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2014年3月30日 (日)

~ペテロの裏切りと回復~  亀有教会副牧師 毛利佐保

<ヨハネの福音書21章15節~19節>

21:15

彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」

21:16

イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」

21:17

イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか。」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。」

21:18

まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」

21:19

これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現わすかを示して、言われたことであった。こうお話しになってから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」


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ヨハネの21章は、ヨハネの20章の終りが

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20:30

この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行なわれた。

20:31

しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。

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と、あたかもここで話が終わったかのように締めくくられているので、21章は後から書き加えられた付け足しの章ではないかと良く言われます。しかし、先ほど読んでいただいたイエス様とペテロのこの箇所は、イエス様の深い深い御愛を知ることのできるところであり、大変多くの方たちの慰めや励ましになっている箇所ですので、付け足しなどとは考えたくはないですね。


現に私たちが手にとって読んでいる、新旧両訳聖書66巻が正典として認められるときには、聖書の細部まで十分に吟味されているはずです。ですから、21章に書かれているエピソードはすべて本当にあったことだと信じます。


テベリヤの湖畔で漁をしていた弟子たちの前に復活されたイエス様が現れて、魚がたくさん獲れたのも、ペテロが岸辺に立たれている方がイエス様だとわかって喜び勇んで船から湖に飛び込んだのも、イエス様が弟子たちと食事をなさったのも、そしてペテロに特別に語りかけられたのも、すべて真実であると信じて心を開いて聖書を読むならば、聖霊なる神様が私たちに特別に語ってくださり、イエス様がどのような御方なのかをさらに深く知ることができます。


<ギ> avgapw/n アガパオーは、新約聖書以前には親愛の情を示す程度の意味でしたが、新約聖書で用いられるようになってからは、神的、自己犠牲的、他者中心的な愛という意味を持つようになりました。


<ギ> filw/n フィレオーは、兄弟愛、両親への愛、友情、好みなどを示します。この二つの動詞は本来あまり大きく意味は違わないものでしたが、ヨハネの福音書では意図的に区別して使われているようです。


イエス様はペテロに3度、「わたしを愛しますか。」と問われました。それに対してペテロも3度、「私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」と答えました。


イエス様は、1回目と2回目には、「愛する」という動詞を「アガパオー」、つまり、神的な一方的な愛で、「わたしを愛しますか?」とペテロに問われました。それに対してペテロは「フィレオー」、つまり兄弟愛、友情の愛をもって「愛します」と答えました。


そして3回目にイエス様は、「アガパオー」ではなく、「フィレオー」をお使いになり、「わたしを愛しますか?」と問われました。それに対してペテロは心を痛めつつ、「フィレオー」で「愛します」と答えました。


1回目: イエス様=あなたは私を「アガパオー」しますか?  

      ペテロ=はい。主よ。私があなたを「フィレオー」することはあなたがご存じです。

2回目: イエス様=あなたは私を「アガパオー」しますか?

      ペテロ=はい。主よ。私があなたを「フィレオー」することはあなたがご存じです。

3回目: イエス様=あなたは私を「フィレオー」しますか?

      ペテロ=はい。主よ。私があなたを「フィレオー」することはあなたがご存じです。


この「アガパオー」と「フィレオー」の言葉の違いについて、ある人は、「イエス様はアラム語かヘブル語を話していたはずだから、ギリシャ語の違いをあれこれ考えるのはおかしい。そもそもアガパオーとフィレオーは同義語だから、特に意味はないだろう。」と言います。


しかし、新約聖書がギリシャ語で書かれている意味や、ヨハネの福音書においては意図的に「アガパオー」と「フィレオー」を区別しているように考えられることなどから、一概に意味はないとは言えないと思います。


◆なぜペテロは、フィレオーにこだわったのでしょうか。

なぜイエス様は、3度目にはフィレオーと言われたのでしょうか。

共に考えてみましょう。


①ペテロにとってのアガパオーの愛


アガパオーは、友のために本当にいのちを捨ててくださったイエス様ご自身の愛し方であり、イエス様を裏切ったペテロにはとても使えない言葉でした。ヨハネの福音書においては、イエス様が語られた「愛する」という言葉は、ほとんどがアガパオーです。


このストーリーはヨハネの13章から始まっています。

13章はイエス様が弟子たちの足をお洗いになった箇所です。そこでイエス様はこう言われました。


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13:34

わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

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ここで、イエス様が語られた「わたしがあなたがたを愛したように」の「愛した」も、「あなたがたも互いに愛し合いなさい。」の「愛し」もアガパオーです。


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14:21

わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。わたしを愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を彼に現わします。」

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ここでの「愛す」もすべてアガパオーです。次の15章はぶどうの木の箇所です。


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15:9

父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。

15:13

人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きなはだれも持っていません。

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ここでも同じように、すべてアガパオーで語られています。

ペテロはヨハネの福音書13:37で「主よ。あなたのためにはいのちも捨てます。」とまで言いました。このことは他の福音書にも記されています。しかし、ペテロはイエス様が捕らえられた時に、自分も捕らえられる事を恐れて、「そんな人は知らない」といって逃げてしまいました。


ペテロにとって、アガパオーという言葉は、イエス様にしか使えない言葉であり、イエス様しか実行することが出来ない愛だと痛感したのではないでしょうか。


②ペテロにとってのフィレオーの愛


「あなたのためにはいのちも捨てます」(ヨハネ13:37)と誓いながらイエス様を裏切ってしまったペテロは、まず自分は「フィレオー」からやり直したいと願ったのではないでしょうか。イエス様は3度目にはペテロに合わせてくださり、「フィレオー」で愛するかと聞いてくださいました。


ところで、なぜイエス様は3回もペテロに「愛するか」と聞かれたのでしょうか。

それはイエス様が捕らえられたとき、ペテロは3回も「こんな人知らない」とイエス様を否んだので、イエス様は「わたしを愛するか」とあえて3度聞かれて、ペテロが3度否んだことを赦されたのではないかと言われています。


確かにそうなのかもしれません。ペテロは友だと言ってくださったイエス様を裏切りました。

1度ではなく、3度も知らないと言ったのです。

以前ぶどうの木のたとえの箇所からメッセージをした時にもお話しましたが、「友のためにいのちを捨てる」という友情論は紀元前400年~300年の古代ギリシャの哲学者、プラトンやアリストテレスたちが、すでに語っていた事柄でした。


アリストテレスは、友情についての解答のひとつとして、このように語っています。


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『素晴らしい人間は、友人たちのために働き、国家のために働く。そして必要とあらば、それらのために死を辞さない。』

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ヨーロッパでは、この「友のためにいのちを捨てる」という友情論を理想として語られていました。

そして、特に法廷がその友情を示す場所だったと言われています。法廷で裁判にかけられている人を弁明することが、真の友情だと考えられていました。


ペテロは、イエス様が裁判にかけられていた最中に「そんな人は知りません」と言いました。しかも、ヨハネの福音書18:18と18:25には、ペテロは「そんな人は知りません」と言いながら、炭火で「暖まっていた」様子が

1度目の否定と、2度目の否定の後に2度も書かれています。


ヨハネはペテロが無関心を装って「暖まっていた」ことを強調し、大切な法廷の場面で、ペテロがいかに友であるイエス様に対してひどい裏切り行為を行っていたかということを記しています。


ルカの福音書22:60-62にはこう書かれています。


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22:60

しかしペテロは、「あなたの言うことは私にはわかりません。」と言った。それといっしょに、彼がまだ言い終えないうちに、鶏が鳴いた。

22:61

主が振り向いてペテロを見つめられた。ペテロは、「きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは、三度わたしを知らないと言う。」と言われた主のおことばを思い出した。

22:62

彼は、外に出て、激しく泣いた。

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イエス様が言われた通り、鶏が鳴くまでに3度イエス様を知らないと言った瞬間、イエス様はペテロを見つめられました。ペテロは激しく泣きました。


しかし激しく泣いたというのに、彼はイエス様が十字架に架かられたときには、逃げてしまっていませんでした。

もう、「イエス様に会わせる顔などない。」とペテロは思っていたことでしょう。


だからこそ、復活されたイエス様は、ペテロを立ち直らせるために、3度「わたしを愛しますか」とお聞きになったのかもしれません。このイエス様の回復の方法は、イエス様の深い愛なのですが、私がペテロならとても辛くて恥ずかしい方法だったと思います。


なぜなら、他の弟子たちがいる前でのことだったからです。他の弟子たちもイエス様を裏切ったことはペテロとは大差ありませんが、ペテロは他の弟子たちの前で「主よ。あなたのためにはいのちも捨てます。」と大見栄を張ったのですから、なんとも情けない姿だったことでしょう。


ペテロは、「アガパオー」でわたしを愛するかとイエス様から聞かれ、「フィレオー」と答えました。とても「アガパオー」とは言えなかったこともあると思いますが、ペテロはイエス様との友情関係をまず取り戻したかったのではないでしょうか。あの法廷の場面で、炭火で暖まりながら、「そんな人は知りません」と言ってしまったところから、回復したかったのではないでしょうか。ペテロはリベンジしたかったのです。


イエス様はペテロのその心に応えてくださいました。

3度目には「フィレオー」でわたしを愛するかと聞いて下さいました。


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21:17

イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか。」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」

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ここでなぜペテロは心を痛めたのかは定かではありませんが、「主よ。あなたはいっさいのことをご存知です。」とペテロは答えました。


私はここで考えるのですが、もし、ペテロがはじめから「アガパオー」と答えていたらイエス様の質問は1回で終わったのではないでしょうか。イエス様はもしかしたら、ペテロならきっと「アガパオー」で愛することができると期待して、「アガパオー」と言われたのかもしれません。だとしたら、イエス様の期待に応えることが出来なかったペテロは、それで心を痛めたのかもしれません。


私たちも、神様からいろいろなチャレンジを受けます。

期待をされているのに、神様を裏切ってしまうことがあるかもしれません。

情けなくて、ペテロのように激しく泣いてしまうことがあるかもしれません。

絶対に無理だと思うような問いかけをイエス様からされることがあるかもしれません。

そんなとき、イエス様にどう答えますか?


◆イエス様がペテロに与えた特別な使命について


③ペテロの回復~「私の羊を飼いなさい」「わたしに従いなさい」


イエス様は、「羊のためにいのちを捨てます。」(ヨハネ10:11,15)と言われ、その通りになさいました。そしてイエス様を裏切ったペテロに対して、「私の羊を飼いなさい」「わたしに従いなさい」とイエス様に倣うことを教えられ、回復をお与えになりました。


「私の羊を飼いなさい」と言ってくださったということは、イエス様はペテロに、「羊のためにいのちを捨てます」という、まことの羊飼いとなることをお任せになられたのです。そうだとすると、これは本当に光栄なことではないでしょうか。


やはり、ペテロはマタイ16:19でイエス様から「わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。」と言っていただいた特別な弟子です。


イエス様は復活されて40日間弟子たちの前に姿を現され、昇天されました。その後、聖霊が降臨しました。聖霊を受けたペテロが、その後人が変わったかのような力強い宣教の働きをしたことは、みなさんもご存知の所です。


「わたしに従いなさい」というイエス様の召しに応えたペテロは、決して完璧な人ではなく、失敗も多く、人間臭くて親しみがあります。


ペテロはテベリヤの湖畔で、「フィレオー」と答えましたが、やはり最初にイエス様が期待されたとおり、「アガパオー」でイエス様を愛することができたのではないでしょうか。


イエス様は私たちひとりひとりにも語りかけておられます。

「あなたはわたしを愛し(アガパオー)ますか?」

「はい。愛し(アガパオー)ます」と答えたいですね。



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2014年3月23日 (日)

二倍の分け前     Ⅱ列王記2:1-9

きょうは奉仕の原動力についてお話ししたいと思います。私たちには生来の賜物が与えられています。あるものは生まれつき、またあるものは努力して身に付けたものであります。しかし、神様はご自身に仕える者たちのために、霊的な力を与えて下さいます。この霊的な能力がなければ、たとえ生来の賜物が豊かであっても、神様のわざを行なうことはできません。本日、登場しますエリシャはエリヤの後継者として任命されました。しかし、彼は自分自身に霊的な力不足を感じていました。「私もエリヤが持っている神の霊がなければ、預言者としてやってゆけない」と切なる渇きを覚えていました。


1.二倍の分け前

 イゼベルによる迫害が続いていたので、預言者たちはいくつかの場所に隠れて住んでいたようです。同時に、そこは預言者スクールのようではなかったかと思われます。エリヤは、彼らがいるべテル、エリコ、ヨルダンを回って歩きました。おそらく、自分がまもなく、天に引き揚げられるので別れを告げるためでしょう。「まもなく先生がいなくなる!」エリシャは霊的な力を授けていただきたいために、べテル、エリコ、ヨルダンとエリヤ先生の「追っかけ」をしました。「追っかけ」といいますのは、お目当ての役者さんの公演場所について行く熱心なファンがやることです。エリシャは紀元前850年頃の最も古い「追っかけ」であります。大和カルバリーの大川先生もひところ、ベニー・ヒンの追っかけをしていたようです。オーランド、トロント、ロス、ハワイ・・・など各所のベニー・ヒンのミラクル聖会に行かれていたようです。そのとき、ベニー・ヒンは日本からはるばる来られている大川先生を見つけ、何度か講壇にお招きしたようです。なぜ、大川先生はお金と時間をかけて、追っかけをしたのでしょう。それは、霊的な賜物をいただいて、日本に持ち帰りたかったからだと思います。大川先生は病を持っている人を見ると、「ああ、なんとか癒して差し上げたい」とものすごい同情心が湧くそうです。さらに先生は聖霊による癒しの賜物を求めて、アルゼンチンやアメリカ、リバイバルの起こっている所に出かけました。

 さて、エリヤがいよいよ、ヨルダンに来たときです。エリヤは「ここにとどまっていなさい」とエリシャを制止しました。それでも彼は、「私は決してあなたから離れません」と食い下がりました。Ⅱ列王記2:7-9節「預言者のともがらのうち五十人が行って、遠く離れて立っていた。ふたりがヨルダン川のほとりに立ったとき、エリヤは自分の外套を取り、それを丸めて水を打った。すると、水は両側に分かれた。それでふたりはかわいた土の上を渡った。渡り終わると、エリヤはエリシャに言った。『私はあなたのために何をしようか。私があなたのところから取り去られる前に、求めなさい。』すると、エリシャは、『では、あなたの霊の、二つの分け前が私のものになりますように』と言った。」「二つの分け前」は英語の聖書では、let a double potion of your spirit be upon meとなっています。直訳すると「あなたの霊の二倍の分け前が私の上に下りますように」という意味です。旧約の時代、長男は父親から、他の兄弟たちに比べ、二倍の財産を譲り受けることができました。エリシャは後継者として、2つの分け前が欲しかったのです。それは、恩師よりも優れた預言者になりたいという野望からではなく、より困難な時代にあって霊的な力が必要だったからです。また、エリヤが「むずかしい注文をする」と言ったのは、自分ではなく、神様ご自身が決めることだと理解していたからです。まもなく、エリヤはたつまきに乗って天に上って行きました。エリシャがなお追いかけようとしたとき、二人の間に、1台の火の戦車と火の馬たちが現われました。エリシャが「わが父。わが父。イスラエルの戦車と騎兵たち」と叫んでいる間に、エリヤの姿は見えなくなりました。すると、上からエリヤが着ていた外套がヒラリ、ヒラリと落ちてくるではありませんか。それを受け取ってから、エリシャの上に、エリヤが持っていた神の霊がとどまるようになったのです。

 さて、このところから何か思い起こすシーンはありませんでしょうか。そうです。イエス様が天に昇られるとき、弟子たちに「あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい」(ルカ24:49)と言われました続編の使徒1:8「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます」と言われました弟子たちは3年半もイエス様から薫陶を受け、十字架と復活の目撃者でもありました。ところが、人々を恐れ、戸を閉じて隠れていました。弟子たちは十字架と復活の知識はありましたが、全く力がありませんでした。そのため、彼らはイエス様が天に引き揚げられてから10日間、聖霊を待ち望みました。ペンテコステの日、約束どおり、「いと高き所から力を着せられた」のです。その日から、弟子たちは、全く別人になり、大胆に福音を語るようになりました。そればかりか、イエス様が行なっていた同じような奇跡も行なうようになりました。エリシャがエリヤに求めたものと、弟子たちが受けたものと同じ聖霊の力であります。カルバリーチャペルのチャックスミスや韓国のチョーヨンギ先生はこのようにおっしゃっています。未信者の人たちにはイエス様はそば(by)にいます。ヨハネ黙示録では「私は戸の外にたってたたいている」と書いてあります。イエス様がすぐそばにいるので、その人がイエス様を救い主として心にお迎えするなら、その人の中に入られます。中は、英語でinであります。人がイエス様を信じると聖霊が内側に住んでくださいます。すべてのクリスチャンは聖霊を内側に宿しています。これは旧約時代にはなかったことで、新約の私たちが受けるすばらしい恵みです。しかし、それだけでは、力がありません。上から(upon)という満たしの経験が必要なのです。先ほど引用しました、使徒1:8は「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき」と書いてあり、upon youとなっています。エリシャもyour spirit be upon meと言いました。つまり、上からというのは油が器に注がれるようなイメージがあります。だから、よく、按手の祈りをしたとき、聖霊に満たされる経験をするのではないかと思います。

ギリシャ語で「賜物」のことをカリスマと言います。第一の意味は、聖霊ご自身が賜物です。第二は、聖霊が下さる霊的な賜物です。賜物つまり、カリスマということばは、この世では、なぜ誤解されているのでしょうか?社会学者のマックス・ウェバーが「カリスマ的支配」と言いました。この場合、特別な能力を持った英雄的な指導者という意味で使われています。そして、キリスト教会では、「カリスマは、危ない邪道的な力」みたいに考えられています。日本のキリスト教会は西洋の合理主義が基盤にありますので、奇跡や癒しは過去のものであると考えています。特に預言の賜物が教会に現れたとき、牧師たちが混乱しました。牧師は自分の地位が脅かされたように思ったのでしょう。また、ペンテコステやカリスマの教会では、霊的な力を持っている人を「神の器である」と敬います。また不思議なことに、聖霊の賜物を持っている先生というのは、魅力があります。大体、聖霊に満たされているのに、人間的には全く魅力がないというのは矛盾しています。でも、これが行き過ぎると、神様よりも人物に目が向けられてしまい、気が付くと大きな躓きを招くことがあるのです。だから、キリスト教会では「カリスマは危ない」と言って、霊的賜物を退けます。それは、まるで、たらいの水と一緒に赤ん坊も捨てることと似ています。「熱物に懲りて、生酢を吹く」という諺もあります。刃物や原子力でも使い方を間違えると、非常に危険です。これと同じようなことが聖霊の力にもあるのではないかと思います。

 では、どのようにしたら良いか。霊的な力と人格とは違うということです。先ほども言いましたが聖霊は、第一に私たちの内側に住んで、私たちを聖めてくださいます。聖霊によって罪や肉から解放されて、栄光から栄光へと変えられるのです。また、聖霊は神さまに奉仕できるように、能力を与える「力の霊」です。使命感だけでは、神さまに仕えることができません。聖霊が下さる賜物は神さまに仕えるためにあります。ですから、品性と力のバランスが必要だということです。クリスチャンであるならば、すでに聖霊が宿っています。しかし、エリシャのように上から力を受け、満たされる必要があります。新約の時代は、聖霊の力は何か特別な人に与えられるものではありません。使徒2:17-18「終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する」と書いてあります。「隣人を愛する力をいただきたい」、「罪に打ち勝つ力をいだだきたい」、「神様に仕える能力をいただきたい」。こういうエリシャのような切なる飢え渇きが重要です。神様は「聖霊に満たされなさい」と命じておられます。それは背後に「私が満たしてあげます」という約束があるということです。私たちは息を無意識にしています。息を吸うのと止めるとのどちらが難しいでしょうか。同じように、聖霊は私たちを満たしたいのですから、私たちが抵抗しないで、信仰をもってお迎えすれば良いのです。不思議な体験とか劇的な体験は必要であれば与えられます。しかし、そういう体験がなくても、「神様の約束に従って、求めました。だから、与えられたと信じます。アーメン。」信仰によって受け取るのです。そうすると、体験があとから与えられます。


2.二倍の奇蹟

 エリシャはエリヤが行なった同じような奇跡を行なっています。しかし、エリヤが行なわなかった奇跡も数多く行なっています。第一のポイントで「二つの分け前」についてお話ししました。本来は二倍という意味ではないのですが、エリシャはエリヤの二倍の奇跡を行いました。いわゆる「倍返し」であります。後半はその中で2つの出来事を取り上げたいと思います。4章にはやもめとその家族のことが記されています。エリヤのときと、ちょっとだけ違います。預言者の夫が死に、多額の負債を負い、二人の子供を奴隷に売らなければならない、やもめがいました。エリヤは彼女に、空のつぼを持ってくるように命じました。彼女は「家には壷が1つしかありません」と言いました。Ⅱ列王記4:3-7「すると、彼は言った。『外に出て行って、隣の人みなから、器を借りて来なさい。からの器を。それも、一つ二つではいけません。家に入ったなら、あなたと子どもたちのうしろの戸を閉じなさい。そのすべての器に油をつぎなさい。いっぱいになったものはわきに置きなさい。』そこで、彼女は彼のもとから去り、子どもたちといっしょにうしろの戸を閉じ、子どもたちが次々に彼女のところに持って来る器に油をついだ。器がいっぱいになったので、彼女は子どもに言った。『もっと器を持って来なさい。』子どもが彼女に、『もう器はありません』と言うと、油は止まった。彼女が神の人に知らせに行くと、彼は言った。『行って、その油を売り、あなたの負債を払いなさい。その残りで、あなたと子どもたちは暮らしていけます。』おそらく、壺、何十個分もの油だったでしょう。彼女はそれを売って負債を払うことができました。めでたしめでたしですが、この奇跡で興味深いことがあります。最初の1つの壺から、からの器に次々と注いでいきましたが、からの器がなくなったとき、油が止まったということです。この奇跡をもっと、比ゆ的に解釈できないでしょうか。

かなり前、大川先生がアルゼンチンにいかれたとき、ある講師がこのところからメッセージなさったそうです。最初の1つの壺は聖霊に満たされた人であります。そして空の壺というのは聖霊の満たしを求める人たちです。よく、リバイバルの起こっているところでは、満たしと言わないで「油注ぎ」と言うようです。とにかく、油注ぎを受けたのは自己満足のためではありません。それを他者に与える使命があります。1つの壺から多くのからの壺を満たすことができましたが、からの壺がなくなったときに、油注ぎも止まったということです。それで、講師は「エリシャがからの器を探して持ってきなさい」と命じたように、「あなたがたは受けた以上は、満たされていない人を探してでも、満たして上げなさい」とチャレンジしたそうです。大川先生はそれに非常に感動し、返りの飛行機で、「からの壺をさがして満たす」という歌を作ったそうです。帰国後、大川牧師は按手祈祷を始めました。そして、全国から大和教会に油注ぎや癒しを求めて、来られたようです。ところが、一時期、何かの理由でやめたそうです。しかし、そのときに癒しの奇跡もストップし、自分自身も霊的に枯れてしまったそうです。大川先生がおっしゃるには、「油注ぎを受けた以上は、どんなことがあっても、ミニストリーを続けなければならない」と悟られたそうです。つまり、按手して祈る人自身に何かがあるのではなく、その器を通して、他の人々を祝福するということが重要なのです。聖歌にも「通り良き管として、用いてください」という歌詞があります。主のしもべは、器もしくは通り良き管に徹するべきなのです。重要なのはそこに入っているもの、注がれる聖霊様です。

 このことを普遍的にとらえますと、私たちも神様から与えられた霊的賜物、霊の力を使わなければ、なくなってしまうということです。神様はある人には5タラント、またある人には2タラント、そしてある人には1タラントの賜物を与えました。5タラント与えられた人は2や1の人を見て高慢にならないで、5タラント儲ける責任があります。2タラントは5タラントの人を羨むようなことをしないで自分の2タラントで行なうべきです。ところが聖書には、1タラントの人は、それをふくさに包み、地を掘って埋めてしまったとあります。彼は主人からしこたま怒られ、その1タラントを取り上げられてしまうのです。それでどうなったか?5タラントの人にあげてしまいました。イエス様は「だれでも持っている者は、与えて豊かになり、持たない者は、持っている物までも取り上げられる」とおっしゃいました(マタイ25:29)。「持っている者は、与えて豊かになる」とはすごいことですね。反対に、持たない者…つまり、わずかなものでも使わない人は、持っているわずかなものまでも取り上げられてしまうということです。なんだか不公平のように思われますが、これが天国の法則です。神様に用いられたいと願う人はもっと能力が与えられ、「神様に用いられるなんてまっぴらごめんだ」と言う人からは霊の賜物が取り上げられるということです。本当に恐ろしいことです。なぞなぞみたいですね。「与えれば与えられるもの。使わなければ、なくなる物なーに」。答えは、神様からの賜物であります。

もう1つ奇跡的な出来事を引用してメッセージを終えたいと思います。エリシャの時代はイスラエルが北と南に分かれていました。さらに、アラムやシリアと戦いを交えることもあったのです。神の人エリヤがいたので、イスラエルの国が守られたと言っても過言ではありません。あるとき、アラムの王様は自分の国にイスラエルのスパイがいるのではと疑いました。なぜなら、こちらの作戦がイスラエルに筒抜けだからです。すると家来のひとりが言いました。「いいえ、王様。イスラエルにいる預言者エリシャが、あなたの寝室の中で語られることばまでもイスラエルの王に告げているのです」。王様は「行って、彼をつかまえよ」と馬と戦車と大軍とをそこに送りました。エリシャの召使が、朝早く外に出ると、なんと、馬と戦車の軍隊が町を包囲していました。彼は「ああ、ご主人様。どうしたらよいでしょう」とエリシャに告げました。するとエリシャは、「恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らと共にいる者よりも多いのだから」と言いました。そして、エリシャは「どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにして下さい」と主に祈りました。こんど若者が見てみると、なんと、火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていました。何とすばらしい光景でしょう。天の軍勢がエリシャを守っていたのです。詩篇34:7「主の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される」とあります。神様は私たちが見えなくても、天の使いをめぐらしておられるのです。そういえば、車とか自転車でヒャッとするときがありますね。子供なんかは特にあぶないですね。間一髪で守られたり、たとえ怪我をしても致命傷にならないのは、天の御使いが守っておられるからでしょう。天国に行ったら、そのビデオを見たいと思います。「ああ、あのときもお世話になっていたのですか。知らなかったとは言えお許しください。どうもありがとうございました」と数々のお礼を述べなければならないでしょう。アラムの王はたった一人を捕まえるために、全軍を遣わしました。ところが、エリシャの回りにはそれ以上の天の御使いがいました。結局、アラムの軍隊は一時的に目が見えなくなり、戦うことができませんでした。

私たちは数に頼もうとします。日本にはクリスチャンが少ないので、政治や教育界に意見を述べることができない。確かにそういうところもあります。しかし、聖書を見ますと、数ではなく、神が共におられるかが問題なようです。ギデオンの時などは、敵が海辺の砂のように数え切れないほどいました。ギデオンには3万2000人いましたが、主が「恐れ、おののく者はみな帰りなさい」といわれました。すると、2万2000人が帰り、1万人が残りました。主は、それでも多すぎると言われ、結局300人になりました。たった300人で10万人以上の敵と戦い、勝利したのです。それは、人間の力ではなく、神様がやったとしか考えられません。今から10数年前、新松戸教会から津村牧師が来られ、聖霊刷新祈祷会を当教会で開いたことがあります。津村先生はいつも、「数ではない。たたった1人でも、神様によって変えられた人がいれば、リバイバルは起こる。エリシャがその例だ」と言われたことがあります。そして、先生は一人一人に時間を取り、祈ってくださいました。私は悪い癖で、すぐ人数を数えてしまいます。アメリカとか韓国の大教会を見てきましたので、少人数じゃ寂しいと感じてしまいます。しかし、数も重要ですが、その前に質が重要です。一人一人がちゃんと神様と結びついているかが問題です。一人一人が神様から与えられた賜物を自覚してそれを生き生きと用いているかです。ペンテコステの日、聖霊が下りましたが、「炎のように分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった」と聖書に書いてあります。「みんなに」とか、「全体に」ではありません。「ひとりひとり」にです。生まれも個性も、考えも、好みも違う、賜物も違う、一人一人の上にとどまったのです。「一人一人が大事だ」ということがそこでもわかります。弁慶と義経がごはん粒から、それぞれ糊を作ったという話があります。弁慶は7つ道具の大きな棒を取り出して、器に入れたごはん粒をまとめて、力まかせにこねたそうです。一時にたくさん糊ができました。しかし、よく見ると、粒が荒っぽくて糊としては使えなかったそうです。一方、牛若丸義経は、ごはん粒を1つ1つ丹念につぶしていったそうです。時間はかかりましたが、彼が作った糊は上等だったというのです。人間をごはん粒に置き換えるのは失礼ですが、神様は十把一絡(じゅっぱひとからげ)のようには取り扱いません。一人一人を高価で尊い存在としてご覧になっています。そして、一人一人を恵みに満たしながら、神の人になるように整えて下さるのです。


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2014年3月16日 (日)

燃え尽きたエリヤ      Ⅰ列王記19:1-8

 先週は、エリヤがバアルの預言者450人と戦い、天から火を下して勝利したという記事から学びました。しかし、きょうの記事を見ますと、エリヤは一人の怒り狂った女性におじけづいています。全く、別人のようであります。挙句の果て、「主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください」と祈っています。あの大預言者エリヤに、そんなことがあるのでしょうか?ヤコブ書5章には「エリヤは、私たちと同じような人であった」と記しています。ということは、大預言者であっても、私たちと同じような弱さがあったということです。なんという慰めでしょうか?


1.エリヤの燃え尽き

 アハブは、エリヤがしたすべての事と、預言者たちを剣で皆殺しにしたことをイゼベルに告げました。イゼベルは使者をエリヤのところに遣わして言いました。「もしも私が、あすの今ごろまでに、あなたのいのちをあの人たちのひとりのいのちのようにしなかったなら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」つまり、「お前も同じように剣で殺してやるから待っていろ!」ということです。普通だったら、エリヤは、負けじと立ち向かうところです。ところがどうでしょう?Ⅰ列王記19:3-4「彼は恐れて立ち、自分のいのちを救うため立ち去った。ユダのベエル・シェバに来たとき、若い者をそこに残し、自分は荒野へ一日の道のりを入って行った。彼は、えにしだの木の陰にすわり、自分の死を願って言った。「『主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。私は先祖たちにまさっていませんから。』」なんということでしょう?天から火を下し、バアルの預言者450人とアシェラの預言者たちを剣で打ち殺した同じ人物だとは思えません。大預言者エリヤがたった一人の怒り狂った女性を恐れて、「もう十分です。死にたいです」とは、一体どういうことなのでしょう? 

 まず、イゼベルのことについてお話したいと思います。イゼベルはシドン人の王エテバアルの娘で、政治的同盟のためにアハブと結婚しました。彼女がバアル礼拝をイスラエルに大々的に持ち込んだ張本人です。今や、エリヤによってバアルの預言者たちが殺されてしまいました。イゼベルは手負いの熊のように、怒り狂っていたのです。しかし、「天から火をくだすことのできる大預言者がなぜ恐れるのか」と思うでしょう?かなり前に、エリヤハウスで「イゼベルの霊」ということを学んだことがあります。エリヤハウス・ミニストリーは、マラキ4:6「彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。」から来ています。世の終わりになると、本当の父がいなくなり、家庭が壊れてしまうということが預言されています。エリヤハウスの1つの目的は、父の霊的権威を回復させるということです。しかし、それに対抗するために、イゼベルの霊が出現してくるということです。黙示録2章には、テアテラの教会に対して、こういうことばがあります。黙示録2:20「しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは、イゼベルという女をなすがままにさせている。この女は、預言者だと自称しているが、わたしのしもべたちを教えて誤りに導き、不品行を行わせ、偶像の神にささげた物を食べさせている。」世の終わりに、エリヤに対抗するようなイゼベルも出現するということです。これは、父の権威に対抗するイゼベルの霊であります。その証拠に、現代は、権威ということを否定するばかりか、男性が女性化しています。しかし、正しい権威はあるのです。旧約聖書に出てくるイゼベルは、バアル信仰をイスラエルに持ち込みました。しかし、アハブは王なのに、彼女のなすがままになっていました。そのため、主の預言者が殺され、国民もバアルに傾いていました。エリヤはバアルの預言者を殺し、民を真の神に向けようとしました。しかし、イゼベルが逆襲したのです。エリヤは一人の女の脅しに、おびえてしまいました。イゼベルの霊を侮ることはできません。今も、イゼベルの霊は、霊的権威とリーダーシップを弱体化するために働いています。

 では、なぜ、エリヤは彼女を恐れ、自分の死を願ったのでしょうか?それは、鬱と燃え尽きになったからです。ちなみに、鬱と燃え尽きは双子の兄弟です。エリヤはたった一人で、バアルの預言者450人、アシェラの預言者400人と戦いました。大きな声で「主よ。私に答えてください」と祈り求めました。そうしたら、天から火が降ってきました。その後、預言者たちを剣で殺しました。それで終わりではありません。カルメル山の頂上に登って、雨が降るように7度祈りました。そうすると、大雨が降って来ました。その後、エリヤはアハブの馬車の前を走りました。カルメル山からイズレエルまで、約35キロあります。フル・マラソンよりも少し短い距離です。バアルの預言者たちとの壮絶な戦い、必死の祈り、そして35キロ走ったらどうなるでしょうか?肉体的に、心理的に、そして霊的にクタクタだったと思います。そこにイゼベルの恐喝です。世の中に、ヤクザの恐喝でおびえて、夜も寝れない人がたくさんいるのではないでしょうか?エリヤが疲労困憊し、バーンアウトしているときに、イゼベルの恐喝がヒットしたのです。バーンアウトしている人を倒すのは簡単です。ひとこと、刺すような言葉を発すれば良いのです。「しっかりしてよ。それでも父親?」「それでも牧師?」おおー、そのまま倒れてしまうかもしれません。ある大学の心理学博士がこのように言っています。「10年前は2万人ほどだった日本の年間自殺者が、3万8千人へと急増しています。その増加部分の多くが中高年男性です。自殺をした中高年の多くが、本人も気づかないまま、うつ病になっていたようです。以前の日本であれば、中高年男性は職場や家庭内で尊敬されていました。しかし今や終身雇用、年功序列は崩れ、父親としての権威も失墜しました。中高年男性は自殺率と共に犯罪率も高まっています。また失業率と自殺率はこれまでリンクしてきました。社会構造の変化と大不況の中、今日本の中高年男性は危機的状況にあります。自殺する中高年男性は、必死で家を守り、プライドを守ろうとしてがんばり、ポッキリと折れていきます。」 

 ウェイン・コディロ牧師が『あなたが燃え尽きてしまう前に』という本を書いています。ウェイン・コディロ自身も52歳のとき、鬱と燃え尽きになり、3年間ミニストリーを休んだそうです。その本の中に、ウェイン・コディロ牧師の経験と酷似している「先達の証言」がありました。「私は誰よりも先に、自分が燃え尽きかけていることに気づきました。それで周りの人たちに休暇が欲しいと言い続けたのですが、帰ってくる答えはいつも、「今はこれこれのプログラムの最中ですから、あなたがいないと困ります」でした。そしてさまざまなことを私のところに持ってくるのですが、私は判断力に霧がかかったような状態になっており、決断がつきませんでした。私は人と向き合うことを避け始め、ついにはオフィスに行けなくなってしまいました。涙が止まらなくなった私を見て、周りの人々もついに休養の必要を理解してくれました。私が何かの罪を犯したのではないかと疑う人もいましたが、その時の私は自分のことだけで手いっぱいで、他の人のことを考えている余裕はありませんでした。人生のどん底と言ってもいい大変な時期でしたが、今振り返ってみると、何物にも替え難い大切な教訓をその時期に学んだと思います。私は神さまに腹を立てていました。祈りが聞かれていないと感じたからです。いくら答えを求めても与えられず、絶望感でいっぱいでした。教会でも数々の問題が起こり、何故そんなに問題ばかり起こるのだろうと感じていました。毎日、神さまとは何者なんだろうかと言う疑問と格闘し、信じることを諦めそうになっていました。私の理解では、神さまは祈り、断食すれば必ず解決を与えてくれる方だったのです。バーンアウトの初期の頃は、とにかく前進することだけを考えました。その頃は良く「お前ならできる」と自分に言い聞かせた物です。私は混乱していました。何度も何度も、「一体どうしてこうなってしまったんだ?」と自問しました。

 ヤコブが「エリヤは、私たちと同じような人であった」と記しているのは、何と言う慰めでしょうか?あの大預言者エリヤも鬱と燃え尽きになったのです。私たちも多忙な社会において、鬱や燃え尽きになる可能性があるということです。クリスチャンは「霊的には」とか、「信仰によって」と言いがちです。しかし、これは心と肉体の問題です。全部、霊によって解決しようとすると、空回りに終わってしまうかもしれません。私たちは土の器という肉体の中に、宝を持っていることを忘れてはいけません。


2.エリヤの回復

 神さまは燃え尽きたエリヤをどのように取り扱われたのでしょうか?神さまは、御使いを遣わしました。Ⅰ列王記19:5-7「彼がえにしだの木の下で横になって眠っていると、ひとりの御使いが彼にさわって、『起きて、食べなさい』と言った。彼は見た。すると、彼の頭のところに、焼け石で焼いたパン菓子一つと、水の入ったつぼがあった。彼はそれを食べ、そして飲んで、また横になった。それから、【主】の使いがもう一度戻って来て、彼にさわり、「起きて、食べなさい。旅はまだ遠いのだから」と言った。」エリヤがケリテ川に身を隠していたとき、主はからすに命じて養わせました。朝と夕に、からすがパンと肉を運んでくれました。その次に主は、ツァレパテのやもめに命じて給仕させました。今度は、天の使いの世話を施しました。沢村五郎と言う人が『聖書人物伝』という本で、エリヤのことを書いています。「天の使いは夜もすがら彼を抱きつつ見守ったであろう。その夜の眠りは、どんなに甘かったことであろうか。天の使いの優しい手ざわりに心地良く目覚めて、まくらもとを見ると、そこにはパンと水が備えられている。エリヤは慈母の膝に目ざめた幼児のように、食べ、かつ飲んだ。そのなごやかな安息の気分は、また彼を眠らせた。主の使いは再び彼を起こして、食べさせ、かつ飲ませた。エリヤの心身は、深い眠りと飲食によって再び爽やかにされたであろう。」アーメン。私も「天の使いの世話を受けたいなー」と思いました。家内は看護師ですが、私は滅多に病気で倒れることがありません。医学を否定するようなことを言って、喧嘩をふっかけることがあります。しかし、強靭な私も10年に1回くらい弱ることがあります。10数年前は、インフルエンザにかかり立てなくなりました。迎えに来たタクシーまで歩けませんでした。昨年の9月は熱中症にかかり、初めて救急車に乗りました。病院で3時間くらい点滴を受けました。この時ばかりは、家内が天使に見えました。

 エリヤはさらに深い神の取扱いを受けるために、40日40夜、歩いて、神の山ホレブに着きました。ホレブというのは、モーセが十戒を受けた同じ山です。主は「エリヤよ。ここで何をしているのか」と仰せられました。Ⅰ列王記19:10-12「エリヤは答えた。『私は万軍の神、主に、熱心に仕えました。しかし、イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうとねらっています。』主は仰せられた。『外に出て、山の上で主の前に立て。』すると、そのとき、主が通り過ぎられ、主の前で、激しい大風が山々を裂き、岩々を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風のあとに地震が起こったが、地震の中にも主はおられなかった。地震のあとに火があったが、火の中にも主はおられなかった。火のあとに、かすかな細い声があった。」エリヤは自分の悩みを主の前にさらけだしました。まるで、泣き言のように思えます。それに対して、主は何も答えていません。ただ、「外に出て、山の上で主の前に立て」と仰せられただけです。激しい大風、地震、火という描写は何を想像させるでしょうか?そうです。モーセがシナイ山の頂で経験したことと全く同じです。主が現れたときは、雷と稲妻、火と地震がありました。おそらく、エリヤもそのように自分に語ってくれるだろうと期待したのでしょう。しかし、主は風の中かにも、地震の中にも、火の中にもおられませんでした。火のあとに、かすかな細い声がありました。これは、一体どういうことでしょう?エリヤのこれまでの奉仕は、どちらかと言うと劇的なものでした。たった一人で戦い。天から火を下し、剣でバアルの預言者を切り殺し、大雨を降らせました。その後、イゼベルの恐喝で屈してしまいました。本当に激しい戦いで、霊も心も体もボロボロでした。鬱と燃え尽きの人に、大風や地震、火、あるいは大声で語ってはいけません。か細い命が、消し去られるでしょう。主は、かすかな細い声で語られました。なんという、主のおはからいでしょうか!

 先ほど引用した、エリヤハウスで燃え尽きの癒しについて書かれていました。「中でも第三段階まで燃え尽きが進んでしまった人の場合、神様からの慰めすら冷たい石のようにしか感じられなくなるからである。みことばを読んでも、何の慰めにもならないこともあるだろう。だから祈りも、意味がないように思われることがある。一生懸命、尽して、尽して、奉仕してきた。しかし、最後には見放されたような心境になっているからである。だから、私たちは無条件にサポートするように助けていかなければならない。一緒に過す時間をその人が求めるなら、それはすばらしいことである。一緒に何か、面白い映画に行くことも良いだろう。自分がこれまで背負っていた重荷について忘れられるような映画など。「ゴミ捨て場の犬になりましょう」というのがある。アメリカの犬の中でも、ゴミ捨て場にたむろしているような野良犬は、すごく怖い。「お前たちにとっては、ゴミ溜かもしれないが、俺たちにとっては大事なゴミ捨て場だ」と吼えてくる。私たちも同様に「この人は、燃え尽きて、今は役に立たないような人間に見えるかもしれないが、でも、私たちの大事な友人です」という態度で、私たちはその人を守って行かなければならない。それほどの忠誠心を尽してその人を守ってあげることが大切である。そういう人のことを頭に思い浮かべては涙が出る。多少回復してきて、初めて自分についていろいろなことが見えるようになってくる。自分が苦しんでいることの意味というのが分かるようになってくる。」

 主なる神は、エリヤに具体的な解決策を与えました。第一は、「ダマスコのハザエルに油を注いで、アラムの王とせよ」と命じました。第二は、「ニムシの子エフーに油を注いで、イスラエルの王とせよ」と命じました。第三は、「シャファテの子エリシャに油を注いで、あなたに代わる預言者とせよ」と命じました。エリシャはエリヤの後継者になる人です。預言者の務めは、王や預言者に油を注いで、任命することです。では、だれがアハブ王とイゼベルをさばくのでしょうか?エリシャが任命した王や預言者がさばくと言っています。Ⅰ列王記19:17「ハザエルの剣をのがれる者をエフーが殺し、エフーの剣をのがれる者をエリシャが殺す。」Ⅱ列王記10章に、エフーによって、主がアハブの家について告げられたことが成就したことが記されています。アハブの家は跡形もなく滅ぼされてしまいました。エリヤは「私はたった一人で戦い、たったひとり残りました」と主に告げています。しかし、そうではありませんでした。Ⅰ列王記19:18 「しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残しておく。これらの者はみな、バアルにひざをかがめず、バアルに口づけしなかった者である。」エリヤは全イスラエルが真の神から離れ、バアルを拝んでいると思っていました。「自分には一人も味方がいない」と孤独な戦いを続けていました。しかし、そうではありません。主は、バアルにひざをかがめず、バアルに口づけしなかった7000人を残しておかれました。7000人とは、エリヤの支持者たちです。エリヤは意識していませんでしたが、7000人がエリヤのために祈って支えてくれていたのです。ハレルヤ! 

 7000人とは結構な数ではないでしょうか?日本も宣教が難しい国であると良く言われます。宣教師が何十年も働いても、実が結ばないで、失望のうちに帰国する人がたくさんいます。日本の牧師たちは「自分のところがいかに難しいか」といつくも理由をあげます。「いや、私の方がもっと難しい」と競い合ったりします。しかし、それは違います。主が北イスラエルに、バアルにひざをかがめず、バアルに口づけしなかった7000人を残しておかれました。同じように、この日本にも純粋な信仰をもっている人たちを用意しておられると信じます。実は使徒パウロもローマ11章でこのみことばを引用しています。パウロの時代はユダヤ人がキリストを信じないばかりか、教会を迫害しました。それで、パウロは異邦人のところに福音を伝えました。しかし、どうにかして同胞のユダヤ人が救われないものかと、祈っています。ローマ11:3-5「『主よ。彼らはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇をこわし、私だけが残されました。彼らはいま私のいのちを取ろうとしています。』ところが彼に対して何とお答えになりましたか。『バアルにひざをかがめていない男子七千人が、わたしのために残してある。』それと同じように、今も、恵みの選びによって残された者がいます。」パウロは、7000人のことを「恵みの選びによって残された者」と言っています。私たちは「ああ、もっと伝道しなければならない」と思います。伝道も大切です。しかし、もっと大切なことは、神さまはこの日本にも、「恵みの選びによって残された者」を備えておられるということです。ギャラップの調査によると、「日本には潜在的なクリスチャンの数が3割いる」というデーターがありました。彼らは「私はクリスチャンです」と、公に告白していません。また、こういう地方教会にもつながっていません。でも、心の中で、「もし、神さまを信じるならキリスト教の神さまだな」と思っているということです。「勝手なこというな!」とギャラップに文句を言いたくなります。しかし、神さまはこの日本にも、「恵みの選びによって残された者」を備えておられるということです。献身者一人が戦っているのではありません。牧師一人が戦っているのでもありません。そうではなく、神さまはバアルにひざをかがめず、バアルに口づけしなかった者、7000人を用意しておられます。ここにいる私たちは「私はクリスチャンになります」「私はクリスチャンです」と表面に出てきた人たちです。しかし、まだ、日本には表に出て来ていない、潜在的なクリスチャンが大勢いるということです。聞くところによると、創価学会の代表が死んだら(もう死んだという説もありますが)、3分の1がキリスト教会に来るだろうと言われています。彼らの中にも真面目に神さまを求めている人たちがいるのです。「キリストの神さまがこそが本物ではないだろうか?」と教会にやってくるかもしれません。そのとき、私たちは「アーメンその通りです」と彼らを受け入れ、彼らを養育していく責任があります。そのためには、私たちは命がけで、キリストの神さまを信じて、愛している必要があります。せっかく彼らが教会にやって来たのに、「なーんだ。なまぬるい信仰だな」と躓かせてはいけません。肉的にがんばる必要はありませんが、「エリヤの神は私の神」と誇りながら、全身全霊をもって従っていきたいと思います。この日本にも、恵みの選びによって残された者が多数いることを信じましょう。


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2014年3月 9日 (日)

火を下したエリヤ     Ⅰ列王記17:1-16

火を下したエリヤ     Ⅰ列王記17:1-16      2014.3.9

 エリヤは「主は神である」という意味です。ソロモンの後、北と南に王国が分裂しました。北王国のヤラベアムは、自分勝手に神殿を作り、金の子牛を拝ませました。それ以来、北王国には、良い政治を行う王は一人も起こりませんでした。Ⅰ列王記16章後半にその頃の背景が記されています。南ユダのアサ王の第38年、オムリの子アハブが北イスラエルの王になりました。彼は、以前のだれよりも主の前に悪を行いました。最悪の王、アハブは異邦のシドン人のイゼベルを妻にめとりました。彼はイゼベルに言われるまま、バアル信仰を大々的に導入しました。バアルは農壌神であり、性的堕落をもたらす祭儀が組み込まれていました。そこに、突然エリヤが現れ、アハブに主のことばを告げました。


1.訓練を受けたエリヤ

 Ⅰ列王記17:1「私の仕えているイスラエルの神、【主】は生きておられる。私のことばによらなければ、ここ二、三年の間は露も雨も降らないであろう。」これは、偶像礼拝に対する、主のさばきであります。露も雨も降らなければ、穀物を収穫できないし、家畜も草を食べることができません。当然、エリヤは命を狙われるでしょう。17:2-3「それから、彼に次のような【主】のことばがあった。「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。そして、その川の水を飲まなければならない。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」エリヤは主のことばどおりにしました。するとどうでしょう?烏が朝になると彼のところにパンと肉を運んできました。また、夕方になるとパンと肉を運んできました。エリヤはそれを食べ、川から水を飲みました。烏が人からパンと肉を盗むということは聞いたことがあります。しかし、何かの間違いでしょうか?あの狡猾で自己中の権化の烏が、人に食べ物を持ってくるとはどういうことでしょう?ここで注目すべきことは17:4「私は烏に、そこであなたを養うように命じた」という主のことばです。そうです。全世界を支配しておられる、神さまが烏に「谷川にエリヤという人物がいるから、朝と夕にパンと肉を運べ」と命じたのです。数羽の烏は「カァ」と叫んで、交代、交代に、どこからかパンと肉を見つけて、エリヤのもとに忠実に運んだのです。本当は自分たちで食べたかったのに、エリヤに与えたのです。ちょっと常識では考えられません。「すごいなー」と思います。でも、烏に養われたエリヤはどう思うでしょうか?「俺は、烏に養われているのか?俺は、烏よりも劣るのか?」と思ったのではないでしょうか?これが重要なのです。大預言者エリヤはまず、烏に養われる必要があったのです。

次にどうなったでしょう?Ⅰ列王記17:7 「しかし、しばらくすると、その川がかれた。その地方に雨が降らなかったからである。」命の綱であった、川の水もなくなりました。そこまで、ききんが深刻だったと言うことです。さあ、どうしたら良いでしょう。17:8「すると、彼に次のような【主】のことばがあった。『さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしは、そこのひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている。』」こんどは、烏ではなく、異邦人のやもめを頼れと言うのです。烏もそうですが、やもめも頼りにならない存在ではないでしょうか?そのやもめは、最後のパンを食べて、子どもと一緒に死のうと思っていました。ちょうど、パンを焼くためのたきぎを拾うために出て来ていました。エリヤは彼女に出会って、何と言ったでしょう?「水さしから水を飲ませてください」。さらに、「一口のパンを持ってきてください」と言いました。「人でなし」という言葉は、こういう時に使うのではないでしょうか?やもめと子どもの最後の食事を「私によこせ」と言っているからです。彼女には、かめの中の一握りの粉と、つぼの中にほんの少しの油しかありませんでした。やもめは、言われたとおり、小さなパン菓子を作り、エリヤのところに持っていきました。しかし、どうなったでしょう?Ⅰ列王記17:16「エリヤを通して言われた【主】のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかった。」パンを作ると、使った分だけ、かめには粉が増えました。また、使った分だけ、つぼの油が増えました。翌日、パンを作ると、使った分だけ、かめには粉が増えました。また、使った分だけ、つぼの油が増えました。次の日も、次の日も、不思議なことが続きました。「いつまでも、なくならなかった」ということです。「そんな馬鹿な?」と言わないでください。これは、主の奇蹟です。アーメン。おそらく、1年以上、雨が降るまで、こういうことが続いたと思われます。やもめと子どもは、エリヤを世話したことによって、自分たちも生き延びることができたのです。エリヤはこのあと天から火をくだす奇跡を行います。神さまは御自分が用いようとする人には、必要な訓練をお与えになります。彼は3年半、身を隠していました。ケリテ川のほとりでは烏に養われました。川の水がかれた後は、シドンのやもめのところに身を寄せました。しかし、神さまはエリヤを忘れてはいませんでした。Ⅰ列王記18:1「それから、かなりたって、三年目に、次のような主のことばがエリヤにあった。『アハブに会いに行け。わたしはこの地に雨を降らせよう。』」

エリヤは大きな奇跡を行う前に、3年半の訓練を受けました。どのような訓練でしょうか?Ⅰ列王記16章後半からよく出てくる表現は「主のことば」とか「主のことばのとおりです」。合計6回出てきます。「ケリテ川で烏に養われよ」と言われれば、「主のことばのとおりにしました」。また、「シドンのツァレファテのやもめのろころへ行け」と「主のことば」があれば、それに従いました。主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油がなくなりませんでした。その後、やもめの息子が突然、死にました。やもめは「世話をした私に災いを下して、息子を死なせるのですか」と恨み事を言いました。しかし、エリヤはその子のために祈りました。すると、その子は生き返りました。やもめは「今、あなたが神の人であり、主のことばが真実であることを知りました」と告白しました。エリヤは「主のことばは必ずなる」という、信仰の訓練を受けたのです。こういう信仰の積み重ねが、やがて、天から火を下すことのできる信仰となったのです。私たちはまず、ふだんの生活において、主のことばのとおり生きるという信仰の訓練が必要です。その積み重ねが、やがて大きな信仰へと成長するのです。

2.天から火を下したエリヤ

Ⅰ列王記18:17-19 「アハブがエリヤを見るや、アハブは彼に言った。『これはおまえか。イスラエルを煩わすもの。』エリヤは言った。『私はイスラエルを煩わしません。あなたとあなたの父の家こそそうです。現にあなたがたは【主】の命令を捨て、あなたはバアルのあとについています。さあ、今、人をやって、カルメル山の私のところに、全イスラエルと、イゼベルの食卓につく四百五十人のバアルの預言者と、四百人のアシェラの預言者とを集めなさい。』」それから、2つの祭壇がつくられました。1つはバアルのために、もう1つはエリヤが言う主のために、です。それぞれ、牛を切り裂き、たきぎの上に載せます。しかし、火をつけてはいけません。エリヤはこう言いました。Ⅰ列王記18:24「『あなたがたは自分たちの神の名を呼べ。私は【主】の名を呼ぼう。そのとき、火をもって答える神、その方が神である。』民はみな答えて、『それがよい』と言った。」天から祭壇に火を下すことができた方が、まことの神さまだということです。一方は450人のバアルの預言者、他方はエリヤひとりしかいません。そこにいたイスラエルの民は、どっちにつくか迷っていました。まず、バアルの預言者たちが祭壇を作り、たきぎの上に切り裂かれた雄牛を載せました。彼らは朝から真昼まで、「バアルよ。私たちに答えてください」とバアルの名を呼びました。しかし、何の声もなく、答える者もありませんでした。そこで、彼らは自分たちが作った祭壇の周りを踊り回りました。エリヤは彼らをあざけって言いました。ここからは、リビングバイブルを引用したいと思います。「もっと、もっと大声を出せ。そんな声じゃ、お前たちの神には聞こえんぞ。だれかと話し中かもしれんからな。トイレに入っているかもしれんし、旅行中かもしれん。それとも、ぐっすり寝込んでいて、起こしてやる必要があるかもしれんな。」「トイレ」とはものすごく砕けた訳です。彼らはますます大きな声で呼ばわり、剣や槍で血を流すまで自分たちの体を傷つけました。夕暮れ時まで騒ぎましたが、何の声もなく、答える者もなく、注意を払う者もありませんでした。8時間くらいそうしていたのでしょう。あとで、450人のバアルの預言者が剣で殺されますが、疲労困憊の状態で抵抗できなかったと思います。

さあ、こんどはエリヤの番です。エリヤも同じ祭壇を築いて、たきぎの上に切り裂いた雄牛を載せました。しかし、それだけではありません。エリヤはわざと燃えにくくするために、たきぎの上に三度も水をかけさせました。また、祭壇の周りに溝を掘らせ、そこにも水を満たしました。私もキャンプ・ファイヤーを何度も見たことがありますが、たきぎに水をかける人はいません。これでは、マッチや着火マンがあっても無理です。預言者エリヤが進み出て、こう祈りました。Ⅰ列王記18:37「私に答えてください。【主】よ。私に答えてください。この民が、あなたこそ、【主】よ、神であり、あなたが彼らの心を翻してくださることを知るようにしてください。」18:37「すると、【主】の火が降って来て、全焼のいけにえと、たきぎと、石と、ちりとを焼き尽くし、みぞの水もなめ尽くしてしまった。民はみな、これを見て、ひれ伏し、『【主】こそ神です。【主】こそ神です』と言った。」なんと、いけにえだけではなく、祭壇の石まで焼き尽くし、溝の水もなめ尽してしまいました。おそらく、落雷のように火の玉が下ったのでしょう。その後、エリヤは「バアルの預言者たちを捕えよ。ひとりも逃すな」と、民たちに命じました。エリヤは彼らをキション川に連れて下り、そこで彼らを殺しました。なんという力ある預言者でしょうか。エリヤはイザヤのように文章は残しませんでした。しかし、行動によって「主が神である」ことを教えたのです。エリヤはたった一人で、バアルの預言者450人と、アシェラの預言者400人と戦いました。イスラエルの民は「どっちにつくべきか」迷っていました。しかし、天から火が下って来て、民たちはエリヤの神が本当であることを知りました。私たちはエリヤの情熱と勇気を学ぶ必要があります。私たちのまわりに、神さまを信じない人が99%いようとも、信仰を捨ててはいけません。私たちの神さまは必要とあらば、天から火を下してご自分がまことの神であることを証明してくださるからです。


3.大雨を降らせたエリヤ

 Ⅰ列王記18:41以降に、エリヤが祈って大雨を降らせた記事がのっています。エリヤはカルメル山の頂上に登り、地にひざまずき、自分の顔をひざの間にうずめました。一体、どんな格好で祈ったのでしょう?必死に祈ったのでしょう。エリヤは、従者に「さあ、上って行って海のほうを見てくれ」と言いました。従者は「何もありません」と答えました。エリヤは「七たび繰り返すのだ」と言いました。再び、エリヤは顔をひざの間にうずめ祈りました。その後、従者が見に行きました。「何もありません」。また、エリヤは顔をひざの間にうずめ祈りました。その後、従者が見に行きました。「何もありません」。また、エリヤは顔をひざの間にうずめ祈りました。その後、従者が見に行きました。「何もありません」。また、エリヤは顔をひざの間にうずめ祈りました。七度目、従者は「あれ。手の平ほどの小さな雲が海から上っています」と言いました。しばらくすると、空は濃い雲と風で暗くなり、やがて激しい大雨となりました。近くに来ていたアハブ王は、車(馬が引く車)に乗って、避難しました。主の手がエリヤの上にあったので、エリヤは腰をからげて、アハブの前を走って行きました。何というパワーでしょう。

 新約聖書のヤコブ書にエリヤのことがこのように記されています。ヤコブ5:17 「エリヤは、私たちと同じような人でしたが、雨が降らないように熱心に祈ると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。そして、再び祈ると、天は雨を降らせ、地はその実を実らせました。」ヤコブは雨が降らないように熱心に祈りました。3年半、雨が降りませんでした。その後、雨が降るように再び祈りました。そうすると雨が降り、地はその実を実らせました。この祈りによる奇跡は、どんなメッセージなのでしょうか?実はバアルは農作物の農壌をもたらす神と考えられていました。この神は雨と霧と露を支配し、カナン人の農耕の鍵を握っているとされていました。しかし、エリヤの神こそ、まことの神であり、雨を3年半留め、また再び雨を降らせました。エリヤはそのことを民たちに証明したのです。でも、その奇跡が起こるために、エリヤは祈る必要がありました。旧約聖書においてエリヤは特別な人物と考えられていました。なぜなら、天から火をくだしたり、雨をとどめたり、また、降らせたりしたからです。現代の科学の力をしても、そんなことは不可能です。天気の予報はできますが、天候を変えることはできません。

 ここで注目すべきことは、エリヤは雨が再び、降るために7度、祈ったということです。7は聖書では完全数です。ですから、エリヤは雨が降るように祈り抜いたということです。7度目に従者が「あれ。手の平ほどの小さな雲が海から上っています」と言いました。本当に小さな雲だったと思いますが、祈りの答えが見えました。エリヤは激しい大雨がやってくることを知りました。しるしが見えたならば、もう祈っていません。私たちも回数はともかく、神さまのしるしが見えるまで、祈り抜く必要があります。私も祈りますが、祈り抜くというところまで行かないときが多くあります。祈りが一方通行で、「きっと届いたと思います」位です。もちろん、どのような祈りであっても神さまは聞いてくださいます。しかし、こういう神さまの奇跡が起こるように祈る祈りは、普通の祈りでは足りないと思います。しるしが見えるまで、祈り抜くということが大事です。私も癒しの祈りを良くしますが、一生懸命になって、目をつぶって祈ってしまいます。私に癒しを伝授してくださった中島先生は、「目をつぶってはいけない、目を開けて祈りなさい」と教えてくださいました。聖霊様がその人に触れているかどうか見ることができるからです。「あ、聖霊様が何かをし始めたな」と分かったら、あとは任せれば良いということです。私たちの生涯で、祈り抜いたという経験がおありでしょうか?

先月、関東コーチングで横田先生がここでメッセージしてくださいました。会堂建築を今年始めることになったそうですが、役員の中に建築士1級の人がいるそうです。その方が、東京オリンピックが決まったので資材が30%上がったと言いました。今、手元に1億円しかありません。もし、それに合わせるとしたら、30%質を落とさなければなりません。横田先生はそういう場合は、飯能市の名栗川上流に祈るために行きます。川のそばにテントを張り、たき火を起こして、祈るわけです。あるときは、テントに泊まるそうです。まあ、熊が出るようなところです。横田先生はマタギに見えるので、熊も怖がるかもしれません。そのとき、祈りに祈りました。そうしたら、神さまが必要を与えてくださるという信仰が来たそうです。つまり、予算で会堂を決めるのではなく、ビジョンで決めるという信仰をいただきました。そのことを役員会に語ったら、みんな「そうしよう」と一致できたそうです。大変励ましを受けましたが、「私は最近、そのような祈りはしていないなー」と反省させられました。なぜ、エリヤは7度もしるしが見えるまで祈ったのでしょう?なぜ、私たちはある場合、祈り抜かなければならないのでしょうか?それは、サタンが私たちの祈りを邪魔しているからです。特に、環境や状況を変えるための祈りは、祈り抜かなければなりません。神さまは第三の天におられます。私たちが住んでいる地上は第一の天です。しかし、その中間の第二の天は霊的な世界です。天使も働いていますが、悪魔も働いています。もし、私たちが「みこころならばお願いします」とか「できたらお願いします」みたいな中途半端な祈りなら、途中でつき飛ばされてしまうでしょう。たとえば、バスケットボールで、だれかがシュートしたとします。しかし、相手側はジャンプして手前でボールを叩き落とそうとします。敵のドリブルやパスを奪うことをインターセプトと言います。追撃機が追撃するときも言うようであります。サタンは神さまと地上の間にいて、私たちの祈りを奪い取ろうとします。もちろん、私たちは霊的には神さまの御座にいます。しかし、奇跡を呼び求めるための祈りは、地上から必死に祈る必要があります。どうしてもそこには、霊的な妨げが伴います。そこで、私たちはサタンの妨げを破って、祈り抜く必要があります。

 使徒パウロはエペソの人たちに、とりなしの祈りの重要性を教えています。とりなしの祈りというのは、その人に代って祈ることです。どうしても、本人の祈りが弱いときがあります。あのパウロですら、自分のために祈ってくださいとお願いしています。エペソ6:18-19「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。」日本は、北イスラエルと同じような偶像の国です。首相自ら、偶像を拝んでいるような国です。また、まことの神さまも、聖書も信じていない日本人は、サタンの思うままになっています。私たちは自分のためだけではなく、教会のため、家族のため、地域社会のため祈る必要があります。神さまは全能のお方ですが、私たちの祈りを通してでなければ、働けない分野があります。世の終わり、エリヤのようにみことばにまっすぐ従う人とエリヤのような祈りが必要です。エリヤはたった一人で戦ったのですから、人数の多さではありません。当時の人々は、火をもって答える神を待っていました。今の人たちも、本当の神さまがいたなら、信じたいと思っているのではないでしょうか。神さまからチャレンジをいただいたら、それにこたえる者となりましょう。エリヤの神は火をもって答える神です。私たちも、エリヤのように祈り抜いて、神さまの奇蹟を体験したいと思います。


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2014年3月 2日 (日)

神に求めたヨシャパテ     Ⅱ歴代誌17:1-6 

 ヨシャパテは、南ユダの四代目の王様です。イスラエルのダビデに次ぐ、善い王様ではないかと思います。現在、多くの国は王制ではなく民主国家であり、大統領や首相が国を治めています。日本も含めて、「このような政治をしたなら神さまの祝福が受けられる」という共通点が記されています。また、国レベルまでいかなくても、教会や個人のあり方においても十分に学ぶところがあります。きょうは、Ⅱ歴代誌17章から20章まで、1章ずつ分けながらお話したいと思います。


1.神に求めたヨシャパテ

 Ⅱ歴代誌17章から、ヨシャパテがした良いわざを見てみたいと思います。17:2「彼はユダにあるすべての城壁のある町々に軍隊を置き、ユダの地と、彼の父アサが攻め取ったエフライムの町々に守備隊を置いた。」国が軍隊を持つことの是非はともかく、国を守ることは大切だと思います。ヨシャパテは攻撃するためではなく、国を守るために城壁の町を作り、守備隊を置きました。私たちも心の中に守りが必要ではないでしょうか?何を見るか、何を聞くか情報を制限することが必要です。現代は情報があふれ過ぎて、不必要なものまで入ってきます。また、どんな仕事をするか、どんな人と付き合うか、どんな教会に属するかも考えなければなりません。当教会は聖書を誤りなき神のことばとして、信じている教会です。メッセージのジョークは霊感されていませんので、少し笑って聞き流してください。また、ヨシャパテは霊的に正しい道を求めました。17:3-4「主はヨシャパテとともにおられた。彼がその先祖ダビデの最初の道に歩んで、バアルに求めず、その父の神に求め、その命令に従って歩み、イスラエルのしわざにならわなかったからである。」北イスラエルは手て造った神々を拝んでいました。しかし、彼はダビデの道を歩み、バアルの神ではなく、真の神さまに求めました。彼は「その命令に従って歩んだ」とありますが、それは律法と命令を守ったということです。9節にありますが、彼はレビ人の中から、リーダーを任命し、主の律法を教えるために町々を巡回させました。その結果、どうなったのでしょう?17:5「そこで、主は、王国を彼の手によって確立された。ユダの人々はみなヨシャパテに贈り物をささげた。彼には、富と誉れが豊かに与えられた。」アーメン。10節以にそのことが具体的に書かれています。17:10-12そこで、【主】の恐れが、ユダの回りの地のすべての王国に臨んだため、ヨシャパテに戦いをしかける者はだれもなかった。また、ペリシテ人の中から、ヨシャパテに贈り物とみつぎの銀を携えて来る者があり、アラビヤ人も、彼のもとに羊の群れ、すなわち、雄羊七千七百頭、雄やぎ七千七百頭を携えて来た。こうして、ヨシャパテはしだいに並みはずれて強大になり、ユダに城塞や倉庫の町々を築いた。」言うことなしという感じです。このように、神さまを第一に求めるならば、祝福が後からついてくるのです。この原則は国家レベルにおいても、個人の生活においても適用できる神の法則です。法則というのは、どの時代、どの国、どんな人にも共通して起こる真理であります。

 続いて、Ⅱ歴代誌18章にはヨシャパテの失敗した出来事について記されています。彼は神さまが憎んでいる北イスラエルと同盟を結びました。歴代誌18:1-2「こうして、ヨシャパテには富と誉れとが豊かに与えられたが、彼はアハブと縁を結んだ。何年かたって後、彼が、サマリヤに下ってアハブのもとに行ったとき、アハブは彼および彼とともにいた民のために、おびただしい羊や牛の群れをほふったうえ、彼を誘い込んで、ラモテ・ギルアデに攻め上らせようとした。」政治においては、他の国と同盟を結ぶことはとても重要かもしれません。南ユダは、父アサの時代に、北イスラエルに責め込まれたことがありました。その理由もあってか、ヨシャパテは北イスラエルのアハブと同盟を結びました。その証として、アハブの娘を自分の息子の嫁にもらいました。このことが後で災いの火種になります。ヨシャパテは、北イスラエルと同盟を結んだために、アラムとの戦争に誘われました。アラムは戦場において、イスラエルの王だけを狙いました。姑息にも、イスラエルの王は普通の兵士に変装していました。なんと、王服を着ていたヨシャパテがアラムに取り囲まれてしまいました。そのとき、ヨシャパテが助けを求めたので、主が彼を助けました。アラムの一人の兵士が何気なく弓を放ちました。その矢がイスラエルの王の首から胸に刺さりました。王は血を流したまま戦車の上で死にました。ヨシャパテは命からがら逃げてきました。

 Ⅱ歴代誌19章には、ヨシャパテが悔い改めたことが記されています。ヨシャパテが戦争から帰ってきたとき、予見者からこのように言われました。19:2「悪者を助けるべきでしょうか。あなたは主を憎む者たちを愛して良いのでしょうか。あなたの上に、主の前から怒りがくだります。しかし、あなたは良いことも幾つか見られます。あなたはこの地からアシェラ像を除き去り、心を定めて神を求めて来られました。」このとき、ヨシャパテは心を翻して主に従いました。彼の父アサは、予見者から忠告されたとき、怒りを発して、彼に足かせをかけて拘留しました。両足が病気になっても、主に求めることをしませんでした。しかし、ヨシャパテは悔い改めて、国を正しく治めました。Ⅱ歴代誌19章4節からヨシャパテが行ったことが1つ1つ記されています。彼は、民の中に出ていき、その父祖の神、主に立ち返らせました。また、ユダにあるすべての城壁のある町々にさばきつかさを立て、主を恐れ、正しいさばきをするように命じました。また、エルサレムにおいては、レビ人と祭司あるいは一族のかしらたちの中から、主のさばきと訴訟に携わる者たちを任命しました。ヨシャパテは彼らにも「主を恐れ、忠実に、また全き心をもって、行いなさい。」と警告しました。そして、最後に「勇気を出して実行しなさい。主が善人とともにいますように」と祝福しました。まとめていうなら、王は司たちを任命し、彼らに権威を与え、正しいさばきをするように命じたということです。英語にエンパワリングという言葉があります。日本語では、「権威委譲」とか、「能力付与」などと訳されています。ヨシャパテは一人で国を治めることができません。それでふさわしい長を選び、彼らに、政治、防備、裁判、律法の教育などを任せていったということです。彼らに対して、主を恐れるように警告し、励まし、そして祝福しました。ヨシャパテはダビデやソロモンのようなカリスマ的なリーダーではありませんでしたが、忠実に国を治めた王様でした。

 私たちは前半のメッセージからどのようなことを適用として学ぶべきでしょうか?ヨシャパテの良いところは何だったのでしょうか?Ⅱ歴代誌17から19章までお話しました。また、第二ポイントでは20章からお話します。それら中で、注目すべきことばがあります。それは、ヨシャパテが「神に求めた」「主の助けを求めた」ということです。残念ながら、北イスラエルのアハブと同盟を結ぶときは、神に求めませんでした。だから、失敗を犯してしまいました。20章後半でも再び、北イスラエルと同盟を結び、失敗しました。しかし、他のところでは神に求めたので、神さまの守りと祝福が及びました。彼は神さまからいただいた王としての権威をひとりじめしないで、長たちを選んで分与しました。私たちの信仰生活において、神さまに求めている分野と、神さまに求めていない分野があるのではないでしょうか?でも、「神に求める」とはどういう意味なのでしょうか?箴言3:6-7「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。自分を知恵のある者と思うな。【主】を恐れて、悪から離れよ。」とあります。「どこにおいても、主を認めよ」と例外はないということです。私たちはこの世のことに対しては、頭が切り替わってしまいます。いろんな保険がありますが、「万が一のことがあるから」と言われて、補償を大きくします。医者の診断を絶対的なもののように信じます。多くの医者は責任逃れするために、最悪のことを言います。お金のこととなると、信仰を度返しする人がいます。特に経済的に手腕のある人がそうです。自分の得意分野になると、別のスイッチが入って、主を認めないで、自分の知恵や力でやってしまいます。

本当に私たちは意識しないと、主を忘れ、自分の思いを優先させてしまいます。そのためには、まず手を休めて、祈ることが大切です。いろんな祈りがありますが、重要なことに対しては両手を組みます。これは大変すばらしい形だと思います。「主よ、今、このところでもあなたを認めます。私自身の力には頼りません。どうかあなたが助けてください。私の思いではなく、あなたの思いがなりますように。どうかあなたのみこころが、私の思いを支配しますように。アーメン。」しばし、そのような時間を持つと、思いが切り替わるのではないでしょうか?神さまに求めることは、弱々しいという意味ではありません。むしろ、主の助けを求めながら、主の王道を歩むということです。この世の道が目の前に美しく開かれているかもしれません。あるいは、八方塞がりの時もあるでしょう。しかし、どんな時でも、神さまを求めましょう。そうすると、この世には隠された道が開けてきます。箴言3:6-7「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。自分を知恵のある者と思うな。【主】を恐れて、悪から離れよ。」


2.主を賛美したヨシャパテ

Ⅱ歴代誌20章には、敵がユダ王国に攻めて来た時のことが記されています。ヨシャパテはどう対処したのでしょうか?Ⅱ歴代誌20:1-4「この後、モアブ人とアモン人、および彼らに合流したアモン人の一部が、ヨシャパテと戦おうとして攻めて来た。そこで、人々は来て、ヨシャパテに告げて言った。『海の向こうのアラムからおびただしい大軍があなたに向かって攻めて来ました。早くも、彼らはハツァツォン・タマル、すなわちエン・ゲディに来ています。』ヨシャパテは恐れて、ただひたすら【主】に求め、ユダ全国に断食を布告した。ユダの人々は集まって来て、【主】の助けを求めた。すなわち、ユダのすべての町々から人々が出て来て、【主】を求めた。」恐れたヨシャパテは、ひたすら主に求めました。それだけではなく、ユダ全国にも断食を布告し、主に助けを求めさせました。それから、ヨシャパテは主の宮の庭で、みんなの前で祈りました。とても長い祈りです。祈りの内容が20章6節から12節まで記されています。簡単にまとめますと、まず神さまがどんなお方なのか呼びかけています。「あなたの御手には力があり、勢いがあります。だれも、あなたと対抗して、もちこたえうる者はありません」とほめたたえています。次に、現在の状況を述べています。「アモン人とモアブ人、そしてセイル山の人々をご覧ください」と訴えています。最後に「おびたたしい大軍を前にして、私たちとしては、どうして良いか分かりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです」と祈りました。ヨシャパテ一人で、主の前に立ったのではありません。ユダの人々全員、それに彼らの幼子たち、妻たち、子どもたちも共にいました。つまり、ユダの民、総出で、主に求めたのです。普通の王様だったら、「俺に任せろ!」とか言って、勝手に戦うかもしれません。しかし、ヨシャパテは自分の弱さを丸出しにして、祈りました。

そうしたら、どのような主のおことばがあったのでしょう?旧約聖書の時代は、今と違って、神さまと民の間に、預言者がいました。預言者が主から受けたことばを語ります。しかし、新約の時代は、聖霊がおのおのに語ってくださいます。預言者がいないわけではありませんが、多くの場合は、確認を与えるためです。ヨシャパテが民の代表に立って祈ったら、どうなったでしょうか?預言者は「主があなたがたにこう仰せられます。あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから」と言いました。「彼らに向かって、出陣せよ」と命じられましたが、主はどのような戦法をヨシャパテたちに与えたのでしょうか?一般に戦いをする場合は、武装した者が一番前を進みます。しかし、この時は、主を賛美する人たちが彼らよりも前に立って行進しました。Ⅱ歴代誌20:21-23「それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。『主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。』彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。アモン人とモアブ人はセイル山の住民に立ち向かい、これを聖絶し、根絶やしにしたが、セイルの住民を全滅させると、互いに力を出して滅ぼし合った。」ヨシャパテは、兵士よりも聖歌隊を前に進ませました。「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで」と、彼らが喜びの声、賛美の声を上げ始めたとき、「主は伏兵をもうけて襲わせた」とあります。しかし、「伏兵」とはだれか分かりません。最終的に、彼らは互いに力を出して滅ぼし合いました。同志打ちです。ユダは1つも戦っていません。ただ、聖歌隊が賛美しただけです。ヨシュアたちが城壁の周りをまわって、時の声を上げたとき城壁が崩れました。しかし、聖歌隊の賛美で敵が打ち負かされたという話は、このところしかありません。兵士よりも、聖歌隊を前に出して、戦わせたヨシャパテの信仰をここに見ることができます。いつも、こういう戦いをすべきだとは思いませんが、「この戦いは、神の戦いである」と信じたからです。

そういえば、どこの軍隊にも、軍楽隊(ミリタリーバンド)というものがあるようです。金管楽器や太鼓などの楽器を用いて、行進します。そのなごりなのかもしれません。ヨシャパテが立てた歌い手の中には、聖なる飾り物を着けて賛美する者もいたようです。どんな飾りか分かりませんが、金とか銀の光ものだったのではないでしょうか?昨年のKGCのクリスマス・コンサートでも光りものを着けて歌っていました。賛美は神さまを立ち上がらせ、敵を打ち負かしてくれる絶大な効果があるようです。そういえば、使徒の働き16章にも似たような物語があります。ピリピの暴動に巻き込まれ、パウロとシラスが鞭打たれ、牢にぶち込まれました。普通だったら、「何でこんな目に逢わなけりゃいけないんだ!」とつぶやいたり、嘆くところです。しかし、二人は手かせ足かせを掛けられたにも関わらず、真夜中ごろ、神に祈りつつ賛美の歌を歌いました。「主をほめよ。主をほめよ。主の御名をほめよ」手拍子を打つ度に、「ガチャガチャ」という音がしたのではないでしょうか?他の囚人たちは、「真夜中に歌うなんて、迷惑な奴らだなー」と思ったでしょう。しかし、「何だか元気が出そうな歌だなー」と聞き入っていました。ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動きました。それだけではありません。獄舎のとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまいました。普通の地震ではそんなことが起こらないでしょう。そうです。神さまが地震を起こして、二人を救おうとされたのです。この奇跡によって、看守とその家族が救われました。このところからも、賛美には力があることがわかります。

このことを現代の私たちにどのように適用することができるでしょうか?かなり前に、マーリン・キャロザーズが『賛美の力』という本を書きました。この本の中にヨシャパテのことが書かれていました。「困難な場に直面して、主を賛美することは結構なことであり、良いことです。しかし、馬鹿げたことはやめましょう。神は自ら助ける者を助けられるのです。出て行って、可能な限りは戦い、出来るだけのことはすべきです。そしてあとは神にまかせるのです」と私たちは言うかもしれません。もし、ヨシャパテが変わったことはしない方が良いと決断して、部下に戦うように命令したとすれば、その結果は違っていたのではないでしょうか?その戦いが神の戦いであって、私たちの戦いではないということを受け入れようとしないために私たちの多くは絶えず周囲の状況に負けてしまうのです。敵に対抗できない自分の無力さが分かっている時ですら、私たちは神の力に目を向け、ゆだねることを恐れています。このことが、自分の知性の占めるべき立場を誤らせてしまう点なのです。『私は理解できない。だから、あえて信じることをしない』というわけです。この戦法は、ヨシャパテの知性を動揺させたに違いありません。しかし、ヨシャパテは、知性をもって主により頼み、信頼したのです。」と書いてありました。つまり、「人間の知性では全く愚かに見えても、まず、神さまに信頼し、神さまを賛美しなさい」とこの本は勧めています。実際、本の中には麻薬中毒の兵士が賛美と感謝によって解放された記事とか、自殺を考えていた未婚の母が賛美と感謝によって生きる力が与えられたという記事がいくつも書かれています。ある青年が、大家さんの1室を借りて住んでいました。大家さんには3歳くらいの一人娘がいたのですが、この子が癇癪持ちで、彼がそこに移り住んでからずっと、ほぼ毎晩、泣き叫ぶ声が聞こえくるので彼はそれに悩まされていました。あるとき、彼は「賛美の力」という本に出会いました。その本には「現状のありのままの状態のすべてを感謝すること。神への賛美を通して、神の力がその状況に働き始める」と書いてありました。事実、聖書は神への賛美の言葉であふれています。彼はこう祈りました。「イエス様、大家の娘さんがいつも泣き叫んでいることを感謝します。このことで私が悩まされていることを感謝します。また、このことが働いて私の益になることを信じ、感謝します。すべては主なる神の御手の中にあり、主がなさることはいつも最善なので感謝します。」彼は何日か祈り、そして、そのことについてすっかり忘れていたある日でした。彼と一緒に、下の別の部屋に住んでいた友人が、「そういえば最近、あの子泣かねえよなぁ」と言いました。ここ何週間、彼女が泣いている声が全く聞こえてこなかったので、そのことについてすっかり忘れていたのです。

 どうして、賛美には力があるのでしょう?Ⅱ歴代誌20:22「彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、人々を襲わせた」と書かれていました。私は「伏兵」とは主の御使いであると信じます。私たちが主に向かって賛美すると、主が御使いを私たちのために遣わしてくださるのです。つまり、これは霊的戦いのことを私たちに教えているのです。エペソ6章には「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗闇の世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものである」と書かれています。悪しき霊との戦いにおいては、私たちの知性や力では勝ち目はありません。どんなことでも、ヨシャパテのように、神さまに求める必要があります。そして、私たちの知性では理解しえなくても、現状のありのままの状態のすべてを感謝しましょう。なぜなら、神への賛美を通して、神の力がその状況に働き始めるからです。ヨシャパテのように、いかなる時でも神を求め、主を賛美しましょう。


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