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2016年2月 5日 (金)

イエスの宣教スタイル マタイ4:12-25 亀有教会牧師鈴木靖尋 2016.2.7

 styleという英語は日本語になっています。私たちはスタイルが良いとか悪いと言います。でもstyleはそういう格好や形という意味だけではありません。「やり方、流儀、方式」という意味もあります。いよいよ、イエス様の公生涯がはじまりました。17節に「この時から」と書いていますが、バプテスマのヨハネがヘロデによって捕えられた後になっています。ヨハネとバトンタッチをするかのように、イエス様の宣教活動が開始されました。イエス様の宣教はどのようなスタイルだったのか、3つのポイントで学びたいと思います。 

1.暗い所から始めた

 イエス様が宣教を開始したところは、カペナウムでした。その場所は、ゼブルンとナフタリとの境だと書かれています。なぜその場所だったのでしょうか?14節には「これは、預言者イザヤを通して言われたことが成就するためであった」と書かれています。ですから、偶然ではなく、その場所でなければならなかったということです。1516節に「異邦人のガリラヤ。暗やみの中にすわっていた民は偉大な光を見、死の地と死の陰にすわっていた人々に、光が上った。」と書いてあります。歴史をたどりますと、紀元前8世紀頃、アッシリヤによってイスラエルが攻撃されました。イスラエルの10部族が国外に連れ去られ、その代わり異民族が入れられました。また、イエス様の頃、カペナウムは、ローマ軍の駐屯地として栄え、収税所がありました。イエス様はここで、中風にかかった百人隊長のしもべや、熱病で寝ていたペテロのしゅうとめ、汚れた霊につかれた人、4人の者に運ばれてきた中風の男などを癒しました。この場所は、イエス様の公生涯の宣教のうち最も重要なガリラヤ伝道の本拠地と言うことができます。マタイはイザヤ書のことばが成就するためだったと言っていますが、イエス様は最も暗い場所から宣教を開始されたということです。まさしく、「暗やみの中にすわっていた民は偉大な光を見、死の地と死の陰にすわっていた人々に光が上った」のです。

 もし、普通ならば、当時の宗教の中心、エルサレムから開始するのが妥当でしょう。ところが、偏狭の地、カペナウムです。日本で言うなら、首都東京からはじめるべきです。バックストンという宣教師が明治の半ばにイギリスからやってきました。どこにやって来たかというと、島根県の松江でした。当時、プロテスタント教会は、札幌、横浜、熊本と3つの地点から開始されていました。そのためかどうか分かりませんが、バックストンはあえて、地方の松江に上陸したのであります。松江から「きよめ派」の働きが起こされました。私もバックストンの弟子である笹尾鉄三郎師や中田重治師の名前は知っています。やがて「日本伝道隊」が設立され、日本各地に宣教の働きが拡大されていきました。このところで毎月、フラの練習がなされていますが、その先生が「日本伝道隊」のクリスチャンであると聞きました。その後、「日本伝道隊」から「活水の群」という団体も生まれました。きょうあえて、引用した理由は、英国聖公会の紳士であった、バックストン師が家族全員で、あえて山陰の松江に上陸して宣教を開始したということです。まるでそれは、イエス様がガリラヤのカペナウムで宣教を開始したことと似ています。他にもあえて、東北ではじめた保守バプテスト教団、また岐阜県ではじめた美濃ミッションという団体があります。おそらく彼らは、イエス様がへき地で宣教を開始されたことにチャレンジを受けたのではないかと思います。私の恩師、大川牧師もそうでした。先生はアメリカに留学しながら、サンフランシスコで日本人教会を牧会していました。ところが教団から「日本に帰って来い」と命じられ、赴任した先が座間キリスト教会でした。当時、最も教会が成長していない困難な場所が2つあったそうです。それは座間と三鷹だったそうです。教団の人たちは「座間三鷹」と呼んでいたそうです。座間の会堂はとても古くてアメリカと比べたら、天と地の暮らしだったそうです。初日、お風呂に入ったら、すのこ板が腐っており、足で踏み抜いてしまったそうです。また、牧師館が会堂の上なので、プライベートがなく、奥様は何度も流産したそうです。ところが、みるみるうちにその教会が成長し、今度は人々が「座間を見ろ」と言ったそうです。現在、大川牧師は70歳半ばですが、「ぜがひでも東京にリバイバルを」と、新宿のホテルを借りて伝道しています。

 イエス様はあえて、暗い過去があったカペナウムから宣教を開始されました。病を癒し、多くの奇蹟を行いました。そのことは神さまの愛とあわれみをあらわしています。ところがどうだったでしょうか?マタイ1123「カペナウム。どうしておまえが天に上げられることがありえよう。ハデスに落とされるのだ。おまえの中でなされた力あるわざが、もしもソドムでなされたのだったら、ソドムはきょうまで残っていたことだろう。」イエス様の特別な計らいにもかかわらず、カペナウムの人たちは悔い改めませんでした。そのため、イエス様はこの町はハデスに落とされると預言しました。実際、歴史が進んだ後、カペナウムは廃墟になったそうです。これが人間の罪深さであります。せっかく、イエス様が暗い歴史を持つかわいそうな人たちだと、恵みとあわれみを示しました。ところが、彼らは信じなかったのです。イエス様は「もしも、同じような奇蹟がソドムになされていたなら、彼らは悔い改めていただろう」と言われました。なんという皮肉でしょうか?私たちの生活においてもそのことが言えるかもしれません。神さまが何度もしるしと奇蹟を行って、信仰へと導いておられるのに、悔い改めようとしないならどうでしょう?やがて神さまの前に立ったとき、どう言い訳ができるでしょうか?私たちは主の恵みを当たり前のように思ってはいけません。箴言33「恵みとまことを捨ててはならない。それをあなたの首に結び、あなたの心の板に書きしるせ」と書いてあります。韓国のある女性の話です。彼女は病を癒してくださいと病室のベッドで祈りました。そして癒されて退院すると、また好き勝手な生活をしました。また、病気になり入院しました。そして、また癒してください、と祈りました。そして癒されて退院すると、また好き勝手な生活をしました。三度目また入院して祈りました。それでどうだったでしょう?もう、癒されなかったそうです。彼女のように神さまを試してはいけません。1回でも、そういう奇蹟を体験したならば、悔い改めるべきであります。

2.弟子を養育された

 イエス様は宣教を開始された当初から、弟子を養育されました。マタイ4:18-20 「イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレをご覧になった。彼らは湖で網を打っていた。漁師だったからである。イエスは彼らに言われた。『わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。』彼らはすぐに網を捨てて従った。」21節以降には、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネがイエス様に従ったことが記されています。このところには、少なくとも4人の名前が記されています。イエス様は彼らを伴って福音を宣べ伝え、また病を癒されました。イエス様は神さまですから、おひとりでもできたはずです。しかし、どうして弟子たちを召して一緒に行動されたのでしょうか?よく、テレビで見ますが、大学病院では教授の後を、若い医者たちがぞろぞろとついて回診します。イエス様も弟子たちを伴って、自分が神からの教師であることを誇示されたのでしょうか?そうではありません。イエス様が宣教の当初から弟子を養育されたのは理由がありました。普通だったら、自分が一人がんばって、年を取った頃、後継者を探すものです。しかし、イエス様は贖いのわざを成し遂げたら、天にお帰りになる予定でした。そんなに長くは地上におられません。そのためご自分の働きを継承、拡大できるように弟子を召したのであります。あとで学びますが、イエス様は頭の知識だけではなく、寝食を共にしながら、体験的に教えました。言い換えると命の関係を持ちながら、真理を伝授していったのであります。

 当教会では総会資料にもありますように、後継者が与えられることを願っております。私も「すずめの学校」という教会付属の神学校を開設しました。なかなか、難しい所がありました。幸いなことに、毛利佐保師が卒業し、さらには神学校で専門的に学ばれております。後継者問題はどの教会においても、大きな課題になっています。この世的には、牧師がそんなに魅力があるとは思われていないからです。献金で生活するような負い目があるし、ストレスがたまるし、自由がないように思えるかもしれません。昨年の11月、大田区でJCMNのコーチング・セミナーがありました。その中で、小笠原先生がこのようなことをおっしゃっていました。小笠原先生は早々に後継者を立てて、バトンタッチされました。年配の教会員から「先生、早かったんじゃないですか?」と言われたそうです。また、同じ教団の牧師の子息が牧師になりたいと志願したそうです。面接をすると、「神さまの栄光のために働きたい」と牧師を1つの仕事のようにとらえていたということでした。小笠原先生は「賜物も必要だが、最も大事なのは召命感である」とおっしゃっていました。確かに日本では牧師職の知名度も尊敬度もありません。セミナーの帰りこのように考えました。「神さまのために直接お仕えし、人々に永遠の命を手渡すことのできるってすごいことだ。人が滅びから永遠のいのちを得るためには、いくらお金を出しても、全財産を差し出しても無理だ。ところが、イエス様の福音を信じるたけで罪赦され、永遠のいのちが与えられる。人々にその福音を語り、救いへと導くためにお仕えできるとは何という特権だろうか?ハレルヤ!」もちろん、魂を導くことは牧師だけの特権ではありません。万人祭司であるクリスチャンすべての特権です。強いて言うならば牧師は旧約聖書の祭司長です。さらには、預言者のように「神の人」と呼ばれるならば、なんという特権でしょうか。

 それはともかく、弟子たちはイエス様に呼ばれて、ただちに従いました。召す方も召す方ですが、召される人たちも召される人たちです。弟子採用のペーパー試験や面接試験もありません。学歴や資格を問われたりすることもありません。また、弟子たちも給与や社会保険、有給休暇とか厚生面についてもひとことも聞いていません。おどろくべきことに、召命と応答があるだけで、細かい契約約款もありません。契約書の裏側に書いてある細かい条件もありません。もう一度確かめてみたいと思います。イエス様が「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」と言われました。マタイ 4:20「彼らはすぐに網を捨てて従った」とあります。その次は、イエス様が網を繕っていたふたりをお呼びになりました。マタイ4:22「彼らはすぐに舟も父も残してイエスに従った」とあります。何という単純さ、何という早さでしょうか?もちろん、その前から彼らはイエス様に出会っていたことでしょう。そのことはヨハネ1章に書いてあります。それにしても、イエス様の呼びかけに、舟も父も残して従うとはいささか乱暴ではないでしょうか?これは、たとえて言うならば、俳優がハリウッドからオファーが来たようなものです。あるいは、大企業から自分のアイディアが買われて、顧問に来れないかということです。当時の文脈から考えると、メシヤがイスラエル王国を復興しようとするとき、「ぜひ大臣に」と呼ばれたようなものです。実際、弟子たちは王なるイエスの右か左に座りたいと望んでいました。動機は不純だったかもしれませんが、弟子たちは「すべてを捨ててしたがっても価値がある。今しかない」と決断したのであります。

 イエス様は宣教を開始された当初から、弟子を養育されました。イエス様はご自分の後継者となるべき弟子を召したのであります。イエス様は神さまですから、弟子の素性も能力も未来のことも全部お見通しでした。多少の難があったとしても、聖霊によってカバーできると踏んだのであります。一方、お声のかかった弟子たちはどうでしょうか?網も舟も、そして親族も捨てて従ったのですから、ものすごい決断です。常識のある人たちは、「無謀、無茶、無鉄砲」となじるでしょう。私たちもイエス様を信じて洗礼を受けようとするなら、友人や家族は同じようなことを言うかもしれません。ましてや、「仕事をやめて神学校へ行きます」なとど言ったら、どうなるでしょうか?マタイ8章にありますが、ある人がイエス様に「主よ。まず行って、私の父を葬ることを許してください」と言いました。ところが、イエス様は彼に「私についてきなさい。死人たちに彼らの死人たちを葬らせなさい」と言われました。ということは、イエス様の召命は緊急性があり、また、何よりも優先されるべきものなんだということです。これは弟子として神さまを第一にできるかというテストでもあります。イエス様の召命に「はい」と決断できる人は幸いです。イエス様はご自分に従って来る者を見捨てることなく、最後まで面倒見てくださいます。

3.御国の福音を宣べられた

 イエス様の宣教スタイルの3つ目は、イエス様は御国の福音を宣べられたということです。マタイ417「この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。『悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。』」。マタイ423-24「イエスはガリラヤ全土を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいを直された。イエスのうわさはシリヤ全体に広まった。それで人々は、さまざまな病気や痛みに苦しむ病人、悪霊につかれた人、てんかんの人、中風の人などをみな、みもとに連れて来た。イエスは彼らをいやされた。」キリスト教会においても、「自分たちは福音派で正統だ」と言いながら、このことが分かっていません。だれでも、「福音とはイエス様の十字架と復活を信じることによって救われることだ」と言うでしょう。しかし、イエス様の福音は単なる福音ではなく、御国の福音であったことを忘れてはいけません。では、単なる福音と御国の福音ではどこがどのように違うのでしょうか?いわゆる福音派は十字架のことばを強調しますが、それに伴うしるしや奇蹟を軽んじる傾向があるということです。確かにパウロはⅠコリント22「私は…イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです」と言っています。しかし、その直後にこのように書かれています。24「そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした。」御霊と御力の現れというのは、みことばに伴うしるしとか奇蹟という意味であります。では、どのようにこの2つを矛盾なく捉えることができるのでしょうか?それは「御国の福音」ということばに答えがあります。

 マタイによる福音書は、「神の国」と言わないで、「天の御国」とか「御国」と言っています。なぜなら、マタイによる福音書はユダヤ人のために書かれた福音書なので、神と言うべきところを「天」と置き換えています。彼らは主の御名をみだりに唱えないようにしたからです。神の国、あるいは天の御国は、英語ではkingdom of God「神の王国」という意味です。ギリシャ語でバシレイアーと言って、国よりも「支配」という意味が強くなります。もし、「神の王国」と言うならば、王様と民と領土の3つが必要になります。やがて、イエス様が御国の王になります。では、民はだれなのでしょうか?それはイエス様を信じて救われた人が、御国の民になるのです。イエス様がこの地上に来られた目的は御国の民を招くためでした。しかし、罪ある人間は、そのままでは御国にはいれないので、十字架で私たちの罪をあがなう必要があったのです。では、領土はどこにあるのでしょうか?領土は今のところ肉眼では見えません。世の終わりに、御国さらには、新天新地としてやってくるでしょう。残念ながら今の時代は領土というよりも、「神の領域」あるいは「神の支配」というかたちでやってきています。アダムが罪を犯してからこの世界はサタンが支配するようになってしまいました。聖書はサタンと罪と死が支配しているところを「この世」と呼んでいます。しかし、2000前、イエス・キリストと一緒に御国がやって来たのです。だから、イエス様は「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」とおっしゃったのです。

 イエス様はご自分と一緒に御国、つまり神の支配がやってきたことを証明する必要がありました。そうでないと、人々は御国に入ることができないからです。そのために、イエス様は福音を宣べ伝え、そして、御国がどのようなものであるかを示されたのです。だから、イエス様は「民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいを直された」のです。でも、病の癒しと御国と何の関係があるのでしょうか?イザヤ書には御国がどのようなものかを預言しています。たとえば、イザヤ355-6「そのとき、目の見えない者の目は開き、耳の聞こえない者の耳はあく。そのとき、足のなえた者は鹿のようにとびはね、口のきけない者の舌は喜び歌う。」とあります。つまり、御国が完成された暁には、病気も障害もないことが記されています。イエス様が福音を語りながら、病や障害を癒されました。それは、人々に御国を体験させることによって、御国に入りやすいようにさせたのです。だから、イエス様の福音は単なる福音ではなく、御国の福音であったのです。人々は病が癒され、わずらいが直されるのと見たとき、「ああ、イエス様と一緒に御国が来ている」ということが分かったのです。つまり、奇蹟やしるしが、福音を信じる助けになったということです。よくスーパーなどでは新商品のデモンストレーションをしています。元気の良いおばさんが「ウィンナーどうですか?」「発泡酒をどうですか?」と勧めています。秋葉原などでは、きれいな姉さんがスマホーを手にして説明しています。人々はそれで「私も買おうかな?」と思うわけです。同じように、福音しか話さなかったら、半分の効果しか期待できないということです。

 特に御国の福音が異教徒に入るときは戦いが起こりました。インドネシヤとかアフリカなどではその村に必ず祈祷師や魔術師がいます。「この病気を治した神さまが本物の神さまだ」ということがあります。使徒の働き8章に記されていますが、ピリポが、サマリヤに福音を伝えに下りました。群衆はピリポの話を聞き、その行っていたしるしを見て、彼の語ることに耳を傾けました。ところが、シモンという魔術師が魔術を行って人々の心を握っていました。しかし、ピリポが神の国とイエス・キリストの御名について宣べ伝えたら、多くの人が信じてバプテスマを受けました。シモン自身も信じてバプテスマを受けました。そして、ピリポが行う、しるしとすばらしい奇蹟を見て驚きました。シモンはお金で聖霊の賜物を買おうとして、ペテロからしこたま叱られました。ピリポの方が勝利し、サマリヤにリバイバルが起きました。その秘訣は、ピリポが神の国とイエス・キリストについて宣べ伝えたからです。マタイ福音書から言うなら、それは御国の福音を宣べ伝えたということです。そして、イエス様が行ったように病の癒しと悪霊の追い出しをしました。私たちの時代も、単なる福音ではなく、御国の福音を宣べ伝えるべきです。つまり、それは今ここに御国が来ているということをしるしと奇蹟をもってあらわすべきだということです。きょうはイエス様の宣教スタイルについて学びました。第一はイエス様は暗いところから始めました。暗いところとはニーズがあるところです。第二は弟子を養育されました。それは、後継者を育てるためにチームで行うということです。第三は御国の福音を宣べ伝えました。ことばだけではなく、病の癒しや悪霊を追い出すミニストリーを一緒に行うことです。

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