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2014年9月28日 (日)

ネヘミヤのリーダーシップ   ネヘミヤ1:1-6  

 クロス王による帰還が許されてから、エルサレムの神殿が再建されました。さらにはエズラによって神殿礼拝と律法の回復が行われました。しかし、エルサレムの城壁が破壊されたままでした。そのために、敵から簡単に侵略される恐れがありました。また、霊的な意味においても城壁が破壊されたままなので、彼らはしまりのない生活をしていました。ネヘミヤはアハシュエロス王の献酌官、今でいう給仕役でした。なのに、彼はたった52日間で城壁を再建することができました。ネヘミヤは聖書に出てくる人たちの中で、最も顕著なリーダーシップの持ち主です。彼のリーダーシップを支えている4つの要素について学びたいと思います。


1.祈りの人

 ネヘミヤは祈りの人でした。彼が王様に献酌官として仕えているとき、エルサレムの現状を知らされました。1:3「あの州の捕囚からのがれて生き残った残りの者たちは、非常な困難の中にあり、またそしりを受けています。そのうえ、エルサレムの城壁はくずされ、その門は火で焼き払われたままです。」私たちはこれまで、エルサレムに帰還した人たちが、神殿を再建したことを学びました。その時、ゼルバベル、ヨシュア、ゼカリヤ、ハガイたちが活躍しました。神殿は紀元前516年に完成しました。その後、学者エズラが帰還して、律法によって民たちを指導したはずです。しかし、城壁がくずされ、その門が焼き払われていたため、民たちは非常な困難の中にありました。ネヘミヤはその知らせを聞いて、座って泣き、断食して天の神の前に祈りました。ネヘミヤは「その原因は申命記に記されている命令を守らなかったからである」と理解していました。「もし、主に立ち返るなら、主が選んだ場所に彼らを連れて来る」という約束も知っていました。ネヘミヤの祈りのすばらしいところは、「彼らの罪」と言わないで、「私たちが犯した罪」と告白していることです。ネヘミヤは「罪を犯した彼らに、罪を犯していない私を遣わしてください」と祈っていません。イエス様もこの世に来られた時、人と同じようになり、罪人が受ける洗礼を受けられました。そして、十字架につけられた時は、二人の強盗の真ん中でした。まさしく、イザヤ53:12「そむいた人たちとともに数えられた」ということばが成就しました。イエス様は罪人の代表として、十字架にかかられたのです。ネヘミヤも罪を犯した民の一人であると考えていました。

 工事が順調に進んだ頃、周りの人たちからの妨害に会いました。そのとき、ネヘミヤはこのように祈りました。ネヘミヤ4:4「お聞きください、私たちの神。私たちは軽蔑されています。彼らのそしりを彼らの頭に返し、彼らが捕囚の地でかすめ奪われるようにしてください。彼らの咎を赦すことなく、彼らの罪を御前からぬぐい去らないでください。彼らは建て直す者たちを侮辱したからです。」ネヘミヤは持ち場を離れて、敵と戦うために出かけませんでした。彼らの誘いに乗らず、主の前に来て訴えました。私たちはヨシャパテやヒゼキヤの祈りを学びました。彼らは主の宮に逃げ込み、ひざまずいて主に訴えました。ネヘミヤは王様から「総督」という立場を与えられました。だから、「お前たちは私に従え!」と武力行使しても良かったかもしれません。しかし、ネヘミヤはこの世の権威や権力をそのようには用いませんでした。多くの場合、「リーダーシップというときに、権威や権力を行使すべきだ」と言うかもしれません。しかし、それはこの世の方法であり、神様の方法ではありません。その人に権威や権力を与えるのは人々ではなく、神様であることを忘れてはいけません。祈りというのは、権威や権力の源であられる神様により頼むことです。リーダーが神様への祈りを忘れてしまうと、暴君になり、やがては人々からも捨てられてしまうでしょう。政界や経済界でも名をあげたリーダーがたくさんいますが、彼らの寿命が短いのはそのためではないでしょうか?ネヘミヤは自分のことを「しもべ」と呼んで祈っています。ネヘミヤ1:11「ああ、主よ。どうぞ、このしもべの祈りと、あなたの名を喜んで敬うあなたのしもべたちの祈りとに、耳を傾けてください。どうぞ、きょう、このしもべに幸いを見せ、この人の前に、あわれみを受けさせてくださいますように。」ネヘミヤはリーダーである前に、主のしもべとして自分を見ていました。神様がなぜ、一人のリーダーをお立になるのでしょう?それは、その人を通してご自分の目的を果たしたいからです。ですから、リーダーは祈りの人であり、神様の言われる通りに動く人でなければなりません。


2.戦略の人

 ネヘミヤは戦略の人でした。ある辞書には「戦略は特定の目標達成のために、総合的な調整を通じて力と資源を効果的に運用する技術・理論である」と書いてありました。第一にネヘミヤは神さまからビジョンをいただきました。王様から城壁再建の許可証と総督という立場をいただいてからどうしたでしょう。彼はだれにも相談しないで、三日間、エルサレムの城壁を調べました。まず、自分の足で歩き、自分の目で調査しました。普通なら、代表者たちを招集して会議を開き、調査団を派遣するはずでしょう。テレビでも首相が真新しい作業服を着て、現地を調査している姿を見るときがあります。そういう場合は支障のないところを見せられ、肝心なところは隠されているものです。ネヘミヤは人々の先入観や言い訳を受けないために、自分一人で調査しました。そのとき、神様からビジョンをいただいたに違いありません。ビジョンは会議などでみんなが相談して決めるものではなく、孤独のうちに神様から与えられるものです。

 第二にネヘミヤは人々を集め、自分のビジョンを分かち合いました。ネヘミヤ2:17-18「それから、私は彼らに言った。『あなたがたは、私たちの当面している困難を見ている。エルサレムは廃墟となり、その門は火で焼き払われたままである。さあ、エルサレムの城壁を建て直し、もうこれ以上そしりを受けないようにしよう。』そして、私に恵みを下さった私の神の御手のことと、また、王が私に話したことばを、彼らに告げた。そこで彼らは、「さあ、再建に取りかかろう」と言って、この良い仕事に着手した。」ある人たちは、「ペルシャから突然やって来て、お前に何がわかるんだ」と言いたかったでしょう。あるいは、「王様の献酌官に何ができるんだ」と文句をついける人もいたかもしれません。しかし、彼はアルタシャスタ王から、川向うの総督のために宛てた手紙を持っていました。ネヘミヤは総督として城壁再建の材料を譲り受ける権威と権力を持っていました。つまり、ネヘミヤのバックにはアルタシャスタ王がついていたのです。彼が「さあ、再建に取り掛かろう」と言ったとき、人々は従わざるを得ませんでした。チョー・ヨンギ牧師がヨイド教会の建設のため、12月31日を支払日とした約束手形を振り出していました。可能な限りの資金源をあさっても額面を満たすことができませんでした。大晦日の午後、銀行はとても混雑していました。1500万円の小切手を切るように支店長に談判するしかありません。秘書室は順番待ちの人々でぎっしり詰まっていました。先生は大会社の社長のように胸を張り、支店長室に突進しました。秘書が「あの、もし、どちらへ?ご予約はお済でしょうか?」と声をかけました。先生は「私は、最高権威筋からの者です」と返答しました。その秘書は韓国の大統領から派遣された者と勘違いしたようです。そして、大勢の来客を飛ばして、支店長室に通してくれました。支店長は「どんなお仕事をしていらっしゃるのでしょうか?」と聞きました。チョー先生は「支店長、私はきょう、偉大なる計画を携えて参りました。で、あなたのために十分にお役に立ちたいと思います。」「お役に立ちたい?」「物は相談ですが、あなたがほんのちょっぴり、私の役に立ってくれさえすれば、来年度から、新規に1万人分の預金をあなたの銀行にさせてあげようと思っているのですが?」「新規に、一万人分の預金?」支店長はびっくりして金切り声をあげました。副支店長は「とんでもない、この人には担保もなければ、書類の手続きもしていないのですよ」と止めました。先生は「もしそうなら、それで結構。別の銀行に行ってもさしつかえないですよ」と答えました。支店長は「何とも変な気分です。あなたを信用しましょう」と貸してくれたそうです。神からの権威、神からのビジョンによって人々は動くのです。

 第三は人間の性質を利用しました。人間というのは元来、「自分さえ良ければ」という性質があります。もし、「みんなで城壁を修理しましょう」と言っただけなら、何年かかるかわかりません。確かに、「みんな」なのですが、「自分の家の前をまず修理しましょう」と言うとどうなるでしょう?だれでも、自分の家を守りたいです。だから、人々は一番近いところから修理しました。城壁は壁と通用門があります。そして通用門は梁、とびら、かんぬき、横木でできています。またあるところには櫓(やぐら)や武器蔵があります。一番難しいのは、他の人がやったところとうまく接合できるかどうかです。ネヘミヤ4:6「こうして、私たちは城壁を建て直し、城壁はみな、その高さの半分まで継ぎ合わされた。民に働く気があったからである。」勢いというのは恐ろしいもので、半分くらいあっと言う間にできてしまいました。本当の戦略は神様の知恵からやってきます。ヨシュアやダビデがどうして勝利できたのでしょう?それは戦車の数や兵士の数ではありません。神から知恵が与えられたからです。神からの知恵によって戦略が立てられるのです。


3.克服する人

 ネヘミヤは数々の問題や困難を克服していきました。ネヘミヤは第一に敵の妨害を克服しました。ネヘミヤ4:7-8「7 ところが、サヌバラテ、トビヤ、アラブ人、アモン人、アシュドデ人たちは、エルサレムの城壁の修復がはかどり、割れ目もふさがり始めたことを聞いたとき、非常に怒り、彼らはみな共にエルサレムに攻め入り、混乱を起こそうと陰謀を企てた。」ユダヤ人は神殿を建てたときも妨害に会いましたが、今度もまた、周りの人たちから妨害に会いました。同じように、教会も何もしないときは、サタンも寝ています。しかし、神様のために何かやろうとすると、サタンも本気になって邪魔をしてきます。彼らは馬鹿にしたり、脅かしたり、修理している人たちを攻撃してきました。ネヘミヤはどう対処したのでしょうか?ネヘミヤ4:13,17「そこで私は、民をその家族ごとに、城壁のうしろの低い所の、空地に、剣や槍や弓を持たせて配置した。…城壁を築く者たち、荷をかついで運ぶ者たちは、片手で仕事をし、片手に投げ槍を堅く握っていた。」見張り人が角笛を鳴らしたら、すぐ投げ槍で応戦できるように備えました。ネヘミヤは敵によって工事を妨害されましたが、それでも工事をやめませんでした。

 第二は内なる問題を克服しました。人々は自分の仕事をやめて、工事に携わりました。そうしているうち、ある人たちは生活できなくなりました。彼らは食べ物を得るため、借金せざるを得なくなりました。ある人たちは借金が返せなくなり、息子や娘を売らなければならなくなりました。このことをきっかけにして、貧しい人たちの不満が爆発しました。この問題に対して、ネヘミヤはどう対処したでしょうか?彼は十分考えた上で、おもだった者たちや代表者たちに対して「あなたがたはみな、自分の兄弟たちに、担保を取って金を貸している」と言って彼らを非難しました。ネヘミヤ5:8-9「私たちは、異邦人に売られた私たちの兄弟、ユダヤ人を、できるかぎり買い取った。それなのに、あなたがたはまた、自分の兄弟たちを売ろうとしている。私たちが彼らを買わなければならないのだ。…あなたがたのしていることは良くない。あなたがたは、私たちの敵である異邦人のそしりを受けないために、私たちの神を恐れながら歩むべきではないか。」ネヘミヤは自分が貧しい人たちに貸したものを帳消しにしました。人々も、貸していた金や穀物、ぶどう酒、油を帳消しにし、利子を返してあげました。

 第三は敵の誘惑を克服しました。工事がいよいよ完成に向かいました。そのとき、サヌバラテとゲシェムが彼のところに使者を送ってきました。「さあ、村の一角で、一緒に会見しよう」と言いました。さらに、彼らは預言者を買収して、「神の宮の本堂で会いましょう」と誘ってきました。ネヘミヤは何と言ったでしょう?ネヘミヤ6:3「私は大工事をしているから、下って行けない。私が工事をそのままにして、あなたがたのところへ下って行ったため、工事が止まるようなことがあってよいものだろうか。」サタンはいろんな手を使いリーダーを潰しにかかろうとします。「親亀こけたら、みなこけた!」となるからです。しかし、ネヘミヤは自分自身を守りました。自分は何のために召されているのか、自分の使命を忘れませんでした。キリスト教会において、「ある牧師が倒れた」というニュースを聞きます。病気で倒れたのではなく、性的な誘惑に負けたということです。そのため、教会員が躓いて、信仰すら捨ててしまう場合があります。しかし、信仰とは戦争であり、私たちは日々、戦いの中にあるのを忘れてはいけません。戦争ですから、犠牲者が出るのは当然です。信徒もそうですが、牧師とて例外ではありません。信仰生活は悪魔との戦争です。ですから、どんなことがあっても躓かないようにしましょう。

 イエス様は何とおっしゃったでしょうか?ヨハネ16:33「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」聖書で「世」と言うのは、悪魔が支配している世界を指します。救われていなかった時は、サタンの持ち物でしたから、波風は立ちませんでした。ところが、一旦、救われて神様のところに行くとどうなるでしょう?私たちはサタンの敵になります。サタンとの戦いを避けることはできません。勝利できる唯一の方法は、司令官なるキリストに従うことであります。私たちの人生や教会において、問題を避けて通ることはできません。私たちは問題を克服するとき、さらに一歩目標に近づくことができるのです。いかなる時も主を見上げ、屈することなく勝利していきたいと思います。


4.遂行の人

 ネヘミヤは遂行の人でした。城壁は52日間で完成しました。その結果どうなったでしょう?ネヘミヤ6:16「私たちの敵がみな、これを聞いたとき、私たちの回りの諸国民はみな恐れ、大いに面目を失った。この工事が、私たちの神によってなされたことを知ったからである。」ハレルヤ!アーメンです。ネヘミヤは城壁の完成に導いたすばらしい指導者です。しかし、ネヘミヤ記はこれで終わっていません。なんと、ネヘミヤ記はさらに13章まで続きます。ネヘミヤは城壁の再建のために、王様からお暇をいただきました。本職は、王様の献酌官でした。城壁が完成したので、彼はもう用はないはずです。ネヘミヤは一度帰りました。しかし、再び戻って来て、12年間かけてあることを完成させました。何を完成したのでしょうか?それは目に見えない、まことの城壁です。7章には、人口調査を行ったことが記されています。なぜなら、エルサレムの内よりも、外に住む人たちが多かったからです。ですから、クジ引きをして、10人に一人のわりでエルサレムに住むように調整しました。また、8章と9章には、律法の朗読と礼拝について記されています。律法の書を持ってくるように、学者エズラにお願いしました。10章では、彼らは律法を守り、神様に従いますという約束をしました。11章には町々の居住地のリストが記されています。12章には城壁の奉献式が盛大に行われたことが記されています。こういう一連の出来事はどういう意味なのでしょうか?ネヘミヤは物質的な城壁を再建しただけではなく、民たちの霊的な城壁を再建しました。

では、城壁は現代ではどのような意味があるのでしょうか?教会に城壁は必要でしょうか?当亀有教会では2012年に、『亀有教会の理念』というものを作成しました。これはある意味では、城壁と言えるかもしれません。『亀有教会の理念』は3つのことが記されています。第一は「亀有教会が持つ価値観」です。教会は聖書的な教えに立ち、異端から守る必要があります。第二は「亀有教会員の役割」です。教会は建物やからだにたとえられています。一人ひとりが賜物と召命にあったように組み合わされる必要があります。第三は「亀有教会細則」です。私たちは世の罪が入って教会が堕落しないように気をつけなければなりません。教会は愛を強調します。しかし、神様の戒めをないがしろにしてはいけません。下町の教会なので、どうしても人情が先立つようなところがあります。でも、城壁も必要であります。イエス様は「恵みとまこと」に満ちておられました。恵みだけだと甘えていまいますが、同時に、まことも必要です。

 きょうはネヘミヤについて学びました。ネヘミヤは単身赴任でエルサレムにやって来て、城壁を建て直しました。幾多の困難を克服して、神様の事業を遂行しました。私たちにも成し遂げなければならない山、登らなければならない山があります。ジョエル・オースティン牧師が休暇でコロラドを旅行したことがありました。先生は朝早く起きて山登りに出かけました。ふもとの標識に「頂上まで徒歩3時間」と書いてありました。ふもとが2400メートル、頂上は3300メートルという情報も先生を戦慄させました。だんだん空気が薄くなり、果たして頂上まで行けるか自信がなくなりました。登り始めて45分くらいたって急に道が険しくなりました。心臓の鼓動も激しくなり、汗が滝のように流れてきました。「もし、あと2時間以上必要だと言われたら、きっと頂上には行き着けないだろうな」と思いました。その時、向こうから初老の紳士が下ってきました。なんと、Tシャツに半ズボンという軽装でした。この老紳士は、先生がどういう状態にあるかをひと目で見抜いておられたようです。道ですれ違う時、先生に一言声をかけられたのです。「ゴールは、君が思うほど遠くはないよ。実際、君は、君が想像するよりも目標のすぐそばにいるんだ」。老紳士のこの一言で、先生は活力を取り戻しました。それはまるで、彼の発した言葉が私の足に宿って新しい命を吹き込んだかのようでした!エネルギーが体中を駆け巡る感覚でした。先生は、「私は必ずできる。私が思っているより、ゴールにずっと近いところにいるのだから!」と自分に繰り返し言い聞かせて、頂上に達することができたそうです。

 私たちはそれぞれ「こうなってほしい」という目指すゴールを持っているはすです。でも、そのゴールを目指していく中で、「これは思ったより時間がかかりそうだ、思ったより手強いぞ」と思えるようなことが多いかもしれません。人生において、物事が思ったように進まないということはよくあることです。そして、あきらめてしまうのもまた簡単です。でも、神様の目から見ればあなたは目標に非常に近いところにいるのです。神様は「ゴールは、君が思うほど遠くはないよ。実際、君は、君が想像するよりも目標のすぐそばにいるんだ」と言ってくださるでしょう。ネヘミヤもそのように神様から励まされて、城壁の工事を完成することができたと思います。


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2014年9月21日 (日)

学者エズラ       エズラ9:11-15 

 エズラ書1章から6章までは、エズラがエルサレムに帰還する前の出来事が記されています。ペルシヤのクロス王がバビロンを破って、70年間捕えられていたユダの民を解放しました。さらにクロス王は、「必要な資金を与えるからエルサレムに帰って、主の宮を建てるように」命じました。そのとき約4万2千人のユダとベニヤミンが帰還し、主の宮を建てました。ところが、周囲の妨害にあって16年くらい工事が中断させられました。その後、ハガイとゼカリヤが励ましたので、工事が再開されました。主の宮はダリヨス王の治世の第六年、紀元前516年に完成しました。きょうのメッセージは、神殿が建ってから58年経った後のことです。


1.エズラの帰還

 エズラはどういう人だったでしょうか?彼は祭司であり、アロンの子孫でした。彼はペルシヤのアルタチャスタ王の治世の7年にエルサレムに帰還しました。それまで彼は何をしていたのでしょう?エズラ7:6「エズラはバビロンから上って来た者であるが、イスラエルの神、【主】が賜ったモーセの律法に通じている学者であった。彼の神、【主】の御手が彼の上にあったので、王は彼の願いをみなかなえた。」バビロンに捕らわれていた人たちの中に、モーセの律法や預言書を研究している学者たちがいました。エゼキエルやダニエルも間接的に彼らの教師でした。やがて、バビロンが倒れ、ペルシヤが支配しました。そのとき、エステルがユダヤ人のため立ち上がりました。捕囚の生活は外から見たらみじめだったでしょう。しかし、イスラエルの神こそが、世界を治めるまことの神であることが国中に知れ渡りました。クロスやダリヨスと同じように、アルタチャスタも神様に動かされ、エルサレムへの帰還を許しました。その時は、男子だけでも2,058人あり、エズラはその中に加えられていました。エズラは何をするために召されたのでしょう?58年前に、エルサレムに神殿が建てられました。しかし、建物はあっても、人々の信仰は不完全でした。あとで分かりますが、ユダヤ人は律法を忘れ、土着の人たちと結婚していました。だから、神様は律法によって信仰生活を建て直すためにエズラを選んだのです。彼は学者であり、モーセの律法に通じている人でした。エズラ7:10「エズラは、【主】の律法を調べ、これを実行し、イスラエルでおきてと定めを教えようとして、心を定めていたからである。」アーメン。エズラはエルサレムに帰還したユダヤ人に律法を教え、それを実行させようと決意していました。

 アルタチャスタはエルサレムの神の宮が整えられるために、いくつかの命令を下しました。王様はエズラが天の神の律法の学者であることを認め、エルサレムに帰ってから、律法を教えることを許しました。さらに、帰還する人たちに神の宮のために必要なものを買うための銀と金を与えました。エズラ7:17-20「それゆえ、あなたはその献金で、牛、雄羊、子羊、また、そのための穀物のささげ物と注ぎのぶどう酒を心して買い求め、エルサレムにあるあなたがたの神の宮の祭壇の上で、それをささげなければならない。また、残りの銀と金の使い方については、あなたとあなたの兄弟たちがよいと思うことは何でも、あなたがたの神の御心に従って行うがよい。また、あなたの神の宮での礼拝のために、あなたに与えられた器具は、エルサレムの神の前に供えよ。その他、あなたの神の宮のために必要なもので、どうしても調達しなければならないものは、王の宝物倉からそれを調達してよい。」アルタチャスタはエズラを信頼しきっています。そして、エズラが求めることは何でも、心して行えと命じました。エズラ7:21「私、アルタシャスタ王は、川向こうの宝庫係全員に命令を下す。天の神の律法の学者である祭司エズラが、あなたがたに求めることは何でも、心してそれを行え。すなわち、銀は百タラントまで、小麦は百コルまで、ぶどう酒は百バテまで、油も百バテまで、塩は制限なし。天の神の宮のために、天の神によって命じられていることは何でも、熱心に行え。御怒りが王とその子たちの国に下るといけないから。」アーメン。エズラの一行はどれくらいの金銀を携えて行ったのでしょうか?ある資料によりますと、金が100タラント、3.6トンです。銀が600タラント、22トンです。現代のお金に換算すると、330億円位になります。

 みなさんこのことを、私たちの信仰生活に例えるならばどのようになるでしょうか?神様は一人一人に対し、果たしてもらいたい計画、divine destiny があります。天命と訳してもかまいせんが、神の栄光を現わすための目的です。アルタチャスタは「神の宮のために、銀や金を与えるので、必要なものを買い求めなさい」と言いました。それだけではありません。「その他、どうしても調達しなければならないものは、王の宝物倉からそれを調達して良い」とまで言いました。そして、川向うの宝倉係全員に、「エズラがあなたがたに求めることは、何でも心してそれを行え」と命じました。私たちにとって「宝倉係」は天の使いではないでしょうか。彼らが神様から「彼、彼女が求めるものは、ちゃんと与えなさい」と命じられているとしたらどうでしょうか?私たちは、何かするとき、必要な資金、協力者、能力、計画書がなければできないと言います。会社では「買いたいものがあれば、稟議書を切りなさい」と言われるでしょう。この世の人たちは、資金的な目途が立たないうちは動き出しません。しかし、神様の事業は違います。アルタチャスタはエズラという指導者を信頼していました。予算よりもオーバーするかもしれません。しかし、王様は「エズラが求めるなら、なんでも王の宝物倉から調達してあげなさい」と命じました。神様はあなたに特別な計画を持っていらっしゃいます。特に、それが神様の事業であるならば、なおさら与えるでしょう。元旦の礼拝では、天には倉があることをお話ししました。私たちのふところになくても、天の倉には必要なものが蓄えられています。ですから重要なのは、目の前の物やお金ではありません。神様が自分を通して何をなさりたいのか計画を知ることであります。神様の計画、divine destinyに焦点を合わせることが重要です。ハガイ2:7-8「わたしは、すべての国々を揺り動かす。すべての国々の宝物がもたらされ、わたしはこの宮を栄光で満たす。万軍の【主】は仰せられる。銀はわたしのもの。金もわたしのもの。」この世にはお金はあるけれど使い道の知らない人たちが沢山います。神様はそういう人たちの懐を揺り動かして、神様の事業がなされるために、与えてくださるのです。なぜなら、銀も金も元来は神様のものだからです。


2.エズラの偉業

 私たちは旧約聖書を1つの書物として捉えています。しかし、当時は1つ1つが巻物でした。今のような印刷ではなく、祭司たちが一字一句、羊皮紙などに書き写していました。旧約聖書は大きく分けると、律法が記されているモーセ五書、預言書、そして歴史書があります。また、詩篇やヨブ記などのような文学書もあります。では、それがどのように編集され、今のような権威ある書物(正典)になったのでしょうか?旧約聖書の編集のためには、学者エズラが大きな働きをしたのではないかと思います。バビロンに捕らわれていた人たちは、「国を失い、大切な神殿も壊されたのは何が原因だったのだろうか?」考えたと思います。それは、自分たちの先祖の罪だけではなく、自分たちが犯した罪のゆえであることを初めて悟りました。「何が神様のみ旨にそぐわなかったのだろうか?」と律法や預言書を読んだと思います。そのとき、モーセの五書の収集と律法の研究が始まったと思われます。また、預言者たちが語ったことを知るために、イザヤやエレミヤ、エゼキエルその他の預言者たちの書いた巻物をも熱心に読むようになりました。そして、預言書の文書の収集も始まりました。特に北イスラエルと南ユダが崩壊する前に、多くの預言者が活躍しました。大きな書物も、小さな書物もあったと思われます。それから、詩篇は膨大な量があったので大変だったと思います。詩篇の中には、捕囚の地で書かれたものもありました。たとえば、詩篇137:1-4「バビロンの川のほとり、そこで、私たちはすわり、シオンを思い出して泣いた。その柳の木々に私たちは立琴を掛けた。それは、私たちを捕らえ移した者たちが、そこで、私たちに歌を求め、私たちを苦しめる者たちが、興を求めて、『シオンの歌を一つ歌え』と言ったからだ。私たちがどうして、異国の地にあって【主】の歌を歌えようか。」

 モーセの五書やヨシュア記と列王記などの歴史書は完成していたと思われます。では、エズラが手掛けたものはどの書物だったのでしょうか?預言書の他に、Ⅰ歴代誌、Ⅱ歴代誌エズラ記、ネヘミヤ記ではないかと伝えられています。イスラエルの歴史はバビロン捕囚によって切断されてしまいました。北イスラエルの10部族は遠く外国に連れ去られました。南ユダのユダとベニヤミンの数万人が戻って来ることができました。そのため、エズラは神殿を中心に歴史を新たにとらえなおす必要があったと思われます。ⅠⅡ歴代誌にイスラエルの記事はなく、ユダだけであります。エズラは紀元前440年くらいの人ですが、紀元前400年頃、旧約聖書が正典になったと言われています。ということは、エズラが聖書の編集のためにリーダーとなって用いられたのではないかと思います。エズラは律法の学者でした。しかし、中間時代を経てイエス様の時代、パリサイ人や律法学者たちが跋扈していました。かつてのイスラエルは偶像礼拝に走り、捕囚という懲らしめを受けました。しかし、ユダヤ人は偶像礼拝はしませんでしたが、律法主義に走りました。彼らは神の民である誇りを取り戻すのですが、行き過ぎて、形だけを追い求めるようになりました。エズラたちによって、聖書がまとめられたことは素晴らしいことです。しかし、原著者の聖霊を無視すると、命をもたらす書物のはずが、死をもたらしてしまうということです。

 エズラの偉業として5つまとめてみました。これは、インターネットのあるウェブを参考にしたものです。

1.エズラはモーセの律法に精通し、学者として指導的な立場に立って教えた。

2.祭司の立場から祭儀的改革を施し、人々の心を主に向けようとした。具体的にはダビデが目指した賛美礼拝のヴィジョン(ソロモンの神殿礼拝)に焦点を当てた。エズラの改革によって大祭司が頂点に立ち礼拝が規則正しく執行されるようになった。

3.律法の意味を研究し、それを人々に教えるために、シナゴーグ礼拝が組織された。それにともない律法を教える学者たちが台頭する。

4.彼は人々に異教徒との混交をきびしく禁じただけでなく解消させた。以前にゼルバベルに率いられて帰っていったユダヤ人男性の多くが契約外の結婚をし、自らを汚していたからである。この中には指導的立場の者も含まれていた。エズラは彼らの不信のために悲しみをもって祈り、彼らに異国の妻子との絶縁することを誓わせた。9章1節~10章17節参照。

5.律法の朗読を公の礼拝の中に取り入れた。また、旧約聖書の正典を結集させて個人的にも聖書を読めるようにした。

エズラはこのように律法を中心として民の意識改革を断行していった。ここから神の民イスラエルはユダヤ人と呼ばれ、ユダヤ教が始まったとされている。

 旧約聖書ではエズラが学者の賜物がありました。そして、新約聖書ではルカであります。ルカはルカによる福音書と使徒の働きを書きました。学者の特徴は綿密に調べることです。他の人たちが「そんなこと?」と思っても、小さな事柄でもよく研究します。そして、それらを体系的にまとめあげることができます。神学校では学者の賜物の先生がたくさんいらっしゃいます。では、彼らが同時にすばらしい説教家であると言えば、必ずしもそうではありません。ボソボソと語ったり、面白くもないことをダラダラと語るので「このばの人」ではない場合が多いです。でも、聖霊に満たされ、霊的に燃やされているならば、学者の賜物が豊かに用いられると思います。多くの場合は、学べば学ぶほど冷たくなります。しかし、自分の知識が神様にはとうてい及ばないことを知って、へりくだる必要があります。そして、真理の御霊を仰ぎ、霊的な知恵と知識を常に仰ぐなら、エズラやルカのように用いられると信じます。


3.エズラの改革

 エズラがエルサレムに帰るとどうでしょうか?彼らは周りに住んでいた異邦の民と結婚していました。祭司やレビ人までも、いみきらうべき国々の民と縁を立つことなく、婚姻関係を結んでいました。その事実を知ったエズラは着物と上着を裂き、髪の毛とひげを引き抜き、色を失ったまますわってしまいました。エズラは夕方まで、茫然としていました。やがて気を取り直して、主に向かってこのように祈りました。エズラ9:6「私の神よ。私は恥を受け、私の神であるあなたに向かって顔を上げるのも恥ずかしく思います。私たちの咎は私たちの頭より高く増し加わり、私たちの罪過は大きく天にまで達したからです。私たちの先祖の時代から今日まで、私たちは大きな罪過の中にありました。私たちのその咎のため、私たちや、私たちの王、祭司たちは、よその国々の王たちの手に渡され、剣にかけられ、とりこにされ、かすめ奪われ、恥を見せられて、今日あるとおりです。」エズラは「彼らの罪」ではなく、「私たちの罪」として祈っています。この罪は、ヨシュアがカナンの地に入国する前から、モーセによってきつく言われていたことでした。申命記7:3-4「彼らと互いに縁を結んではならない。あなたの娘を彼の息子に与えてはならない。彼の娘をあなたの息子にめとってはならない。彼はあなたの息子を私から引き離すであろう。彼らがほかの神々に仕えるなら、【主】の怒りがあなたがたに向かって燃え上がり、主はあなたをたちどころに根絶やしにしてしまわれる。」なぜ、異邦の民と婚姻関係を結ぶとダメなのでしょうか?それは、彼らの神々を拝むようになるからです。ソロモン王も同じ失敗をしました。北イスラエルも南ユダも、偶像礼拝の罪で滅びました。70年バビロンに行って、清められたかのように思われました。帰ってきた民も同じ罪を犯しているので、エズラは驚いたのです。

 エズラは主の律法と預言書に精通していました。イスラエルが滅びた原因をもう一度、民たちに言い聞かせました。そして、人々に悔い改めを迫りました。エズラ9:14「私たちは再び、あなたの命令を破って、忌みきらうべき行いをするこれらの民と互いに縁を結んでよいのでしょうか。あなたは私たちを怒り、ついには私たちを絶ち滅ぼし、生き残った者も、のがれた者もいないようにされるのではないでしょうか。」エズラが涙を流しながら告白していると、イスラエルの大集団が彼のところに集まって、激しく涙を流して悔い改めました。そして、「律法に従って、外国の妻とその子たちを追い出しましょう」と言いました。その時は大雨の季節でしたので、外に立っているだけでも大変でした。2日や3日ではできないので、3か月弱の猶予を与えました。年が明けた、1月1日、外国の女性をめとった男たちのリストが完成しました。そのことが、エズラ10章に記されています。エズラ10:19「彼らはその妻を出すという誓いをして、彼らの罪過のために、雄羊一頭を罪過のためのいけにえとしてささげた。」とあります。ヒューマニズム的に考えるなら、「そんなヒドイことをして良いのだろうか?」という疑問が残るでしょう。しかし、彼らは神の契約の民として生きる道はこれしかないと考えていました。私たちは、イスラエルとは神の契約と律法に生きる民であることをこのところから学ぶことができます。

 これを新約聖書的に考えるならどうなるのでしょうか?使徒パウロはⅠコリント7章とⅡコリント6章でそのことに触れています。使徒パウロは「命じるのは、私ではなく主です」とか「これを言うのは主ではなく、私です」と何回か繰り返しています。ですから、絶対的な命令というよりは、勧めであります。最も多く引用されるみことばはこれです。Ⅱコリント6:14-15「不信者と、つり合わぬくびきをいっしょにつけてはいけません。正義と不法とに、どんなつながりがあるでしょう。光と暗やみとに、どんな交わりがあるでしょう。キリストとベリアルとに、何の調和があるでしょう。信者と不信者とに、何のかかわりがあるでしょう。」保守的なキリスト教会では未信者との結婚を厳しく禁じています。そういう結婚式を教会では挙げることはできません。滝本明先生はこのようなたとえ話をしたことがあります。「クリスチャンはベッドの上にいる人で、未信者はベッドの下にいる人です。クリスチャンの女性は結婚してから、ご主人を導こうと思っていました。この二人が結婚してどうなったでしょう?ベッドの上から下にいる人を引っ張り上げるのと、ベッドの下から上にいる人を引き下ろす方はどっちが簡単でしょうか?引っ張り上げるのが大変で、引き下ろす方が楽でしょう。つまり、結婚後、未信者の方にひっぱられてしまうのです。」私が育った座間(大和)キリスト教会では、若い人たちがたくさん集っていました。ですから、教会で一年間に5組くらい結婚式がありました。大川牧師は「好きになる前に私のところに相談に来なさい。少なくとも、結婚する前に洗礼を受けるように祈り求めなさい」と言っておりました。中にはそれがかなわないで、一般の式場で未信者と結婚式をあげる兄弟姉妹もいました。数年たつと礼拝に来なくなるケースが多かったように思います。長老さんの孫娘が未信者の男性と結婚するとき、私たちは緊張しました。二人が牧師室で結婚の準備会をしていました。1時間くらいたって、出てきました。そのとき、男性がイエス様を信じて、洗礼を受けますと決断されました。なんとすらばらしい結婚準備会かと思いました。パウロが言うのを絶対的な律法としてとらえるのではなく、祝福の原則としてとらえるのが良いと思います。

 女性がクリスチャンでだんな様が未信者の人がいます。また、男性がクリスチャンで奥様が未信者の人がいます。どちらの方が救われやすいでしょうか?データーを取ったわけではありませんが、前者の方が救われる可能性が多くあります。クリスチャンの奥さんは、夫のために良く祈るし、しつこく教会に誘うからです。逆の場合、クリスチャンの夫はあまり祈りません。奥さんはご主人が会社にでも出勤しているように教会に通っていると思うからです。「教会の力はクリスチャンホームが何組いるかで決まる」とある先生がおっしゃっていました。私たちは夫婦がクリスチャンであることがあたり前であると思いたいです。また、自分一人だけではなく、家族全員が神様につながるのがあたり前であると思いたいです。ヨシュア24:15「もしも主に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶがよい。私と私の家とは、主に仕える。」アーメン。「私と私の家は主に仕えます」と信じ、告白して、歩みたいと思います。


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2014年9月14日 (日)

エステルの信仰     エステル4:12-16

 エステルは「星」という意味ですが、ユダヤ人名は「ハサダ」です。その当時、エルサレムでは帰還した人たちによって神殿が再建されていました。しかし、自国に帰らないで、ペルシャとその諸州に留まっているユダヤ人たちが大勢いました。アハシュエロス、別名、クセルクセス1世はダリヨス1世の後のペルシャの王です。エステルはユダヤ人が撲滅される危機から救った女性として有名です。


1.エステルへの好意

 ペルシャのアハシュエロスは毎日のように宴会を開いていました。ある時、王は王妃ワシュティに、王冠をかぶって、酒の席に出てくるように命じました。彼女は容姿が美しかったので、みんなに自慢したかったのでしょう。しかし、彼女はプライドが高かったので「そんな席には出ません」と断りました。「王様の命令を断るとは何事でしょう?」王に仕えるたちは恐れて、進言しました。「王様、こういうことを許すなら、国中の女たちが、自分の夫を軽く見るようになりますよ。彼女を王妃の位から降ろし、別の婦人に授けてください。」それで、なんとか、王の憤りは収まりました。王に仕える者たちは、「王のために容姿の美しい未婚の娘たちを探しましょう。そして、王のお心にかなうおとめを王妃にしてください」と進言しました。王は「良きにはからえ」と満足して答えました。今でいうミス・ユニバースがペルシャのシュシャンで開かれました。王国すべての州から容姿の美しいおとめたちが集められました。ミス・ユニバースでも、そうですが、大会に出る前に訓練期間があるようです。このときも同じで、彼女らに化粧に必要な品々を与え、一人一人を準備させました。ところで、シュシャンの城にモルデカイという一人のユダヤ人がいました。この人の祖父はバビロンのネブカデネザルによってエルサレムから捕らえ移された民の一人でした。モルデカイには、おじの娘エステルがいました。エステル2:7「モルデカイはおじの娘ハダサ、すなわち、エステルを養育していた。彼女には父も母もいなかったからである。このおとめは、姿も顔だちも美しかった。彼女の父と母が死んだとき、モルデカイは彼女を引き取って自分の娘としたのである。」

アハシュエロスが出した命令によって、エステルもシュシャンの城に連れて行かれました。そこには、ヘガイという監督官がおりました。エステル2:9「このおとめは、ヘガイの心にかない、彼の好意を得た。そこで、彼は急いで化粧に必要な品々とごちそうを彼女に与え、また王宮から選ばれた七人の侍女を彼女にあてがった。そして、ヘガイは彼女とその侍女たちを、婦人部屋の最も良い所に移した。」このところに、エステルは「彼の好意を得た」と書いてあります。好意は英語の聖書ではfavorであります。favorは日本語では、好意とか、愛顧、恵みという意味です。聖書の中には、神様がご自分の選ばれた人に対して、ある人がfavorを与えるように仕向けている箇所が多数あります。たとえば、ヨセフが主人の妻のことで嫌疑がかけられ、牢獄に入れられたことがあります。創世記39:21「しかし、主はヨセフとともにおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた。」とあります。英語の聖書は、「主は監獄の長にヨセフに対するfavorを与えた」となっています。ルツ記においては、ボアズがモアブの娘に対して、favor好意を持ったことが記されています。また、サウル王がダビデを召し抱えようとエッサイに人を送りました(Ⅰサムエル16:22)。そのとき、使いの者に「私の気に入ったから」と言わせました。「気に入った」はfavorです。ダニエルはどうだったでしょうか?ダニエル1:9「神は宦官の長に、ダニエルを愛しいつくしむ心を与えられた」とあります。「いくつしむ心は」favorです。

ある人は「神様は公平なお方だから、みんなを平等に愛しておられる」と言うでしょう。しかし、聖書の神様はだれに対しても平等というわけではありません。パウロはそのことをローマ9章で語っています。ローマ9:12-16「『わたしはヤコブを愛し、エサウを憎んだ』と書いてあるとおりです。それでは、どういうことになりますか。神に不正があるのですか。絶対にそんなことはありません。神はモーセに、『わたしは自分のあわれむ者をあわれみ、自分のいつくしむ者をいつくしむ』と言われました。したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。」私たちの神様は、父なる神様です。あなたがイエス様を信じているなら、神の息子、神の娘です。父なる神様は私たち一人ひとりにご計画をもっていらっしゃいます。そのご計画を果たすために、favor(好意、愛顧、恵み)を与えると考えるのは当然ではないでしょうか?だれでも、父や母なら、自分の子どもには、良いものを与えたいと願うでしょう。このfavorは、人生の大きな事柄だけではなく、仕事や日常のことにもあります。スーパーやデパートの買い物にも起こります。こっちの列に並んでいると、隣のレジが新たに開かれ「どうぞ」と言われたりします。混んでいる高速道路に乗ろうとするとき、パッと入れたりします。しかし、神様のfavorを当たり前のように考えてはいけません。これは、「私はあなたと共にいますよ」という、神様の励ましであると考えるべきです。ある時、ジョエル・オスティーンが空港で並んでいるとき、一人の係員がつかつかと近づいてきました。「こちらへどうぞ」とファーストクラスに乗せてくれました。ファーストクラスが空いていたので、パソコンでランダムに選ばれたそうです。その次、空港で長い列に並んでいました。また、「良いことが起こらないかな?」と期待して、そわそわしていました。そのとき、一人の係員がつかつかと近づいてきました。「列からはみ出さないでください」と注意されたそうです。神様のfavorはいつでもあるわけではありません。

 エステルは監督官の好意を得ました。アハシュエロスからもfavorを得ました。エステル2:17「王はほかのどの女たちよりもエステルを愛した。このため、彼女はどの娘たちよりも王の好意と恵みを受けた。こうして、王はついに王冠を彼女の頭に置き、ワシュティの代わりに彼女を王妃とした。」アーメン。しかし、神様にはエステルに対して、深い計画がありました。そのために、監督官や王の心に、エステルに対するfavor好意を与えたのです。


2.エステルの信仰

 エステル記3章から、ハマンという悪魔的な人物が登場します。ハマンはアハシュエロス王から重んじられ、すべての首長たちの上に置かれました。王様の家来たちは、だれでもハマンに対してひざをかがめて、ひれ伏しました。ところが、モルデカイだけはひざをかがめず、ひれ伏そうともしませんでした。そんな反抗的な態度を見て、ハマンは憤りに満たされました。彼はモルデカイひとりに手を下すことだけで満足しませんでした。モルデカイの民族、つまり、王国中のすべてのユダヤ人を根絶やしにしようと考えました。エステル3:8-9「ハマンはアハシュエロス王に言った。『あなたの王国のすべての州にいる諸民族の間に、散らされて離れ離れになっている一つの民族がいます。彼らの法令は、どの民族のものとも違っていて、彼らは王の法令を守っていません。それで、彼らをそのままにさせておくことは、王のためになりません。もしも王さま、よろしければ、彼らを滅ぼすようにと書いてください。私はその仕事をする者たちに銀一万タラントを量って渡します。そうして、それを王の金庫に納めさせましょう。』」ハマンは王様から、指輪を預かり、ユダヤ人撲滅の書簡を諸州に向けて送りました。そこには、「アダルの月の13日に、若い者も年寄りも、子供も女も、すべてのユダヤ人を根絶やしにし、殺害し、滅ぼし、彼らの家財を奪え」と書いてありました。ちょうど、11ケ月後に実行されることになります。この法令はシュシャンの城でも発布され、町は混乱に陥りました。モルデカイは着物を引き裂き、荒布をまとい、灰をかぶり、大声でわめき叫びました。これは、親しい人が亡くなった時の深い悲しみの表現です。王の命令とその法令が届いたどの州においても、モルデカイのように嘆き悲しみ、荒布を着て灰の上にすわりました。

 エステルは、「何が起きているのか」人を遣わしてモルデカイに聞きました。モルデカイはシュシャンで発布された法令の文書の写しを使いに渡し、自分の民族のために王にあわれみを求めるように頼みました。しかし、王の家臣であっても、召されていないのに内庭に入って王のところに行く者は死刑に処せられるという法令がありました。王妃エステルでさえも、呼ばれていないのに勝手に行くことはできません。エステルが人を遣わしてそのことを伝えると、モルデカイからこのような返事が送られてきました。エステル4:13「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」そうです。モルデカイは「エステルがこの王国に来たのは、神様の計画だった」と諭しました。第一のポイントでは、エステルは監督官の好意を得ただけではなく、王様からもfavorを得て王妃になったと申し上げました。しかし、神様はエステルに対して、深い計画がありました。旧約聖書には同じようなことがいくつか記されています。たとえば、ヨセフは兄弟たちのねたみを買って、エジプトに奴隷として売られました。ところが、13年後、彼はエジプトの総理大臣になりました。世界中に飢饉が襲い、父の家族が穀物を買いに来ました。ヨセフは「家族を救うために、神様が前もって私を遣わしたんだ」と悟りました。また、モーセは赤ん坊の時、ナイル川に捨てられました。ちょうど水浴に来ていた、王女がその子を拾い上げました。モーセは王子として、40歳になるまで、エジプトの教育を受けました。それは、やがてモーセがイスラエルの民を救うためでした。そのため、神様はあらかじめモーセをエジプトに送っていたのです。

 エステルもペルシャの王妃になったのは、ユダヤ人を救うための神様の計画であったということです。しかし、自動的に神様の計画はなりません。本人がその計画に身を投じなければなりません。エステルはモルデカイにどのような返事を送ったのでしょうか?エステル4:16「行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」「死ななければならないのでしたら、死にます」は、エステルの有名なことばです。でも、エステルが自分の生活を第一に考えるなら、そのまま黙って、王妃として過ごすこともできます。でも、彼女は「自分の命をかけて、王様にお目にかかろう」と信仰に立ちました。三日目に、つまり、断食して祈った後、王妃の衣装を着て王室に向かいました。そのとき、王は玉座に座っていました。エステルを見たとき、彼女は王の好意を受けたので、手に持っていた金の笏をエステルにさし延ばしました。きっと、エステルの顔がやつれていたのかもしれません。王のfavor(好意、愛顧、恵み)が湧きあがってきました。「どうしたのだ。王妃エステル。何がほしいのか。王国の半分でも、あなたにやれるのだが。」これは、よくある王様のことばです。絶対、王国の半分なんか上げません。でも、「何でも聞くよ」という好意の表れです。エステルは全部を告げませんでした。ただ、私が設ける宴会にハマンと一緒にお越しくださいとだけお願いしただけです。エステルは神様の計画の全貌は知らされていませんでした。この先、どうなるか分かりません。でも、信仰によって一歩踏み出しました。

 私たちは神様に「計画を全部見せてくれたら、従いますよ」と言うかもしれません。もし、違っていたら、命を落とすかもしれないからです。エステルは「死ななければならないのでしたら、死にます」と、信仰によって一歩踏み出しました。すると、神様は王様に好意を与えてくださり、金の笏がエステルにさし延ばされました。エステルはハマンの悪巧みをストレートに告げて、法令を撤回してもらいたかったかもしれません。しかし、そうはしませんでした。なぜなら、エステルは「神様に一歩、一歩、導いていただくべきである」と考えていたからです。私たちは限界がありますので、神様の計画の全貌を見ることはできません。また、神様も全部を見せてくれません。私はこの点でよく失敗します。神様のタイミングを待つことができず、一機に進もうとします。私たちは神様のタイミングを見ながら、信仰によって一歩ずつ進むしかありません。箴言3:5-6「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」

3.エステルの勝利

 神様が不思議なことをしてくださいました。エステル6:1「その夜、王は眠れなかったので、記録の書、年代記を持って来るように命じ、王の前でそれを読ませた。その中に、入口を守っていた王のふたりの宦官ビグタナとテレシュが、アハシュエロス王を殺そうとしていることをモルデカイが報告した、と書かれてあるのが見つかった。そこで王は尋ねた。『このために、栄誉とか昇進とか、何かモルデカイにしたか。』王に仕える若い者たちは答えた。『彼には何もしていません。』」王様はある晩、眠れませんでした。眠れない時に、難しい本を読めば良いことがあります。ある人は聖書を読むとすぐ眠くなるので良いという人がいますが、それは良くないです。王は、記録の書、年代記を持って来るように命じ、王の前でそれを読ませた。このことはエステル2章にありますが、二人の宦官が王様を殺そうとしていた時、モルデカイによって未然に防がれたことがありました。王様は「モルデカイに栄誉とか昇進とか与えたのか?」と聞きました。従者たちは「いいえ、彼には何もしていません」と答えました。ちょうど近くに、ハマンが来ていました。王はハマンに「王が栄誉を与えたいと思う者にはどうしたらよかろうか」と聞きました。ハマンは「それは自分のことだろう?」と勘違いして、このように進言しました。エステル6:8「王が着ておられた王服を持って来させ、また、王の乗られた馬を、その頭に王冠をつけて引いて来させてください。その王服と馬を、貴族である王の首長のひとりの手に渡し、王が栄誉を与えたいと思われる人に王服を着させ、その人を馬に乗せて、町の広場に導かせ、その前で『王が栄誉を与えたいと思われる人はこのとおりである』と、ふれさせてください。」すると、王様は「門のところにいるモルデカイにそうしなさい。あなたが言ったことを1つもたがえてはならない」と命じました。ハマンは「自分のことじゃなかったのか」とがっかりしました。

王様が眠れなかったのは果たして偶然でしょうか?偶然ではなく、神様がそうさせたのです。そして、モルデカイがしたことがそのとき取り上げられました。ハマンはモルデカイを柱にかける許可を得るために来ていたのに、モルデカイに栄誉を与える助言をしてしまいました。これは神様のやり方です。エシプトのパロもある夜、夢を見ました。それはヨセフが献酌官長に「私のことを王様に告げてくれ」と頼んだ2年後でした。パロの夢をだれも解き明かすことのできる者はいませんでした。そのとき、献酌官長がヨセフのことを思い出しました。神様がちゃんとタイム・スケジュールを立てておられるのです。エステル7章から9章には、逆転勝利が記されています。王妃エステルが王様とハマンを招いて宴会を催しました。初日は何も言いませんでした。二日目になりました。王はエステルに「何を願っているのか。王国の半分でも、それをかなえてやろうと」言いました。その時、はじめてエステルは自分の民族が根絶やしにされ、殺害され、滅ぼされる計画があることを告げました。王様は「そんなことをたくらんでいる者は、いったいだれか。どこにいるのか」と尋ねました。エステルは「その迫害する者、その敵は、この悪いハマンです」と答えました。王が憤って酒宴の席を立ちました。王がいないのを見計らって、ハマンはエステルに命乞いしました。王が広間に戻ってきたとき、ハマンがエステルに乱暴しているように見えました。即座に、ハマンは捕えられ、モルデカイのために用意していた柱にかけられました。そして、王はハマンから取り返した自分の指輪をはずして、それをモルデカイに与えました。

それからどうなったでしょう?エステルは王様に「ハマンが出した書簡を取り消すように、詔書を出してください」とお願いしました。エステル8:10-11「モルデカイはアハシュエロス王の名で書き、王の指輪でそれに印を押し、その手紙を、速く走る御用馬の早馬に乗る急使に託して送った。その中で王は、どこの町にいるユダヤ人にも、自分たちのいのちを守るために集まって、彼らを襲う民や州の軍隊を、子どもも女たちも含めて残らず根絶やしにし、殺害し、滅ぼすことを許し、また、彼らの家財をかすめ奪うことも許した。」今度は逆に、ユダヤ人が自分たちの敵に復讐する権利が与えられました。その結果、王の命令とその法令が届いたどの州、どの町でも、ユダヤ人は喜び、楽しみ、祝宴を張って、祝日としました。第十二の月(アダルの月)、かつてユダヤ人が撲滅される日、それが一変して、ユダヤ人が自分たちを憎む者たちを征服することになりました。モルデカイが王宮での勢力が増し加わったので、すべての人たちがユダヤ人を助けました。その結果、ユダヤ人を滅ぼそうとたくらんでいた人たちは、みな滅ぼされました。ユダヤア人は第十二の月(アダルの月)の14日と15日を祝宴と喜びの日に定めました。これがいわゆる、プリムの日であり、今日もユダヤ人の間で祝われています。

もし、この物語を霊的に解釈するならば、どうなるでしょう?ハマンとは悪魔の象徴であり、神の子らを滅ぼそうと計画していた者です。イエス様が十字架につけられて死んだとき、悪魔は「これで世界は自分たちのものだ」と喜んだでしょう。しかし、その喜びもつかの間、3日目の朝、イエス様は死からよみがえらされました。イエス様は主の名をいただき、すべての支配者となりました。今度は、悪魔に捕らえられていた人たちを主の御名によって解放し、その持ち物を奪い取ることが可能になったのです。福音はギリシャ語でユーアンゲリオンと言います。これは、「自分たちは戦争に勝ったぞ!」という「良い知らせ」です。昔、ペルシャとギリシャと「マラトンの戦い」がありました。結果を知らせるために、伝令が戦地から休まずに走ってきました。町の人たちは、もし戦争に負けたなら、町を捨てて一目散に逃げなければなりません。なぜなら、殺されるか捕虜になるからです。もし、戦争に勝ったならば、分捕りものが自分たちのものになります。伝令者が「勝ったぞ!」と言って、その場で息絶えました。これが、マラソン競技の始まりです。2000年前の日曜日の朝、イエス・キリストが死を打ち破って、よみがえりました。これほどの「良い知らせ」はありません。ユダヤ人がプリムの祭りを祝うならば、私たちクリスチャンは復活祭(イースター)を祝わなければなりません。ハレルヤ!私たちは、かつて悪魔のもとで捕えられ、自分の死を恐れていました。しかし、イエス・キリストによって私たちは死から命へ、暗闇から光へと移されたのです。


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2014年9月 7日 (日)

幻の人ゼカリヤ     ゼカリヤ4:1-7

 ゼカリヤはハガイより2ケ月後に出てきた預言者であり、ハガイより大分、年が下のようです。両者ともエルサレムに神殿が再建されるときに活躍した預言者です。ハガイの預言はとても明解ですが、ゼカリヤは幻(異象)によるものなので難解です。だから、何回読んでも分からないところがあります。冒頭に「イドの子ベレクヤの子」とありますが、ヨシュアと共にバビロン捕囚から帰還した祭司かと思われます。ゼカリヤの名前は「主は覚えてくださる」という意味です。


1.わたしの霊によって

 紀元前536年に始まった神殿再建も妨害者たちによって中断させられ、エルサレムのユダヤ人たちは十数年間、失意の中にいました。1章12節に記されている、主の使いの叫びはユダヤ人の叫びでした。「万軍の【主】よ。いつまで、あなたはエルサレムとユダの町々に、あわれみを施されないのですか。あなたがのろって、七十年になります。」神様はその嘆願にこたえて、預言者ハガイとゼカリヤを通して、民に慰めと励ましを与えました。そして、中断させられていた神殿建設を再開させられました。ハガイは「多くの種をまいても、少ししか刈り取らないのは神殿建設を後回ししにしているからだ」と叱責しました。一方、ゼカリヤは建設が遅れているのは、捕囚前の人々の罪と、根がつながっているからだと言いました。1:4「万軍の【主】はこう仰せられる。あなたがたの悪の道から立ち返り、あなたがたの悪いわざを悔い改めよ」と言ったのに、彼らはわたしに聞き従わず、わたしに耳を傾けもしなかった。」彼らの先祖は、主が預言者を通して語ったことばに聞き従いませんでした。バビロンで70年間過ごしたのに、根っこが先祖とつながっていました。根というのは地面の下にあるので、上からは見えません。でも、そこから悪いものが出てくるとしたなら問題です。根本的な原因は、実っている果実ではなく根にあります。そのため、地面を掘って、苦い根を探す必要があります。汚れたり、泥まみれになる覚悟が必要です。苦い根を探り当て、主イエスの御名によって断ち切るのです。アーメン。

 ゼカリヤ書4章には神殿再建のため、中心的な預言が記されています。ゼカリヤが見た幻とは何でしょう?全体が金でできている1つの燭台が見えました。中央の上部に1つ、左右合計6つ、合計7つのともしび皿があります。これは、神殿でよく見られる、アーモンドの枝をあしらった燭台です。そして、燭台の両側には2本のオリーブの木がありました。それぞれ、2本のオリーブの木から金の管が出ており、中央の燭台につながっていました。つまり、自動的にオリーブの木からオリーブ油が7つのともしび皿に流れるようになっていす。もし、そうであれば燭台の油は尽きることがありません。「主よ。これらは何ですか?」と聞くと御使いが答えてくれました。1本のオリーブの木は総督ゼルバベル、もう1本のオリーブの木は大祭司ヨシュアを意味していました。つまり、「この二人が指導者となって、神殿が再建される」ということです。でも、御使いが与えた、幻の解き明かしはもっと複雑です。ゼカリヤ4:6「これは、ゼルバベルへの【主】のことばだ。『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の【主】は仰せられる。大いなる山よ。おまえは何者だ。ゼルバベルの前で平地となれ。彼は、『恵みあれ。これに恵みあれ』と叫びながら、かしら石を運び出そう。」総督ゼルバベルに告げるべきことばをゼカリヤが受けました。神殿建築を「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と行えということです。この約束は、私たちが行うすべてのわざにも言えることです。家事、子育て、勉強、仕事、何かのプロジェクト、教会建築、奉仕、すべてのことに対してです。この世では「権力や能力」が尊ばれます。しかし、それらよりも勝るのは主の霊(聖霊)であります。聖霊は神の霊であり、知恵、力、愛喜び平安、賜物、真理、何でも与えてくれます。私たちはすぐ、「お金がないからできない」「ふさわしい人がいないから、自分にそういう力がないからできない」と諦めます。そうではありません。「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」成すことができるのです。

 もう1つのことを主が言われました。「大いなる山よ。おまえは何者だ。ゼルバベルの前で平地となれ。彼は、『恵みあれ。これに恵みあれ』と叫びながら、かしら石を運び出そう。」このところで言われている山とは何でしょう?北に住んでいたサマリヤ人が反対していました。彼らはペルシヤの王から再建中止の書状を勝ち取りました。必要な建築資材も尽きてしまいました。自分の生活が精一杯で労働力を提供することもできません。だから、主は「大いなる山よ。おまえは何者だ。ゼルバベルの前で平地となれ」と言われたのです。練馬教会の小笠原先生が当教会に数回来られたことがあり、このところからメッセージされました。先生は「原文は『平地となれ』とはなく、『お前は平地、平地だ!』という意味です」と教えてくれました。つまり、主にあっては既に問題が解決され、ただの平地になっているということです。ですから、私たちは山に向かって、「お前は平地、平地だ」と言うべきです。主は、ゼルバベルに対して「恵みあれ。これに恵みあれ」と叫びながら、かしら石を運び出すのだ、と言われました。かしら石というのは、2種類あって、土台の隅の石と、両側から建てて合わさる最後の石です。おそらく、こちらは工事完了を意味する最後の石ではないかと思います。「恵みあれ、これに恵みあれ」と、叫び声をあげて、かしら石を据えよということです。

 最終的にどうなるのでしょうか?ゼカリヤ4:9-10「ゼルバベルの手が、この宮の礎を据えた。彼の手が、それを完成する。このとき、あなたは、万軍の【主】が私をあなたがたに遣わされたことを知ろう。だれが、その日を小さな事としてさげすんだのか。これらは、ゼルバベルの手にある下げ振りを見て喜ぼう。これらの七つは、全地を行き巡る【主】の目である。」神殿が完成するとき、2種類の反応があるということです。第一は70年前、ソロモンの神殿を見たことのある老人たちがいました。彼らは小さな事として下げすむかもしれません。でも、「ゼルバベルの手にある下げ振りを見て喜ぶべきなんだ」ということです。下げ振りというのは、建築のとき使用する道具です。確かにソロモンの宮殿と比べたら見劣りがするでしょう。しかし、火で焼かれて廃墟になっていた神殿が再建されるのです。神殿はエルサレムの真ん中に主がおられるという象徴です。神殿が立派かというよりも、主が自分たちの中におられるかどうかが問題なのです。

 前半のポイントから私たちは何を学ぶべきでしょうか?先週はハガイ書から当亀有教会の会堂建築の証をしました。聖書的に言いますと、神殿は教会ではありません。イエス様は「私が死んだあと、3日後に神殿を建てなおす」と言われました。復活したキリストのからだである教会、つまり私たちが神殿であります。聖書的には私たちが生ける宮、神が住まわれる神殿だということです。このことは譲ってはいけません。しかしながら、この教会堂という建物も重要です。私たちはからだの上に服を着ていますが、教会堂はその服のようなものです。私たちは服だったらどんな服でも良いでしょうか?穴があいてなければ良いでしょうか?最近はわざと膝などに、穴をあけている人たちもいますが、例外です。やはり、自分の好みや考えをあらわす服を着るのが普通でしょう。普段着ならともかく、どうでも良いという人はいません。ですから、教会堂も機能性と、なんらかの思想を表現しているべきです。スペインにサグラダ・ファミリヤという教会堂があります。1882年に着工したようですが、まだ、建築中です。ガウディの没後100年にあたる2026年に完成予定と言われています。あれは行き過ぎであります。7年くらい前、ベン・ウォンが来られたとき、「建物などは不要である。牧師室も焼いちまえ!」と言いました。ところが、セル・セミナーを開くときには、ちゃんとした建物がある教会が会場になります。どこか矛盾しています。もちろん、目に見えない建物が教会です。でも、こういう目に見える建物も必要だということです。会堂建築の時というのは、教会が大きく揺れるものです。お金の問題、教会堂に対する主義主張が出てきます。伝統的な人もいれば、現代的な人もいます。新会堂はできたけど、分裂したり、牧師がやめてしまったという教会がいくつもあります。私たちも今、会堂補修にむけて積み立て献金をしています。自分の家であれば、一生懸命になるでしょう。しかし、教会堂はどうでしょうか?私たちが礼拝し、集まるこの建物も愛すべきです。

 ゼカリヤ書で言わんとしていることはこのことです。主は、二人の預言者ハガイとゼカリヤに主のことばを伝えさせました。その次に、政治的なことをする総督ゼカリヤを任命しました。もう一人、大祭司ヨシュアを立てました。ヨシュアはサタンから告発されましたが、まぼろしの中で、新しい礼服を着せられました。この世の政治は、みんなで議論して決めます。民主主義は、会議で議論し、議論したあと多数決で決定します。しかし、神様の方法は違います。預言者を通して、主からの幻(ビジョン)が与えられます。「主はこういわれます」と預言者がみこことを伝えます。その後、工事を指導する総督と大祭司が活躍します。そこで、最も重要なことは「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」ということです。このことはすべてのわざにあてはまります。特に、会堂建築や神への奉仕はそうであります。私たちは自分の資源や知恵や力で神様に仕えるのではありません。神様が必要な資源と力と能力を与えてくださるのです。どんな働きに対しても障害があります。私たちは立ちはだかる山に向かって、「大いなる山よ。おまえは何者だ。ゼルバベルの前で平地となれ」と言いましょう。


2.幻の人ゼカリヤ

 ゼカリヤ書は14章までありますが、その多くは異象、つまり幻が記されています。ですから、ちょっと読んだだけでは、何のことなのか、良くわかりません。古代キリスト教父の一人、ヒエロニムスは、「最も分かりにくい書である」と言いました。しかし、同時にゼカリヤ書は新約聖書の中に最も多く引用されています。新約聖書の中にはゼカリヤ書からの引用と言及が70回以上もあります。そのうちの約三分の一が福音書、その残りをヨハネの黙示録の中に見つけることができます。ということは新約時代の聖書の記者は、ゼカリヤ書をよく愛読し、その内容をよく理解していたことになります。またゼカリヤ書はイザヤ書を別にすれば、ほかのどの預言者よりも、キリスト(メシヤ)について多くを語っています。それらの幾つかをささっとあげてみたいと思います。しもべであるキリスト、若枝として、子ろばに乗ってエルサレムに入城する、良い牧者である、人々の拒否と銀三十枚で裏切られる、主の剣で打たれる(十字架)、祭司職である、王として、再臨時オリーブ山の上に立つなどです。ゼカリヤ書は大きく分けて2つのことが記されています。第一は神殿再建へのメッセージが記されています。このことは、第一のポイントで申しあげました。第二は神殿完成後のメッセージであり、特に未来に関する預言的宣言です。私が後半のポイントで言いたいのは、幻を見ることの重要性であります。ゼカリヤ書によく出てくる表現は「見よ」「目を上げて見る」であり、合計22回出てきます。主あるいは御使いがゼカリヤに幻を示されます。ゼカリヤは見たままを書きますが、時々、「それは何ですか?」と尋ねます。すると、その意味を解説してくれます。

 聖書にはこのような幻で語られることが多くあります。改革神学の立場の人は、「聖書が完成した後は、このような幻は終わった」と言います。しかし、使徒2章には「終わりの日に、私の霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る」と書いてあります。「終わりの日」というのは、聖書が完成した後のことも入っています。これは、ペンテコステから、イエス様が世の終わり来られる時までのことであります。かつて旧約聖書時代は、特別な人しか幻を見たり、預言することが許されませんでした。しかし、終わりの日には、「息子や娘が預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る」とはっきり書いてあります。それなのに、「聖書が完成したので、神様、預言や幻はいりません」と言うのは傲慢です。新聖書辞典にこのように解説してありました。「神はしばしば夢や幻想的なイメージを媒介として人間に啓示を与えられた。一般的に言って昔の人々は、現代の精神病理学者以上に夢を重んじ、宗教的な人々はそれを貴重な体験と見た。幻を単なる心理現象に格下げすることは聖書の叙述に反している。夢に解き明かしが必要であったように、幻の意味は神のことばと説明によって明瞭にされる。幻が正しく解釈される時、それは預言活動を促進させる。」保守的な辞書にこのように書いてあったので感動しました。

箴言29:18「幻がなければ、民はほしいままにふるまう」と書いてあります。しかし、英語の聖書は、Where there is no vision the people perish.「幻のない民は滅びる」と訳せます。幻とは、神から啓示であり、ビジョンであります。この世は進化論を信じているので、人々の中から良い考えや方向性が生まれてくると思っています。だから、いろんな研究したり、議論を重ねてから結論を導き出します。しかし、聖書はそう言っていません。推論しなくても、答えが上から(神様から)来るのです。だから、パウロはコロサイ3:1「上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。」と言いました。またヤコブ1:17「すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。」と書いてあります。ですから、ユダヤ人の祈りは、上を見上げて祈ります。両手を広げて、天を仰ぐように祈ります。「上から良いものを受けたいです」という意味があります。だれかが「八方塞がりでも、天は空いています」と言ったとおりです。去る7月15,16日、練馬教会で「関東コーチングセミナー」がありました。小笠原先生が初日「キリストのからだを建て上げるために」という題でメッセージしてくださいました。「ビジョンとリーダーシップ、聖霊の油注ぎ、キリストの苦しみの欠けたところを満たす」と3つのポイントでした。すごい量なので、昼休みをはさみ、午後3時まで話してもらいました。そのとき、小笠原先生が、なぜ、このようなことを話すようになったのか説明してくださいました。5月末にコーチが集まり、7月にどんなテーマで話すべきか話し合いました。すると、「日本は何をやってもダメだねー。日本の牧師たちは閉塞感にやられている」とみんなが言い出しました。そのとき、鈴木先生が「祈りましょうかー」と言いました。みんなで祈ったら、雰囲気ががらっと変わりました。重たい空気がぱっと去り、明るくなりました。それで、何が示されたかそれぞれ話したら、ビジョンだ、聖霊の油注ぎだ、キリストのために苦しむことだというテーマが出てきました。鈴木先生が「祈りましょうかー」と言ったら、示されたんです。「すごいことですねー」と感動して言いました。

 役員会でもどうしたら良いかわからない時があります。この間も、「祈りましょうかー」と提案しました。すると、天が開かれたように解決策が見えてきました。「幻とかビジョン」と言うと、大それた感じがしますが、主はたえず私たちに語りかけておられます。私たちの方が、耳を傾けず、目を向けないだけなのです。詩篇46:10「やめよ。わたしこそ神であることを知れ」とあります。これは、be still「静まれ」という意味です。手を休めなさい。いろいろ悩んだり、思案しないで、「わたしこそ神であることを知れ」ということなのです。しばらく天に思いを向けると、「ぱーっ」と何か開かれて来ます。それが幻であったり、知恵であったり、預言であったりします。聖書のみことばが示されるときもあります。使徒2章に「終わりの日に、私の霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る」と書いてあります。しかし、同時に終わりの時代は偽預言者、偽の預言も世の中に多く出回ります。「幻を見た」とか、「何かが見える」と言う者も多数出てくるでしょう。それで、教会が荒らされて、しまいになくなってしまうこともあります。ですから、教会の外から「私は預言者です」と突然やってきて、預言してもらうのは危険です。牧師にその教会の権威が与えられています。秩序というものがありますので、勝手に預言させたり、「幻を見ました」と言わせてはいけません。日本の教会は、幻も預言も全部否定するところが多いです。危険から守るために良いかもしれません。しかし、その恵みに預かることができません。そのため、教会内で聖霊が自由に働かないために病気になります。ですから、私たちは成熟を目指して、聖霊の賜物について学び、良いものと悪いものを識別できるようにならなければなりません。また、幻や預言をすぐ受け入れるのではなく、吟味することも重要です。「聖書のみことばに合わせてどうなのか?」神様の一般的なみこころと矛盾していないかどうか調べる必要があります。私たちは台所に包丁をいくつか備えています。包丁は切れる方が良いです。ネギなど細かく切れたら良いですね。でも、その包丁は殺人のために使われる場合もあります。では、包丁は危険なのでこの世から失くすべきでしょうか?そうではありません。正しく使えば良いのです。聖霊の賜物も同じです。幻や預言も正しく用いれば、私たちを生かす恵みになるのです。

 どうでしょう?あなたにはこれからの人生に対する幻、ビジョンがあるでしょうか?子供の将来に対する幻、ビジョンがあるでしょうか?教会も同じです。教会に対する幻、ビジョンが必要です。幻のない民は滅びます。私たちの理性や常識が「そんなの無理だよ」と打ち消すかもしれません。「私はこれまで何度も希望を抱いてきましたが、何度も裏切られました。もう、期待しません」と言う方もおられるかもしれません。イエス様は「彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない」(マタイ12:20)と言われました。今は小さな希望の火かもしれません。しかし、それを大事にしましょう。やがて、もっと大きな火になります。どうしたら、神様から幻と夢と預言をいただくことができるのでしょうか?「終わりの日に、私の霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る」と書いてありました。そこには前提があります。ペンテコステのように聖霊を上から注いでいただく必要があります。何度も申し上げましたが、クリスチャンであるならもれなく、聖霊を内側にいただいています。しかし、聖霊の賜物を受けるためには、上から注いでいただく必要があります。聖霊に満たされるとどうなるのでしょうか?Ⅰコリント2:9「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。神様は私たちに知性や理性を与えてくださいました。私たちは一般恩寵を感謝して用いなければなりません。しかし、私たちの知性や理性では不可能なことが時々あるでしょう。そのときは、どうぞ、神の霊によって幻と夢と預言をいただきましょう。どうぞ、上にあるものを求めましょう。すべての良い贈り物、すべての完全な賜物は上から(光を造られた父から)下るのです。


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