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2018年11月24日 (土)

安息日を守る 出エジプト10:8-11 亀有教会牧師鈴木靖尋 2018.11.25

 

 前回はモーセの十戒を新約の私たちはどのように守ったら良いのかお話ししました。きょうは十戒の4番目を取り上げ、その意味を調べつつ、私たちのものにしたいと思います。律法は永遠であるとイエス様がおっしゃったので、異邦人である私たちは完全に無視をすることはできません。キリストの贖いを通して、律法を学ぶなら、そこに神さまのすばらしい約束を得ることができると信じます。

 

1.休みを取る

 

 安息日を守るとは、rest休みを取るということです。出エジプト記20章には、「六日間、働いても良いが、七日目は休め」と命じられています。その理由は、神さまの創造に由来しています。出エジ2011「それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された」とあります。人が造られたのは、6日目です。ですから、人が最初にしたことは、7日目の休むということでした。休みからスタートしたというのは、とても興味深いことです。ところで、安息日のヘブライ語の意味は「シャッバース」です。このことばは「やめる」あるいは「休む」に由来しています。安息日は神さまとイスラエルが結んだ契約に基づいています。彼らにとって安息日は土曜日です。ここで、重要なことは、6日働いても良いけれど、1日は休みの日にするということです。しかし、「聖なる日とせよ」と言われているので、「創造主なる神さまを覚えるために、この日を聖別せよ」という意味がこめられています。ですから、イエス様が地上におられた頃は、ユダヤ人が安息日を会堂で守っていました。そこでは律法が朗読され、人々が神さまを礼拝しました。残念ながら、安息日を守ることが絶対化され、人の生活を束縛していました。イエス様は「安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために造られたのではありません」(マルコ227)と意味を正されました。つまり、何が何でも守らなければという律法主義を排して、人が生きるために重要であることを教えられたのです。ということは、私たち異邦人も、6日働いて、1日休むということが必要であるということです。

 

 ところが、日本人は休むということの必要性をあまり理解していません。昔、奉公人は年に2日しか休みがなかったそうです。「藪入り」と言って、正月とお盆だけでした。第二次世界大戦後、労働基準法の強化により、日曜日を休日とするようになりました。しかし、これがキリスト教からきたということをほとんどの人は知りません。日本は西洋の文化の良いところだけを取り入れて、その根底に流れている精神(価値観)を排除してきたようです。そのため、休みを取るということの意味が分かりません。そして、勤勉こそが善であり、休むことが悪であるみたいに思われています。そのため、働き中毒になる人が大勢います。また、長時間労働を強いられて、自殺者まで出ている状況です。「働き方改革」と言われていますが、それは残業を減らすという意味ではないそうです。労使の合意があれば、どれだけ残業をしても良いという仕組みになっているとインターネットに書いてありました。日本人はどこの国よりも、勤勉な民族です。でも、日本人の多くは天と地と私たちを創造された神さまを知りません。そのために、「自分たちが一生懸命働かなければ食っていけない」という考えがあります。夢を追い求める子どもに対して、親は「それで食っていけると思っているのか」と言うのではないでしょうか?日本人には「食べて行けるか」という強迫観念に駆られて、休む間もなく働くところがあります。また、男性の単身赴任が当たり前で、妻や子どもたちが犠牲になっています。詩篇127篇は勤勉な日本人に対してとても重要なみことばだと思います。詩篇1271-3「主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。あなたがたが早く起きるのも、おそく休むのも、辛苦の糧を食べるのも、それはむなしい。主はその愛する者には、眠っている間に、このように備えてくださる。」天地を創られた主がおられるので、休んでも大丈夫だということです。主は私たちが眠っている間も、必要なものを備えてくださいます。

 

 1週間に1日休むということは、私たちの心と体のために必要であるということです。なぜなら、神さまがそのように私たちを造られたからです。かつてアメリカ大陸に移住した人たちのほとんどは、大西洋側に住んでいました。当時のアメリカ政府は「カルフォルニアに金が良く出る土地があるから希望者は移住するように。だれでもそこに移住して自分の望むだけの土地に杭を打ち込めば、その打ち込んだところはその人の土地になる」と知らせました。すると多くの人々がこの良いニュースを聞いて、全財産と家族をほろ馬車に積んで移住することになりました。カルフォルニアまでは何か月もかかる大旅行でしたが、だれもが一足先に到着して、最も良い土地を自分の欲しいだけ得るために、目の色を変えて目的地に馬車を走らせました。ほとんどの人があまり休むこともなく日夜旅行しましたが、その中のキリスト教の牧師だけは違っていました。土曜日の夕方には馬を車から解放し、馬車の手入れをし、次の日曜日は休んで神さまを礼拝しました。そして、月曜日から土曜日まで旅行をしました。他の人々は日曜日も休まず目の前に置かれている良い地を得るために前進しました。こうして幾月かの後、カルフォルニア州の目的地に一番先に到着して、最も良い地を手に入れたのは、日曜ごとに礼拝して進んだ牧師の家族でした。牧師の家族はみんな健康であり、馬も丈夫で、馬車の破損もありませんでした。他の人々はどうだったでしょう?着いた人々は疲れ果て、ある人は病み、ある馬車は途中で壊れ、ある馬は過労のために倒れて、実に悲惨な状態であったそうです。

 

 私たちの人生も同じことです。聖書には「6日間働き、7日目にはすべてのわざを休んで神さまを礼拝しなさい」と書かれています。人間は「休め」と命令されなければ、休めない愚かな存在かもしれません。でも、神さまは私たちをそのように造られたのです。天の父は、天と地とその中のすべてのものを創造した後、私たちにそれらを与えてくださいました。もし、天の父がいないとするなら、その人はみなしごであり、自分しか頼れないので、休まずに働くしかありません。でも、イエス様は「あなたがたの天の父が養ってくださる」と言われました。

 

2.神を礼拝する

 

 安息日を守るとは、service神を礼拝するということです。モーセの十戒では安息日が土曜日であり、仕事をしてはいけない日でした。イエス様の時代はどのくらいの距離まで歩いて良いか、どういうことが労働になるか細かく定められていました。驚くべきことに、イエス様はあえて安息日に人々を癒されました。会堂に来ている人の中に、片手のなえた人、腰の曲がった人、悪霊につかれた人が混じっていました。イエス様は安息日に会堂で教えていましたが、その後、癒しと解放を行われました。会堂管理者は憤って、「働いて良いのは六日です。その間に来て直してもらうがよい。安息日にはいけないのです」と言いました。イエス様は「偽善者たち。あなたがたは、安息日に、牛やロバを小屋からほどき、水を飲ませに行くではありませんか」(ルカ1314,15)と言われました。他の場所では、「羊が安息日に穴に落ちたら、それを引き上げてやらないでしょうか?…安息日に良いことをすることは、正しいのです」(マタイ1211-12)と言われました。イエス様は人々に本当の安息を与えようと、あえて安息日に人々を癒されたと言っても過言ではありません。イエス様は人々にこう言われました。マタイ1128「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」この「休ませてあげる」は、「休息を与える」「元気づける」という意味です。私たちはこのように礼拝に集まっていますが、イエス様が私たちの間を歩き回り、病の人を癒し、悪霊に縛られている者を解放するために、働いておられます。

 

 朝早く、婦人たちが墓に行くと、死んだはずのイエス様のおからだがありませんでした。イエス様は三日目によみがえられたのです。それ以来、教会は日曜日を安息日礼拝に取り換えました。聖書では命じられていませんが、弟子たちと初代教会は「週の初め」すなわち日曜日を、復活の主をお祝いするために集まるようになりました。それが、2000年以上も続いているのです。中には「土曜日こそが安息日礼拝の日である」と礼拝を守っているグループもいます。彼らは、旧約聖書の他の戒めも守っており、「どうなんだろう?」と思います。旧約聖書の律法はイスラエルに対して与えられたのであり、新約の教会のために、文脈化する必要があるのではないかと思います。私はユダヤ教のシナゴーグ(会堂)には行ったことはありませんが、私たちとどのような違いがあるのでしょう?ヤコブは「倒れたダビデの幕屋を立て直す…異邦人がみな主を求めるようになる」(使徒1516-17)と言いました。ダビデが行った礼拝はとても賑やかでした。数多くの楽器を用いて、手を叩き、歌い、踊ったりもしました。現代の教会はそのことを再発見して、礼典的な礼拝ではなく、祭典的な礼拝をするようになりました。「イエス様の復活を喜び、お祝いする」ことが中心になりました。式文や朗読文をやめて、神さまがなされたことを宣言するようなメッセージになりました。イエス様がルカ4章で「主の恵みの年を告げ知らせるために」と言われました。これは「ヨベルの年のラッパを吹く」という意味です。私たちは礼拝で、キリストにある救いと癒しと解放を告げ知らせるのです。

 

 礼拝を英語でserviceとも言います。もちろん、神さまに仕えることなのですが、なぜ礼拝をserviceと言うのでしょうか?おそらく、このことばはローマ121から来ているのではないかと思います。ローマ121「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です」ここで言われている「礼拝」は、「膝をかがめる」「ひれ伏す」という意味のギリシャ語ではありません。ラトリューオウで、「仕える」「奉仕する」「献身する」という意味があります。英語の聖書ではserviceと訳されています。ですから、礼拝の中で行う、賛美、奏楽、祈り、献金、受付、送迎…みんなserviceなんであります。私の説教もserviceの中の1つです。でも、聞く人はどうなんでしょうか?30分、じっと耳を傾けるというのも大変な労働であり、serviceです。でも、ラトリューオウはこういう集まりだけではなく、日常生活の中で、神さまを礼拝しながら生きるという意味が強いことばです。私たちが家庭や職場、地域社会で神と人々に仕えながら礼拝しているのです。でも、プロテスタント教会で忘れてしまいがちなのが、日曜日が主日と強調するあまり、休息しないということです。特に、日本の福音派の教会は朝早く教会に来て、日曜学校、礼拝、奉仕、小グループ、夕拝(夜の伝道集会)を守り、夜遅く帰るというのがザラでした。日曜日、全く休んでいないとしたらどうなんでしょう?それでは、安息日になっていません。

 

 私は30歳の頃、日本人6人が招かれ2か月間アメリカに行ったときがあります。旅行の終わり頃、パサディナの教会の礼拝に出席しました。お昼帰ってきました。家の主人は簡易ベッドで寝ていました。男たちは、何をしたでしょう。なんと庭にプールがありました。飛び込み台もあり、お昼から夕方までプールにジャンプしながら泳いでいました。そして、口々に言いました。「日曜日の午後、こんなにゆっくりして良いのだろうか」と。その頃、私は座間キリスト教会で教会主事として働いていました。朝7時、9時、11時と礼拝があり、日曜学校も各地にありました。午後は青年会、聖歌隊などの集まり、夜はスタッフが説教しました。その後、反省会を持ち、帰るのが10時半頃になりました。午前中の大川牧師の説教はみんながほめます。ところが、夜のスタッフの説教は自分が当番のときは針のむしろです。大川牧師の奥さんから先生に「早く帰ってきなさい」と電話があります。大川牧師は「何言っているんだ。今が一番楽しい時なんだ」と言っていました。スタッフとして働いていたころよりも、一教会の牧師の方がずっと楽です。日曜日、私の場合は特別ですが、家庭をお持ちの方は、日曜日はさっさとお家に帰るのが良いと思います。未信者のご主人や子どもたちが、「お昼、何も食べるものがない」と泣いているかもしれません。日曜日の奉仕も重要ですが、休むということもちゃんと考えなければなりません。昔の教会では子どもたちが「お父さんとお母さんは信仰熱心だけど、同じようになりたくない」と言ったようです。そうではなく、「日曜日は休むためにもある」ということを忘れないようにしたいと思います。「日曜礼拝を守れ」と言うし、一方では「日曜日に休め」と言われます。この両立が大事です。

 

3.聖霊の導きで生きる

 

 安息日を守るとは、lifestyle生活様式なのです。旧約聖書で安息の地はカナンでした。ヨシュア記113口語訳「主のしもべモーセがあなたがたに命じて、『あなたがたの神、主はあなたがたのために安息の場所を備え、この地をあなたがたに賜わるであろう』と言った言葉を記憶しなさい。」新約聖書にも同じことばが出てきます。ヘブル人3章に「安息」ということばが2回使われています。エジプトから脱出した第一世代は、不信仰のゆえに安息に入ることができませんでした。ヘブル4章には「安息」と「安息日」が6回出てきます。1種類はヨシュアたちが入った「カナン」であり、もう1種類は救われた人たちが行く「天の御国」です。つまり、安息の地はカナンであり、また天の御国でもあります。きょう取り上げたいのは、ヨシュアたちが入った安息の地、カナンについてです。安息の地、カナンは、どのようなところだったでしょうか?ヨシュアたちはカナンに攻め上り、先住民を追い出す必要がありました。ヨシュアたちは領土を勝ち取るために戦わなければなりませんでした。でも、その戦いは、一般に私たちが考える戦いとは違っていました。なんと、主が既にその地を彼らに与えておられました。そして、主はヨシュアに「あなたの行く所どこにでも、あなたと共にある」と約束されました。つまり、主に従っていくならば、勝利できるということです。なぜなら、それは主の戦いであり、主が戦ってくれたからです。エリコを責めるときも、常識を超えた戦いでした。エリコの城壁の周りをだまって11回まわるだけです。それを6日間続けます。そして、7日目には7回まわり、最後にラッパを吹き鳴らし、「わー」と叫びます。それで城壁が崩れ去り、町を攻め取ることができました。ヨシュアたちは主の命令に従うことによって勝利することができました。

 

 新約の私たちが安息の地に入りたいなら、聖霊に導かれて進む必要があります。言い換えると自分の考えや肉のがんばりではなく、聖霊に信頼して歩むということです。そうすれば、安息を得ながら、信仰生活を送ることができます。それこそが、安息日を守ることであり、安息日がライフスタイルになります。516,17日に21世紀教会でリバイバル・スクールがありました。カルフォルニアからチェ・アン牧師が来られメッセージをしてくださいました。先生のお父さんは韓国からの移民であり、週末は牧師をし、月曜日から金曜日までは技術者として働きました。さらには、レストランを買い取って経営しました。お父さんは一日も休んだことがなく、家族でバケーションに行ったこともなく、安息の良い模範ではなかったそうです。その息子さんチェ先生は若い頃とても荒れた生活をし、麻薬にもはまっていました。ところが30代後半に献身して牧師の道を歩みました。でも、牧会9年目、1992年(46歳)完全に燃え尽きてしまいました。フラー神学校で8年間学び、修士号と博士号を取りました。ところが学びを終えて、うつになり、主任牧師のところに辞表を出しました。先生は、世界一物価の高いカルフォルニアで4人の子どもを育て、牧会しながら神学校で勉強していました。カルフォルニアを出て、友人が住んでいるコロラド・スプリングスのような田舎に行こうと思いました。でも、あることが起こりました。1994年のことです。ここからは、先生のメッセージをそのままお届けします。

 

聖霊様が私の人生に訪れて下さいました。私は再び新生を体験したように思いました。聖霊が川のように流れていました。私はその川の中で神さまと契約を結びました。「私は今流れている川に飛び込みます。そこに留まります。そして、その川が流れて行くところどこへでも行きます。」それはエゼキエル47章に書かれているような川です。御使いが預言者エゼキエルを、聖所のところから流れる川に導いて行きました。川が流れるところではすべてものが生きます。実際にそのような川はありません。ヨルダン川はエルサレムの周りに流れていますが、エルサレムの真ん中から流れていく川はありません。それは霊的な川を表わしています。それは力強い聖霊の働きが聖所から流れることを表しています。御使いがエゼキエルを導いていくと、その川は足首の深さ、それから膝の深さ、腰の深さになりました。そして、流れていくとそれは渡ることのできない川になりました。私たちの足首、膝、腰のあたりまでは、私たちがコントロールできる水の深さです。そこで歩くこともできます。でも、最後にはそれさえできなくなって、泳いで水の流れのままにエゼキエルを運んでいくほどの川となりました。神さまは「権勢によらず、能力によらず、私の霊によって」(ゼカリヤ46とおっしゃいました。19941月に聖霊が注がれて、「2月に教会をはじめなさい」と言われました。19944月に教会を始めました。「私たちは聖霊様が導かれるままに何でもします」と約束しました。

 

その後、どうなったでしょう?先生の本にこのように書かれています。「自宅の祈り会に30人が集まりました。翌週は65人集まり、リビングルームとダイニングルームが満杯になりました。1か月後に建物を借りて公式な集会を持ち、300人集まりました。その後、パサディナで一番大きな施設を借りることにしました。199512日から、ジョン・アーノットを迎え、リニュアル集会を持ちました。初日、2000名余りの人々が詰めかけました。知人に加えて、一度も来たことのないような人たちが何百人も来たようでした。神の力が下りました。聖霊の電撃のような臨在が会場に満ち、しるしと不思議と癒しが伴いました。霊的な刷新が本当に起こりました。私たちの教会だけでなく、大パサディナ地域に、です。その働きは、今では世界中に広がっています。今振り返ると、私たちが目にしたものは、リバイバルだったと言うべきかもしれません。」アーメン。本当に私もあやかりたいと思います。これが、聖霊の導きで生きる人生の実であります。自分の努力や肉の力でやってもある程度のことはできるでしょう。でも、うつと燃え尽きになるならば、それは安息日を生きていることにはなりません。十分休息を得ながらも、神さまの働きが進むなら何とすばらしいでしょう。それはやはり、聖霊に満たされ、聖霊の導きで生きることであります。チェ・アン師が最も大事にしているみことばは、ゼカリヤ46「権勢によらず、能力によらず、私の霊によって」です。疲れている時は大胆に休みましょう。休むことに罪悪感を持ってはいけません。でも、その休みは単なる休みではなく、神さまと親しく交わり、神さまから力をいだたいている時でもあります。そして、再び立ち上がり聖霊に導かれて生きるのです。

 

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