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2019年7月27日 (土)

中世の教会 ヨハネ黙示録2:18-29 亀有教会牧師鈴木靖尋 2019.7.28

 テアテラにある教会は中世の教会を預言していると思われます。しかし、聖書のことだけを語ると偏ってしまうので、前半は歴史的な視野から中世の教会について説明したいと思います。1000年間のことを15分で話すというのは無理がありますが、たまには歴史の勉強も良いかもしれません。前半は歴史的な立場から中世の教会を考えてみました。後半はヨハネの黙示録から中世の教会を考えてみました。 

1.歴史における中世の教会

 一般の学校では「世界史」を学びますが、神学校には教会を中心とした、「教会史」なるものがあります。私は亀有教会の私設神学校『すずめの学校』(現在はスパローズ・セミナリー)で、教会史を教えてきました。また、教会史は牧師になるための必須科目であり、どうしても勉強しなければなりません。一般に、中世ヨーロッパは暗黒時代であり、諸悪の根源はキリスト教だと思われているでしょう。血なまぐさい宗教戦争や、十字軍、魔女狩りを連想して、「教会なんか行くもんか」と躓いている人もいるでしょう。また、多くの人はキリスト教というと、ローマ・カトリック教会を連想します。初めて来た人は「あなたは神父さんですか?」と聞きます。しかも、黒いガウンを着ていないので、「教会の召使いかな?」と思うかもしれません。当教会は16世紀に興った宗教改革の流れ、プロテスタント教会です。では、中世の教会は全く学ぶ必要はないのでしょうか?私は正直なところ、聖書の初代教会からは多くのことを学ぶべきですが、中世の教会はむしろ、キリスト教信仰の後退であり、堕落だと思っています。では、「プロテスタント教会が中世の教会から全く影響を受けていないか?」というとそうではありません。私たちは「これが当たり前だ」と思っていますが、全く聖書的ではなく、中世の教会から受け継いでいるものが多くあります。ウィットネス・リーがこのように述べています。「教会には階級があってはなりません。しかし、唯一の階級だけがあるべきであるとも言えるかもしれません。しかし、それは聖職者でも、平信徒でもなく、兄弟です。ある人たちは、今、『平信徒ミニストリー』とか、『平信徒伝道者』なとど言います。しかし、私たちは聖職者でも、平信徒でもありません。私たちは祭司であり、からだなる教会の肢体です。私たちはみなキリストのからだの肢体であり、みな神の祭司です。」アーメン。

今回は『1冊でわかるキリスト教史』(日本キリスト教団出版局)を参考にしました。第一は国王と教皇の関係についてお話しします。中世のキリスト教は、ゲルマン民族の移動によって西ローマ帝国が滅亡した時(476年)から始まったと言われています。ローマの帝権が弱くなり、そのかわりローマ司教の力が強くなりました。「大司教」と呼ばれたレオ1世とグレゴリウス1世が、ゲルマン民族を積極的に教化し、改宗に導きました。西ローマ帝国滅亡後、グレゴリウスは新生ヨーロッパの教会を主導する「教皇」の基盤形成に貢献しました。ご存じのように中世の教会は、国王と教皇の権力の凌ぎ合いが1000年間も続くのであります。最もキリスト教会に影響を与えたのが、フランク族が建立した「フランク王国」です。王様や後継者が洗礼を受けて、ローマ教会に仕えるようになります。751年ピピン三世(小ピピン)は、大司教から国王就任の塗油式を受けました。つまり、ローマ教皇が国王に油を注いで任命するようになったのです。小ピピンは敵国から奪い取った土地を教皇に寄進しました。これが、教皇領(各国にまたがって教会が持つ土地)の起源となります。やがてはイングランドとアイルランドをキリスト教化し、西ローマは東ローマを凌ぐようになりました。800年、小ピピンの子、カールが戴冠を受けると、476年に滅亡した「西ローマ帝国」の復活の瞬間でした。ちなみに、カール大帝はハートのキングもモデルです。実質的に、東ローマのビザンツ皇帝から独立し、ローマ・ゲルマン・キリスト教の3要素からなる西ヨーロッパの文化が成立していきます。しかし、カール大帝の死後、フランク王国は3つに分裂してしまいます。その後、東フランク王国が「神聖ローマ帝国」と呼ばれるようになりました。今のドイツあたりです。しかし、ローマ教会は教皇権をめぐる争いが頻発し、弱体化していきます。司教職の売買、聖職者の妻帯が蔓延し腐敗の一途をたどります。叙任権闘争が起こり、国王が強くなり、逆に教皇を任命するようなことも起りました。200年に渡る十字軍の失敗によって、教皇権が弱体し、地方領主が没落して王権が強化されていきました。

第二は修道院と修道士についてです。教皇制と並んで、中世キリスト教を性格付ける重要な要素となったのは「修道制」です。キリスト教修道院の創始者は一般にエジプトのコーマ生まれのアントニウス(250年頃-356年)であると言われています。彼は「富める若者」に対するイエスの言葉に感激して自分の財産をことごとく売り、270年ごろ禁欲・断食・隠遁の生活に入りました。ただちに彼の追従者たちが現われ、4世紀の初めころシリアで急速に発展します。続いて、パコミウス(290年頃-346)は、個人的な要素を離れてそれを制度化し、発展改善して修道院の基礎を築きましした。彼は兵士でしたが、軍隊生活中キリスト教徒に出会い、徐隊後洗礼を受けキリスト者となったと言われています。小アジアではパコミウスの伝統が受け継がれ、カパドキヤのバシリウス(330年頃-76年)によって修道院規則はさらに発展をみました。カパドキヤの洞窟修道院は世界遺産になっています。東方より少し遅れて4世紀後半から、ガリア(現フランス)とアイルランドに修道院が出現しました。西方教会の修道制を決定的に方向付けたのは、イタリヤ中部で生まれたベネディクトゥスです。彼が定めた「清貧」「貞潔」「従順」の精神を説いた『戒律』が7世紀頃にはすべての修道院において規範となりました。やがて、ベネディクト会の改革から生まれたクリュニー修道院は、10世紀にはフランス、ドイツ、イタリヤ、イングランド、スペインなど全西方に約1000を数えるように至りました。13世紀に入ると、ローマ教会と教皇の腐敗の反動として、托鉢修道会が出現しました。彼らは土地や富を蓄えることを否定して、都市や農村を歩き回り、信者からの寄進のみで生活しながら、キリストの教えに忠実に生きようとする修道士たちの組織で、ドミニコ会とフランシスコ会が代表的な組織です。従来の修道会は、人里離れた地で農耕によって自活し、沈黙と観想の生活を送っていました。しかし、ドミニクスたちは都市を中心に清貧生活と説教の巧みさで民衆を教化していきました。修道士の労働も義務付けられなくなり、それに代わって、学問の研究が修道士の必須の徳目になりました。1181年、フランシスコ会の創設者アッシジのフランチェスコは、23歳のとき信仰に目覚め、すべてを捨てて主に従う生活を開始しました。彼は「小さき兄弟会」を名乗り、「清貧」「貞潔」「従順」という従来の修道誓願に従う生活を送り、各地を放浪しながら、説教を続けました。ドミニコ会同様、清貧を掲げつつも、洗練された都市民と渡り合える知的訓練を受け、巧みな説教を行なえた彼らは、中世後期の民衆キリスト教の成熟に大きな影響を及ぼしました。

第三は神学的な面です。古代キリスト教会で最大の思想家は、間違いなくアウグスティヌスでしょう。著作の量だけでなく、その扱った問題、領域は多岐にわたり、のちの西洋思想に与えた影響も計り知れません。アウグスティヌスは北アフリカのヒッポの司教でした。ところが、ゲルマンのヴァンダル族がジブラタル海峡を渡ってアフリカに来襲しました。430828日にヒッポの街がヴァンダル族に包囲される中、アウグスティヌスは亡くなりました。まもなく、西ローマ帝国が滅んで時代は中世に入ります。7世紀末、カール大帝は英国の教会から学者アルクィン(735-804年)を宮廷に迎え、王家、貴族の子弟の教育にあたらせました。宮廷学校は、ギリシア古典とキリスト教の学問上の修得に貢献しました。8世紀から「聖餐論論争」が起こりました。その頃から、パンとぶどう酒とは不死の食物であって、奇蹟によりそれらの素材はキリストのからだと血に変化すると考えるようになりました。現在のローマ・カトリックはその考えを受け継いでいます。11.12世紀にスコラ学と大学が誕生しました。「スコラ」とは、教会・修道院に属する学校(schoolの語源)のことです。スコラは元来、真理を知る方法を意味していましたが、その内容は、キリスト教信仰上の真理を理性的思考によって解き明かすことを目的としていました。神学で有名なパリ大学は、12世紀中頃、ノートルダム大聖堂付属の神学校から昇格したものです。イギリスでは、12世紀後半に神学で有名なオックスフォード大学がパリを引き上げてきた大学生によって、さらに13世紀のはじめにはオックスフォード大学の教授や学生が移ってきて、ケンブリッジ大学が設立されました。今ではだれも分からないと思いますが、もともとは神学を学ぶために設立された大学だったのです。13世紀半ば、パリ大学を卒業したトマス・アクイナスがドミニコ会に迎えられ、かの有名な『神学大全』を著しました。序文の言葉によれば、「神学の初学者向けの教科書として書かれたものである」ということです。トマス・アクイナスのようなスコラ学者たちはアリストテレスの手法を用いて神学を再構成しようとしました。どちらにしても、中世の教会は「聖書をそのまま読む」というよりも、誰かの神学や哲学者の考えを基盤にしています。その当時は「ヴルガータ」と呼ばれるラテン語訳の聖書しかなく、一般の人たちには遠い存在でした。もっぱら人々は教会の礼拝に来て、短い講和と、聖餐をいただいて帰るというものでした。元来、彼らはゲルマンの神々を信じていたので、キリスト教信仰を持ったとはいえ、同時に様々な迷信を信じていたと思われます。

2.テアテラにある教会

 テアテラにある教会に与えられている注意すべきことは何でしょうか?ヨハネ黙示録220-22「しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは、イゼベルという女をなすがままにさせている。この女は、預言者だと自称しているが、わたしのしもべたちを教えて誤りに導き、不品行を行わせ、偶像の神にささげた物を食べさせている。わたしは悔い改める機会を与えたが、この女は不品行を悔い改めようとしない。見よ。わたしは、この女を病の床に投げ込もう。また、この女と姦淫を行う者たちも、この女の行いを離れて悔い改めなければ、大きな患難の中に投げ込もう。」このところに「イゼベル」という名前が出てきます。旧約聖書に書いてありますが、彼女はアハブ王の妃でした。バアル信仰をイスラエルに大々的に持ち込み堕落させた張本人です。このとき、預言者エリヤが立ち上がり、バアルの預言者と戦い、勝利して400人を切り殺しました。ところが、エリヤは、イゼベルの脅迫のことばを聞いて荒野に逃れました。大預言者がたった一人の怒った女性に恐れをなすとはどういうことでしょう?イゼベルの霊spiritは新約聖書でも働いています。バプテスマのヨハネはヘロデヤによって首を切られましたが、これもイゼベルの霊です。なぜなら、バプテスマのヨハネはエリヤの再来だったからです。また、使徒の働き16章にはテアテラ伝道のことが記されています。その町は、染色業などの取引が中心地であったようです。紫布商人のルデアが最初のクリスチャンですが、考古学的には、多くの職人組合があったようです。この職人組合には、クリスチャンは入ることができませんでした。なぜなら職人たちは、偶像礼拝をしていたからです。しかし、組合に入らなければ商売は上手く行きません。そこで教会の中にも、「偶像礼拝をしてもいいのではないか」と、妥協する人々がいたようです。その中心人物がイゼベルという女性でした。しかも、教会は、「そのイゼベルを放置して、なすがままにさせている」と非難されているようです。妥協的な信仰は、受け入れやすいので、人々に悪影響を及ぼしていきます。どんな熱心な教会、団体でも、この世と妥協したら、一度にだめになってしまいます。

 ウィットネス・リーは黙示録をこのように解説しています。イゼベルは自分自身を預言者と呼んで、主の民を教えています。新約の原則によれば、主は女が権威をもって教えることを決して許しません(Ⅰテモテ212)。同様に、教会自身は教えてはなりません。主の目には教会は女の地位にあるからです。しかし、歴史と現在の状況によれば、カトリックの人たちは言います、「教会はこう言っている」。カトリックの人たちに納得させることは困難です。もし、私たちが彼らに「聖書はこう言っている」と言うなら、彼らは「教会はこう言っている」と言います。私たちがどんなに多くの個所を聖書から引用しても、彼らは「教会はこう言っています」という1つの返事を持っているだけです。このように、彼らは聖書を顧みません。彼らは教会が言うことだけを顧みます。教会は最高の権威を持っています。教会が言うことはすべて正しいのです。この「教会」は邪悪な女イゼベルです。ローマ・カトリックは教える女です。この女の教えによって、多くの異教と異邦のものが教会の中にもたらされて、姦淫と偶像礼拝を引き起こしました。有名なローマ・カトリック教会の大聖堂は、イエスとマリヤの像だけでなく、ペテロやパウロや他の多くのいわゆる聖人の像を含む偶像礼拝で満ちています。多くの人々は、ろうそくをもって、これらの「教会」の中に入り、もっぱらこれらの偶像を礼拝します。カトリック教会内部の多くの邪悪な奥義は、過去、文書で公表されました。もし教会史を読むなら、私たちはテアテラに書き送られたこの書簡にある主の預言の実際の成就を発見するでしょう。その成就は、まさに主が預言されたとおりでした。6世紀から16世紀の宗教改革までの1000年間は、暗黒の時代でした。

 もし、私が個人的な意見をここで述べるならば、後でクレームを付けられる恐れがあります。でも、「ウィットネス・リーの本から引用しました」と言えば、少しは反感が和らぐでしょう。大体、私はカトリック教会に行ったこともなければ、カトリック信者と交わったこともありません。カトリック教会に行っている人で、私と同じように、プロテスタンンと教会に行ったこともなれば、交わったこともないという人もいるでしょう。おそらく、自分が通っている教会は正しいとだれでも思っているのではないでしょうか?数年前、「〇〇兄弟会」と呼ばれる、修道会に属している二人を教会に泊めたことはあります。その団体は、年に一度、一週間、何も持たずに国内を伝道旅行する訓練を持っていました。まさしく、イエス様の時代と同じことをしていました。数時間、二人とお話ししましたが、非常にまじめで信仰的にも間違っていないようでした。その中の一人は、平日は呉市の造船の検査技師として働いているそうです。もしかしたら、修道会は、カトリック教会と教義が違うのかもしれません。ローマ・カトリックは1962年から1965年にかけて、第二バチカン公会議を開いています。そこで教会の現代化(アジョルナメント)をテーマに多くの議論がなされたようです。

 マタイによる福音書13章にこのようなたとえ話が書かれています。マタイ1333「天の御国は、パン種のようなものです。女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。」このみことばの解釈は2つあり、1つは天の御国が知らぬ間に広がって行くという良いたとえです。もう1つは、聖書では多くの場合、パン種(イースト菌)は悪影響を及ぼす代名詞のように使われています。イエス様はパリサイ人やサドカイ人たちの教えに気をつけるように言われました(マタイ1611)。そこでの、パン種は偽善をさしています。二人目の女性は、黙示録2章の教会を腐敗させているイゼベルです。そして、三番目の女性は黙示録17章に記されています。黙示録172「地の王たちは、この女と不品行を行い、地に住む人々も、この女の不品行のぶどう酒に酔ったのです。」17:4,5「この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた。その額には、意味の秘められた名が書かれていた。すなわち、「すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン」という名であった。つまり、パン種の女、黙示録2章のイゼベル、そして黙示録17章の大淫婦バビロンも、ローマ・カトリックではないかと言うことです。

 そろそろ私たちは聖書からメッセージをいただく時を持ちたいと思います。第一は、イゼベルに対するさばきです。黙示録2:21-23「わたしは悔い改める機会を与えたが、この女は不品行を悔い改めようとしない。見よ。わたしは、この女を病の床に投げ込もう。また、この女と姦淫を行う者たちも、この女の行いを離れて悔い改めなければ、大きな患難の中に投げ込もう。また、わたしは、この女の子どもたちをも死病によって殺す。こうして全教会は、わたしが人の思いと心を探る者であることを知るようになる。また、わたしは、あなたがたの行いに応じてひとりひとりに報いよう。」このところに、不品行とか姦淫とありますが、これは多くの場合、霊的なものです。ある人たちは1つの宗教によって世界を統一しようと考えています。しかし、そこには、「必ずしもキリストでなくても良い」という妥協があるでしょう。神さまは「全教会は、わたしが人の思いと心を探る者であることを知るようになる。また、わたしは、あなたがたの行いに応じてひとりひとりに報いよう」とおっしゃっておられます。つまり、神さまは私たちの隠された罪や偽善を知ることができます。私たちいつでも霊的な純潔、「キリストの御名のほかに救いがない」(使徒412)ことを覚えておかなければなりません。

 第二は、信仰を守る者たちへの報いです。黙示録224-26「しかし、テアテラにいる人たちの中で、この教えを受け入れておらず、彼らの言うサタンの深いところをまだ知っていないあなたがたに言う。わたしはあなたがたに、ほかの重荷を負わせない。ただ、あなたがたの持っているものを、わたしが行くまで、しっかりと持っていなさい。勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与えよう。」道徳倫理は時代によって変わるかもしれません。しかし、私たちは相対的な考えを棄てなければなりません。神さまのことばと、キリストに対する信仰は絶対的なものです。世界には「1メートルはこの長さである」というメートル原器や「1キログラムはこの重さである」というキログラム原器なるものがあります。私たちの信仰の原器は、聖書のみことばです。教会の会議で決めたことが、基準になってはいけません。ある人たちは「聖書のみことばは解釈によって違うでしょう」と否定します。もちろん、解釈の仕方はいろいろあります。でも、これまでキリスト教会が持ち続けてきた、これが正統であるという幅があります。真理は極端な両端ではなく、真中にあります。しかも、ある程度の幅が許されています。もし、その真理の幅を超えるならば、それは異端になってしまいます。キリスト教会の歴史は、そういう意味で試行錯誤の歴史と言って良いかもしれません。でも、私たちは保守的な教会であることを喜びたいと思います。音楽や伝道の方法は新しくて構いませんが、聖書のみことばの解釈は保守的で良いと思います。なぜなら、そこには真理の研究に費やされた多くの時間と戦いのために流された犠牲の血があるからです。イエス様は何か新しいことをしなさいとはおっしゃっていません。「ただ、あなたがたの持っているものを、わたしが行くまで、しっかりと持っていなさい。勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与えよう。」今、持っている信仰を持ち続けることが大切です。

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2019年7月19日 (金)

よみ ルカ16:19-28 亀有教会牧師鈴木靖尋 2019.7.21

 人は死んだらどうなるのでしょう?生物学者は「人は死んだら無になる。なぜなら、脳が死ぬと意識もなくなるからだ」と言うでしょう。しかし、世界中どの国、どの民族においても、死後の世界を信じています。死後の世界を信じていないのは、僅かな唯物論者たちだけです。そういう人たちも、お葬儀のときは何かの宗教にお世話になります。日本でも、人が亡くなったら「他界」したと言います。どこかで魂が生きているという考えがあるからでしょう。きょうは、死後の世界を、聖書からシェオール、ハデス、パラダイスと3つのポイントでお話しします。

1.シェオール

 旧約聖書では「よみ」をヘブライ語で「シェオール(abyss深い淵)」と言います。最初にこの言葉が出てくるのが、創世記37章です。父ヤコブは息子たちから、ヨセフが獣によって裂き殺されたと告げられました。そのときヤコブは「私は、泣き悲しみながら、よみにいるわが子のところに下って行きたい」(創世記3735と言いました。また、よみに下った魂には希望がないことも記されています。ヨブ記79「雲が消え去ってしまうように、よみに下る者は、もう上って来ないでしょう。」旧約聖書では善人も悪人も死んだらよみに下ると考えられています。共通して言えるのは、人が死んだ後は、魂としてよみで生きているということです。預言者サムエルは年老いて死にました。ところが、サウル王がなんとかサムエルに相談したくて、変装して霊媒師のところへ行きました。サウルは彼女に「サムエルを呼び出してもらいたい」と願いました。彼女は「年老いた方が上って来られます。外套を着ておられます」と言いました。サムエルはサウルに「なぜ、私を呼び出して、私を煩わせるのか」と叱った後、このように言いました。「主は、あなたと一緒にイスラエルをペリシテ人の手に渡される。あす、あなたも、あなたの息子たちも私と一緒になろう。そして主は、イスラエルの陣営をペリシテ人の手に渡される」。サウル王はそのことばを聞いて、驚き、倒れて地上に棒のようになりました(Ⅰサムエル2820)。「私と一緒になろう」とは、サウルが敵に殺されたあと、よみでサムエルと一緒になるということです。

 伝道者の書では「生きているうちに楽しみなさい。よみに行ったら何もないから」と言っています。伝道者9:9-10 「日の下であなたに与えられたむなしい一生の間に、あなたの愛する妻と生活を楽しむがよい。それが、生きている間に、日の下であなたがする労苦によるあなたの受ける分である。あなたの手もとにあるなすべきことはみな、自分の力でしなさい。あなたが行こうとしているよみには、働きも企ても知識も知恵もないからだ。」伝道者の書は、「生きているうちにいっぱい楽しめ。何でもやってみなさい。でも、空しいよ」と中途半端な言い方をしています。でも、「死んだら終わりだ」とは書かれていません。伝道者119「若い男よ。若いうちに楽しめ。若い日にあなたの心を喜ばせよ。あなたの心のおもむくまま、あなたの目の望むままに歩め。しかし、これらすべての事において、あなたは神のさばきを受けることを知っておけ。」死後にさばきがあると告げています。私たちはレストランでメニューを見て、何でも注文できます。ステーキでも、山海珍味、好きなものを腹いっぱい食べられます。でも、最後にレジで清算しなければなりません。死後にさばきを受けると思うとぞっとします。

 人々はよみから助けを求めています。詩篇1610「まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。」このみことばは、ペテロがイエス・キリストのよみがえりのときに引用しました。ホセヤ1314「わたしはよみの力から、彼らを解き放ち、彼らを死から贖おう。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。よみよ。おまえの針はどこにあるのか。あわれみはわたしの目から隠されている。」パウロは、このみことばを引用し、世の終わりにキリスト者が復活すると預言しています。本来、よみには全く希望がないのですが、何かがきっと起こるということです。もし、よみの世界をひっくり返すお方がおられたなら何と幸いでしょう。旧約聖書は、死の問題を解決してくれるお方を待っています。よみ、シェオールの大筋の理解です。

2.ハデス

 ルカ16章で、「その金持ちは、ハデスで苦しみながら目をあげると」と書いています。英語の聖書にはhell地獄と訳していますが、正確には地獄でありません。ギリシャ語の「ハデス」は、ギリシャの「黄泉の神」から来ています。ハデスは死人の行くところであり、ヘブライ語のシェオールにあたります。何度も申し上げますが、よみは地獄ではありません。死者の魂が一定期間いるところです。新約聖書においては、死んだ魂が後によみがえり、神の前でさばきを受けると書いてあります。ヨハネ528,29「このことに驚いてはなりません。墓の中にいる者がみな、子の声を聞いて出て来る時が来ます。善を行った者は、よみがえっていのちを受け、悪を行った者は、よみがえってさばきを受けるのです。」さばきというは、地獄のことであります。現時点において、地獄はまだ来ていません。世の終わり、キリストが来られた後に現れます。イエス様はよみがどういうところなのか、ルカ16章で教えています。ある人は「これはたとえ話だろう」と言いますが、あまりにもリアルです。恐らく、イエス様はよみに行かれたことがあるのでしょう。臨死体験をした人が、「死後の世界はある」と言っていますが、まずは聖書から学びたいと思います。このルカ福音書16章を読みますと、人は死後、よみ(ハデス)に下っても、意識や感覚があるということが分かります。

 唯物論者たちは、「死はすべての意識が停止することだ」と言います。イエス様は「からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。」(マタイ1028と言われました。人はからだを殺す力を持っていますが、たましいを殺す力を持っていません。神を信じていない人たちは「意識はすべて、肉体の脳の中にあって、死ぬと止まる」と主張します。しかし、聖書の啓示から、「脳が死んでも、意識は残っているので脳が人格ではない」ということが分かります。この金持ちは肉体的に死んでから、ハデスに下りました。彼の肉体的な目はすでにありません。しかし、アブラハムのふところにいるラザロが見えました。両者の間には越えられない淵がありましたが、はるかかなたにいるアブラハムとラザロが見えました。彼がアブラハムとラザロを識別できたということは、生前の記憶があったということです。彼は熱いという感覚もあり、「炎の中で、苦しくてたまりません」と叫んでいます。「ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすように、ラザロをよこしてください」と願っていますので、渇きや欲求もあります。最後に、「ラザロを私の父の家に送ってください。私には兄弟が五人ありますが、彼らまでこんな苦しみの場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください」と家族のことを心配しています。彼は死にましたが、魂はハデスにおいてなおも生きています。その魂には、記憶、肉体のような五感、意志、願い、家族への思慕が備わっています。このところからも、私たちの本体は肉体ではなく、魂であることがわかります。肉体が死んでも、魂はハデスで生き続けているということです。

 そもそも死というのは何なのでしょう?ヤコブ226「たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行いのない信仰は、死んでいるのです。」このところから、聖書的に死は、たましいと肉体が分離することだと分かります。創世記35章には、ラケルが難産のため死ぬときの様子が記されています。「彼女が死に臨み、そのたましいが離れさろうとするとき、彼女はその子の名をベン・オニと呼んだ。しかし、その子の父はベニヤミンと名付けた」(創世記3518)。このところからも、死というのは、たましいが肉体から離れることであると分かります。医者や生物学者は、鼓動の停止や脳死など、生体反応がない場合、死亡を確認するでしょう。彼らは肉体的な死を確認できても、魂のことは感知できません。なぜなら、魂は目に見えないし、医療機器でも測定できないからです。医学的には証明できませんが、臨死体験をした人は、自分のからだがベッドに横たわっているのが見えるそうです。医者が蘇生を諦めて立ち去り、放置された自分のからだを天井から見たという人がたくさんいます。それで、自分の肉体に入ったときに生き返ったということです。パウロはⅡコリント5章で、肉体を幕屋(テント)にたとえています。そして、自分自身が幕屋の中に住んでいるということです。そして、死というのは、その幕屋を脱いで、主のもとに行くことだと言っています。つまり、私たちの本体は肉体ではなく、魂だということです。肉体は魂の入れ物に過ぎないということです。

 ルカ16章にもどりますが、ハデスは地獄ではありませんが、地獄の一丁目みたいなところです。彼は火炎の中で苦しんでいます。英語の聖書にはtormentと訳しています。tormentは、苦痛とか苦悩と言う意味です。しかし、古くは拷問と訳されていました。ギリシャ語はバサノイスになっており、「拷問による審問、拷問の苦痛、責苦」という意味です。彼はまだ地獄には落ちていませんが、「私はこの炎の中で、苦しくてたまりません。指先一滴の水で良いから舌先を冷やしてほしい」と願っています。また、「兄弟たちがこの苦しみの場所に来ないように」と求めています。つまり、人は死んだら無になるのではなく、ハデスにおいて拷問のような苦しみがあるということです。仏教にも同じような思想があります。日本では夏のお盆のとき、死者をお迎えします。お盆ということばは略称であり、正式名称を「うらぼんえ」と言うそうです。古代インド語(梵語)の「ウランバナ」から来たもので、倒懸(とうけん)、逆さ吊りの苦しみと言う意味があります。生前の行いが悪いため「餓鬼道」や「地獄道」に落ちた人の苦しみを救うため、その人に代わり功徳を積み、その功徳を他の衆生(しゅじょう:生きとし生けるもの)に施す供養で、「逆さに吊るされるような苦しみを除く」という意味を持つ行事となっています。仏教では人は死んだら、地獄のようなところで修行しており、お盆のとき数日間だけ、お休みをいただくという考えがあります。本来、こういう考えは釈迦の教えにはありませんでした。おそらく、キリスト教の教えから来たものではないかと思います。それにしても、希望がありません。

 でも、「何故ラザロはアブラハムのふところで安らぎ、金持ちはハデスで苦しんでいるのか?」ということです。その主な原因は、金持ちは神さまのことに全く無関心であったということです。また、貧乏人ラザロが門前で施しを求めても、気にも留めませんでした。金持ちは「いつも紫の衣や細布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていました」(ルカ1619)。紫の衣や細布は高貴な人が着るものです。「毎日ぜいたくに遊び暮らす」ということから、神さまを全く礼拝していなかったことを暗示しています。おそらくラザロは貧しい中でも、神さまを礼拝していたと思われます。なぜなら、「ラザロ」と名前が憶えられているからです。彼が死んだときには、御使いたちによってアブラハムのふところに連れて行かれました。一方、金持ちは名前が記されていません。それは、神さまとの関係がなかったということです。彼が死んだとき、さぞ盛大な葬儀がなされたことでしょう。ところが、聖書には「死んで葬られた」と一言だけです。彼が目をあけると熱い炎の中にいました。何故、彼がそんなところに行ったのでしょう?それは、神さまに対して無関心であったからです。日本人は「宗教には関わらない」という人がいます。その人は過去に嫌な経験があったのかもしれません。積極的に福音を信じない人もいますが、この人たちの罪は無関心です。私は車で一方通行のところに入って、切符を切られたことが2,3回あります。そのとき私は「え?看板あったの?知らなかったよ」と言い訳しました。でも、許してはもらえませんでした。福音は2000年前から宣べ伝えられているのです。言い訳はできません。

 同じルカ16章の前半には、「不正な管理人のたとえ」が書かれています。主人は抜け目なくやった不正な管理人をほめています。ルカ169「そこで、わたしはあなたがたに言いますが、不正の富で、自分のために友をつくりなさい。そうしておけば、富がなくなったとき、彼らはあなたがたを、永遠の住まいに迎えるのです。」この金持ちは多くの財産やお金を持っていました。しかし、その富を用いて神さまと関係を持つことをしませんでした。だから、永遠の住まいには迎えられなかったのです。私たちは生きているうち、キリストによって神さまと関係(コネクション)を持ちましょう。キリストによって罪の赦しをいただき、神さまと和解しましょう。そうすれば、この肉体が死んでも、行くところがちゃんとあります。アーメン。

3.パラダイス

 ルカ16章から、ハデスには上と下の階層があることがわかります。金持ちはハデスにおりました。しかし、彼が目をあげるとはるかかなたにアブラハムとラザロがいました。彼は「ラザロをよこしてください」とアブラハムに願いました。するとアブラハムは「私たちたちとおまえたちとの間には、大きな淵があります。ここからそちらへ渡ろうとしても、渡れないし、そこからこちらへ越えて来ることもできないのです」(ルカ1626と言いました。つまり、ハデスの上の階と下の階は、大きな淵があって行き来できないということです。旧約聖書のダビデなどの多くの善人は、同じハデスでも、上の階にいるのではないかと思います。また、悪人はハデスの下の階にいるのでしょう。しかも、ハデスにはさらに深いところ「pit穴」があります。イザヤ1415「しかし、あなたはよみに落とされ、穴の底に落とされる。」これは、神に逆らい、堕落した御使いたちのことです。ひょっとしたら、悪霊たちがよみの魂を苦しめているかもしれません。イエス様は死んでよみに下られました。イエス様は死者の魂がいるところまで下ったということは、エペソ人への手紙、Ⅰペテロにも書かれています。ある人たちは、「これはセカンド・チャンスであり、イエス様は死んだ人に対して、もう一度、福音を語るためによみに行かれたのだ」と主張します。私はそれを否定するつもりはありませんが、本当の目的は別にあると信じます。

 では、エペソ人への手紙を引用したいと思います。エペソ48-10「そこで、こう言われています。『高い所に上られたとき、彼は多くの捕虜を引き連れ、人々に賜物を分け与えられた。』──この『上られた』ということばは、彼がまず地の低い所に下られた、ということでなくて何でしょう。この下られた方自身が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも高く上られた方なのです──」。文脈的にはパウロが、キリストの賜物を教会の指導者たちに与えたということを述べています。しかし、詩篇68篇のみことばをイエス・キリストが成就したということも述べています。つまりこれは、「イエス様がよみにくだり、復活するとき、よみの一部を引き上げられたのではないか」ということです。多くの捕虜というのが、よみの上部にいた人たちのことでしょう。そして、そこをパラダイスにしたのではないでしょうか。パラダイスというのは、「楽園」という意味ですが、義人のたましいが復活のときまで滞在する場所であります。イエス様は十字架の片方の犯罪人に「あなたはきょう、わたしと共にパラダイスにいます」(ルカ2343と言われました。使徒パウロは「第三の天、パラダイスに引き上げられた」(Ⅱコリント122-4と言っています。つまりは、イエス・キリストが復活し、昇天なされてから、よみに大変革がもたらされたということです。つまり、旧約聖書の義人たち、そしてイエス様を信じて死んだ人は、よみではなく、パラダイスに行くということです。私は天国ということばはあいまいで使いたくありません。キリスト者は死んだら、パラダイスに行き、よみがえって御国(千年王国)に入るのです。そして、悪人とキリストを信じなかった不信者は金持ちと同じよみに下るのです。そこは地獄ではありませんが、火炎が足元まで迫っている苦しみの場所です。その人たちは御国(千年王国)の後によみがえり、神の前に立ち、最後の審判を受けるのです。前者を第一の復活と言い、後者を第二の復活と言います。第二の復活は、希望はほとんどありません。自分の義で神さまの前に立つことのできる人が果たしているでしょうか?

 ある人たちはセカンド・チャンスを期待しています。「福音を聞かないで死んだ魂が、もう一度、救われるチャンスがあるのではないか」と言います。私はゼロだとは思いませんが、よみに行った魂の願いだけは知ることができます。彼はアブラハムにこのように願いました。ルカ1627,28「父よ。ではお願いです。ラザロを私の父の家に送ってください。私には兄弟が五人ありますが、彼らまでこんな苦しみの場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。」ある人たちは、「私の父や母がよみにいるなら、私だけ信じて天国に行くわけにはいきません。私も父や母がいるところに行きます。だから信じません」と言います。しかし、彼らは子どもや孫たちが同じ場所に来ないように願っているのです。アブラハムは「もしモーセと預言者との教えに耳を傾けないのなら、たといだれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない」と言いました。実際、ラザロがよみがえりました。しかし、ユダヤ人は信じないばかりか、ラザロも殺そうと相談しました(ヨハネ1210)。ゴードン・リンゼイという人が『ハデス』という本でこのように述べています。ハデスにおける金持ちの体験についてキリストが語っておられることは、とても厳粛で重要なことなのです。人間はだれでも、「その場所(ハデス)に行かない」という決心をもし今までしたことがなければすべきなのです。なぜなら、人間の魂は死んでからどこかに行かなければならないからです。そして、その場所がハデスとならないようにすることが、最も大切です。しかし人間はだれも、自分の力で自分を救うことはできません。人間はキリストのもとに行かねばなりません。キリストは、ご自身のもとに来る人をだれでも受け入れてくださる、と約束しておられます。なぜならキリストがこう言われたからです。ヨハネ6:37 「父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。」

 天国は死んでから行くところではありません。天国は神の国として、ここに来ています。神の国とは神の支配であり、キリストを信じたら直ちに入ることができます。今、地上で信じなければ、死んでからでは不可能です。救いは生命保険と似ているところがあります。生命保険は生きているうちに入らなければなりません。ある人は、「死ぬ直前に信じるから」と先延ばしにしています。でも、人は死ぬ直前になると、死を恐れて、信仰のことなど考えられないそうです。イエス様は「光あるうちに」とおっしゃいました。私は25歳でイエス様を信じて救われました。あの時から永遠のいのちを持っています。余生ということばがありますが、25歳以降は余生を送っています。なぜなら、地上の人生よりも、向こうの人生の方がはるかに長いからです。矛盾しているようですが、永遠の問題が解決したなら、短い地上の人生を楽しく、慈しみを覚えながら生きることができます。クリスチャンとは体半分を永遠の御国に入れながら生きている存在です。

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2019年7月 5日 (金)

信仰の旅路 ヘブル3:15-19 亀有教会牧師鈴木靖尋 2019.7.7

 きょうは、イスラエルの民の旅路を見ながら、私たちの信仰の旅路について考えたいと思います。イスラエルの民はエジプトを出て、荒野を通過し、カナンに向かって旅をしました。旧約聖書の出来事は私たちへの教訓であるとともに、予型(あるものを示すタイプ)でもあります。エジプトはこの世を示し、パロ王はサタンです。エジプト脱出と紅海徒渉は救いと洗礼であります。

1.エジプト

 イスラエルの民は長い間、エジプトに住んでいました。彼らの先祖はアブラハム、イサク、ヤコブでした。ヤコブが生きていた頃、ききんが襲って、彼らはエジプトにいるヨセフに身を寄せました。そのときはたった70人でしたが、400年たって、人口が100万人以上に膨れ上がりました。エジプトのパロ王は、彼らが敵に寝返ってしまうと自分の国が危ないので、彼らを奴隷として扱いました。エジプトの建造物のため彼らを働かせました。聖書には彼らは「日干し煉瓦を作っていた」と書かれています。パロはイエスラエルの民が増えるので、「男の赤ん坊はナイル川に投げ込め」と命じました。その時、民を解放するために立てられた人物がモーセです。パピルスの籠に浮かんでいる赤ん坊を、たまたま水浴に来ていたパロの娘が発見しました。彼女はヘブル人のうば(実はモーセの母)を雇って、モーセを王子として育てました。モーセが40歳になったとき、ヘブル人が痛めつけられているのを見て、エジプト人を殺して、砂の中に埋めました。後日、そのことが発覚して、モーセはパロを恐れて、ミデヤンの荒野に逃げました。王子から一介の羊飼いとして40年間ひっそりと暮らしました。ところが、ある日、芝が燃えているのを見ました。普通だったらすぐ消えるのに、消えません。不思議に思って近づいたら、炎の中から声がしました。「モーセ、モーセ」。彼は靴を脱いで地面に顔を伏せました。なんとそのお方は、主であり、モーセをエジプトに遣わすというのです。彼はすでに80歳でした。「パロのもとに行って、イスラエル人をエジプトから連れ出すなんて、無理!」と断りました。長い話を短くすると、モーセは兄のアロンと一緒に、パロの前に立って、イスラエルの民を解放するように説得しました。でも、モーセがいろんな災いをエジプトに下すので、パロはついに降参しました。

 イスラエルの民が解放される決め手は、10番目の「過ぎ越しの奇跡」であります。主はモーセに「一歳の羊を殺して、その血を家のかもいと2本の門柱に塗りなさい。そうすれば、主の怒りが通り過ぎるから」と仰せられました。ある夜、主の使いがエジプトを行き巡りました。エジプト人は血を塗っていなかったので、奴隷の長子からパロの長子まで死んでしまいました。血が塗ってあった家の人たちはみな安全でした。その夜、エジプトには大きな叫びが起こり、パロ王は「早く出て行ってくれ。そして俺のために祈れ」とお願いしました。なんと、100万以上の人たちは、急いで、エジプトを出発しました。その時、主はエジプト人にあわれみの心を与えたので、イスラエルの民に銀の飾り、金の飾り、着物を与えました。今まで、ただ働きをさせられていたのですから、当然といえば当然です。ほどなく、行ったとき、行き止まりになり、目の前が紅海でした。なんと、パロ王は「奴隷を逃して、もったいないことをした」と心変わりをし、全軍勢を率いて追跡しました。前は海で、後ろからはエジプト軍の戦車が追いかけてきます。イスラエルの民は、「エジプトには墓がないので、私たちを連れて来て、この荒野で死なせるのですか」と叫びました。ところが、モーセが杖を上げると、紅海が二つに割れ、イスラエルの民は渇いた地面を渡ることができました。これは『十戒』という映画で見たこのある人もいるでしょう。エジプト軍の戦車が雲の柱で立ち往生している間、イスラエルの民は全員、渡り終えました。再びモーセが海に向かって杖を降ろすと、両側の水が「ざーっ」とエジプト軍の上に覆いかぶさりました。エジプト軍はみな溺れ死にました。

 さて、物語はこのくらいにして、このことを私たちの信仰生活に置き換えたいと思います。聖書でエジプトはこの世を象徴しています。また、エジプトのパロ王はサタンです。そして、奴隷であったイスラエルの民は、救われる前の私たちです。私たちは生まれた時から、罪と死の奴隷として生きています。言い換えるとサタンの持ち物であり、なんとか生き延びている人生です。しかし、生まれてからずっとそういう生活なので、自分たちが奴隷であるという自覚がありません。先祖や親たちも「これが人生だ」と言うし、学校の先生も友達も「何か問題があるのか」と言っています。でも、聖書は「神の国がある」と書いてあります。教会の牧師やクリスチャンも「キリストによって救われる」と言っています。「どっちが本当なんだ!」と悩みましたが、幸いにイエス様を信じて救われました。その時、信じた証拠として、バプテスマ(洗礼)を受けさせられました。みんなが「ハレルヤ!ハレルヤ!」と祝ってくれました。でも、「なんで、そんなにおめでたいのか」最初は分かりませんでした。」パウロはⅠコリント10章で「みな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受けた」と解釈しています。つまり、イスラエルの民が紅海を渡ったのは、私たちが受けたバプテスマ(洗礼)の「ひな形」だったということです。つまり、イエス様を信じて、洗礼を受けるということは、この世とサタンから救われるということです。言い換えると、罪と死から解放されて、自由の身となるということです。海を渡る、つまり洗礼をうけると、もうエジプトには戻れません。私たちも一度、洗礼を受けると、この世のものではなくなります。いや、この世のサタンのところに戻ってはいけないのです。

 この中にはバプテスマ(洗礼)を受けた人、まだ受けていない人もおられるはずです。イスラエルの民が脱出できた決め手は、過ぎ越しの羊の血でした。その血が塗られた家の住民は、主の怒りが通り過ぎました。同じように、イエス・キリストの十字架の血が私たちの罪をきよめるのです。神さまはキリストの血をごらんになります。あなたにその血が塗られているか、塗られていないか、そのところが重要です。そして、イエスを主と告白して、バプテスマ(洗礼)を受けるなら、あなたはこの世から脱出し、御国の民になることができます。あなたがいくら豊かな生活をしていたとしても、そこがエジプトであったなら、サタンに全部持っていかれます。多少の喜びは与えられるかもしれませんが、身分としてはサタンの奴隷であり、持ち物です。サタンは「やめろ、牧師の言うことは聞くな。聖書なんかでたらめだ」と言うでしょう。家族や友達も「あなたは洗脳されている。やめなさい。この世で一緒に暮らそう」と言うでしょう。でも、その声を振り切って、あなたはイエスを主と告白して、バプテスマ(洗礼)を受けことができるでしょうか?人生の旅路でもっとも重要なことは、エジプトを出て紅海を渡ることです。紅海を渡れば、サタンはあなたに追いついて来ません。なぜなら、あなたはサタンのものではなく、神さまのものとなるからです。パウロは救いのことをこう定義しています。使徒26:18 「それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。」どうぞ、キリストを信じてサタンの支配から脱出し、神の御国にお入りください。

2.荒野

 エジプトを出て、紅海を渡ることは、キリストを信じて洗礼を受けることです。でも、信仰の旅路はそれで終わりではありません。イスラエルの民はシナイ山で契約を結んだ後、約束の地に向かいました。聖書をみると、モーセは12人の斥候(スパイ)をその地に派遣し、40日間さぐらせました。みんな、大きなざくろやぶどうを持って来ました。確かにその地は、乳と蜜が流れる肥沃な地でした、ところが、その中の10人は否定的なことを言いました。「その地は人を食い尽くす地だ。城壁も高く、巨人がいた。自分たちはいなごのように見えたし、彼らもそう見えたことだろう」と言いました。しかし、ヨシュアとカレブだけは「主の御心にかなえば、攻め上ることができる。主にそむいてはならない。彼らを恐れてならない」と、主張しました。ところが、イエスラエルの民は否定的な10人の言うことを聞いて、「エジプトに帰ろう」と泣いて言いました。主はイスラエルの不信仰に怒り「この民を導き入れない。荒野で死ぬのだ」と言われました。なんと、約束の地に入ることができたのは、ヨシュアとカレブだけです。イスラエルの民は40年間荒野をさまようことになり、約束の地に入れたのは、当時、20歳以下の人たちだけでした。民数記を見るとわかりますが、主に対する不平と不満が満ちています。本来なら、カディシュ・バルネアというところで、主の約束を信じていれば、約束の地に入ることができたのです。でも、彼らは不信仰のゆえに荒野で屍をさらして死ぬことになりました。だからヘブル書は、私たちに忠告しています。ヘブル37,8「きょう、もし御声を聞くならば、荒野での試みの日に御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない。」

40年後、ヨシュアが次世代のイスラエルのリーダーになって、ヨルダン川を渡り、約束の地に入ることができました。これはどういうことでしょう?私たちは「エジプトを出て、紅海を渡っただけではダメなんだ」と言うことです。ヨルダン川を渡って、約束の地に入らなければなりません。言い換えると、イエス様を信じて洗礼を受けたものの、荒野でさまよっているクリスチャンがいるということです。約束の地に入り損ねた人です。神学的にはキリストを信じたのですから、死んだら天国には行けるでしょう。でも、安息の地に入っていません。不平、不満の人生です。この地において、天国の喜び、天国の豊かさがありません。なぜなら、救われたにも関わらず荒野で生活しているからです。かといって、エジプトに戻るつもりはありません。なぜなら、そこはサタンの国であり、滅びだかです。その人は滅びが何であるか知っています。かといって、その人は約束の地に入り損ねた人です。その証拠に、信仰生活に喜びがありません。かつての、イスラエルの民のように、不平と不満、つぶやきと不服従があるだけです。「〇〇がない」「〇〇がない」とつぶやいています。この人はエジプトと約束の地の間、荒野で住んでいる人です。せっかくクリスチャンになったのに、なぜ、こんな惨めな生活を送っているのでしょうか?

 では、荒野で生活している人と約束の地で生活している人の違いとは何なのでしょうか?重要なことはヨルダン川を渡るということです。そうです。クリスチャンは紅海を渡っただけではダメでその次は、ヨルダン川を渡る必要があるということです。洗礼だけではダメで、もう1つの経験をしなければならないということです。きよめ派の教会は「自我に死ぬとか、きよめられる」と言います。私は最初、ホーリネス教団の神学校に行ったので、「死ね」「死ね」と良く言われました。私はあとからウォッチマン・ニーの『キリスト者の標準』という本を読んで、その意味を知りました。その学校でも言われましたが、ヨルダン川を渡るとは、古い自我に死んで、きよめられる経験をするということです。米田豊著『旧約聖書講解』にはこのように書かれています。「イスラエルの紅海徒渉は世より救い出されるための水のバプテスマを表徴し、ヨルダン徒渉は聖霊のバプテスマを予表する。悪魔の奴隷であった罪人は、この二つの経験を経て全き救いにはいるのである」。聖霊のバプテスマの定義はともかく、聖霊に満たされるということでしょう。ローマ6章には「私たちの古い人はキリストと共に十字架につけられたことを認めなさい」と書かれています。きよめの経験の真骨頂なこのことばです。ガラテヤ220「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」アーメン。

 このようなテーマは何度もお話ししていますが、今回、強調したいのはこのようなことです。イエス様を信じて、洗礼を受けたのに、安息の地に入っていないクリスチャンが多いということです。イスラエルの民は紅海を渡り、エジプトから脱出できました。それがゴールかというとそうではありません。荒野を越えて今度は、カナンの地に入るべきでした。しかし、不信仰のために40年間荒野をさまよってしまいました。次の世代がヨルダン川を渡って、約束の地カナンにはいりました。ヨルダン川を渡り損ねた人というのは、民数記に記されている人たちと同じです。彼らはいつも主とモーセに逆らい、不平不満をもらしていました。ヘブル318「また、わたしの安息に入らせないと神が誓われたのは、ほかでもない、従おうとしなかった人たちのことではありませんか。それゆえ、彼らが安息に入れなかったのは、不信仰のためであったことがわかります。」キリストを信じて、救われてはいるのに、いつも不平不満を漏らしている人は、荒野をさまよっている人たちです。自分に死ぬとは、簡単に言うなら、イエス様をかしら、主として信じることです。ある人たちはイエス様を信じてはいますが、天国に連れて行ってくれる救い主として信じているだけです。しかし、イエス様は、主であり、王様です。ということは、たとい文句があっても、このお方に従うべきだということです。自我が砕かれるとは、自分が王ではなくて、イエス様が王なんだと、人生の主権を明け渡すことであります。まだ、自分を王としているので、「ああでない」「こうでない」と不平不満が出るのです。長い間、荒野に留まっていたイスラエルの民にモーセはこう言いました。そういう人は荒野にとどまっていないで、ヨルダン川を渡り、カナンの地に入るべきです。申命記16-8「私たちの神、主は、ホレブで私たちに告げて仰せられた。「あなたがたはこの山に長くとどまっていた。向きを変えて、出発せよ。そしてエモリ人の山地に行き、その近隣のすべての地、アラバ、山地、低地、ネゲブ、海辺、カナン人の地、レバノン、さらにあの大河ユーフラテス川にまで行け。見よ。わたしはその地をあなたがたの手に渡している。行け。その地を所有せよ。これは、主があなたがたの先祖アブラハム、イサク、ヤコブに誓って、彼らとその後の子孫に与えると言われた地である。」

3.カナン

 カナンの地というのは、さきほど引用した申命記1章の土地です。ヨシュアが新世代のリーダーになって、ヨルダン川を渡りました。そして、カナンの地を次々と征服していきました。ヘブル人への手紙ではカナンの地は「安息の地」にたとえられています。言い換えると、天国であります。しかし、ヨシュアたちが上った先は、天国ではなく、戦いの場でありました。なぜなら、そこには先住民が住んでいたからです。自動的にその土地が自分たちのものになったのではありません。先住民と戦い、先住民を追い出す必要がありました。現代のヒューマニズムから理解できませんが、彼らの全部を殺すように命じられていました。「一人も生かしてはならない」、「彼らと契約を結んでもならない」、「結婚をしてならない」、「彼らの偶像を拝んではならない」と命じられました。「神さまは愛なのに、どうしてですか?」と言ってはなりません。これはカナンの地はイスラエルの約束の地であり、神さまがある時まで彼らを住まわせていたのです。これは、神の摂理であり、また私たちに対する教えでもあります。

 どういう教えかと申しますと、カナンとはこの世の文化や宗教を象徴しています。エジプトもこの世でありましたが、ある意味では、カナンもそうであります。しかし、エジプトとの決定的な違いは、イスラエルは奴隷ではなく、自由人であり戦士だということです。そして、カナンを征服して、自分たちの領土を勝ち取るというのは、私たちクリスチャンの生き方を象徴しています。主はヨシュアに、「あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。あなたがたの領土は、この荒野とあのレバノンから、大河ユーフラテス、ヘテ人の全土および日の入るほうの大海に至るまでである」(ヨシュア13,4と約束されました。つまり、これは、私たちクリスチャンの姿であります。神さまはこれらのものをあなたに与えているから、信仰によって勝ち取りなさいと約束しておられるのです。私たちはサタンから奪われていたものを、戦って勝ち取る必要があります。カナンの地に入った人は、いわば戦士であります。パウロはテモテに「キリスト・イエスのりっぱな兵士として、私と苦しみをともにしてください。兵役についていながら、日常生活のことに掛かり合っている者はだれもありません。それは徴募した者を喜ばせるためです」(Ⅱテモテ23,4と言いました。私たちは御国の戦士であり、司令官はキリストです。もし、ダビデのように前線を離れて、くつろいでいたなら誘惑にはまって倒れるでしょう。でも、イエス様と共にいれば豊かな人生を送ることができます。ヨハネ1010「盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」

私たちは天のエルサレムを目指している旅人です。この世においては、自己充足的な生き方ではなく、神さまの目的を果たすという、divine destinyが与えられています。イエス様は「神の国が近づいた、悔い改めて福音を信じなさい」と言われました。イエス様と一緒に神の国がおとずれました。その証拠に、イエス様は病を癒し、悪霊を追い出し、死人さえよみがえらせました。次は、弟子たちにも同じことをしなさいと命じられました。現代の教会、クリスチャンの使命は何でしょう?それは「御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように」という主の祈りを実行することであります。もちろん、世の終わり、キリストが再び来られるとき御国が完成します。しかし、イエス様は「あなたがたをこの世に派遣するから、神の国の福音を宣べ伝え、御国に入る人たちを迎えなさい」とお命じになられました。同時に、病を癒し、悪霊を追い出し、死人をよみがえらせなさいとお命じになられました。それは、神の国がここに来ているという証拠です。人々は神の国の現実を見ることにより、容易に、福音を信じることができるようになるからです。さらに、イエス様は「あなたがたは世の光、地の塩である」と言われました。これは、地の塩として、世の中の腐敗をできるだけ留めるということです。また、神の真理と命の光を照らして、神さまが造られた元来の姿に回復するように働きかけるということです。イザヤ22,3「終わりの日に、主の家の山は、山々の頂に堅く立ち、丘々よりもそびえ立ち、すべての国々がそこに流れて来る。多くの民が来て言う。「さあ、主の山、ヤコブの神の家に上ろう。主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。私たちはその小道を歩もう。」それは、シオンからみおしえが出、エルサレムから主のことばが出るからだ。」これまで、教会は「世の終わりはますます悪くなるので、なんとか信仰を守り通す」という受身的な信仰でした。そうではなく、世の終わりは私たちが指導者となって、神さまの祝福を取り次ぐ器として用いられるのです。山々とは、政治、ビジネス、教育、芸術、医療、マスコミ、宗教、家庭のことです。私たちは、神さまの創造性と祝福を取り次ぐように召されているのです。

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