナタンは「主もまた、あなたの罪を見過ごしにしてくださった」と言いました。ダビデが犯した罪の結果、生まれた子どもが死ぬこと、さらにダビデの家から災いが引き起こることになりました。詩篇32にはダビデの苦しみが記されています。詩篇32:3「私は黙っていたときには、一日中、うめいて、私の骨々は疲れ果てました。それは、御手が昼も夜も私の上に重くのしかかり、私の骨髄は、夏のひでりでかわききったからです。私は、自分の罪を、あなたに知らせ、私の咎を隠しませんでした。私は申しました。『私のそむきの罪を【主】に告白しよう。」すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました。』」アーメン。ダビデは罪を犯した直後から、心に深い責めを覚えていました。骨髄の痛みはどの痛みよりも辛いそうですが、ダビデは死ぬほど苦しみました。だから、預言者ナタンから罪を責められたとき「私は主に対して罪を犯しました」と隠し立てなく答えました。ダビデは罪赦された者の喜びをこのように歌っています。詩篇32:1-2「幸いなことよ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。幸いなことよ。主が、咎をお認めにならない人、その霊に欺きのない人は。」このみことばは、使徒パウロも引用しています。パウロは私たちは「信仰によってのみ、人は義とされる」と主張しました。そのとき、「ダビデは行いとは別の道で義と認められたのです」と、ダビデの詩篇を引用しました。罪の赦しは同時に、救いの喜びでもあります。この世の宗教は、罪の赦しのために償いを要求します。ある人たちは、一生、罪の重荷を背負いながら生きています。そのため、「自分だけが幸せになることはできない」と言います。人間的には、そのような償いが必要と思われるかもしれません。しかし、私たちは罪を赦して下さる最も権威ある神さまがおられます。それだけではありません。罪の代価を代わりに支払ってくださったイエス・キリストがおられます。旧約時代には、キリストがいなかったので、罪の結果を刈り取るべく「咎」が家系に入り込みました。しかし、キリストは罪だけではなく、咎の問題も解決してくださいました。イザヤ53:5「しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」とあるからです。

罪のない人はいません。すべての人は罪を犯したので罪の負い目があり、良心の呵責がいつもあります。しかし、主イエス・キリストが来られたのは、私たちの罪を赦し、罪の負い目から解放してくださるためです。キリストにあって、私たちはもうだれからも「罪あり」と、咎められることはありません。悪魔があなたを責めるためやって来たなら、「私はキリストによってすべての罪が赦されました。文句があるならキリストのところへ行きなさい」と言えば良いのです。ダビデは罪が赦されていることがどんなに大きな喜びなのか教えています。ダビデはイスラエルの王になったことも喜びであったと思います。しかし、主に受け入れられ、主から罪が赦されていることがそれ以上の喜びでした。私たちも「何ができる」とか「何を持っている」ということよりも、主から完全に受け入れられ、主によって罪が赦されていることを喜びましょう。



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2014年1月12日 (日)

油注がれたダビデ     Ⅰサムエル16:6-13 

 イスラエルの初代の王サウルは、不従順の罪のゆえに主なる神さまから捨てられました。主はサウルを選んだことを悔やまれました。サウルがまだ王に就いていましたが、主はダビデを王として新たに選びました。最も小さく、最も可能性の低い人が選ばれました。主の選びは本当に不思議です。最初の戦いは巨人ゴリアテとの戦いです。これで一躍、ダビデは有名になりました。ところが、サウルの嫉妬を買い、命を狙われ、逃亡の日々を過ごしました。きょうは、ダビデの前半の生涯から2つのポイントで学びたいと思います。


1.油注がれたダビデ

主はサムエルに「王を見つけたので、エッサイの息子たちを集めよ。」とお命じになられました。しかし、このことがサウルに知れると殺されるので、サムエルは「主にいけにえをささげる」という口実で、エッサイの家に行きました。サムエルは長男のエリアブを見て、「確かに、主の前で油を注がれる者だ」と思いました。しかし、主はサムエルに「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。私は彼を退けている。人が見るように見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る」と仰せられました。エッサイは、次男のアビナダブを進ませたが、サムエルは「主は選んでおられない」と言いました。エッサイは、三男のシャマを進ませたが、サムエルは「この者もまた、主は選んでおられない」と言いました。四男、五男、六男、七男に対しても、「主はこの者たちを選んではおられない」と言いました。サムエルはエッサイに「子どもたちはこれで全部ですか?」と聞きました。エッサイは「まだ末の子が残っています。あれは今、羊の番をしています」と答えました。サムエルは「人をやって、その子を連れて来なさい」と命じました。その子は血色の良い顔で、目が美しく、姿も立派でした。主はサムエルに「さあ、この者に油を注げ。この者がそれだ」と言われました。サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真ん中でダビデに油を注ぎました。主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下りました。ダビデはそのとき17歳で、実際にイスラエルの王になるのは13年後の30歳でした。

このところに、「人はうわべを見るが、主は心を見る」という、主のみことばがあります。初代の王、サウルは容貌と背の高さは申し分ありませんでした。Ⅰサムエル9:2「彼は美しい若い男で、イスラエルの中で彼より美しい者はいなかった。彼は民のだれよりも、肩から上だけ高かった」と書いてあります。ダビデの息子、アブシャロムも大変美しい人でした。Ⅱサムエル14:25「さて、イスラエルのどこにも、アブシャロムほど、その美しさをほめはやされた者はいなかった。足の裏から頭の頂まで彼には非の打ちどころがなかった。」とあります。アブシャロムはダビデを追放し、イスラエルを自分のものにした人です。映画俳優やモデルは美しい人が多いです。私は、容貌は神さまの賜物であると思います。容貌が良ければ、心も良さそうに思いますが、必ずしもそうではないようです。サタンは自分があまりにも完璧で美しいので、高慢になり、堕落しました。「人はうわべを見るが、主は心を見る」とはどういう意味でしょう?人は確かに容貌や美しさに目がいきます。しかし、神さまは、うわべよりも、心をご覧になっておられるということです。ダビデの容姿は分かりませんが、血色の良い顔で、目が美しく、姿も立派でした。「目が美しく」という描写は、心が美しいことを象徴しています。イエス様も、「からだのあかりは目です。それで、もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るい」(マタイ6:22)とおっしゃいました。それでは、主が選ばなかった、兄たちはどんな人なのでしょうか?Ⅰサムエル17章に書いてありますが、巨人ゴリアテの前でイスラエルが苦戦していました。ダビデが兄たちの安否を尋ねて来たとき、兄から何と言われたでしょうか?エリアブはダビデに怒りを燃やして、「一体おまえはなぜやって来たのか?荒野にいるわずかな羊を、だれに預けてきたのか。私はおまえのうぬぼれと悪い心がわかっている。戦いを見にやって来たのだろう」と言いました。人は自分が見るように、他の人を見るものです。長男のエリアブは自分の心が悪かったので、ダビデを悪く見ました。主がエリアブを退けた理由がここからも知ることができます。

人はうわべを見ますが、主は心をご覧になります。となると、私たちは外見よりも、内側を整える必要があります。使徒パウロは、「どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように」(エペソ3:16)と祈っています。では何故、容貌や肉体よりも、内なる人が重要なのでしょうか?Ⅱコリント4:16「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています」とあります。そうです。外なる人、つまり、容貌や肉体は一時的であるからです。では、「容貌や肉体はどうでも良いか?」というとそうでもありません。美容や健康に気を配ったら良いと思います。テレビ・ショッピングでは、そういうものが大流行です。いろんなサプリも良いでしょう。でも、そればかりでは十分ではありません。心のケア―、内なる人が強くなるように働きかける必要があります。健康のためには、デドックス、体にたまった毒素を排出することが大事だと言われています。同じように、心の中にたまった毒素を排出する必要があります。憂い、悲しみ、とがめ、いやな記憶、恥、トラウマ、罪責、恨み、ねたみ、不安、恐れ、挫折感、失望感、怒り…いっぱいありますね。こういうものを吐き出す必要があります。でも、どこに出すのでしょうか?この世の人たちは、お酒やカラオケで出すのでしょうか?クリスチャンは「私にはそういうものはありません」と否定するかもしれません。でも、自分の心の状態を無視すると、いろんな病気になります。私たちは神さまとの祈りの中で、何でも出すことができます。神さまはちゃんと処理してくださいます。その後は、みことばと祈りで、良いものを入れる必要があります。信仰書も良いですし、賛美も良いでしょう。私は心が積極的・肯定的になるような本を常に横に置いています。なぜなら、知らず知らず、気持ちが落ち込むからです。朝起きるときと、夜寝る前は、心のケアーのためにはとても大事な時間です。神さまの前に、積極的なことばを告白し、感謝をささげるべきです。どうぞ、内なる人が強くなるように努力しましょう。

しかし、最も重要なことがあります。それは何でしょう?Ⅰサムエル16:13「サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真ん中で彼に油をそそいだ。【主】の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った。」アーメン。クリスチャンにとって、最も重要なものは主の油注ぎであります。旧約聖書において、祭司と王様と預言者には、任職のための油注ぎがありました。また、キリストは「油注がれた者」という意味であり、特別な存在でした。では、新約において「油注ぎ」とはどのような意味があるのでしょうか?それは、聖霊の満たしであります。油は聖霊を象徴しています。ペンテコステの日、120人に聖霊が臨み、彼らは聖霊に満たされました。すると、彼らは別人のようになり、預言や異言を語り出しました。使徒たちが手を置くと病が癒されました。人格的にも愛の人に変えられました。魔術師シモンと言う人がペテロに、「私にもそのような権威をください」とお金を差し出しました。すると、ペテロから「あなたは金で神の賜物を手に入れようとするとか」と呪われました。パウロは後から使徒になった人ですが、エペソの人たちの上に手を置くと、人々は聖霊を受け、聖霊に満たされました。また、油注ぎによって、神からの賜物や権威が与えられるということは確かなことです。なぜなら、聖霊の油注ぎは奉仕の原動力だからです。神さまの奉仕は、自分の力では決してできません。もちろん、ある程度のことはできます。しかし、油注がれた奉仕は、他の人がそれを見ると分かります。10年以上前に、アメリカからベニー・ヒンがやって来ました。彼は油注ぎがいかに大切かメッセージしました。また、「タッチ」とか言って、そういう油注ぎを与える奉仕をしました。最近は、タンザニアのガジマという牧師が、油注ぎのメッセージをします。彼のメッセージはとても単純ですが、私たちの心を変える力があります。彼は多数の死人を生き返らせ、「油注ぎこそが、リバイバルの秘訣である」と主張します。

私たちは「油注ぎ」を魔法の杖のようにしてはいけません。聖書的なバランスを取ることも重要です。しかし、サムエルがダビデに油を注がれたらどうなったでしょうか?「【主】の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った」と書いてあります。ダビデがダビデとして、活躍できたのは、聖霊の油注ぎではないかと思います。彼はイスラエルの黄金時代を築き上げました。また、すぐれた戦士、多くの詩篇を書き、音楽家でもありました。大きな罪を犯しましたが、主の恵みによって赦されました。神さまに従順な態度は、イエス・キリストの型でもあります。私は新約の時代は、特別な人にではなく、一般の人にも聖霊の油注ぎがなされると信じます。使徒2:17-18「終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する」と書いてあるからです。結論的に言いますと、「外見や容姿よりも、心だ」ということです。さらに言いますと、聖霊の油注ぎを受けているということです。ヨハネは「あなたがたの場合は、キリストから受けたそそぎの油があなたがたのうちにとどまっています」(Ⅰヨハネ2:27)と言いました。ハレルヤ!神さまの働きの原動力は、主の油注ぎであることを知りたいと思います。新約の時代、求めるならだれにでも与えられます。


2.ゴリアテに勝利したダビデ

Ⅰサムエル17章に書いてありますが、巨人ゴリアテの前でイスラエルが苦戦していました。ダビデが兄たちの安否を尋ねてきたとき、エリアブはダビデに怒りを燃やして、「一体おまえはなぜやって来たのか?荒野にいるわずかな羊を、だれに預けてきたのか。私はおまえのうぬぼれと悪い心がわかっている。戦いを見にやって来たのだろう」と言いました。しかし、ダビデは兄のことばを聞き流し、「このしもべが行って、あのペリシテ人と戦いましょう」とサウル王に進言しました。サウルは自分のかぶとよろいを身に着けさせました。ダビデにとって、その武具は不慣れだったので、「こんなものを着けては、歩くこともできません」と脱ぎ捨てました。借り物ではダメです。ダビデは自分がいつも使い慣れた物で戦うことにしました。ダビデは石投げとなめらかな石を袋に入れて、ゴリアテに立ち向かいました。しかし、ゴリアテは身長が3メートルで旗竿のような槍を持っていました。彼は生まれたときから軍人で、戦闘のプロでした。サウル王はゴリアテに勝った者に自分の娘を嫁に与えると言いました。しかし、イスラエルの人たちで、だれ一人、「私が戦う」という人がいませんでした。ところが、紅顔の美少年ダビデが一人で立ち向かいました。ゴリアテはダビデを見おろして、「杖を持って向かってくるが、俺は犬なのか。さあ来い。おまえの肉を空の鳥や野の獣にくれてやろう」と言いました。ダビデは怒っていました。なぜなら、このゴリアテがイスラエルの神をなじったからです。ダビデが言いました。「お前は、剣と、槍と、投げやりを持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、お前に立ち向かうのだ」と言いました。

 ミケランジェロが作った「ダビデ像」の彫刻が有名です。また、ベルニーニも「ダビデ像」を作りましたが、彼の方が石投げを持っていてとてもリアルです。グッと、睨みながら、体をひねっています。今にも石が飛び出しそうです。しかし、このところで注目したいのは、ダビデの信仰です。ダビデはゴリアテの身長や武器を見ていません。ダビデは巨人ゴリアテではなく、主を見ていました。ダビデは「これは主の戦いだ。主はおまえたちを我々に渡される」と宣言しました。これが重要であります。私たちは問題の大きさを見て、それがどれだけ困難か理由をあげます。そうすると頭も体も委縮して、アイディアも出てきません。そうではなく、ダビデは主を見上げ、「この戦いは主の戦いである」と宣言しました。つまり、「主が戦ってくれるので、自分はできることをやれば良い」ということです。ダビデはすばやく走って行き、袋の中から石を1つ取りました。そして、石投げで石を「びゅん」と、放ちました。一個目は外れました。二個目も外れました。三個目も外れました。四個目はかすれました。「あ、ヤバイ!」ゴリアテの槍が鈍い光を放って、今にも体を貫きそうです。最後の五個目が、ゴリアテの額に食い込み、彼はうつぶせに倒れました。そうは書いていません。一発目の石で、ゴリアテは倒れました。四個の石は残りました。これを「勝ち得て余りある」と昔の説教者は言ったものです。ダビデはすかさず走り寄り、ゴリアテの剣を奪い、とどめを刺して首をはねました。

 この記事を読んでいるとき、楽天の田中投手のことが思い出されました。彼は24勝でシーズンを終えました。一度も敗れなかったということです。日本シリーズでは、1回負けたので、26連勝でストップしたようです。日本シリーズをテレビで見ましたが、すごい形相で投げていました。多くの選手を三振で倒しました。「彼とダビデが何の関係があるんだ」と言われればそれまでです。しかし、あのほとばしる自信は、ダビデと似ているかもしれません。ダビデは一発で巨人ゴリアテを仕留めました。では、ダビデはまぐれだったのでしょうか?そうではありません。ダビデは羊飼いでした。なぜ、ダビデに自信があったのでしょう?ダビデがサウル王にこのように言っています。Ⅰサムエル17:34-37「しもべは、父のために羊の群れを飼っています。獅子や、熊が来て、群れの羊を取って行くと、私はそのあとを追って出て、それを殺し、その口から羊を救い出します。それが私に襲いかかるときは、そのひげをつかんで打ち殺しています。このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受けていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。生ける神の陣をなぶったのですから。獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった【主】は、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。」アーメン。ダビデは自分の仕事に忠実でした。そして、2つのことを身に着けていました。1つは、普段から、獅子や熊を打ち殺していたということです。それだけ自分の石投げには自信があったということです。もう1つは、主に対する信仰です。ダビデは「これまで、主が獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった。だから、主はあのペリシテ人の手からも私を救い出してくださる」と言っています。この信仰も、昨日、今日、生まれたのではなく、普段からの積み重ねであったということです。

 私たちは「ダビデは神さまから選ばれた特別な人物だったので、ゴリアテに勝利できたんだ」と思います。それだけではありません。私たちの前にも巨人ゴリアテがいます。乗り越えられないような困難や打ち負かされるような出来事があります。そういう時こそ、自分の力や信仰がためされます。そのために、やはり2つのことをしていく必要があります。1つは今やっていることに対して、忠実であるということです。忠実に行うことでだんだん実力がついてきます。私も毎週、説教をしていますが、はじめの頃はひどかったようです。私の長所はコツコツやるということです。いろんなセミナーに出かけ、学んだものをあとから整理します。また、信仰書や人が研究した資料をたくわえておきます。英語もほとんど独学です。昔はNHKのラジオ英会話、今ではジョエル・オースチンの原書をコツコツ訳しながら学んでいます。説教は1か月先まで、すでにできています。なぜ、完全原稿かと言いますと、岩本姉と中国の方の通訳のためでした。もう、20数年、全部書いています。2つ目は、問題ではなく、主を見上げていくと言うことです。私は元来、悲観主義で、喜びや感謝がない人でした。クリスチャンになってやっと感謝ができるようになりました。しかし、内側には、怒りと恐れが満ちていました。だから、何か問題が起こると過剰に反応しました。信仰、信仰と口ではいいますが、肉の頑張りでやってきたところが多くあります。失敗や問題がある度に「わー」とか「あー」と過剰反応しました。そういう中でも主により頼んできたので、だんだん信仰的に成長してきたと思います。みなさんはどうでしょうか?外の天気のようにいつも晴れの日とは限りません。どんより曇った日もあれば、雨や嵐の日もあります。でも、雲の上はいつも快晴です。飛行機に乗るとわかりますが、3000メートルくらい上ると、下は雲海で、太陽が輝いています。ダビデは「この戦いは主の戦いである」と言いました。つまり、生活に起こるあらゆる出来事は、主が共にいて戦ってくださるということです。私たちは勝手に、「これは私の問題だから、私が解決するしかない」と言って主の助けを排除します。そうではなく、小さな問題も大きな問題も、「この戦いは主の戦いである」と思って、主と共に戦うことが大切です。しかし、「毎日、そんなに戦いがあるのですか?」と反論なさるかもしれません。でも、主の戦いなんです。葛葉姉がお産を無事終えたとき、「ああ、勝利した!」と言われたそうです。アーメンです。私もホテルに泊まることがありますが、変なテレビは見ません。インターネットもひっかかりそうですが、見ません。それは「勝利した!」ということです。「本当は今、買いたいけど、我慢して来月、給料が入ってから買うことにした。」そういう時も「勝利した!」と言うべきでしょう。「本当はひとこと皮肉を言いたかった。でも、口を閉ざして言わなかった。」そういう時も「勝利した!」と言うべきでしょう。

 ダビデは主からとても愛されました。それはなぜでしょう?大人になっても、子どものような純真さがあったからです。Ⅰサムエル16:12「その子は血色の良い顔で、目が美しく、姿もりっぱだった。」これは、ダビデの心の中をあらわしています。ダビデは主を恐れ、主を愛しました。だから、主の愛顧、favorを得たのだと思います。これはダビデが歌った歌の1つです。詩篇7:10「私の盾は神にあり、神は心の直ぐな人を救われる。」直ぐとは、uprightであり、「正直な、高潔な、正しい」という意味があります。ダビデは17歳のときサムエルから油を注がれました。ダビデがゴリアテに勝利した後、女たちが笑いながら「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った」と繰り返して歌いました。そのため、サウル王はダビデを妬み、命を狙いました。ダビデは荒野から荒野へと逃亡の生活を余儀なくされました。サウルはペリシテ人との戦いに敗れて自害しました。その後、ダビデはイスラエルの王になりましたが、30歳になっていました。あのダビデすら、多くの困難を通らされました。時には嘆き悩み、時には恐れ苦しみました。しかし、ダビデはその度ごとに主を見上げ、勝利していったのです。私たちもこの地上では戦いがあります。これもダビデの詩です。詩篇34:19「正しい者の悩みは多い。しかし、主はそのすべてから彼を救いだされる。」


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2013年12月 8日 (日)

最初の王サウル      Ⅰサムエル15:17-23 

 イスラエルの民は、「他の国のように、私たちをさばく王を立ててください」とサムエルに求めました。本来は、主なる神さまがイスラエルの王でした。「人間の王をください」ということは、主を退けることと同じでした。サムエルは「王があなたがたを支配すると、こういうことになるよ」とさまざまな弊害を上げました。それでも、民たちは「どうしても、私たちの上には王がいなくてはなりません」と主張しました。主は民の言うことを聞き入れ、一人の人物を王としてお立てになりました。その人の名はサウルであり、イスラエルの最初の王様です。しかし、サウル王は致命的な罪を犯したために、神さまから捨てられました。

1.サウルの高慢

 サウルは外見的に素晴らしい人物でした。Ⅰサムエル92「キシュにはひとりの息子がいて、その名をサウルと言った。彼は美しい若い男で、イスラエル人の中で彼より美しい者はいなかった。彼は民のだれよりも、肩から上だけ高かった。」とあります。サウルは背が高くて、とてもハンサムな男性でした。また、彼はとても謙遜でした。Ⅰサムエル921「私はイスラエルの部族のうちの最も小さいベニヤミン人ではありませんか。私の家族は、ベニヤミンの部族のどの家族よりも、つまらないものではありませんか。どうしてあなたはこのようなことを私に言われるのですか。」と言いました。サムエルは人々の前で「見よ。主がお選びになったこの人です」と紹介しました。ほとんどの民は「王様。ばんざい」と喜びました。ところが、「この者がどうして、われわれを救えよう」と軽蔑して、贈り物を持ってこない人たちがいました。しかし、サウルは黙っていました。また、神さまはサウルの心を変えて新しくされました。サウルが預言者の一団の中に入ると、神の霊が彼の上に激しく下りました。そして、サウルも彼らの間で、預言をしました。サウルの最初の戦いは、アモン人ハナシュでした。サウルはイスラエルの民を集め、大勝利を収めました。そのとき、サウルは自分を軽蔑した人たちに対して報復しませんでした。サウルは30歳で王となり、12年間イスラエルを治めました。最初は良かったのですが、いくつかの出来事で、神さまから捨てられてしまいました。

 あるとき、宿敵ペリシテ人との戦いが起こりました。ペリシテは、戦車3万、騎兵6千、歩兵は海辺の砂のように多く集まりました。サウルは、ギルガルというところに留まっていましたが、民は、震えながら彼に従っていました。当時は、主にいけにえをささげてから、戦うというきまりがありました。ところが、7日間待ったけれど、祭司サムエルが定めた日にやってきませんでした。民たちはサウル王から離れて散って行こうとしました。そのため、サウルは全焼のいけにえをささげました。ちょうど、ささげ終ったときに、サムエルがやって来ました。サムエルは「あなたは、何ということをしたのか」と彼を責めました。なぜなら、いけにえをささげるのは祭司であり、王ではありませんでした。サウルは「今にもペリシテ人が私のところに下ってこようとしているので、思い切って全焼のいけにえをささげました」と言い訳しました。ところが、サムエルは「あなたは愚かなことをしたものだ。あなたの神、【主】が命じた命令を守らなかった。…あなたの王国は立たない。【主】はご自分の心にかなう人を求め、【主】はその人をご自分の民の君主に任命しておられる。」と、主からのことばを伝えました。サウルは祭司ではないのに、主の前にいけにえをささげました。これは、分をわきまえない、行き過ぎた行為でした。後のユダの王、ウジヤは、神殿で香をたきました。そのため神から打たれ、らい病になりました。サウルもウジヤも「自分は王だから、何でもできる」と高慢になっていたのです。

 もう1つの決定的な失敗は、アマレクとの戦いにおいて、主の命令に従わなかったことです。主は、「アマレクを打ち、そのすべてのものを聖絶せよ。人も家畜もすべて滅ぼしなさい」と命じました。しかし、どうでしょう?Ⅰサムエル159「しかし、サウルと彼の民は、アガグと、それに、肥えた羊や牛の最も良いもの、子羊とすべての最も良いものを惜しみ、これらを聖絶するのを好まず、ただ、つまらない、値打ちのないものだけを聖絶した。」次の日、サウルは知らんぷりして、「私は主のことばを守りました」とサムエルに告げました。しかし、サムエルは「では、私の耳に入るあの羊の声、私に聞こえる牛の声は、いったい何ですか」と言いました。サウルは「民は羊と牛の最も良いものを惜しんだのです。あなたの神、【主】に、いけにえをささげるためです。そのほかの物は聖絶しました。あなたの神、【主】に、いけにえをささげるために、聖絶すべき物の最上の物として、分捕り物の中から、羊と牛を取って来たのです。」と言い訳しました。ここから先は、聖書でとても有名なみことばです。Ⅰサムエル1522「するとサムエルは言った。『主は【主】の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。あなたが【主】のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。』」私たちの目では、小さな罪のように見えます。しかし、サウルは神さまから油そそがれた王なので、責任がありました。彼は高慢になって、「このくらいのことは良いだろう」と不従順の罪を犯したのです。サウルは、「神さまにささげるため」と言いましたが、神さまの前に従順であることがはるかに重要だったのです。

 では、サウルは本当にそのことを悔い改めたのでしょうか?Ⅰサムエル1530「サウルは言った。『私は罪を犯しました。しかし、どうか今は、私の民の長老とイスラエルとの前で私の面目を立ててください。どうか私といっしょに帰って、あなたの神、【主】を礼拝させてください。』」。サウルは神さまとの関係ではなく、面目、メンツを失うことを恐れました。だから、「一緒に民の前に出てください」とサムエルの上着のすそをつかんで離しませんでした。エリヤハウスに『サウルとダビデの悔い改め』という教えがありました。サウルは自分がしたとは言っていません。「民が羊と牛を取ってきたのです」と言いました。また、サムエルから罪を責められたとき「私は民を恐れて、彼らの声に従ったのです」と言いました。また、サムエルがその場を立ち去ろうとしたとき、サムエルの上着のすそを裂けるほど、つかんでこう言いました。「私は罪を犯しました。しかし、どうか今は、私の民と長老とイスラエルの前で私の面目を立ててください。どうか私と一緒に帰って、あなたの神、主を礼拝させてください」と願いました。サウルは一度も、「神さまの前に罪を犯した

とは言っていません。サウルが気にしているのは、民と長老とイスラエルの前における面目でした。神さまに対する罪は二の次でした。一方、ダビデはどうでしょうか?ダビデは姦淫と殺人の罪を犯しました。罪の大きさから言えば、ダビデの方が重いと思います。しかし、ダビデが罪を悔い改めたとき、「私はあなたに、ただあなたに、罪を犯し、あなたの御目に悪であることを行いました」(詩篇514と告白しています。人ではなく、神さまのことを考えていました。だから、ダビデは神さまから赦され、そして愛されたのです。日本人は「人に迷惑をかけていないから良いだろう」と言います。人との関係を考えて、神さまのことを重んじていません。人との関係も重要ですが、それよりも「すべての支配者である神さまとの関係はどうか?」ということです。もし、神さまから赦されたならば、人からどう思われようと関係ありません。もちろん、人に損害を与えていたら償う必要はあります。でも、最も重要なことは、神さまとの関係です。私たちが罪を犯したなら、神さまとの関係が壊れます。しかし、私たちがその罪を告白するとき、神さまとの関係が回復されます。このように、「神さまから人へ

という順番が大切です。サウルは神さまよりも、イスラエルの民がどう思うか、王としての面目だけを心配していました。だから、悔い改めが浅くて、サウル自身の心は変わらなかったのです。

 サウル王は、私たちにとっての大切な教訓であります。できれば、サウロのようになりたくありません。サウルは王様にならなければ、低い自尊心で生きていた人です。しかし、イスラエルの王様になったので、自尊心が膨らみ、自分の思いを優先させました。ですから、自分に権威や力が与えられると、今まで隠れていた罪が出てくるのかもしれません。ですから、たとえ、権威や力が与えられても、謙遜であることを忘れてはいけません。私たちの人生において、だれが王であり、だれが主人なのでしょうか?それは主なる神であり、イエス様であります。たとえ、権威や力が与えられても、それはイエス様が一時的に下さったものですから、乱用してはいけません。私たちの持っているものはすべて神さまから預かっているものです。私たち自身のものなど1つもありません。だから、誇るならば、主を誇るべきであります。「すべての栄光が主にあるように」と普段から、心がけているなら大丈夫だと思います。イザヤ書5715「いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方が、こう仰せられる。「わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。」アーメン。主はへりくだる者と共におられます。

 

2.サウルの嫉妬

 サウロを滅ぼしたのは高慢でしたが、もう1つは、嫉妬心でした。嫉妬は人の心をだめにしてしまいます。嫉妬している人の特徴は、ものごとを誇張して見、必要以上に恐れを抱いてしまうことです。青年ダビデがペリシテ人のゴリアテを打って帰って来たとき、女たちが歌と踊りでサウル王を迎えました。女たちは笑いながら「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った」と繰り返して歌いました。Ⅰサムエル188-12「サウルは、このことばを聞いて、非常に怒り、不満に思って言った。『ダビデには万を当て、私には千を当てた。彼にないのは王位だけだ。』その日以来、サウルはダビデを疑いの目で見るようになった。その翌日、わざわいをもたらす、神の霊がサウルに激しく下り、彼は家の中で狂いわめいた。ダビデは、いつものように、琴を手にしてひいたが、サウルの手には槍があった。サウルはその槍を投げつけた。ダビデを壁に突き刺してやろう、と思ったからである。しかしダビデは二度も身をかわした。サウルはダビデを恐れた。【主】はダビデとともにおられ、サウルのところから去られたからである。」そこで、サウルはダビデを自分のもとから離し、彼を千人隊の長にしました。ダビデはその行く所、どこにおいても勝利を収めました。ダビデが大勝利を収めるのを見て、サウルは彼を恐れました。そして、サウルはダビデがペリシテ人の手にかかって死ぬように、あえて危険な命令を与えました。ところが、ダビデはなんなく勝利するので、サウルはますます、ダビデを恐れました。しまいには、サウルはダビデを殺すことを、息子ヨナタンや家来の全部に告げました。サウル王の嫉妬心をだれも止めることができず、ダビデは荒野から荒野へと逃げるしかありませんでした。

 サウル王はリーダーとしては失格であります。彼は自分の部下の成功を喜ぶことができませんでした。むしろ、自分の地位を脅かす存在であると恐れました。去る114-5日、グローバル・リーダーズサミットに出席しました。セッション5では、ゲリーという、リーダーズサミットの総責任者がお話をしました。コロサイ323「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい」とあります。彼は、サミットの創始者であり、主任牧師のビル・ハイベルズを喜ばせようと奉仕してきたことを告白しました。ゲリー氏はリーダーのあり方についてこう教えてくれました。「ベストを尽くすのは、人間の主人ではなく、神のためにするのです。低い自己価値を持っているリーダーは、他の人たちに自分の価値を抱かせることにやっきになっています。他の人の成功を受け入れることができません。そして、他の人の失敗を責めます。また、低い自己価値を持っているリーダーは、自分よりも能力のある人を雇いません。増殖者になるのではなく、縮小者になってしまいます。」サウル王はまさしく、低い自己価値を持っていました。だから、「イスラエルの民が自分を王として評価してくれるだろうか」ということに焦点を合わせていました。だから、サムエルが神さまに対する罪を責めても、民たちの面目を第一に考えました。また、青年ダビデがゴリアテを倒し、また千人隊長になって次から次へと勝利を収めました。それはイスラエルのために良いことであり、王様として喜ぶべきことです。しかし、サウル王は「自分の王位が取られるのではないか」と恐れました。こういうことは、会社にもよくあることのようです。部下があまりにも能力があると、「こいつに部署を取られたらどうしよう」といじめることがあるようです。まさしく、嫉妬心から来るものです。

 嫉妬心はどれほど怖いものでしょう?イエス様が十字架にかけられたのは、ねたみであり嫉妬心でした。マタイ2718「ピラトは、彼らがねたみからイエスを引き渡したことに気づいていたのである」と書いてあります。イエス様の時代、宗教を指導していたのは、パリサイ人、律法学者、祭司長たちでした。彼らはイエス様がメシヤ(キリスト)であることを知っていました。しかし、信じて、従うことをしませんでした。もし、メシヤであることを認めならば、自分たちの地位と職を失うことになります。「だいたい、学問も学んでいない、ナザレの大工が何なんだ」と怒りました。彼らは、イエス様の教え、イエス様の人格、イエス様のわざを見たとき、恐れを抱きました。一般の人たちは、「ああ、このお方はメシヤに違いない」とこうべを垂れました。しかし、彼らの心の中に嫉妬心がありましたので、「イエスを排除しなければ、自分たちの地位が危い」と恐れました。ですから、初期のころから、「なんとか、イエスを殺さなければ」と機会を狙っていました。いよいよ、過ぎ越しの祭りの時、ユダによってチャンスが到来し、捕えることができました。彼らは、いくつか裁判しましたが、イエス様に罪を見出せませんでした。結局は、騒乱罪としてローマに訴えました。しかし、総督ピラトは、彼らがねたみからイエスを引き渡したことに気づいていたのです。このように考えますと、ねたみ、嫉妬心は、キリストを十字架にかけるほど重いということです。私たちは日ごろ、無意識の中で、人をねたんだり、嫉妬します。それは自分に対する価値、自己価値が低いからです。私たち一人ひとりは、神さまから造られた尊い存在であり、一人ひとり違う存在なのです。もちろん、この世には、自分よりも優れた人はいるものです。でも、自分には神さまから別のものが与えられており、それを感謝すれば良いのです。ねたみ、嫉妬心は罪でありますが、クリスチャンになっても、「肉」として残ります。私たちは絶えず、それらのものを十字架につけて、主の御目の下で、固有な生き方をしたいと思います。サウルは神さまから捨てられました。そのため、主のもとから悪霊が臨みました。サウルの心も主を離れ、魔術師に頼るほど堕落しました。最後には、サウルは自殺をし、滅亡の断崖からまっさかさまに堕落しました。

では、どのようにして、自分をサウルにならないように注意したら、良いのでしょうか?さきほど、お話したリーダーズサミットのゲリー氏は、『自分を指導する』というテーマで教えてくださいました。かしこいリーダーとはどんなリーダーなのでしょうか?自分自身を指導することが最も難しいことです。自分自身を指導することは、仕事、家族、すべての働き、自分自身にも影響します。ゲリー氏は自分をより良く指導するために、4つ質問を与えています。その第一は、「だれを喜ばせようとしているのか?」あるいは「だれの評価を得ようしているのか」という質問です。先ほども言いましたが、これは自分に対して低い価値観をもっているならば、問題が起こります。自分よりも能力がある人を雇うことができません。失敗した人を責めたり、命令し、自分で決めます。健康な価値観があれば、人を活かすように助け、チャレンジを喜び、相談して決めることができます。この人は、縮小者ではなく、増殖者であります。自分に問いかける必要があります。「私はだれに仕えているのか。だれの好意を得ようとしているのか?」ということです。もし、私たちが人々の好意や評価を求めて生きるならば、その結果、人生、仕事、家族において、自分に思い描いたことのものを得ることができないでしょう。もし、神さまの好意や評価を第一に求めていくならば、結果的に、人々の好意や評価がついてでしょう。第二は「あなたは、批判や矯正のことばやほめられることに対して、どれほどオープンでしょうか?」多くの人は、批判や矯正のことばを受け止められるように訓練されていません。また、そのような言葉を受けることに居心地良く感じません。結果として、ある人の業績や他の人との関係に対して、否定的な影響を話すことを避けます。実はこれはとても不親切なことです。私たちはだれでも自分自身で見えていない盲点や失敗を抱えています。そして、それは具体的に指摘されなければ、私たち自身の成長を妨げ、明確な失敗へと導くことになります。「あなたは、どの程度、批判や矯正のことばを受け入れる用意があるでしょうか?」多くの人はそれを建設的に受け入れることができなかったり、また、あえて受け入れようとしなかったりします。それでは、神さまが与えてくださった可能性を最大限に発揮できないで終わってしまいます。だから、人が自分を正そうとする言葉に、どのように反応するでしょうか?弁解するでしょうか?他の人たちを責めようとするでしょうか?攻撃的になるでしょうか?心を閉ざして、その場を去るでしょうか?それとも、耳を傾けて、どのようにしたら良い結果を出すことができるのか、学ぼうとするでしょうか?第三は、「あなたは自分のメンターを持っているでしょうか?」その人はあなたがさらに向上するために、あなたを支え、あなたに対して説明責任を求める人です。人生の危機は40代に起こります。アメリカではこれを「中年期の危機」と呼びます。若いころ抱いていた夢が達成不可能だと悟る時期です。自分でできると思っていた技術や情熱や知識や賜物が不足していたことを認識します。だから、人生において自分を支え、自分のために語ってくれるメンターが必要です。「あなたにはメンターがいますか?また、あなたはだれかをメンターしていますか?」第四は「あなたは時間をどう使っていますか?」仕事や奉仕は私たちの大事な時間を奪い取り、家族やリクリエーション、学び、神さまとの時間を簡単に犠牲にしてしまいます。やがてバーンアウトし、家族が崩壊してしまうでしょう。仕事と生活のバランスを取ることが大切です。

 私たちは何をするにも、神さまの御目のもとで生きたいと思います。父なる神さまは、御子イエスの洗礼の時、天からこのように語られました。「あなたは、私の愛する子、私はあなたを喜ぶ」。御子イエスがまだ、何もしていないのに、父なる神さまは御子イエスを是認していました。存在そのものを評価し、喜んでいました。父なる神さまは、そのように私たちをもご覧になっておられます。主のご愛と恵みのもとで、息子、娘として生活したいと思います。

 

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2013年12月 1日 (日)

神の人サムエル     Ⅰサムエル3:1-10 

 旧約聖書から代表的な人物を取りあげて学んでいます。その人の長い人生をたった、30分で話すには限界があります。どうしても、出来事を長く説明して、メッセージの部分が短くなってしまいます。それでも、馴染みのない旧約聖書に触れるということは、とても良いことだと思います。前々回は、サムソンを学びました。そして、前回は、ルツについて学びました。そして、きょうはサムエルです。時代的にはどれも、士師(さばきつかさ)たちが治めて頃です。サムエルは最後の士師といえます。とても、暗い時代でしたが、サムエルがイスラエルにともしびを与えた神の人でした。


1.ナジル人サムエル

さばきつかさが治めていた時代、エルカナという人物がいました。「エルカナには二人の妻があった」(Ⅰサムエル1:2)と記されています。おそらく、ハンナという妻が不妊のゆえに、もう一人の妻ペニンナを迎えたのではないかと思います。ヤコブのときもそうでしたが、妻が複数いると、必ず争いが起こるものです。子どもがいたペニンナが、子どものいないハンナをいじめていました。聖書には「ペニンナは彼女をいらだたせていた」と書いてあります。そのため、ハンナは泣いて、食事をしようとしませんでした。それで、夫エルカナは「ハンナ。なぜ、泣くのか。どうして、食べないのか。どうして、ふさぎこんでいるのか。あなたにとって、私は十人の息子以上の者ではないのか」と言いました。夫の対応はカウンセリング的には失敗しています。彼は「なぜ」とか「どうして」と繰り返しています。また、「十人の息子以上の者」と言われても、全く、解決になりません。私も一応、カウンセリングは学んでいます。「こういう言い方は良くない」ということも頭では分かっています。しかし、いざ、家内や子どもとなると、「なぜ」「どうして」を連発してしまいます。他人だったら、傾聴して、共感して、その人自身が気付くような質問をするでしょう。しかし、身内だと遠慮会釈がないので、ずばっと、本音で言ってしまいます。カウンセリングの丸屋先生いわく、「なぜ」「どうして」よりも、「何が」が良いそうです。「何が」とは、その人が抱えている状況や問題をお互いに調べることができるからです。Whyや Howではなく、Whatであります。「何があったのですか?」「何がそうさせたのですか」「何が悩ませているのですか?」等です。

ハンナは夫が話にならないので、神の箱が置いてある主の宮に行きました。そこには、祭司エリが仕えていました。ハンナは、はげしく泣きながら、主の前に祈りました。Ⅰサムエル1:11そして誓願を立てて言った。「万軍の【主】よ。もし、あなたが、はしための悩みを顧みて、私を心に留め、このはしためを忘れず、このはしために男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を【主】におささげします。そして、その子の頭に、かみそりを当てません。」これをナジル人の請願というのですが、サムソンの時と同じです。彼女は「子どもが生まれたなら、あなたのご用のためにささげます」という祈りをしました。彼女が心を注ぎだして祈っていたので、エリは最初、彼女が酒に酔っているのではと誤解しました。その後、エリは「安心して行きなさい。イスラエルの神が、あなたの願ったその願いをかなえてくださるように」と祝福しました。ハンナに信仰が与えられました。だから、彼女の顔は、もはや以前のようではありませんでした。ハレルヤ!であります。

主はハンナの祈りを聞かれ、彼女は男の子を産みました。そして、その子を「サムエル」と名付けました。「サムエル」とは「その名は神」という意味です。ハンナはその子が乳離れするまで、一生懸命、育てました。エルカナが家族そろって、宮に行こうと誘いました。しかし、彼女は「この子が乳離れするまでは宮には上りません」と断わりました。イスラエルでは乳離れが日本よりも遅く、5、6歳ぐらいであると聞いたことがあります。ある本に「ハンナは幼子に対して、乳に祈りを混ぜて与えたのであろう。3歳まで人格の重要な部分が形成されると言われている。ハンナはその重要な時に、宗教的な教育をサムエルに施したに違いない。」と書いてありました。アーメンであります。乳離れしたならば、その子を主の宮に連れて行きます。ハンナは、それまで母の愛を注ぎ、みことばを与え、祈りました。近年、保育園の数が少なくて、お母さん方が大変困っているようです。女性の社会進出、あるいは経済的な問題で共稼ぎをしなければならないという理由があるでしょう。しかし、3歳くらいまでは余裕をもって、赤ちゃんを育てたら良いと思います。お母さんが日中、働いて忙しいと、心に余裕がありません。だから、叱ったり、きつい言葉を投げかけたりするのではないでしょうか?子育ては、その子のための立派な投資だと思います。人格的な土台ができる大事な時、母の愛を注ぎ、みことばを与え、祈るべきだと思います。

ハンナはその子が乳離れしたとき、主の宮に連れて行きました。そのとき、「この子は一生涯、主に渡されたものです。」(Ⅰサムエル1:28)と言いました。アンドリュー・マーレーはある本の中でこう言っています。「もう、すでに子どもを主にささげていますか?子どもは主に仕える者として、栄光の器として選ばれているのです。神は、あなたの子どもをご自分のものとして見ておられます。神はあなたを信任し、その子を訓練するようにと預けられたのです。決して、あなたの子どもなのではありません。主のものなのです。ところが、いつの間にかこのことを忘れてしまい、自分の子どものようにかわいがってしまうのです。『一生涯、主に渡されたもの』このはっきりとした明け渡しの好意は、何と尊い特権かと思うのです。私は、時々、一人息子を喜んで国のため、王のためにささげたという母親の話を耳にします。全部の子どもを戦場に送ったという話を耳にします。であるなら、王の王であるお方に、ご自身のものであるこの子どもをささげることが無情の栄誉でなくてなんでしょうか。わが子は主から託されているのです。しかも、愛し、訓練し、喜ぶ特権を、私たちは与えられているのです。」子どもはわが子であって、わが子ではない。神さまから託されているということです。アーメン。



2.少年サムエル

 Ⅰサムエル3:1-3「少年サムエルはエリの前で【主】に仕えていた。そのころ、【主】のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった。その日、エリは自分の所で寝ていた。──彼の目はかすんできて、見えなくなっていた──神のともしびは、まだ消えていず、サムエルは、神の箱の安置されている【主】の宮で寝ていた。」当時は、シロという場所に主の宮があり、その中に神の箱が安置されていました。主の宮を守っていたのは、祭司エリでした。彼は高齢に達し、目がかすんできて、見えなくなっていました。しかし、それは肉体的にだけではなく、霊的にもそうでした。「その頃、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった」とあるからです。エリの息子たちは、よこしまな者で、主を知らず、祭司の定めについても軽んじていました。民たちがいけにえをささげていると、良い肉を肉刺しで横取りしました。本来なら、脂肪をすっかり焼いて煙にするところを、「今、渡しなさい」と力ずくで取る始末でした。さらに、二人の息子は天幕で仕えている女性たちと寝ていました。エリが悲しんで、戒めましたが、彼らは聞こうとしませんでした。聖書には「彼らを殺すことが主のみこころだったからである」(Ⅰサムエル2:25)と書いてあります。主はエリの家をさばき、忠実な祭司を起こすことを考えておられました。「神のともしびは、まだ消えていず、サムエルは、神の箱の安置されている【主】の宮で寝ていた」とあります。幼いサムエルは主の宮に住み込みで、奉仕していました。彼の一番の務めは祭壇の火を消さないことです。レビ記にも書いてありますが、一晩中朝まで、祭壇の火を燃え続けさせなければなりませんでした。暗い時代にあって、神のともしびは、まだ消えていなかったのです。

 ある晩、主からお声がありましたが、サムエルは「エリが呼んでいるのだろうな」と思いました。しかし、エリは「私は呼ばない。帰って、おやすみ」と言いました。二度目も主からお声がありましたが、エリは、私は呼ばないと言いました。主が三度目にサムエルを呼ばれたとき、エリは、それは主であると悟りました。エリは今度呼ばれたら、「主よ。お話しください。しもべは聞いております」と申し上げなさいと教えました。サムエルが寝たあと、主が来られ「サムエル、サムエル」と呼ばれました。サムエルは「お話しください。しもべは聞いております」と申し上げました。その内容は、エリの家についてのさばきでした。自分の息子たちが、自ら呪いを招くようなことをしているのを知りながら、彼らを戒めなかった罪のためでした。このところで重要なのは、サムエルの態度です。サムエルの仕事は祭壇の火が消えないように管理することでした。また、「はい。ここにおります」といつでも、準備をしていました。このことばが、3章に、5回記されています。乳離れしたばかりの幼子が、ただひとり老祭司エリの前にいて、主に仕えるのは、決して容易なことではありません。夜中に3度も呼び起こされて、すぐにエリのもとに駆けつけるとは、なんとかいがいしい態度でしょう。私の長男の朝陽が生まれる前の晩のことを思い出します。家内から夜中の12時半頃、「陣痛がはじまったから、病院に連れて行って」と起こされました。私は「まだ、大丈夫だよ」と、起きませんでした。いよいよ、午前2時半頃、「あなた、病院に連れて行って」と起こされました。そのとき、私は「朝まで待てないか」と言いました。その頃は、早天祈祷会があったので、変なとき起こされると寝付けないからです。彼女がお願いするので、「わかった」と起きて、病院に連れていきました。午前6時半頃から分娩室に入り、11時頃、生まれてしまいました。今でも、「あのとき『朝まで待てないか』と言ったわよ」とたしなめられます。

 サムエルの「お話しください。しもべは聞いております」は、私たちの学ぶべき態度ではないでしょうか?日本には、お百度参りというのがありますが、一方的に願うだけでしょう。私たちの祈りも、「しもべは話します。主よ、お聞きください」になりがちです。こちらが願い事をならべて語ります。いよいよ、主がお語りくださろうとするとき、もう、そこにはいません。会話はキャッチボールであると言われますが、お祈りも、一方通行だとさびしいと思います。大体、主のお声というのは、小さなものです。一瞬、「あれ、何か語られたかな?」「何か示されたような気がするけど」という時がたまにあります。「ま、いいか」と思って、やり過ごすと、あとから、失敗することがよくあります。私の場合は、忘れてはいけないことを、ついうっかり忘れるときがあります。買い物、外出、コーチング、旅行など、落ち着きがないので、何かを忘れます。車でも、出発するとき、ちょっとゆっくり祈ると、忘れ物を思い出すことがあります。お祈りする中で、ちょっとだけ神さまにも時間をあげます。すると、思い出したり、教えられることがよくあります。サムエルのように、「お話しください。しもべは聞いております」という、祈りの態度は、ぜひ見習うべきだと思います。サムエルがどうして、そうなのかと言うと、お母さんのハンナがそうだったからです。ハンナは子どもが与えられる前、心を注いで祈りました。おそらく、お腹の中にサムエルがいたときも祈ったのではないかと思います。胎教と言うのがあるようですが、祈りほどすばらしい胎教はないと思います。また、短い時間でしたが、乳離れするまで一生懸命祈りました。「この子を主にお渡しいたします。この子は一生涯、主に渡されたものです。どうか、神さまのご用のためにお用い下さい」と祈りました。だからこそ、サムエルの中に、祈りの大切さが染み込んでいたと思われます。晩年のサムエルが、心頑ななイスラエルにこう言っています。Ⅰサムエル12:23「私もまた、あなたがたのために祈るのをやめて【主】に罪を犯すことなど、とてもできない。」サムエルは、祈らないことは、主に罪を犯すことだと言っています。私は講壇の上から、「祈りはすばらしい。祈りましょう」という説教が少ないことを自覚しています。祈りは主の御手を動かします。祈りは私たちの心を変えます。また、祈りは世界を変え、状況まで変えます。でも、忘れてはならかいことがあります。それは、「お話しください。しもべは聞いております」と神さまに時間を与えることです。心を静かにして、主の御声に耳を傾けることです。主はいつでも、私たちに語ってくださいます。



3.神の人サムエル

 なぜ、「神の人サムエル」なのでしょうか?サムエルは20年間イスラエルを治めた、最後の士師でした。その頃、イスラエルを脅かしていたのは、ペリシテ人でした。一般には、フェリシテ人と呼ばれています。彼らはヨーロッパから海を渡って、パレスチナにやってきました。彼らには製鉄の技術がありましたが、イスラエル人にはありませんでした。鉄の剣と青銅の剣では、切れ味が全く違います。イスラエルは長い間、ペリシテ人に苦しめられました。では、サムエルたちイスラエルはどのように戦ったのでしょうか?こういう事件が起こりました。イスラエルが劣勢を強いられていたとき、イスラエルの長老たちは1つのアイディアを考えました。Ⅰサムエル4:3「なぜ【主】は、きょう、ペリシテ人の前でわれわれを打ったのだろう。シロから【主】の契約の箱をわれわれのところに持って来よう。そうすれば、それがわれわれの真ん中に来て、われわれを敵の手から救おう。」彼らは、神の契約の箱を持ってくれば、ペリシテ人に勝てると思いました。ペリシテ人は「神が陣営に来た。ああ、困ったことだ。」と恐れました。しかし、どうでしょう、彼らは逆に奮い立ちました。なんと、イスラエルは大敗し、契約の箱が奪われてしまいました。なぜ、負けたのでしょう?彼らは契約の箱を戦いの道具として利用したからです。この戦いによって、エリの二人の息子が死にました。そのニュースを聞いたエリも、あおむけに落ちて死にました。神の箱は七か月もペリシテ人の野にありました。ところが、ペリシテ人にひどい災いが起こるので、「もういらない」と、送り返してきました。

サムエルはエルアザルを聖別して、神の箱を守らせました。その後、イスラエルの民を招集し、断食と悔い改めを命じました。イスラエル人はサムエルに「私たちの神、主に叫ぶのをやめないで下さい。私たちをペリシテ人の手から救ってくださるように」求めました。サムエルは20年間、祈り続けました。Ⅰサムエル7:10、13「サムエルが全焼のいけにえをささげていたとき、ペリシテ人がイスラエルと戦おうとして近づいて来たが、【主】はその日、ペリシテ人の上に、大きな雷鳴をとどろかせ、彼らをかき乱したので、彼らはイスラエル人に打ち負かされた。…こうしてペリシテ人は征服され、二度とイスラエルの領内に、入って来なかった。サムエルの生きている間、【主】の手がペリシテ人を防いでいた。」とあります。沢村五郎という牧師が、『聖書人物伝』を書いています。その中で、こう書いています。「剣一振りさえない、たよりない民のために、主は20世紀の今日でさえまだ発明されていない電気仕掛けの爆弾を天から投下して、敵を撃ち散らされたのである。敵を踏みたもう者は、神である。サムエルの一生の間、主の手が、ペリシテ人を防いだ。ひとりの神の人の存在は、どんな軍備にもまさって威力のある国防力である。」アーメン。まさしく、サムエルは神の人でありました。

しかし、サムエルの晩年、悲しいことが起こりました。Ⅰサムエル8:1-3「サムエルは、年老いたとき、息子たちをイスラエルのさばきつかさとした。長男の名はヨエル、次男の名はアビヤである。彼らはベエル・シェバで、さばきつかさであった。この息子たちは父の道に歩まず、利得を追い求め、わいろを取り、さばきを曲げていた。」サムエルもエリと同じように、子育てには成功しなかったようです。サムエルは確かに神の人でした、しかし、あまりにも多忙で、子どもたちの教育は、すべて妻の手にゆだねられていたのでしょう。サムエルの子らの堕落は、イスラエルの民が王を求める口実になりました。Ⅰサムエル8:4-5「そこでイスラエルの長老たちはみな集まり、ラマのサムエルのところに来て、彼に言った。「今や、あなたはお年を召され、あなたのご子息たちは、あなたの道を歩みません。どうか今、ほかのすべての国民のように、私たちをさばく王を立ててください。」このことばは、サムエルだけではなく、主をも悲しませました。「私たちをさばく王を立ててください」とは、一種の堕落です。なぜなら、神さまこそがイスラエルを治める王だからです。それなのに、エジプトや他の国々のように、「王を立ててください」とは何事でしょうか?主はサムエルに「それはあなたを退けたのではなく、私を退けたのだ。今、彼らの声を聞け。ただし、彼らにきびしく警告せよ」と言いました。サムエルは王様が国を治めるようになったら、「息子は兵士に取られ、娘は下働き、畑も産物も取られるよ」と警告しました。しかし、民たちは「いや、どうしても、私たちの上に王がいなくてはなりません。王が私たちをさばき、王が私たちの先に立って戦ってくれるでしょう」と言いました。サムエルは民の言うことを聞いて、サウルをイスラエルの王として油を注ぎました。

サウル王を任命した直後、サムエルが言ったことばこれです。Ⅰサムエル12:22-23「まことに【主】は、ご自分の偉大な御名のために、ご自分の民を捨て去らない。【主】はあえて、あなたがたをご自分の民とされるからだ。私もまた、あなたがたのために祈るのをやめて【主】に罪を犯すことなど、とてもできない。」サムエルは生涯、祈りの人でした。イスラエルの民と神さまの間に立って、とりなしの役割を果たし続けました。とりなしの祈りとは何でしょうか?私たちは自分のためには祈ります。しかし、他の人ためにはどうでしょうか?もちろん、祈りには順番があります。神さまと親しい交わりをなし、そして、神さまに向かって祈ります。すると、神さまの愛があふれて、「あー、家族のために祈ろう。あの人のためにも祈ろう。日本のためにも祈ろう」とだんだん、祈りが拡大していきます。5分くらいだと自分の祈りで終わってしまいます。もうちょっと、神さまと親しく交わると、聖霊が祈りを助けてくださいます。聖霊が「あのことのために、祈りなさい。このことのために祈りなさい」と教えてくれます。祈りの醍醐味というのがありますが、仕方なく、祈りの課題をあげて祈るのは苦痛です。しかし、聖霊によって導かれる祈りまでいくためには、ロー、セコンドと加速をつけなければなりません。そこまで行くのが大変です。だから、多くの人は「ああ、疲れた。大変だ」とやめてしまいます。しかし、もうちょっと祈るとサード、トップギアになって、祈りの醍醐味を経験することができます。という、私も祈りが弱いことを告白します。「祈りをやめるのは罪を犯すことである」とサムエルは言いました。主の恵みによって、祈る者となりたいと思います。なぜなら、主にあって私たちクリスチャンは、全員、神の祭司だからです。


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