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2017年8月11日 (金)

宮きよめ マタイ21:12-17 亀有教会牧師鈴木靖尋 2017.8.13

 その当時はシナゴーグと呼ばれる会堂で安息日礼拝を守っていましたが、何か特別な場合は神殿で礼拝をささげていました。このときは過ぎ越しの祭りが始まるところだったので、地方からたくさんの人たちがエルサレムに集まっていました。しかし、本来、礼拝の場所であった神殿が、取引や商売のために利用されていたのです。イエス様がエルサレムに入城して、最初に行ったことは、この神殿をきよめることでした。

1.宮きよめ

 エルサレムの神殿には中庭と外庭がありました。きょうの出来事は、神殿の外庭であろうと思われます。日本でも神社の境内には、屋台やおみやげ屋さんが並んでいます。もっと近づくと、おみくじとかお守りが売られています。エルサレムの場合は、宗教的な理由がありました。両替人はお金をユダヤ人の貨幣に替えて手数料を取っていました。たとえば、ローマのデナリ銀貨はカイザルの肖像が刻まれていたので、神に捧げるのに相応しくなかったからです。また、鳩を売っていたと書いてありますが、牛、羊、やぎも売られていました。なぜかと言うと、人々がそれらの動物を遠くから運んでくるのは手間がかかります。また、傷のない完全な生贄でなければなりません。もしも、神殿の側で売られているなら打って付けであります。一見、親切な行為のように思えますが、売り買いすることによって、神殿を管理する人たちが経済的に潤っていたのです。マルチン・ルターの頃は、教会で免罪符が売られていました。人々は罪を軽減してもらうために、その証明書を購入しました。宗教が金儲けの手段になるというのは、どの時代でもあるようです。神の御子であるイエス様は、そういうことがエルサレムでなされていることに聖なる憤りを覚えられました。売り買いする者たちを追い出し、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛を倒されました。ヨハネ福音書2章には「細なわでむちを作って、羊も牛もみな、宮から追い出した」と書かれています。ちょっと過激な感じがしますが、細なわのむちであるなら、怪我をさせることはありません。イエス様が怒られたというのは、聖書の中にそんなにありません。強いていうなら、小さな子どもたちが祝福を求めて近づいてきたとき、大人たちが邪魔したからです。また、ラザロが死んだとき、墓の前で涙を流しました。しかし、同時に「憤りを覚えられた」と書いてあります。おそらく、死が人間を支配していたからでしょう。今回の場合は、神殿が正しい目的のためにではなく、金儲けの手段になっていたからです。

 では、本来の神殿の目的とは何なのでしょうか?マタイ2113そして彼らに言われた。「『わたしの家は祈りの家と呼ばれる』と書いてある。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている。」イエス様がおっしゃったのは旧約聖書からの引用です。まず、イザヤ567をお読みいたします。「わたしは彼らを、わたしの聖なる山に連れて行き、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。彼らの全焼のいけにえやその他のいけにえは、わたしの祭壇の上で受け入れられる。わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれるからだ。」このみことばは、紀元前700年頃のことでした。当時は、宗教はありましたが、人々は正しい行いをしていませんでした。イザヤは「『公正を守り、正義を行うように』と主が仰せられる」と人々に告げました。しかし、この預言は世の終わり、御国が完成するときのものであります。なぜなら、外国人も宦官も聖なる山に集うことができるからです。だから、イザヤ書には「わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれるからだ」と「すべての民」と書かれています。ハレルヤ、私たち異邦人である、日本人も「すべての民」の中に加えられているのです。なぜ、イスラエルなのでしょう?神さまが世界の人たちに仕えるようにイスラエルを祭司の国として選んだからです。でも、イスラエルは堕落し、その務めを果たせなくなりました。世の終わり、神殿を建てなおすために、御子イエス様が来られたのです。その前に、あまりにも神殿が世俗化していたので、少々手荒いことをして、きよめられたのです。もう1つの引用は、エレミヤ711です。「わたしの名がつけられているこの家は、あなたがたの目には強盗の巣と見えたのか。そうだ。わたしにも、そう見えていた。主の御告げ」日本語の聖書には「強盗の巣」とありますが、den「ほら穴」「洞穴」というのが正しい訳です。子どもの頃、『アリババと70人の盗賊』という物語を読んだことがあると思います。盗賊たちが洞穴に金銀財宝を隠していました。まさしく、エルサレム神殿が、強盗の洞窟になっていたということです。ちなみに現代の神殿の洞窟をご存じでしょうか?ローマのバチカンこそが、ヨハネ黙示録に記されている大バビロンです。バチカンには世の中の富と財宝が集まっています。宗教というものは、間違った方向に行くと、とても恐ろしい存在であることを歴史が物語っています。

 でも、私たちは「わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる」というみことばを、現在のキリスト教会にどのように適用すべきでしょう。イエス様が復活してからは、私たち自身が神殿であると聖書に書いてあります。なぜなら、私たちの中に、神の霊、聖霊が住んでおられるからです。そして、このように複数のクリスチャンが集まるところに、神さまが親しく臨在し、私たちの礼拝と賛美を受け入れてくださいます。教会は建物ではなく、私たち自身が教会であるということを第一に理解すべきです。でも、教会は建物とか組織、あるいは人々という意味もあります。世の中では、キリスト教会を「宗教法人の1つ」として捉えています。ですから、宗教法人法によって、活動が規定されています。第一の項目に、「教会の目的とは何か」ということが記されています。それは「教会は神の福音を宣べ伝え、信徒を教えるためにある」ということです。しかし、教会では幼稚園を経営したり、何らかの営業をするところもあります。本来は営利を追求するところではありませんが、福祉的に世の中に仕えるという面もあります。明治時代の頃は、福祉や社会制度、医療や教育制度が整っていませんでした。そのため、キリスト教会が率先して社会活動をしてきました。義務教育、赤線廃止、労働組合、女性の選挙権、禁酒運動…これらはみんなキリスト教国がもたらしたことであることを忘れてはいけません。しかし、近年は国や地方地自体がそういうことを専門にするようになり、「教会は神の福音を宣べ伝え、信徒を教える」ということに集中するようになりました。しかし、良い面もあれば、悪い面も出て来ました。つまり、本来は聖書の考えが根底にありました。それら、すべてのものは聖書の価値観から生まれたのです。でも、日本人はうわべの良いものだけを抽出し、根底にある価値観を捨ててしまいました。だから、何のため仕事をするのか、何のために勉強をするのか、何のため結婚するのか分かりません。

 でも、ここでは世の中の活動は取り上げないで、教会という建物に集まって、なすべき第一のことは何かということを学びと思います。「わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる」というみことばを、教会はどのように適用すべきでしょうか?私の家とは神殿のことですが、これを教会の集まりと解釈しても良いでしょう。私たちはここに集まり、何をしているのでしょうか?当時、人々は神殿に集まり、献金や生贄をささげていました。もちろん、祈りもささげていました。私たちが特に日曜日ここに集まっているのは、何のためでしょう?イエス・キリストが生贄となったことを覚えなければなりません。ヘブル書に書いてありますように、イエス様は一回で永遠の贖いを全うされました。私たちは、イエス様によって罪が贖われているので、大胆に神さまのみ前に近づくことができます。現代の私たちの生贄は、私たちの献身と感謝と賛美であります。では、神のことばをなぜ聞くのでしょうか?さきほどイザヤ書を引用しましたが、当時の人々は、宗教はありましたが、生活が神さまから離れていました。本来、祭司たちが聖書から教えていたのですが、その祭司たちが堕落していました。その代り、預言者が口をすっぱくして神さまに立ち返るように教えました。ですから、この礼拝において説教者は2つのことを聖書から語ります。第一は神さまがなされたみわざを語り、私たちが心から礼拝ささげるように勧めます。第二は神さまのみこころを知り、みこころに沿った生き方ができるように励まします。教会での集まりのゴールは神さまを礼拝し、祈りをささげるということです。その次に、互いに励まし、信仰を高める聖徒の交わりがあります。神殿礼拝と違うのは、犠牲に伴う祭儀がないということです。カトリック教会のようなミサでもないので、シンプルかもしれません。

私は式文を使わないで、できるだけ宗教ぽくしないように努力しています。なぜでしょう?この聖日礼拝は私たちの生活の一部だからです。一部というよりも、私たちの生活の頂点であります。日常性とかけ離れたところが宗教的で良いという考えもあるでしょう。しかし、それだと聖日礼拝での顔と、日常生活の顔が2つ生まれる可能性があります。祭司長や律法学者たちはイエス様から偽善者と呼ばれていますが、2つの顔を使い分けていたからです。私たちはいつでも、イエス様を仰いで、イエス様と一緒に生活します。日曜日の礼拝の時だけイエス様を意識するのではありません。家庭や職場、通勤通学、どの場所、どの時間でも、イエス様を意識します。また、日曜日の礼拝の時だけではなく、いつでも主を賛美し、祈ります。賛美や祈りは声を上げなくてもできます。主は私たちと共に歩まれ、必要を与え、守りを与えてくださいます。キリスト教は宗教ではなく、今も生きておられるイエス様と一緒に生活することだからです。

2.腹を立てた宗教家たち

 エルサレムには長老、祭司長、律法学者、パリサイ人、サドカイ人など、たくさんの宗教家たちがいました。すべてユダヤ教徒なのですが、大きく分けると神殿に仕える人と律法に仕える人に分けられます。一部はサンヒドリンの70人議会に属していました。また、一部は信徒であっても、熱心なユダヤ教徒でした。群衆が登場しますが、エルサレムの住民、ガリラヤから上って来た人たち、過ぎ越しの祭りのために遠くから来た人たちがいたと思われます。これから、イエス様と彼らとの論争が始まります。イエス様は前もって「エルサレムで彼らから苦しみを受け、殺される」と予告していました。イエス様がエルサレムでは、こういうことが起こると知っておられたので、覚悟ができていたと思います。マタイ2114「また、宮の中で、盲人や足のなえた人たちがみもとに来たので、イエスは彼らをいやされた」とあります。イエス様は売り買いしている人たちを追い出して、神殿をきよめただけではありません。神殿の中にいた人たちを癒してあげました。彼らは癒しを求めて神さまのところに来ていたというよりも、物乞いをしていた人たちかもしれません。なぜなら、多くの人たちが神殿にやってくるので、物乞いには良いチャンスだったからです。イエス様は彼らが物乞いをしなくても良いように根本的な解決を与えられました。使徒の働き3章でも、ペテロが生まれつきの足なえを歩かせてあげたことが記されています。ですから、今日の教会も人々に仕える仕え方も、同じではないかと思います。「神の国はことばではなく、力です」とパウロが言ったとおりです。

 盲人や足なえが癒されるというのは、ものすごく嬉しい事であり、神さまをほめたたえるべきことです。ところが当時の宗教家たちは違いました。マタイ2115-16ところが、祭司長、律法学者たちは、イエスのなさった驚くべきいろいろのことを見、また宮の中で子どもたちが「ダビデの子にホサナ」と言って叫んでいるのを見て腹を立てた。そしてイエスに言った。「あなたは、子どもたちが何と言っているか、お聞きですか。」イエスは言われた。「聞いています。『あなたは幼子と乳飲み子たちの口に賛美を用意された』とあるのを、あなたがたは読まなかったのですか。」祭司長、律法学者たちは2つのことで腹を立てました。第一は、イエスのなさった驚くべきことを見たからです。イエス様が盲人や足なえが癒されたからです。何故、喜べないのでしょう?それは妬みです。もし、ナザレのイエスがメシヤであるなら、みんな彼のところに行くでしょう。そうしたら、自分たちの教えを誰も聞かなくなり、失業してしまいます。盲人が見え、足なえが歩くというのは、来るべきメシヤのしるしです。本来なら、イエス様の前にひれ伏して、礼拝をささげるべきであります。ところがどういうことでしょう?目の前にメシヤがいるのにも関わらず、妬みを燃やし、腹を立てるとは何ごとでしょう?私は、イエス様の栄光が、彼らの目に隠されていたからだと思います。イエス様は、マタイ1125「これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現してくださいました」とおっしゃったことがありました。彼らは心が頑なだったので、そのことが分からなかったのです。リバイバルが起こると、このような奇跡や癒しが起こります。同時に、混乱をもたらすような不思議な現象が起こります。しかし、教会のある人たちが「それは危険だとか、感情的過ぎる」と反対します。そこに、神さまのすばらしいわざが起こっているのに、喜べない人たちが出てきます。彼らがリバイバルの火を消すのです。同じ信仰者の中からそういう人たちが出るとは何という皮肉でしょう。たとい、自分たちの神学に会わなくても、神の霊がなさっておられるのなら、一緒に主をあがめるべきであります。宗教というのは、生ける神さまの働きを妨げることを覚えておきたいと思います。

 もう1つは、宮の中で子どもたちが「ダビデの子にホサナ」と言って叫んでいるのを見て腹を立てたことです。おそらく、子どもたちは、エルサレムに入城したときの様子を見ていたのでしょう。大人たちが「ダビデの子にホサナ」と叫んでいたので、真似していたのかもしれません。でも、神さまを賛美している子どもたちに腹を立てるとは何ごとでしょう?何故、彼らが腹を立てかというと、イエス様を全く歓迎する気持ちがなかったからでしょう。何が「ダビデの子にホサナだ。そういう者が来ちゃ困るんだよ」というのが本音であります。彼らは文句を言っていましたが、イエス様は何と言われたでしょうか?「あなたは幼子と乳飲み子たちの口に賛美を用意された』とあるのを、あなたがたは読まなかったのですか。」これは、詩篇82からの引用です。詩篇82「あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって、力を打ち建てられました。それは、あなたに敵対する者のため、敵と復讐する者とをしずめるためでした。」イエス様は詩篇82の前半しか引用しませんでした。しかし、後半は、恐ろしいことが書かれています。つまり、何故、「神さまが幼子と乳飲み子たちの口に賛美を用意されたか?」であります。「それは、あなたに敵対する者のため、敵と復讐する者とをしずめるためでした」とあります。ということは、子どもたちの賛美が、イエス様に敵対する者たちへの防護壁になっているということです。旧約聖書の「力を打ち建てられた」は英国聖書ではrebuked「譴責する、阻止する」と訳しています。子どもたちは意識していた訳ではないでしょう。でも、神さまが敵対する者をしずめるために、子どもたちの賛美を用いられたということです。ハレルヤ!ということは、私たちは子どもたちの賛美を軽く扱ってはならないということです。リバイバルが起こっている時は特にそうです。

 最近、子どもたちが見た超自然的な夢を賛美にしていると聞いたことがあります。信じるか信じないか別として、彼らは天に引き上げられ、天国での様子を歌にしています。歌詞とか曲は非常にシンプルなのですが、実際に行った者でないと書けない内容になっています。また、ある子どもは世の終わりの救いとさばきについても、克明に記しています。これは日本だけではなく、韓国やその他の国でもあるようです。終わりの時代、神さまは子どもたちの賛美や預言を用いようとされています。「そんなことが聖書的なのか?」という人たちに対して、使徒217があります。ペテロが「あなたがたの息子や娘は預言する」とヨエル書から引用しました。大人の方が常識とか神学に凝り固まっていて、神さまが語っておられるのが聞こえないことがありうるでしょう。目があるのに見えない、耳があるのに聞こえないとは残念なことです。当時の、祭司長、律法学者たちは、イエス様のなさった驚くべきいろいろのことを見、また宮の中で子どもたちが「ダビデの子にホサナ」と言って叫んでいるのを見て腹を立てました。教会は、彼らのようになってはいけないということです。

 イエス様はその日、エルサレムには留まりませんでした。神殿は父の家のはずです。でも、神殿のあるエルサレムから立ち去りとこへ行ったのでしょう?マタイ2117「イエスは彼らをあとに残し、都を出てベタニヤに行き、そこに泊まられた。」ベタニヤにはラザロと、マルタとマリヤのきょうだいたちがいました。ラザロは「あなたの愛しておられる者」と紹介されています。ラザロは一度死にましたが、イエス様によってよみがえらされました。マリヤはイエス様に高価な香油を塗ったことがあります。マルタは一品でも多く料理を作ってイエス様を喜ばそうとした女性です。彼らの家にイエス様は泊まりに行ったのです。エルサレム神殿ではダメです。ベタニヤこそが身も心も休まる家homeです。これまでイエス様は何度もベタニヤの家を訪問しています。最後の5日間はベタニヤの家とマルコの家に寝泊まりしていたと思われます。もし、イエス様が自分たちの家に休むために来るとしたら何と嬉しいことでしょう。イエス様は彼らの家だと全く気を使う必要がなかったでしょう。心休まるところだったと思います。私たちはイエス様のことをそんなに考えていません。自分たちの心が休めるような住まいになるように求めています。椅子やテーブル、調度品、テレビ、オーデォ、自分の書斎…でも、そこにイエス様を歓迎しているでしょうか?私の場合は半分教会で暮らしていますので、礼拝堂がすぐそばにあります。牧師室もあるので、そこが大好きです。でも、イエス様が私と一緒にいて、心騒がしくしていたら嫌ですね。でも、私が一番、嬉しいのはイエス様が隠れたところで頑張っている私を認めていらっしゃるということです。小さな会社の社長は、朝から晩まで何かをしています。仕事と休みと境界線がありません。私も毎日が仕事で、毎日が休みのようです。「牧師は月曜日から土曜日まで何しているんだ?」と裁く人もいるでしょう?昔はそう言われると、心が動揺しました。しかし、今はそうではありません。神さまから重要な啓示を受けているからです。ヨセフのような指揮者として、大事な役割があると思っています。人はどう思おうと、イエス様がよくご存じです。私も皆さんのことはよく分かりません。鈴木牧師はあまり世話をしてくれません。訪問もしてくれません。声もかけてくれません。でも、私は牧師として申し上げることがあります。イエス様があなたと一緒です。イエス様はあなたの心とあなたの家を身も心も休まる家homeにしたいと願っておられます。イエス様がおられるなら夫婦喧嘩をしなくなるでしょう。イエス様がおられるなら変なビデオやインターネットも見なくなります。イエス様がおられるなら聖書を読んだり、学んだりすることが楽しくなります。天国に行ってからイエス様とお会いするのではありません。この地上にあっても、可能です。肉眼では見えず、肉声で声も聞こえませんが、霊において見え、霊において聞こえます。イエス様の声がわかるように霊的なラジオを持ちましょう。イエス様のことが見えるように霊的なテレビを持ちましょう。

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2017年8月 4日 (金)

エルサレム入城 マタイ21:1-11 亀有教会牧師鈴木靖尋 2017.8.6

 イエス様は癒された人たちに、ご自分がだれであるかを言わないように命じていました。なぜなら、当時のメシヤは非常に政治的で、誤解を招くからです。しかし、この時は公にご自分を現し、人々から凱旋将軍のような歓迎を受けました。なぜでしょう?それはこのエルサレムが最終的なゴールだったからです。もう逃げも隠れもせず、ご自分がだれであるかを表明されました。イエス様がエルサレムに入城したのが日曜日であり、金曜日には十字架につけられます。福音書はこの6日間に多くの紙面を割いています。

1.ろばの子に乗って

 イエス様はエルサレムに入るために、ろばの子を必要としていました。しかし、ろばの子を手に入れる方法がまことに奇跡的でした。イエス様はまだ、町には入っていません。オリーブ山のふもとベテパゲにいます。エルサレムは高台にあるので、登り坂の途中であったと思われます。弟子たちは「エリコからずっと登って来られたので、イエス様は疲れを覚えておられるのでは?」と思ったのでしょう。イエス様は超自然的に、向こうの村に、雌ろばとろばの子がつながれているのが見えました。弟子たちがそこへ行って、ろばを連れてくるように命じられました。すると持ち主が「なぜ、ろばを解くのか?どこへ連れていくのだ?」と言うでしょう。そのとき、「主がお入り用なのです」と言うなら、すぐに渡してくれるというのです。持ち主に対して、長々と説明する必要がありません。「主がお入り用なのです」というイエス様のことばは、生きたことばであり、持ち主は、召使のように従うのです。このところに「知識のことば」という奇跡が働いていたのです。私が洗礼を受けて3か月くらいたった頃です。「新宿の中央教会というところで、青年大会があるので来ないか」と聖書学院生からお誘いを受けました。「文化祭みたいなものだから、気軽に」と言われたのですが、なんと献身者を募る青年向けの聖会でした。隣の教会の高木牧師が講壇から甲高い声で「主がお入り用なのです」とメッセージしました。最後に「前に出て来なさい」と招きました。「私はモノじゃないぞ」と反発しましたが、神さまから呼ばれたような気がして前に出て、祈ってもらいました。そして、翌年3月に東京聖書学院に入学しました。その時の修養生というのが家内の同級生の姉妹(湯田民子姉、救われた方のユダ)です。「文化祭だ」と嘘を言われたのです。その時、私は電車の網棚にだれかが忘れていた少年マガジンを手に持って会場に行きました。聖歌も聖書も持っていないので、受付の人はびっくりしたでしょう。私もろばのように、「主がお入り用なのです」とイエス様の声でひっぱって行かれたような気がします。

 なぜ、イエス様はろば、それもろばの子に乗る必要があったのでしょうか?それはイエス様が疲れていたせいではありません。ご自分はだれかということを示したかったからです。旧約聖書では、これを「行動預言」と言います。人々は分かりませんでしたが、イエス様はゼカリヤ書の預言を成就したかったのです。ゼカリヤ99「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。」マタイ福音書は70人訳からの引用なので、旧約聖書とはちょっと違っています。でも、ゼカリヤ書ではっきりしていることは、「雌ろばの子の子ろばに」と書いてあることです。マタイによる福音書だけが、雌ろばとろばの子の二頭を連れて来たと書いてあります。マルコやルカは、ろばの子だけを連れてきたように書かれています。しかし、マタイは「これは、旧約聖書の成就なんだ」ということを強調したいがため、あえて「ろばと、ろばの子」と書いています。おそらく、イエス様が実際に乗られたのは、ろばの子であり、雌ろばは伴って歩いていたのではないかと思います。マルコ11章には「まだだれも乗ったことない、ろばの子」と書かれています。ろばの子にとっては、初めての大仕事です。だから、「ふたりでも三人でも」と強調するマタイは、子ろばを見守る母ろばの存在をあえて書いたのではないかと思います。しかし、イエス様をヨタヨタ乗せている、ろばの子が人々の目にどのように映ったのでしょうか?その光景こそが、イエス様がどのようなメシヤかを象徴しているのです。クリスチャンの矢内原忠雄という元東大総長がこのような聖書講義をしています。軍馬ではなくてろばです。戦争ではなくて平和です。傲慢ではなくて柔和です。イエスがろばに乗って都に入られたのは、御自身が国民待望のメシヤであられること、その方法は平和、その性格は柔和であられることを、言葉でなく行動によって宣言されたのです。それ自身が深い詩であります。「私はイスラエルの王である、真の救主である。私にふさわしい柔和な心、砕けたたましいをもって私を迎えよ。シオンの娘よ、これがお前たちの最後の機会である。信じて救われよ!」口にするには、あまりにも感慨無量だったのでしょう。イエスは、ろばに乗られた御自分の姿によって、これを民衆に告げられたのであります。アーメン。

 

ゼカリヤ書9章は、メシヤ預言であることは間違いありませんが、「それはいつ頃、来られるメシヤなのか」ということです。当時のユダヤ人はローマを倒し、イスラエル王国を復興してくださる政治的なメシヤを待ち望んでいました。確かに、預言書には厳しいさばきをもたらすメシヤが来ることが書かれています。でもゼカリヤ書には「この方は正しい方で、救いを賜り、柔和で、ろばに乗られる」と書かれています。マタイ福音書にもmeek「柔和」となっています。本来、王様が来られるときは、着飾った軍馬が似合っています。しかし、イエス様はあえて、ろばの子でありました。まさしくそれは、柔和を象徴しています。当時の人たちの目には閉ざされていましたが、メシヤは二度に分けて来られるということです。ゼカリヤ書9章の預言は、初臨であります。たとえば、初臨の預言は、「ユダヤの地、ベツレヘムで支配者が生まれる」というものです。イエス様がこの地上に来られたのは、さばくためではなく、和解をもたらすためでした。そのために、ご自分が死んで罪を贖うということが絶対的な目的でした。マタイ1219-20「争うこともなく、叫ぶこともせず、大路でその声を聞く者もない。彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない、公義を勝利に導くまでは」とあります。では、再臨のメシヤはどのような姿で来られるのでしょうか?黙示録19章にはハルマゲドンの戦いに終止符を打たれる方が描かれています。黙示録1911-13「また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、『忠実また真実』と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。その方は血に染まった衣を着ていて、その名は『神のことば』と呼ばれた。」アーメン、誰が見ても、「ああ、このお方はイエス様だな」と分かります。再臨時は、白い馬に乗ってこられ、そのお顔といでたちは、恐ろしいほど凛としています。

 使徒パウロは「神は言われます。『わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。』確かに、今は恵みの時、今は救いの日です」(Ⅱコリント62と言いました。イエス様が地上に来られてから、A.D、恵みの支配が始まりました。今は、イエス・キリストを信じるだけで救われる恵みの時代であります。しかし、それがいつまで続くかというと、世の終わり、イエス様が再び来られる時までです。あれから時代が進み、2017年ですから、まもなくシャッターが閉まる時刻が迫っています。恵みのシャッターが閉まると反キリストが猛威を振るい、自分の命と交換しなければ救いを得られなくなります。迫害があまりにもひどくなるので、反キリストを信じた方が楽になるからです。イエス様は「その日は、ちょうどノアの日のようだ」と言われました。人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです。イエス様が世の終わりやってくるのもそれと同じです。

再臨に備えるため、私たちは最低限、2つのことをしなければなりません。第一は一人でも多くの人が神との和解をもたらしてくださった、イエス・キリストを信じるように働きかけなければなりません。もちろん、仕事をしながら、家事をしながら、学生ですと勉強しながらです。日本にはクリスチャンが1%も満たないので、人々が福音を聞くチャンスはあまりないでしょう。そうであれば、少なくとも、私たちが毎日、顔を合わせる人たちに責任があると思います。再臨に備えるための第二は、私たち自身の信仰生活です。今度お会いするイエス様は「王の王、主の主」なるお方です。黙示録には「御顔は太陽のように照り輝き、その目は燃える炎であり、口からは鋭い剣が出ている」と書いてあります。柔和さなど一遍もありません。もちろん、イエス様は優しいお方であることは間違いありません。でも、やがて来られるイエス様がそのようなお方であるなら、神さまをなめてかかってはいけません。できるだけ罪と汚れから離れ、聖霊に満たされ、義なる生活をしていることが必要です。今日の箇所には「オリーブ山」が出てきます。弟子たちが天にお帰りになるイエス様を見上げていた時、御使いがこのように言いました。使徒111「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」ハレルヤ!再び来られるという聖書の預言を信じて、いつでも主とお会いできるように生活していきたいと思います。

2.群衆の歓迎

 マタイ218-9すると、群衆のうち大ぜいの者が、自分たちの上着を道に敷き、また、ほかの人々は、木の枝を切って来て、道に敷いた。そして、群衆は、イエスの前を行く者も、あとに従う者も、こう言って叫んでいた。「ダビデの子にホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。ホサナ。いと高き所に。」ヨハネによる福音書には「しゅろの葉をとって出迎えた」と書いてあります。ですから、日曜日、イエス様が入城した日をPalm Sundayと呼んでいます。おそらく過ぎ越しの祭りのために、エルサレムの人口は普段の倍くらい膨れ上がっていたと思われます。群衆はどのように叫んだのでしょうか?「ダビデの子にホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。ホサナ。いと高き所に。」これは、詩篇11825-26の引用です。「ああ、主よ。どうぞ救ってください。ああ、主よ。どうぞ栄えさせてください。主の御名によって来る人に、祝福があるように。私たちは主の家から、あなたがたを祝福した。」「主よ。どうぞ救ってください」のヘブル語読みが「ホサナ」であります。群衆はイエス様をダビデの子、預言されていたメシヤだと考えていました。何度も言いますが、人々はローマを倒して、イスラエル王国を復興してくださる政治的メシヤを求めていました。高官などの要人を歓迎するための、レッドカーペットというのがありますが、これと似ています。布の代わりにしゅろの葉と自分たちの上着を道に敷いたのですから、よっぽどの歓迎ぶりだったのではないでしょうか?さながら、凱旋将軍のようであります。

 数日後、同じ群衆がイエス様を「十字架につけろ」と暴徒に化すということが信じられるでしょうか?私は群衆の中には二種類いたのではないかと思います。ガリラヤからイエス様と一緒に着いてきた群衆と、エルサレムにいた群衆です。ちょうど過ぎ越しの祭りが重なる時期なので、地方から来ていた人たちもたくさんいたと思われます。その証拠が、1011節のことばです。マタイ211011「こうして、イエスがエルサレムに入られると、都中がこぞって騒ぎ立ち、『この方は、どういう方なのか』と言った。群衆は、『この方は、ガリラヤのナザレの、預言者イエスだ』と言った。」よく見ると、エルサレムにいた人たちは、「この方は、どういう方なのか」と聞いています。おそらく、ガリラヤから着いて来た人たちが「この方は、ガリラヤのナザレの、預言者イエスだ」と他の群衆に教えたのではないかと思います。ガリラヤから着いて来た人たちの中には教えに感動した人たち、病を癒していただいたり、パンの奇跡に預かった人たちも含まれていたことでしょう。親身になってイエス様や弟子たちの身のお世話をする婦人たちも同行していたでしょう。しかし、危険なのはイエス様のことをあまり知らない群衆たちです。でも、彼らは一様に「ダビデの子イエス」のフアンでした。フアンというのは、うわべだけの信仰であり、キリストと個人的な関係のない人たちです。だから、数日後、イエス様が捕えられた時、扇動されたのです。マタイ2720「しかし、祭司長、長老たちは、バラバのほうを願うよう、そして、イエスを死刑にするよう、群衆を説きつけた。」マタイ2720「すると、民衆はみな答えて言った。『その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい。』」あの群衆がこんなにも変わるものかと驚くばかりです。

 J.C.ライルがこのように解説しています。「これが人間の性質を忠実に現している絵である。神をたたえることよりも、人間をたたえる愚かな考えが、ここに証明されている。人気ほど、気まぐれで不確かなものはない。きょうはここにいるが、明日は去ってしまう。砂の上に建てられた家が、倒れてしまうのと同じである。きのうもきょうも同じである方のfavorを求めよう。彼の愛とfavorは尽きることなく永遠に続くからである。」favorというのは、日本語に訳しづらい、ことばです。私は日本のリバイバルのため用いられたいと熱く願っています。何故かと言うと、私のために特別に祈ってくれた方々がいたからです。天に召された申賢均牧師、インドネシアのエディ・レオ師、そしてこの間、日本に来てくれたダニエル・コレンダ師です。これらの先生方から、按手して祈ってもらい、favorをいただいたからです。Favorというのは、「好意、親切、世話、愛顧、ひいき、支持」であります。簡単に言うと、「あなたはリバイバルのためきっと用いられるよ」と祈ってくれたのです。しかし、それが人間のfavorにとどまらず、イエス様に支えられていると信じています。イエス・キリストは昨日もきょうも永遠に変わらないお方だからです。このお方に目をとめていくとき、私たちの信仰は岩の上に建てられた家のように倒れることがありません。私たちは群集心理、日和見主義的な信仰であってはなりません。そのためには「キリスト・ファン」ではなく、「キリストいのち」として生きるべきです。「私はキリストなしでは生きてゆけない」ということです。

 1990年から、弟子訓練が韓国から入ってきました。もちろん、その前からナビゲーターやキャンパス・クルセードでその考えはありました。韓国から入ってきた弟子訓練は、ある意味では独特のものでした。なぜなら、徴兵制度のような訓練だったからです。サラン教会の姜ミョンという弟子訓練のスペシャリストがいました。彼女の弟子訓練に「休んではいけないが、死んでもいけない」というスローガンがありました。2年間は休んではいけないので、ある人は点滴を吊るしながら出席したそうです。私はその団体に10年間、属していましたが、最後には「これは違うのでは」と思って辞めました。その弟子訓練の根底に流れている考えはこれです。「教会には群衆と弟子の二種類がいる。群衆クリスチャンは何かあると教会を去って行く。絶対離れない、弟子クリスチャンを作らなければならない」という前提がありました。そうしますと、日曜日、会衆を見ると、「この人は群衆で、この人は弟子だろうか」という色メガネで見るようになります。また、その弟子訓練では「あなたは変わらなければならない」という言い方がよくされました。つまり、そのままではダメだというメッセージがいつもあるのです。韓国のクリスチャンは叩かれると、「なにクソ!」ともっとがんばります。でも、日本のクリスチャンは、「ヘニョ」となってもう来なくなります。「聖書は何と言っているのだろうか」改めて考えました。使徒241「そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。」ペンテコステの日、ペテロの説教を聞いて、バプテスマを受けた人たち3000人が「弟子」と呼ばれています。彼らはまだ弟子訓練のクラスを1つも受けていません。また、パウロは一番問題のあったコリントの教会の人たちを「聖徒」と呼んでいます。聖書的な考えは、イエス様を信じたらキリストの弟子であり、聖徒なんだということです。それで良いかというとそうではありません。本当の弟子、本当の聖徒になるために訓練を受けるということです。スタートが律法ではなく、恵みだということです。

 教会では「ホサナ」という賛美をよく歌います。「主よ。どうぞ救ってください」のヘブル語読みが「ホサナ」であります。彼らはイエス様を「ダビデの子にホサナ」と叫びました。また、人々は「預言者イエスだ」とも言いました。しかし、それは間違っています。イエス様はダビデの子でもなく、預言者でもありません。イエス様は生ける神の子、キリストです。この間、東京ファイヤーカンファレンスでガーナでの奇跡が放映されていました。首都アクラで100万人規模の集会が開かれていました。ある男性が親戚の家に来たのですが、帰りの列車に乗り遅れました。彼は集会の端っこのベンチで寝ていました。すると、耳が突然聞こえるようになり、集会の音が入ってきました。彼は石工でしたが2年前から全く耳が聞こえなかったのです。彼は驚いて、集会のプラットホームに走っていきました。「耳が聞こえた。聞こえた」と大声で伝えました。講師のコレンダ師が集会に出ていない人が癒されたことを知って驚いて人々に紹介しました。彼はイスラム教徒で、自分の名前や住所が知られると危険なのですが、恐れないで証をしました。彼は「イエスは預言者です。コーランにも書かれています」と言いました。コレンダ師は、「預言者じゃなくて神の子、救い主だよ」と訂正しました。彼は「私の耳を聞こえるようにできたのは神さましかいない。イエスは神の子、救い主だ」と告白しました。彼はあとのインタビューで「私は牧師になって、イエスのことをみんなに知らせたい」と答えていました。聖霊様が集会にも出ず、ベンチの端っこで寝ている男性に触れてくださったのです。最後には、「イエス様が神の子、救い主だ」と告白しました。それも、聖霊様の働きです。人間の考えから出たことではありません。

 私たちはイエス様を信じて、クリスチャンになったことをまず感謝しなければなりません。私たちは聖霊によって生まれ変わり、キリストの弟子、聖徒になったのです。私たちはキリストを信じたという1点で、神さまから受け入れられ、ありのままで愛されているのです。これが基本にないと、誤った弟子訓練になります。誤った弟子訓練とは、神さまに受け入れられるために、がんばるということです。神さまの愛を得るためにがんばる必要はありません。すでに、ひとり子を与えるほどに愛されているからです。どうぞ、無条件の愛をいただいているということを信仰のベースにしましょう。この私が一番良い模範です。あのときは、「主がお入り用なのです」と言われて、深く考えもしないで前に出ました。まだ何も勉強もせず、訓練も受けていないのに、主のみ声に従いました。まだだれも乗せたことのない、ろばの子もイエス様に用いられました。あなたは既にキリストの弟子であり、聖徒なのです。どうぞ、恵みからスタートしましょう。

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