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2014年1月26日 (日)

ソロモンの知恵    Ⅰ列王記3:7-14 

 ソロモンはイスラエルの全盛期を作った、三代目の王様です。ソロモンは知恵においてすぐれ、1000以上の詩を書き、3000にも及ぶ箴言を残しました。イエス様は山上の説教で、「栄華を窮めたソロモン」と、引用しました。しかし、ソロモンはヘブル11章の「信仰者の列伝」の中には加えられていません。なぜでしょう?初めは良かったけれど、最後が良くなかったからです。きょうは、ソロモンの知恵、ソロモンの栄華、そしてソロモンの晩年と題して、3つのポイントで学びたいと思います。


1.ソロモンの知恵

ソロモンが王様として就任してまもなく、夢の中で主が現れて「あなたに何を与えようか。願え」と言われました。みなさんだったら、何を願うでしょうか?やっぱり願うとしたら、富や財宝でしょうか?不老不死でしょうか?あるホームページを見たら、「景気回復、原発廃止」というのもありました。しかし、ソロモンはもっと根本的なものを求めました。Ⅰ列王記3:9「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、このおびただしいあなたの民をさばくことができるでしょうか。」ソロモンは自分のためにではなく、民を正しくさばくために知恵を求めました。その願いは主の御心にかないました。Ⅰ列王記3:11-13「あなたがこのことを求め、自分のために長寿を求めず、自分のために富を求めず、あなたの敵のいのちをも求めず、むしろ、自分のために正しい訴えを聞き分ける判断力を求めたので、今、わたしはあなたの言ったとおりにする。見よ。わたしはあなたに知恵の心と判断する心とを与える。あなたの先に、あなたのような者はなかった。また、あなたのあとに、あなたのような者も起こらない。そのうえ、あなたの願わなかったもの、富と誉れとをあなたに与える。あなたの生きているかぎり、王たちの中であなたに並ぶ者はひとりもないであろう。」とても、すごいことではないでしょうか?ソロモンが求めなかった、富と誉と守りまで与えられました。その条件は、「父ダビデが歩んだように、主のおきてと命令を守って、主の道を歩むならば」です。アントニオ猪木が「元気があればなんでもできる」と言いましたが、「知恵があれば何でもできる」ということです。ソロモンが書いた箴言には「知恵は真珠にまさる。知恵の実は、黄金よりも、純金よりも良く、選り抜きの銀にまさる」と書いてあります。

 その後まもなく、ソロモンの知恵が試されるような事件が起こりました。二人の遊女が一つの家に住み、それぞれの赤ちゃんを育てていました。ある朝、起きると、一方の赤ちゃんが死んでいました。寝ているとき、母親が覆いかぶさったので窒息してしまったのです。二人はソロモン王の前に立ちました。それぞれが、生きている赤ちゃんは自分の子で、死んでいるのは相手の子だと主張しました。一人の女は、「生きている子は私の子で、死んだのはあなたの子です」と言いました。もう一人の女は「いや、死んだのがあなたの子で、生きている子は私の子です」と言いました。今だったら、DNA検査をやればすぐわかるでしょう。当時はそういうものがありません。さあ、どうしたら良いでしょう?ソロモン王は家来を呼んで、「剣によって、生きている子どもを二つに断ち切りなさい。半分をこちらに、半分をそちらに与えなさい」と言いました。まもなく、一人の女は「わが君。どうか、その生きている子をあの女にあげてください。決してその子を殺さないでください」と言いました。もう一人の女は「それを私のものにも、その女のものにもしないで、断ち切ってください」と言いました。そこで王は「生きている子どもを初めの女に与えなさい。決してその子を殺してはならない。彼女がその子の母親なのだ」と宣告を下しました。確かにそうです。自分の子どもであるならば、死なせたくありません。なんとか助けたいを思うでしょう。中国でも似たような話があります。子どもを真ん中にして、二人の母親を立たせました。一人の母親が子どもの右手を取り、もう一人の母親が左手を取り、互いに引っ張って自分のものとするという裁判でした。二人の母親が思い切り、自分のところへ引っ張りました。すると、子どもが「痛いよー」と泣き叫びました。可哀そうに思って、手を放した方が、本当の母親だったということです。おそらく、ソロモンの物語から作ったものだと思います。イスラエルの人はみな、王が下したさばきを聞いて、王を恐れました。神の知恵が彼のうちにあって、さばきをするのを見たからです。

 ソロモンの知恵は政治ばかりではありませんでした。神殿や宮殿の建築にも生かされました。また、ソロモンは海外との交易によって多大な富を得ました。また、芸術的にもすぐれ、1000以上の詩を書き、3000にも及ぶ箴言を残しました。一部はソロモンが書いたと言われている『伝道者の書』にはこのように書かれています。伝道者の書2:4-9「私は事業を拡張し、邸宅を建て、ぶどう畑を設け、庭と園を造り、そこにあらゆる種類の果樹を植えた。木の茂った森を潤すために池も造った。私は男女の奴隷を得た。私には家で生まれた奴隷があった。私には、私より先にエルサレムにいただれよりも多くの牛や羊もあった。私はまた、銀や金、それに王たちや諸州の宝も集めた。私は男女の歌うたいをつくり、人の子らの快楽である多くのそばめを手に入れた。私は、私より先にエルサレムにいただれよりも偉大な者となった。しかも、私の知恵は私から離れなかった。」ソロモンはありとあらゆることを行いました。私たちはこのところから何を学ぶべきでしょうか?神からの知恵はあらゆるものを生み出す源であるということです。学校では知識を教えます。知識もすばらしいことです。でも、もっとすばらしいのは、知識を活かす知恵であるということです。フォードはアメリカの自動車王として有名です。彼は16歳で高校を中退しました。ある人が、「あなたは世界各国の名前すら分からないのに、社長が務まるのか」と訴えたそうです。フォードは「私には優秀な秘書たちがいるので、『これを調べてくれ』と言えば、即座に教えてくれる。しかし、私には知恵がある」と答えたそうです。神からの知恵を求めましょう。ヤコブ1:5「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。」アーメン。


2.ソロモンの栄華

 イエス様は、山上の説教で「栄華を窮めたソロモン」と引用しました。ソロモンがなぜ、栄華を極めることができたのでしょう。それは神からの知恵があったからです。もう1つは、ダビデがソロモンに対して政治的にも経済的に大きな基盤を与えていたからです。ダビデは主のために神殿を築きたいと願っていましたが、彼は多くの人の血を流したために、叶いませんでした。そのため、ダビデは神殿建設のために必要な資材を蓄えておきました。ソロモンが王になったことを聞いて、ツロの王ヒラムが自分の家来を遣わしました。ヒラムはダビデといつも友情を保っていました。ヒラムは「ダビデが建てられなかった宮を建てるために、レバノンから杉の木を切り出すように命じてください。私のしもべたちも、あなたのしもべたちと一緒に働きます」と提案しました。さっそく、ヒラムによって杉の木材とももみの木が、海からいかだによって運ばれてきました。Ⅰ列王記6章から8章まで、神殿と宮殿の建設について記されています。神殿には7年、宮殿には13年費やされました。神殿の内側はすべて純金で覆われました。燭台や皿などすべての用具も純金です。また、宮殿は非常に豪華で、柱や玉座には美しい模様が細工されました。ソロモンが全盛のときには、交易によって、1年間に666タラントの金が入って来ました。1タラントを30キログラムとすると、約2トンです。現在の価格に計算すると約896億円です。それだけの金が毎年入ってきたのです。ソロモンはその金によって、大盾200、盾300を作りました。玉座に金をかぶせ、飲み物に用いる器もみな金にしました。銀のものはありませんでした。「銀はソロモンの時代には、価値あるものとみなされていなかった」ということです。Ⅰ列王記10:23-24「ソロモン王は、富と知恵とにおいて、地上のどの王よりもまさっていた。全世界の者は、神が彼の心に授けられた知恵を聞こうとして、ソロモンに謁見を求めた。彼らはおのおの贈り物として、銀の器、金の器、衣服、武器、バルサム油、馬、騾馬などを、毎年きまって携えて来た。」

 その中で有名なのは、シェバの女王と家来たちがソロモンを訪れたことです。彼女も、らくだにバルサム油や、非常に多くの金および宝石を乗せて、エルサレムにやってきました。彼女が難問をもってソロモンを試そうとしました。ところが、ソロモンは彼女の質問をすべて解き明かし、分からなくて解き明かせなかったことは何1つありませんでした。そして、ソロモンが建てた宮殿と食卓の料理と家来たちのふるまい、および、主の宮でささげた全焼のいけにえを見て、息も止まるばかりでした。シェバの女王は何と言ったでしょう?Ⅰ列王記10:6-7「私が国であなたの事績とあなたの知恵とについて聞き及んでおりましたことはほんとうでした。実は、私は、自分で来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じなかったのですが、驚いたことに、私にはその半分も知らされていなかったのです。あなたの知恵と繁栄は、私が聞いていたうわさよりはるかにまさっています。」そう言って、彼女は「あなたの神、主はほむべきかな」と礼拝しました。シェバの女王が、帰るときには持ってきたもの以上をソロモンから贈られました。このところから、まさしく「ソロモンの栄華」を垣間見ることができます。

 もし、私たちが黙示録に記されているような、天のエルサレムに行ったときはどうなるでしょう?シェバの女王は「私にはその半分も知らされていなかったのです」と言いました。私たちも「その半分も知らされていませんでした」と告白するに違いありません?『天路歴程』、基督者が天国に近づいたとき、「私は病むほどである」と言いました。ダンテは『天国篇』で「うるわしい歌声に私は酔いしれたような心地だった。ああ歓喜よ、ああ筆舌にしたがい喜悦よ」と書いています。天国を見たなら、どんな人でも、詩人になれるかもしれません。だれが、イスラエルのソロモンにそのような栄華を与えたのでしょう?主なる神であります。ということは、神さまご自身の国ならば、もっと、もっと栄華に満ちているに違いありません。私たちもそこに住まうことができるとは何と幸いでしょう。黒人霊歌には、天国に対するあこがれを歌ったものが多いようです。なぜなら、彼らは地上では苦しみの連続でした。でも、天国で本当の「自由と救い」が得られます。私たちは、この世を捨ててはいけませんが、天国を夢見ることは良いことではないでしょうか。特に、夜寝る前です。疲れているときは、睡魔が襲ってきて、そのまま寝込むときがあります。意識がなくなり、「このまま、死ぬのかな?」と思うときがたまにあります。でも、目覚めたら、天国ということがあるかもしれません。私はクリスチャンになる前は、死ぬのが怖くてたまりませんでした。しかし、自分の魂が主のふところにあると思うと、赤ちゃんのように、すべてを委ねることができます。一晩眠ると、朝がきます。また、眠ります。その後、朝がきます。でも、あるときは天国で目覚めます。ということは、私たちは毎日、死と復活を練習しているということではないでしょうか?いずれは、目覚めたら、そこが、輝くような天国なのです。そのとき、私たちはシェバの女王のように言うでしょう。「実は、私は、自分で来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じなかったのですが、驚いたことに、私にはその半分も知らされていなかったのです。あなたの知恵と繁栄は、私が聞いていたうわさよりはるかにまさっています。」


3.ソロモンの晩年

 Ⅰ列王記11:1-4「ソロモン王は、パロの娘のほかに多くの外国の女、すなわちモアブ人の女、アモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヘテ人の女を愛した。この女たちは、【主】がかつてイスラエル人に、「あなたがたは彼らの中に入って行ってはならない。彼らをもあなたがたの中に入れてはならない。さもないと、彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる」と言われたその国々の者であった。それなのに、ソロモンは彼女たちを愛して、離れなかった。彼には七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた。ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、【主】と全く一つにはなっていなかった。」7-8節には、異教の神々に香をたき、いけにえをささげたことが記されています。さらに、9-10節「【主】はソロモンに怒りを発せられた。それは彼の心がイスラエルの神、【主】から移り変わったからである。主は二度も彼に現れ、このことについて、ほかの神々に従って行ってはならないと命じておられたのに、彼は【主】の命令を守らなかったからである。」主が二度もソロモンに現れ「他の神々に従って行ってならない」と命じました。それなのに、ソロモンは主の命令を守りませんでした。なんということでしょう。主の命令を守るという条件付きで、ソロモンに長寿と繁栄が与えられていたのです。全部ではありませんが、ソロモンが書いたと言われる箴言や伝道者の書、あるいは雅歌には何と書いてあるでしょうか?箴言1:7「【主】を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。」とあります。ソロモンは主を恐れることを忘れ、知恵と訓戒をさげすむ愚か者になったのです。伝道者の書2:8「私は男女の歌うたいをつくり、人の子らの快楽である多くのそばめを手に入れた。…私は、私の目の欲するものは何でも拒まず、心のおもむくままに、あらゆる楽しみをした。」でも、何と言っているでしょうか?「なんと、すべてが空しいことよ。風を追うようなものだ」と言っています。そして、伝道者の書は「神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってのすべてである。神は、善であれ、悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ」という文章で終わっています。これらの文章は、本当に、ソロモンが書いたのでしょうか?おそらく、ソロモンの心が頑なになる前かもしれません。こういうことを知っていながら、誘惑に負けて罪の中に埋もれてしまいました。

 しかし、ソロモンが急に堕落したかというとそうではありません。王様に就任した時から、誘惑者をそばに置いて生活していたことが分かります。Ⅰ列王記3:1-3「ソロモンはエジプトの王パロと互いに縁を結び、パロの娘をめとって、彼女をダビデの町に連れて来、自分の家と【主】の宮、および、エルサレムの回りの城壁を建て終わるまで、そこにおらせた。」このところで、ソロモンがいくつかのことで妥協していたことがわかります。まず、政略結婚のために、エジプトのパロの娘をめとっていました。そして、城壁を建て終るまで、自分の家に住まわせておきました。4節以降「ソロモンは主を愛し、父ダビデのおきてに歩んでいました。ただし、彼は高き所でいけにえをささげ、香をたいていた」と書いてあります。ソロモンが神殿を建てるまでは、イスラエルの民は「高き所」で、礼拝をささげていました。しかし、ヤハウェなる神なのか、偶像礼拝なのか区別がつかなくなっていたことは確かです。でも、「ただし」と書いてあるので、みこころではなかったということでしょう。限りなく黒に近い灰色です。ソロモンは当初から、女性問題と偶像問題を抱えていたということが本当ではないかと思います。それらが、多大な権力を身に着けたあと、はっきりと出てきたのです。もう、だれにも止めることができませんでした。昨年末、安倍総理が靖国神社を参拝しました。権力体制が安定したので、やり残していたことをやったのだと思います。安倍総理をだれも止めることができませんでした。

 最後まで、道を全うすることを、finish wellと言います。聖書を見ますと、finish wellした人物は全体の3割くらいです。世界中の伝道者や牧師も、finish wellするのは3割だそうです。finish wellできなかった聖書に出てくる人たちをざっとあげると以下の人たちです。ノア、モーセ、ギデオン、サムソン、サウル王、ソロモン王です。しかし、この後、イスラルが北と南に分裂します。そのときの王様のほとんどが、finish wellできませんでした。あんまり、こういうことを話すと恵まれません。使徒パウロはこう言いました。Ⅱテモテ4:7-8「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。」私たちもパウロのように、自分のレースを走りぬきたいです。そのためには、ソロモンからも学ばなければなりません。第一は、ソロモンは多大な富と権力を得たために、神さまを忘れてしまいました。自分は神さまなしでも、やっていけると思って、主の命令を捨ててしまいました。これを慢心というのでしょうが、たとえ多くの富と権力を得たとしても、神さまを忘れてはいけません。なぜなら、すべてのものは神さまから与えられたものだからです。箴言16:28「高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ」と、あります。第二は、ソロモンは女性によって堕落し、彼女らの神さまを拝みました。「ソロモンには七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた」と書いてあります。合計1000人になりますが、「どんだけ!」と言いたくなります。ある人は、1000人もの女性が喧嘩しないで仕えていたのだから、ソロモンはよっぽど心が広くて豊かだったのだろうと言います。しかし、ソロモンは女性たちを愛して、主なる神を忘れていまいました。箴言5:3「他国の女のくちびるは蜂の巣の蜜をしたたらせ、その口は油よりもなめらかだ。しかし、その終わりは苦よもぎのように苦く、もろ刃の剣のように鋭い。その足は死に下り、その歩みはよみに通じている。」これはソロモンが書いたのかどうか分かりません。しかし、ソロモンが書いたのなら、「愚かになった賢者」というしかありません。

中川健一先生は、『聖書の人々』という本の中で、ソロモンのことを「自分に教えることのできなかった人物」と言っています。さらに、先生はこのように書いています。「ソロモンの話は、数千年前の異国の王の人生ではなく、まさに私たち一人ひとりの姿ではないでしょうか。物質主義、快楽主義、偶像礼拝の中で、「神に愛された者」としての特権を、やすやすとサタンに明け渡している多くの同胞を見るとき、どうして心が騒がないことがありましょうか。」最後に、イエス様はソロモンをどのように引用したでしょうか?マタイ6:29「しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。」イエス様はソロモンが栄華を窮めたことは認めておられました。しかし、きょうは咲いて明日は炉に投げ込まれるような、野の花の方が着飾っているとおっしゃったのです。イエス様が述べた結論はこのことばです。「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます」(マタイ6:33)。異邦人の中あって、私たちは神さまを第一にして生きたいと思います。


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2014年1月19日 (日)

イスラエルの王ダビデ    Ⅰサムエル23:14-18 

 イスラエルの初代の王サウルは、不従順の罪のゆえに主なる神から捨てられました。サウルはまだ王に就いていましたが、ダビデが17歳のとき新たな王として油を注がれました。ダビデは、巨人ゴリアテと戦い、勝利しました。しかし、サウル王はダビデを妬み、命を狙いました。ダビデは荒野から荒野へと逃亡の生活を余儀なくされました。サウル王はペリシテ人との戦いで敗れ自害しました。その後、ダビデはイスラエルの王になりました。王としての油注ぎを受けてから、13年の月日が経っていました。ダビデは多くの詩篇を描きましたが、そのいくつかを引用しながらメッセージをお届けしたいと思います。


1.逃亡者ダビデ

昔、『逃亡者』というテレビ映画がありました。妻殺しの濡れ衣を着せられ死刑を宣告された医師リチャード・キンブルが、警察の追跡を逃れながら、真犯人を探し求めて全米を旅する物語です。アメリカでも日本でも、高視聴率をあげました。先週の続きですが、青年ダビデはゴリアテを打ち倒しました。サウル王は「あの若者はだれの子だ」と尋ね、それが分かると、ダビデを召し抱えました。ダビデは、どこでもサウルが遣わす所に出て行って、勝利を収めました。そこで、サウルは彼を戦士たちの長に任命しました。あるとき、女性たちが、「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った」と笑いながら、繰り返して歌っていました。サウルは、このことばを聞いて、非常に怒り、不満に思って言いました。「ダビデには万を当て、私には千を当てた。彼にないのは王位だけだ」と言いました。その日以来、サウルはダビデを疑いの目で見るようになりました。Ⅰサムエル18:9-11「その日以来、サウルはダビデを疑いの目で見るようになった。その翌日、わざわいをもたらす、神の霊がサウルに激しく下り、彼は家の中で狂いわめいた。ダビデは、いつものように、琴を手にしてひいたが、サウルの手には槍があった。サウルはその槍を投げつけた。ダビデを壁に突き刺してやろう、と思ったからである。しかしダビデは二度も身をかわした。サウルはダビデを恐れた。【主】はダビデとともにおられ、サウルのところから去られたからである。」最初、ダビデはサウルが自分の命を狙っていることを、信じられませんでした。しかし、サウルは、ダビデを殺すことを、息子ヨナタンや家来の全部に告げました。ヨナタンはダビデを非常に愛していました。だから、サウルに「なぜ、あの人は殺されなければならないのですか。あの人が何をしたと言うのですか」進言しました。しかし、嫉妬に狂ったサウルは、本気でダビデを殺すつもりでした。そのことをヨナタンから知らされ、ダビデは荒野から荒野、ほら穴からほら穴へと逃亡生活を余儀なくされました。

しかし、ダビデは一人ではありませんでした。Ⅰサムエル22:1-2「ダビデはそこを去って、アドラムのほら穴に避難した。彼の兄弟たちや、彼の父の家のみなの者が、これを聞いて、そのダビデのところに下って来た。また、困窮している者、負債のある者、不満のある者たちもみな、彼のところに集まって来たので、ダビデは彼らの長となった。こうして、約四百人の者が彼とともにいるようになった。」彼には天来のリーダーシップがあったのでしょう。王家を去りましたが、ダビデの兄弟や親族、困窮している者、負債のある者、不満のある者たちもみな、彼のところに集まって来ました。アドラムのほら穴に、不満分子たちが400人も集まり、ダビデは彼らの長となりました。不満分子はやがて600人になり、ダビデのために命を捨てても良いという勇士たちも出てきました。サウルは執拗にダビデを討伐するために出かけました。Ⅰサムエル23:14-16「ダビデは荒野や要害に宿ったり、ジフの荒野の山地に宿ったりした。サウルはいつもダビデを追ったが、神はダビデをサウルの手に渡さなかった。ダビデは、サウルが自分のいのちをねらって出て来たので恐れていた。そのときダビデはジフの荒野のホレシュにいた。サウルの子ヨナタンは、ホレシュのダビデのところに来て、神の御名によってダビデを力づけた。」ヨナタンは、サウルの息子で、次期王様になれる人物でありましたが、ダビデを助けました。ヨナタンは、自分と同じほどにダビデを愛しました。そして、ダビデの家と契約を結びました。ダビデはあとで「あなたの私への愛は、女の愛にもまさってすばらしかった」と告白しています。また、妻ミカルもダビデを助けました。祭司アヒメレクはダビデをかくまった罪で、サウルから殺されました。ダビデは人々から愛され、慕われる人物でありました。しかし、最もすばらしいのは、神さまから愛されたことです。ダビデという名前は不明ですが、ある説には「神に愛される者」と言う意味があります。しかし、神に愛される者がどうして、王様から命を狙われるのでしょうか?

Ⅰサムエル19章から31章、つまりサウルが死ぬまで、ダビデは逃亡の旅を続けました。ノブ、ガテ、アドラム、モアブ、ハレテの森、ケイラ、エン・ゲディ、パランの荒野、ジフの荒野、ガテのアキシュのもとと、転々と放浪の旅を続けました。それは苦難と絶望の逃避行でありました。その過程でダビデは、二度ほど、自分の命を狙うサウルの命を奪うチャンスに恵まれました。部下たちは、「今こそ、主があなたに、敵をあなたの手に渡す時です」と言いました。しかし、ダビデは「私が主に逆らって、主に油注がれた方に、手を下すことなど絶対にできないことだ」と断念しました。ダビデは「自分を神さまが、民の王とされるご計画なら、かならずその時を与えてくださる」と信じていました。しかし、逃亡生活はダビデに対する厳しいテストでもありました。「なぜ、罪のない者が苦しまなければならないのか」、何度も悩んだに違いありません。苦しみ悩みからの告白が詩篇のいたるところに記されています。詩篇59:1-5「わが神。私を敵から救い出してください。私に立ち向かう者が届かぬほど、私を高く上げてください。不法を行う者どもから、私を救い出してください。血を流す者どもから、私を救ってください。今や、彼らは私のいのちを取ろうと、待ち伏せています。力ある者どもが、私に襲いかかろうとしています。【主】よ。それは私のそむきの罪のためでもなく、私の罪のためでもありません。私には、咎がないのに、彼らは走り回り、身を構えているのです。どうか目をさまして、私を助けてください。どうか、見てください。あなたは万軍の神、【主】。イスラエルの神。どうか目をさまして、すべての国々を罰してください。悪い裏切り者は、だれをもあわれまないでください。」

私たちの生活において、神さまを信じていても、不当な苦しみや理不尽を受けることはないでしょうか?「神さま、何で私がこういう目に遭わなければならないのでしょうか?」と、嘆くことがきっとあるはずです。ダビデは17歳のとき、「あなたは次期イスラエルの王様になる」と油注ぎを受けました。しかし、それから約13年間、日の当たらないところで生活しました。なんという苦しみ、なんという悲しみでしょうか。私だったら耐えられません。第一に、ダビデの試練は、私たちへの慰めであります。この世においては、不条理、理不尽さ、不当な扱い、理解しえない出来事がたくさんあります。自分の心が押しつぶされそうな時があるでしょう。私たちはそういう時に、ダビデのことを思い出すことができます。詩篇にたくさんのダビデの叫びと祈りが記されているのは、私たちのためです。多くの場合、嘆きや苦しみで始まり、最後は賛美に終わります。ダビデは自分の心の中の悩みや苦しみ、怒り、疑いを神さまの前にぶちまけています。ダビデの祈りは、決して、きれい事でありません。つまり、それは私たちもそうであっても良いということです。イエス様は「祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。戸を閉めて」(マタイ6:6)と言われました。「戸を閉めて」ということは、「だれにも邪魔されない密室で祈れ」ということです。もう、神さましかおられません。そんな時は、美辞麗句を並べ立てる必要はありません。私たちはダビデのように、恵みの座に近づいて、何でも祈ることができます。ハレルヤ!第二は、ダビデは神さまからテストされていたということです。ヘブル人への手紙12:6-7「主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。」とあります。ダビデは指導者としての神さまからテストを受けました。私たちの信仰生活において、「ああ、これは主の訓練なんだ。主が私を取り扱っておられるのだ」と理解するなら、視点が全く変わるのではないでしょうか?「なぜ?」「どうして?」と言っても、神さまは答えてくれないでしょう。でも、「何のためですか?」と問うなら、小さな声で語りかけてくださいます。私たちが神さまのところへ行くのは、悩みや苦しみに会ったときです。うまく行っている時は、ほとんど神さまのところへ行きません。でも、悩みや苦しみのとき、神さまのところに、より近づくことができます。「苦しいときの神頼み」と言われますが、これは人間の弱さであります。でも、私たちには、それでも私たちを迎えてくださる、イエス・キリストの神さまがおられます。

主がサウルの手から救い出された日、ダビデはこのように歌いました。Ⅱサムエル22:2「主はわが巌(いわお)、わがとりで、わが救い主、わが身を避けるわが岩なる神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。私を暴虐から救う私の救い主、私の逃げ場。ほめたたえられる方、この主を呼び求めると、私は、敵から救われる。」アーメン。主はわが巌(いわお)、わがとりで、わが救い主、わが岩、わが盾、わが救いの角、わがやぐらです。アーメン。


2.イスラエルの王ダビデ

サウルの死後、ダビデはユダの王に迎らえました。ダビデはそのとき30歳でした。その後、サウルの家としばらくの間、争いが続きました。しかし、それから7年半後、全イスラエルの王になりました。ダビデはエルサレムで33年間、全イスラエルとユダを治めました。その後、ダビデはペリシテ人やモアブ、アラムを打ち破り、領土を広げました。しかし、ダビデ自身、王になって喜んだことは確かですが、他に2つの喜ばしいことがありました。第一の喜びは、神の箱を運び込んだ時です。最初は神の箱を牛車に乗せて運んだために、失敗してしまいました。二回目は律法に従って、レビ人に運ばせました。Ⅱサムエル6:13-15「主の箱をかつぐ者たちが六歩進んだとき、ダビデは肥えた牛をいけにえとしてささげた。ダビデは、主の前で、力の限り踊った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。ダビデとイスラエルの全家は、歓声をあげ、角笛を鳴らして、主の箱を運び上った。」主の箱は、一時的にオベデ・エドムの家にありました。そこから、「神の幕屋」と呼ばれる天幕まで運びました。どのくらいの距離かわかりませんが、ダビデは王様でありながら、祭司が着る亜麻布のエポデをまといました。ダビデは、主の箱を運ぶレビ人の前を、力の限り、跳ねて踊ったのでしょう。日本の祭りもイスラエルの影響を受けていますので、神輿や山車の前を踊る人たちがいます。阿波踊り、ねぶた祭り、花笠音頭など、歌や踊りがつきものです。ダビデはあまりにも喜んだので、跳ねたとき、亜麻布のエポデからお尻が見えたかもしれません。しかし、妻のミカルはどう思ったでしょうか?Ⅱサムエル6:16「主の箱はダビデの町に入った。サウルの娘ミカルは窓から見おろし、ダビデ王が主の前ではねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼をさげすんだ。」、6:20-21「ダビデが自分の家族を祝福するために戻ると、サウルの娘ミカルがダビデを迎えに出て来て言った。『イスラエルの王は、きょう、ほんとうに威厳がございましたね。ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように、きょう、あなたは自分の家来のはしための目の前で裸におなりになって。』ダビデはミカルに言った。『あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで主の民イスラエルの君主に任じられた主の前なのだ。私はその主の前で喜び踊るのだ。』」。

ダビデは感謝と喜びにあふれて家に戻りました。ところが、冷水を頭からかけられました、ダビデは無邪気で気取らずにありのままに喜びを表して踊りました。しかし、ミカルは「サウルの娘」としての格式だの対面だのを重んじていたために、踊るほどの喜びを理解できませんでした。ダビデは何と答えたでしょう?6:22-23「『私はこれより、もっと卑しめられよう。私の目に卑しく見えても、あなたの言うそのはしためたちに、敬われたいのだ。』サウルの娘ミカルには死ぬまで子どもがなかった。」ミカルのように高ぶって人をあなどる者は、祝福を受けることができません。ダビデの礼拝の仕方はとても賑やかでした。歌だけではなく、立琴、琴、タンバリン、カスタネット、シンバルを鳴らして、主の前で、力の限り喜び踊りました。新約時代、エルサレム会議で、ヤコブが「この後、わたしは帰って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す」(使徒15:16)と旧約聖書を引用しました。しかし、現代の多くの教会ではどうでしょう?礼拝中、手を上げたり、「ハレルヤ!」と言ったら、バッシングをされるでしょう。叫んだり、踊ったりしたら、「ここから出て行ってください」と言われるでしょう。今から、10年くらい前になるでしょうか?日本基督教団のクリスマス礼拝にKGC(亀有ゴスペルクワイヤー)が招かれた時がありました。前半の礼拝はとても厳粛で、針の音が落ちたらわかるくらいの静けさでした。その後、KGCがざわざわと前に出て、力の限り賛美しました。ちょっとだけ踊りました。多くの人たちは、腰を抜かしたのではないかと思います。あとから、オルガニストに聞きましたら、「こういう賛美も良いですねー」と言っていました。福音派の教会でも、手を上げただけで、「ペンテコステですか?」と言われます。詩篇には「手をあげよ」とか「さけべ」「手を打ち鳴らせ」「踊れ」と書いてあります。しかし、多くの場合は詩篇の交読文を「手をあげよ」「踊れ」と、ただ読んでいるだけです。アフリカの教会の礼拝を見たことがありますが、彼らは1時間前から来て賛美して、踊っています。礼拝が始まる頃は、もうできあがっています。もう、どんな単純なメッセージでも、恵まれるのです。日本には日本の文化があるかもしれません。しかし、お祭りを見るとき、イスラエルの影響を受けていることを忘れてはいけません。キリスト教会こそが、元祖であり正統なのですから、私たちもダビデのように、力の限り賛美し、ときには踊って、主をあがめたいと思います。

第二の喜びは、ダビデ自身が神さまから罪を赦されたことです。ダビデはいつも先頭に立って戦っていました。しかし、今は自分が出ていかなくても、兵士たちが戦ってくれます。ダビデはエルサレムにとどまっていましたが、ある日、夕暮れ時に床から起き上がりました。王宮の屋上を歩いていると、ひとりの女がからだを洗っているのが見えました。「その女は非常に美しかった」と書いてありますから、至近距離だったと思います。ダビデは人をやって、その女について調べさせました。彼女はウリヤの妻で、バテ・シェバという名前でした。そこでやめていれば良いものを、ダビデは使いの者をやって、その女を召しいれました。聖書は「彼はその女と寝た」と書いてあります。その後、身ごもったことを知らされました。ダビデはバレないように、画策しました。戦場からウリヤを連れ戻し、「家に帰って、足を洗うように」命じました。ところが、ウリヤは真面目な人で、「主人も家来たちも戦場で野営していのに、自分だけが家に帰って飲み食いできません」と断わりました。ダビデは軍長のヨアブに手紙を書き、それをウリヤに持たせました。その手紙には「ウリヤを激戦の真正面に出し、彼を残してあなたがたは退き、彼が打たれて死ぬようにせよ」と書いてありました。そのとおりになったので、ウリヤは戦死しました。ダビデは喪が明けると、バテ・シェバを自分の妻に迎えました。しかし、ダビデの行ったことは主のみこころをそこないました。

ダビデは姦淫と殺人の罪を犯して、しらんぷりしていました。ところが、主のもとから預言者ナタンが遣わされ、「あなたがその男です」と糾弾されました。ダビデは「私は主に対して罪を犯しました」と告白しました。ナタンは「主もまた、あなたの罪を見過ごしにしてくださった」と言いました。ダビデが犯した罪の結果、生まれた子どもが死ぬこと、さらにダビデの家から災いが引き起こることになりました。詩篇32にはダビデの苦しみが記されています。詩篇32:3「私は黙っていたときには、一日中、うめいて、私の骨々は疲れ果てました。それは、御手が昼も夜も私の上に重くのしかかり、私の骨髄は、夏のひでりでかわききったからです。私は、自分の罪を、あなたに知らせ、私の咎を隠しませんでした。私は申しました。『私のそむきの罪を【主】に告白しよう。」すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました。』」アーメン。ダビデは罪を犯した直後から、心に深い責めを覚えていました。骨髄の痛みはどの痛みよりも辛いそうですが、ダビデは死ぬほど苦しみました。だから、預言者ナタンから罪を責められたとき「私は主に対して罪を犯しました」と隠し立てなく答えました。ダビデは罪赦された者の喜びをこのように歌っています。詩篇32:1-2「幸いなことよ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。幸いなことよ。主が、咎をお認めにならない人、その霊に欺きのない人は。」このみことばは、使徒パウロも引用しています。パウロは私たちは「信仰によってのみ、人は義とされる」と主張しました。そのとき、「ダビデは行いとは別の道で義と認められたのです」と、ダビデの詩篇を引用しました。罪の赦しは同時に、救いの喜びでもあります。この世の宗教は、罪の赦しのために償いを要求します。ある人たちは、一生、罪の重荷を背負いながら生きています。そのため、「自分だけが幸せになることはできない」と言います。人間的には、そのような償いが必要と思われるかもしれません。しかし、私たちは罪を赦して下さる最も権威ある神さまがおられます。それだけではありません。罪の代価を代わりに支払ってくださったイエス・キリストがおられます。旧約時代には、キリストがいなかったので、罪の結果を刈り取るべく「咎」が家系に入り込みました。しかし、キリストは罪だけではなく、咎の問題も解決してくださいました。イザヤ53:5「しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」とあるからです。

罪のない人はいません。すべての人は罪を犯したので罪の負い目があり、良心の呵責がいつもあります。しかし、主イエス・キリストが来られたのは、私たちの罪を赦し、罪の負い目から解放してくださるためです。キリストにあって、私たちはもうだれからも「罪あり」と、咎められることはありません。悪魔があなたを責めるためやって来たなら、「私はキリストによってすべての罪が赦されました。文句があるならキリストのところへ行きなさい」と言えば良いのです。ダビデは罪が赦されていることがどんなに大きな喜びなのか教えています。ダビデはイスラエルの王になったことも喜びであったと思います。しかし、主に受け入れられ、主から罪が赦されていることがそれ以上の喜びでした。私たちも「何ができる」とか「何を持っている」ということよりも、主から完全に受け入れられ、主によって罪が赦されていることを喜びましょう。



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2014年1月12日 (日)

油注がれたダビデ     Ⅰサムエル16:6-13 

 イスラエルの初代の王サウルは、不従順の罪のゆえに主なる神さまから捨てられました。主はサウルを選んだことを悔やまれました。サウルがまだ王に就いていましたが、主はダビデを王として新たに選びました。最も小さく、最も可能性の低い人が選ばれました。主の選びは本当に不思議です。最初の戦いは巨人ゴリアテとの戦いです。これで一躍、ダビデは有名になりました。ところが、サウルの嫉妬を買い、命を狙われ、逃亡の日々を過ごしました。きょうは、ダビデの前半の生涯から2つのポイントで学びたいと思います。


1.油注がれたダビデ

主はサムエルに「王を見つけたので、エッサイの息子たちを集めよ。」とお命じになられました。しかし、このことがサウルに知れると殺されるので、サムエルは「主にいけにえをささげる」という口実で、エッサイの家に行きました。サムエルは長男のエリアブを見て、「確かに、主の前で油を注がれる者だ」と思いました。しかし、主はサムエルに「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。私は彼を退けている。人が見るように見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る」と仰せられました。エッサイは、次男のアビナダブを進ませたが、サムエルは「主は選んでおられない」と言いました。エッサイは、三男のシャマを進ませたが、サムエルは「この者もまた、主は選んでおられない」と言いました。四男、五男、六男、七男に対しても、「主はこの者たちを選んではおられない」と言いました。サムエルはエッサイに「子どもたちはこれで全部ですか?」と聞きました。エッサイは「まだ末の子が残っています。あれは今、羊の番をしています」と答えました。サムエルは「人をやって、その子を連れて来なさい」と命じました。その子は血色の良い顔で、目が美しく、姿も立派でした。主はサムエルに「さあ、この者に油を注げ。この者がそれだ」と言われました。サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真ん中でダビデに油を注ぎました。主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下りました。ダビデはそのとき17歳で、実際にイスラエルの王になるのは13年後の30歳でした。

このところに、「人はうわべを見るが、主は心を見る」という、主のみことばがあります。初代の王、サウルは容貌と背の高さは申し分ありませんでした。Ⅰサムエル9:2「彼は美しい若い男で、イスラエルの中で彼より美しい者はいなかった。彼は民のだれよりも、肩から上だけ高かった」と書いてあります。ダビデの息子、アブシャロムも大変美しい人でした。Ⅱサムエル14:25「さて、イスラエルのどこにも、アブシャロムほど、その美しさをほめはやされた者はいなかった。足の裏から頭の頂まで彼には非の打ちどころがなかった。」とあります。アブシャロムはダビデを追放し、イスラエルを自分のものにした人です。映画俳優やモデルは美しい人が多いです。私は、容貌は神さまの賜物であると思います。容貌が良ければ、心も良さそうに思いますが、必ずしもそうではないようです。サタンは自分があまりにも完璧で美しいので、高慢になり、堕落しました。「人はうわべを見るが、主は心を見る」とはどういう意味でしょう?人は確かに容貌や美しさに目がいきます。しかし、神さまは、うわべよりも、心をご覧になっておられるということです。ダビデの容姿は分かりませんが、血色の良い顔で、目が美しく、姿も立派でした。「目が美しく」という描写は、心が美しいことを象徴しています。イエス様も、「からだのあかりは目です。それで、もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るい」(マタイ6:22)とおっしゃいました。それでは、主が選ばなかった、兄たちはどんな人なのでしょうか?Ⅰサムエル17章に書いてありますが、巨人ゴリアテの前でイスラエルが苦戦していました。ダビデが兄たちの安否を尋ねて来たとき、兄から何と言われたでしょうか?エリアブはダビデに怒りを燃やして、「一体おまえはなぜやって来たのか?荒野にいるわずかな羊を、だれに預けてきたのか。私はおまえのうぬぼれと悪い心がわかっている。戦いを見にやって来たのだろう」と言いました。人は自分が見るように、他の人を見るものです。長男のエリアブは自分の心が悪かったので、ダビデを悪く見ました。主がエリアブを退けた理由がここからも知ることができます。

人はうわべを見ますが、主は心をご覧になります。となると、私たちは外見よりも、内側を整える必要があります。使徒パウロは、「どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように」(エペソ3:16)と祈っています。では何故、容貌や肉体よりも、内なる人が重要なのでしょうか?Ⅱコリント4:16「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています」とあります。そうです。外なる人、つまり、容貌や肉体は一時的であるからです。では、「容貌や肉体はどうでも良いか?」というとそうでもありません。美容や健康に気を配ったら良いと思います。テレビ・ショッピングでは、そういうものが大流行です。いろんなサプリも良いでしょう。でも、そればかりでは十分ではありません。心のケア―、内なる人が強くなるように働きかける必要があります。健康のためには、デドックス、体にたまった毒素を排出することが大事だと言われています。同じように、心の中にたまった毒素を排出する必要があります。憂い、悲しみ、とがめ、いやな記憶、恥、トラウマ、罪責、恨み、ねたみ、不安、恐れ、挫折感、失望感、怒り…いっぱいありますね。こういうものを吐き出す必要があります。でも、どこに出すのでしょうか?この世の人たちは、お酒やカラオケで出すのでしょうか?クリスチャンは「私にはそういうものはありません」と否定するかもしれません。でも、自分の心の状態を無視すると、いろんな病気になります。私たちは神さまとの祈りの中で、何でも出すことができます。神さまはちゃんと処理してくださいます。その後は、みことばと祈りで、良いものを入れる必要があります。信仰書も良いですし、賛美も良いでしょう。私は心が積極的・肯定的になるような本を常に横に置いています。なぜなら、知らず知らず、気持ちが落ち込むからです。朝起きるときと、夜寝る前は、心のケアーのためにはとても大事な時間です。神さまの前に、積極的なことばを告白し、感謝をささげるべきです。どうぞ、内なる人が強くなるように努力しましょう。

しかし、最も重要なことがあります。それは何でしょう?Ⅰサムエル16:13「サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真ん中で彼に油をそそいだ。【主】の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った。」アーメン。クリスチャンにとって、最も重要なものは主の油注ぎであります。旧約聖書において、祭司と王様と預言者には、任職のための油注ぎがありました。また、キリストは「油注がれた者」という意味であり、特別な存在でした。では、新約において「油注ぎ」とはどのような意味があるのでしょうか?それは、聖霊の満たしであります。油は聖霊を象徴しています。ペンテコステの日、120人に聖霊が臨み、彼らは聖霊に満たされました。すると、彼らは別人のようになり、預言や異言を語り出しました。使徒たちが手を置くと病が癒されました。人格的にも愛の人に変えられました。魔術師シモンと言う人がペテロに、「私にもそのような権威をください」とお金を差し出しました。すると、ペテロから「あなたは金で神の賜物を手に入れようとするとか」と呪われました。パウロは後から使徒になった人ですが、エペソの人たちの上に手を置くと、人々は聖霊を受け、聖霊に満たされました。また、油注ぎによって、神からの賜物や権威が与えられるということは確かなことです。なぜなら、聖霊の油注ぎは奉仕の原動力だからです。神さまの奉仕は、自分の力では決してできません。もちろん、ある程度のことはできます。しかし、油注がれた奉仕は、他の人がそれを見ると分かります。10年以上前に、アメリカからベニー・ヒンがやって来ました。彼は油注ぎがいかに大切かメッセージしました。また、「タッチ」とか言って、そういう油注ぎを与える奉仕をしました。最近は、タンザニアのガジマという牧師が、油注ぎのメッセージをします。彼のメッセージはとても単純ですが、私たちの心を変える力があります。彼は多数の死人を生き返らせ、「油注ぎこそが、リバイバルの秘訣である」と主張します。

私たちは「油注ぎ」を魔法の杖のようにしてはいけません。聖書的なバランスを取ることも重要です。しかし、サムエルがダビデに油を注がれたらどうなったでしょうか?「【主】の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った」と書いてあります。ダビデがダビデとして、活躍できたのは、聖霊の油注ぎではないかと思います。彼はイスラエルの黄金時代を築き上げました。また、すぐれた戦士、多くの詩篇を書き、音楽家でもありました。大きな罪を犯しましたが、主の恵みによって赦されました。神さまに従順な態度は、イエス・キリストの型でもあります。私は新約の時代は、特別な人にではなく、一般の人にも聖霊の油注ぎがなされると信じます。使徒2:17-18「終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する」と書いてあるからです。結論的に言いますと、「外見や容姿よりも、心だ」ということです。さらに言いますと、聖霊の油注ぎを受けているということです。ヨハネは「あなたがたの場合は、キリストから受けたそそぎの油があなたがたのうちにとどまっています」(Ⅰヨハネ2:27)と言いました。ハレルヤ!神さまの働きの原動力は、主の油注ぎであることを知りたいと思います。新約の時代、求めるならだれにでも与えられます。


2.ゴリアテに勝利したダビデ

Ⅰサムエル17章に書いてありますが、巨人ゴリアテの前でイスラエルが苦戦していました。ダビデが兄たちの安否を尋ねてきたとき、エリアブはダビデに怒りを燃やして、「一体おまえはなぜやって来たのか?荒野にいるわずかな羊を、だれに預けてきたのか。私はおまえのうぬぼれと悪い心がわかっている。戦いを見にやって来たのだろう」と言いました。しかし、ダビデは兄のことばを聞き流し、「このしもべが行って、あのペリシテ人と戦いましょう」とサウル王に進言しました。サウルは自分のかぶとよろいを身に着けさせました。ダビデにとって、その武具は不慣れだったので、「こんなものを着けては、歩くこともできません」と脱ぎ捨てました。借り物ではダメです。ダビデは自分がいつも使い慣れた物で戦うことにしました。ダビデは石投げとなめらかな石を袋に入れて、ゴリアテに立ち向かいました。しかし、ゴリアテは身長が3メートルで旗竿のような槍を持っていました。彼は生まれたときから軍人で、戦闘のプロでした。サウル王はゴリアテに勝った者に自分の娘を嫁に与えると言いました。しかし、イスラエルの人たちで、だれ一人、「私が戦う」という人がいませんでした。ところが、紅顔の美少年ダビデが一人で立ち向かいました。ゴリアテはダビデを見おろして、「杖を持って向かってくるが、俺は犬なのか。さあ来い。おまえの肉を空の鳥や野の獣にくれてやろう」と言いました。ダビデは怒っていました。なぜなら、このゴリアテがイスラエルの神をなじったからです。ダビデが言いました。「お前は、剣と、槍と、投げやりを持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、お前に立ち向かうのだ」と言いました。

 ミケランジェロが作った「ダビデ像」の彫刻が有名です。また、ベルニーニも「ダビデ像」を作りましたが、彼の方が石投げを持っていてとてもリアルです。グッと、睨みながら、体をひねっています。今にも石が飛び出しそうです。しかし、このところで注目したいのは、ダビデの信仰です。ダビデはゴリアテの身長や武器を見ていません。ダビデは巨人ゴリアテではなく、主を見ていました。ダビデは「これは主の戦いだ。主はおまえたちを我々に渡される」と宣言しました。これが重要であります。私たちは問題の大きさを見て、それがどれだけ困難か理由をあげます。そうすると頭も体も委縮して、アイディアも出てきません。そうではなく、ダビデは主を見上げ、「この戦いは主の戦いである」と宣言しました。つまり、「主が戦ってくれるので、自分はできることをやれば良い」ということです。ダビデはすばやく走って行き、袋の中から石を1つ取りました。そして、石投げで石を「びゅん」と、放ちました。一個目は外れました。二個目も外れました。三個目も外れました。四個目はかすれました。「あ、ヤバイ!」ゴリアテの槍が鈍い光を放って、今にも体を貫きそうです。最後の五個目が、ゴリアテの額に食い込み、彼はうつぶせに倒れました。そうは書いていません。一発目の石で、ゴリアテは倒れました。四個の石は残りました。これを「勝ち得て余りある」と昔の説教者は言ったものです。ダビデはすかさず走り寄り、ゴリアテの剣を奪い、とどめを刺して首をはねました。

 この記事を読んでいるとき、楽天の田中投手のことが思い出されました。彼は24勝でシーズンを終えました。一度も敗れなかったということです。日本シリーズでは、1回負けたので、26連勝でストップしたようです。日本シリーズをテレビで見ましたが、すごい形相で投げていました。多くの選手を三振で倒しました。「彼とダビデが何の関係があるんだ」と言われればそれまでです。しかし、あのほとばしる自信は、ダビデと似ているかもしれません。ダビデは一発で巨人ゴリアテを仕留めました。では、ダビデはまぐれだったのでしょうか?そうではありません。ダビデは羊飼いでした。なぜ、ダビデに自信があったのでしょう?ダビデがサウル王にこのように言っています。Ⅰサムエル17:34-37「しもべは、父のために羊の群れを飼っています。獅子や、熊が来て、群れの羊を取って行くと、私はそのあとを追って出て、それを殺し、その口から羊を救い出します。それが私に襲いかかるときは、そのひげをつかんで打ち殺しています。このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受けていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。生ける神の陣をなぶったのですから。獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった【主】は、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。」アーメン。ダビデは自分の仕事に忠実でした。そして、2つのことを身に着けていました。1つは、普段から、獅子や熊を打ち殺していたということです。それだけ自分の石投げには自信があったということです。もう1つは、主に対する信仰です。ダビデは「これまで、主が獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった。だから、主はあのペリシテ人の手からも私を救い出してくださる」と言っています。この信仰も、昨日、今日、生まれたのではなく、普段からの積み重ねであったということです。

 私たちは「ダビデは神さまから選ばれた特別な人物だったので、ゴリアテに勝利できたんだ」と思います。それだけではありません。私たちの前にも巨人ゴリアテがいます。乗り越えられないような困難や打ち負かされるような出来事があります。そういう時こそ、自分の力や信仰がためされます。そのために、やはり2つのことをしていく必要があります。1つは今やっていることに対して、忠実であるということです。忠実に行うことでだんだん実力がついてきます。私も毎週、説教をしていますが、はじめの頃はひどかったようです。私の長所はコツコツやるということです。いろんなセミナーに出かけ、学んだものをあとから整理します。また、信仰書や人が研究した資料をたくわえておきます。英語もほとんど独学です。昔はNHKのラジオ英会話、今ではジョエル・オースチンの原書をコツコツ訳しながら学んでいます。説教は1か月先まで、すでにできています。なぜ、完全原稿かと言いますと、岩本姉と中国の方の通訳のためでした。もう、20数年、全部書いています。2つ目は、問題ではなく、主を見上げていくと言うことです。私は元来、悲観主義で、喜びや感謝がない人でした。クリスチャンになってやっと感謝ができるようになりました。しかし、内側には、怒りと恐れが満ちていました。だから、何か問題が起こると過剰に反応しました。信仰、信仰と口ではいいますが、肉の頑張りでやってきたところが多くあります。失敗や問題がある度に「わー」とか「あー」と過剰反応しました。そういう中でも主により頼んできたので、だんだん信仰的に成長してきたと思います。みなさんはどうでしょうか?外の天気のようにいつも晴れの日とは限りません。どんより曇った日もあれば、雨や嵐の日もあります。でも、雲の上はいつも快晴です。飛行機に乗るとわかりますが、3000メートルくらい上ると、下は雲海で、太陽が輝いています。ダビデは「この戦いは主の戦いである」と言いました。つまり、生活に起こるあらゆる出来事は、主が共にいて戦ってくださるということです。私たちは勝手に、「これは私の問題だから、私が解決するしかない」と言って主の助けを排除します。そうではなく、小さな問題も大きな問題も、「この戦いは主の戦いである」と思って、主と共に戦うことが大切です。しかし、「毎日、そんなに戦いがあるのですか?」と反論なさるかもしれません。でも、主の戦いなんです。葛葉姉がお産を無事終えたとき、「ああ、勝利した!」と言われたそうです。アーメンです。私もホテルに泊まることがありますが、変なテレビは見ません。インターネットもひっかかりそうですが、見ません。それは「勝利した!」ということです。「本当は今、買いたいけど、我慢して来月、給料が入ってから買うことにした。」そういう時も「勝利した!」と言うべきでしょう。「本当はひとこと皮肉を言いたかった。でも、口を閉ざして言わなかった。」そういう時も「勝利した!」と言うべきでしょう。

 ダビデは主からとても愛されました。それはなぜでしょう?大人になっても、子どものような純真さがあったからです。Ⅰサムエル16:12「その子は血色の良い顔で、目が美しく、姿もりっぱだった。」これは、ダビデの心の中をあらわしています。ダビデは主を恐れ、主を愛しました。だから、主の愛顧、favorを得たのだと思います。これはダビデが歌った歌の1つです。詩篇7:10「私の盾は神にあり、神は心の直ぐな人を救われる。」直ぐとは、uprightであり、「正直な、高潔な、正しい」という意味があります。ダビデは17歳のときサムエルから油を注がれました。ダビデがゴリアテに勝利した後、女たちが笑いながら「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った」と繰り返して歌いました。そのため、サウル王はダビデを妬み、命を狙いました。ダビデは荒野から荒野へと逃亡の生活を余儀なくされました。サウルはペリシテ人との戦いに敗れて自害しました。その後、ダビデはイスラエルの王になりましたが、30歳になっていました。あのダビデすら、多くの困難を通らされました。時には嘆き悩み、時には恐れ苦しみました。しかし、ダビデはその度ごとに主を見上げ、勝利していったのです。私たちもこの地上では戦いがあります。これもダビデの詩です。詩篇34:19「正しい者の悩みは多い。しかし、主はそのすべてから彼を救いだされる。」


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2014年1月 5日 (日)

パウロの祈り        エペソ3:14-19 

 聖書の中には、色々な人たちの祈りが記されています。きょうは、新年の最初の聖日礼拝ですが、使徒パウロの祈りから学びたいと思います。この祈りは、エペソの教会だけではなく、時代を超えて、私たちに対する祈りでもあります。ある人は、「2000年前にエペソ教会に送られた手紙が、何故、現代の私たちに関係あるのか?」と文句をつけるかもしれません。宗教改革者ルーターは「聖書は古いものでもなければ、新しいものでもない。聖書は永遠のものである」と言いました。聖霊が2014年に生きている私たちにも、永遠の聖書のみことばを開いて教えてくださると信じます。


1.内なる人を強くしてください

 パウロの祈りは14節から21節まで記されています。パウロの祈りを1つでまとめるなら「内なる人を強くしてください」という祈りではないかと思います。他のことばは、そのことを説明しているのではないでしょうか?パウロは「クリスチャンよ。第一に、内なる人が強められることを求めなさい」と勧めています。では、内なる人とは何でしょう?使徒パウロは、Ⅱコリント4章で「内なる人と外なる人」とに分けています(Ⅱコリント4:16)。外なる人とは、肉体であります。この肉体には食べ物や着るものが必要です。イエス様は「何を着るか、何を飲むかは異邦人が切に求めているものです。神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます」(マタイ6:33)と言われました。この世では、「外なる人が強くなるように」という勧めで満ちています。テレビショッピングでは、健康のためにいろんなサプリメントを宣伝しています。また、衣類や宝石、生活を便利にする商品が出されます。では、この世では、「内なる人が強められるように」と言われているのでしょうか?宮里藍というプロゴルファーがいますが、彼女はメンタル・コーチをつけています。プロゴルファーは「このツアーで優勝したら、賞金ランクがどのくらいになるか」気になるようです。メンタル・コーチは「先のことではなく、今の一打に集中すること。一打、一打の積み重ねが大事」と言うそうです。箱根駅伝で、実力が拮抗している時は「最後には気持ちの勝負です」と良く言われます。ある人は「気合いだ、気合いだ、気合いだ」と叫んでいます。最近は、カウンセリングとかコーチングの需要が高まっています。だんだん、心の大切さがわかってきたからではないでしょうか?

 では、パウロが言う「内なる人」とはどういうものなのでしょうか?また、「強められる」とはどういうことなのでしょうか?そのこと説明しているのが、3章17節以降であります。3:17「こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが」。このところに書かれている「心」は、ギリシャ語では「カルディア」です。この語は、一般に「心」と訳され、英語ではheartとなっています。しかし、「カルディア」は、どちらかと言うと、人間の感情、心情的側面を表わす語です。パウロはローマ9:2「私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります」と言いました。そのところの心も、「カルディア」です。エペソ人への手紙はクリスチャンに書かれた手紙です。ですから、心の奥底(霊)にイエス様を迎えた人たちが対象です。でも、あえて、パウロが「キリストが信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでくださいますように」と祈っています。パウロが「カルディア」ということばを使うことによって、「感情面にもキリストを迎えるように」と願っているのではないでしょうか。あるクリスチャンは、「信仰は霊で捉えるものだから、感情的にならないように」と言います。また、「信仰は、感情ではなく意志である」と、よく聞かれます。感情は喜怒哀楽であります。イエス様が喜怒哀楽を現したことがなかったか、というとそうではありません。ゲッセマネの時は泣き叫びました。ペテロが信仰告白したときは、ものすごく喜びました。宮きよめのときは、思いっきり怒りました。ラザロが死んだときは涙を流しました。ですから、私たちの感情面にもイエス・キリスト様を歓迎すべきではないでしょうか?つまり、それは、イエス様と一緒に喜んだり、イエス様と一緒に悲しんだりして良いということです。多くの男性は感情に蓋をして生きていますので、感情面にもキリストを迎えることが重要な課題であると思います。歌にあるように、「泣きなさーい、笑いなさーい」です。

 でも、その直後、パウロは「また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが」と続けています。このことばは前にくっつくのか、そのあとなのか問題ですが、あえて前にくっついていると解釈させていただきます。すると、「カルディア」という感情が、愛に根ざし、愛に基礎をおいている必要があるということです。この愛はもちろん、「アガペー」という神の愛です。私たちの感情は、時々コントロール不能になるときがあります。喜びすぎるのは良いのですが、怒りや憂いが大きくなりすぎると問題です。そのため、他の人や自分自身を傷つけてしまうからです。現代はこの「感情」をコントロールできない人がたくさんいます。悲しみが止まらない、怒りが止まらない人がいます。私たちの血液の中には血小板があり、空気中に触れると固まるようになっています。だから、血が止まるのです。感情にも、血小板にあたるものが必要です。それは「自分たちの心を神の愛に根ざし、神の愛に基礎を置くということです」。心が不安定な無重力状態になるのは困ります。心が神の愛の中に根ざしていることが重要です。野菜の「かぶ」と心の形がよく似ています。「赤かぶ」というのもあります。どうぞ、かぶが地面にすわっているように、私たちの心が神さまの愛の土壌に根ざしていますように。神さまから心の栄養をいただき、神さまによって支えていただきましょう。ハレルヤ!

 次の聖句です。エペソ3:18-19「すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように」とあります。「理解する力」とは内なる人のどの部分でしょうか?それは知性であります。ギリシャ語ではヌース、英語ではmindです。ヌースは理性的活動をする側面であります。私たちが生きていくためには、いろんなことを知らなければなりません。そのため、親は子どもに大切なことを教えます。また、学校ではいろんな知識や技術を教えるでしょう?でも、パウロが私たちの内なる人が強くするために最も大切なものを教えています。ある人は「広さ」が大切だと言うかもしれません。一般常識や社会的な活動であると言うでしょう。また、人は「長さ」だと言うかもしれません。これは歴史や伝統を重んじるということでしょうか?また、ある人は「高さ」だと言うかもしれせん。これは、聖い、崇高な生き方でしょうか?ある人は「深さ」だと言うかもしれせん。これは、何かを極めたり、学問的な追求のことでしょうか?1つ1つ意味があるのかもしれません。でも、私は「キリストが私たちの心の中で、広さ、長さ、高さ、深さにおいて、いっぱいになる」ということではないかと思います。心の中、どこを切ってもキリストがつまっているという状態です。では、なぜ、キリストを知ることがそれほど重要なのでしょうか?パウロはコロサイ2:2-3「理解をもって豊かな全き確信に達し、神の奥義であるキリストを真に知るようになるためです。このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」アーメン。キリストの中に、神の奥義、知恵と知識との宝がすべて隠されているとしたならどうでしょう?パウロが生きていた時代は、ギリシャ哲学が盛んでした。クリスチャンになっても、「やっぱり、哲学を学ばなければ」という人がたくさんいました。哲学を土台にして、聖書を解き明かした人たちもいました。近代ではどうでしょうか?自由主義神学者が台頭し、聖書をバラバラに解体しました。ある人たちは、「聖書に描かれているキリストと歴史的なキリストとは違う」とまで言いました。しかし、カールバルトという神学者は「キリストを通して神のことばを理解することにおいて聖書は正しい」と言いました。私は彼とは、同じ立場ではありませんが、自由主義の行き過ぎた振り子を戻した人です。

 しかし、パウロは私たちの知性でキリストを知ることには限界があることを言っています。エペソ3:19「人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。」パウロは、私たちが「人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができるように」と願っています。そうです。私たちの知性で神さまのことが分かったなら、それは神さまではありません。被造物である私たちが、「神さまがこうである」と知的に理解することは不可能です。でも、パウロは「人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように」と願っています。私たちが、感情において、知性において、主を知ることを求めるとき、私たちの内なる人が強められます。「こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように」ということです。つまり、キリストに満たされたなら、神ご自身の満ちたもので、満たされるということです。私たちの心が神さまのもので満ちていたなら、どんなことが起こるでしょうか?神さまの愛、神さまの平和、神さまの希望、神さまの力、神さまの知恵が心から湧き上ってくるということではないでしょうか?私たちはこの世が持っている、お金や物や権力に求めがちです。そうではなく、私たちの心の内に、すべての源であられるキリストがおられるのです。内なるキリストを再発見しましょう。


2.内なる人を強くするために

 後半は、内なる人が強くするために、どうしたら良いのでしょうか?肉体の場合は、筋トレなどをします。タンパク質やビタミンなど、必要な栄養素も摂取すべきでしょう。使徒パウロはⅠテモテ4章でこう言っています。Ⅰテモテ4:7-8「むしろ、敬虔のために、自分を鍛錬しなさい。肉体の鍛練もいくらかは有益ですが、今のいのちと未来のいのちが約束されている敬虔は、すべてに有益です。」肉体の鍛錬はいくらか有益でしょうけれど、もう1つ別の鍛錬があるようです。それは敬虔になることです。敬虔とは、英語でgodlinessです。この言葉は、godly(神さまを敬う)+ness(性質、状態)からできています。つまり、敬虔は、内なる人を強くするために自分を鍛錬することによってもたらされるということです。内なる人が強くなっている人を、外側から見たなら「ああ、敬虔な人だ」ということです。イエス様の時代にいた宗教家たちは、外側だけを敬虔そうに見せていました。「どうやって祈るか、どうやって施しをするか、どうやって断食をするか」、器の外側だけをきよくすることに注意を向けていました。イエス様は彼らに何と言われたでしょうか。「お前たちは杯や皿の外側はきよめるが、その中は強奪と放銃でいっぱいです。お前たちは白く塗った墓のようなものです。外側は人に正しく見えても、内側は偽善と不法でいっぱいです」と言われました。重要なのは、外側ではなく、内側、心の問題だということです。それでは、どのようにしたら内なる人が強められ、敬虔な人になることができるのでしょうか?

 エペソ3:16 「どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。」このところに、私たちの内なる人が強くさせられるために、2つの要素が記されていることが分かります。第一は父なる神が、ご自身の栄光の豊かさの中から与えてくださるということです。私たちの資源は、あくまでも父なる神さまであります。日本語では「豊かさ」と訳されていますが、原文は「富」とか「財宝」ということばです。ですから、英国の聖書はtreasuresとなっています。神さまの栄光は、まるで、富や財宝のようなものであり、それらを私たちに与えてくださるということです。昨年末は、ヨブ記を読んで、大変恵まれました。ヨブ記28章にはこのようなことが記されています。「銀のためには鉱脈がある。金のためには精錬所がある。鉄はちりから取られ、銅は溶かされた岩から取り出される。人は暗闇の果てまで、縦坑を掘り込み、サファイヤや金を見出す。人は岩に坑道を切り開き、その目はすべての宝を見る。しかし、知恵はどこから見つけ出されるのか?悟りのある所はどこか。」私はそのところを読んでいて、自分が鉱夫になった気持ちになりました。うちの息子はパソコンでマイン・クラフトというゲームをやっています。地下を掘って行くと、石炭とか銅、金やダイヤモンドを取り出すことができるというゲームです。私は、富はこの世の中に存在していると思いました。大金は宝くじを当てない限り、無理だと思っていました。しかし、「神さまの知恵は、銀や金、サファイヤにまさる宝なんだ」と思ったら、ワクワクしてきました。

神さまの中に、私たちの必要の一切を見出すことができます。希望も、健康も、経済的な必要も、昇進も、内なる人が強くなるための必要もであります。神さまはご自身の無尽蔵の富の中から、いくらでも、私たちに与えようと願っておられるのです。問題は神さまにあるのではなく、私たちの側にあるのです。エリヤ・ハウスで学んだことがあります。神さまは大きな湖のように、豊かな恵みをたたえています。湖から、私たちに流れる1本の川があります。しかし、ビーバーが丸太や葉っぱでダムを造りました。そのため下流には、水が流れて来ません。すずめの涙ほどの恵みです。そのダムが、神さまの豊かな恵みが流れ込むのを妨げているのです。ダムとは何でしょう?私たちの心の傷、赦せない思い、過去のトラウマ、苦い根、両親を敬わない心、偽りの誓い、中毒などです。ある人たちは、過去に起こった不幸な出来事から立ち直ることができず、そこに座り込んでいます。そして、傷つけた人を呪い、そのことを許した神様に恨みを抱いています。神さまのところには、大きな恵みがたたえられているというのに、自分の心はカラカラに渇いています。では、どうすれば、神さまから豊かな恵みが流れてくるのでしょうか?神さまの恵みをとどめている、丸太や葉っぱ、ゴミなどを取り除くことです。赦すべき人を主の御名によって赦しましょう。過去のトラウマを主にゆだねましょう。ダムを壊す最も大切なことは、主要な丸太は何かということを調べることです。中心的な丸太を1、2本どけるならば、他のものを簡単に取り除くことができます。どうぞ、自分が抱えている中心的な障害物を見つけ出して、神さまの前に差し出しましょう。あるときは、人の手を借りることも必要です。妨げているダムを取り壊したならば、信じられないくらいの神さまの恵みがあふれ流れて来ます。

第二は「御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように」とあります。聖霊は神さまと私たちを結ぶ管であります。力の源は神さまにあります。神さまの力は聖霊を通して、私たちのところにやってきます。そして、私たちの内におられる聖霊が私たちの内なる人を強くしてくださるのです。つまり、聖霊は2つの役割があるということです。たとえば、電気を作っているところは発電所です。何万ボルトの電気が送電線によって送られてきます。送電線は聖霊です。しかし、私たちの家庭に何万ボルトもの電気は必要ありません。もし、そのまんま流れてきたら電気製品が黒焦げになります。下げられた電気が電柱から、家庭に備えられている分電盤に送り込まれます。100ボルトに下げられた電流がコンセントまで来ています。聖霊は神さまから大きな力を運んでくれる送電線のようなものです。聖霊は紅海を2つに分けたり、月や太陽を止めることができます。しかし、聖霊は私たち一人ひとりにもおられます。分電盤から流れる電気こそが個人用の聖霊の力です。この聖霊が私たちの内なる人を強くしてくださるのです。新約聖書では、私たちの内におられる聖霊を「御霊」と呼んでいます。ギリシャ語ではどちらもプニューマなので、神の霊なのか、私たちの霊なのか区別がつきません。聖霊は私たちの霊の部分に留まっています。しかし、パウロが願うのは、その聖霊が私たちの感情や知性、意志にまであふれて来るようにということです。聖霊が私たちの心をコントロールし、聖霊が私たちの心を新たにしてくださるならどうでしょうか?あっと驚くような、素晴らしいことが起こるのではないでしょうか?

ある人が「なぜ私たちの心をココロと言うのか?それはコロコロ転がるからです」と言いました。私たちの心は安定することができません。世の中の誘惑に簡単に引き寄せられます。何か問題が起こると恐れたり、不安になります。失敗や敗北で落ち込んでしまいます。怒りや嫉妬で狂うこともあります。願わくば、いつも平安で、明るく、喜んでいたいものです。しかし、私たちの意志や頑張りだけではうまくいきません。何度も自分に聞かせても、また悪いものが湧き上ってきます。本当に心は自由になりません。だからこそ、私たちの霊に宿っておられる聖霊が、心のあらゆる分野に来ていただく必要があるのです。聖霊は私たちを慰めてくださる助け主です。ローマ8:26「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。」アーメン。また、聖霊は私たちを罪の原理から解放して、いのちを与えてくれます。ローマ8:2、6「なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。…肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。」アーメン。重力は私たちを落とそう、落とそうと働きます。しかし、御霊が私たちの心を下から支えてくださるのです。また、聖霊は私たちに喜びを与えてくださいます。ローマ14:17「神の国は…義と平和と聖霊による喜びだからです」とあります。私は街を歩いていて驚くことが良くあります。この世の人たちの方がクリスチャンより、よっぽど喜んでいます。「なぜ、あんなに楽しそうなんだろう。それに比べ私は何だ?罪赦され、永遠のいのちがあるのに、うなだれているなんて…」と思うときがあります。喜びに質があるという問題ではなく、クリスチャンこそ聖霊によって、どんな時でも喜ぶべきであろうと思います。だれかから聞きましたが、平野牧師が「日本のクリスチャンは真面目すぎる」とおっしゃっているそうです。真面目であることは良いことだと思います。しかし、真面目すぎるというのは、いつもしかめっつらして、他人をさばいているようなクリスチャンかもしれません。

私は自分でも驚くことがよくあります。それは「はははっ」と、腹から笑っている自分がいるからです。私は悲観的で、皮肉的で、人を小馬鹿にする笑いは良くします。しかし、解放を受けてから、面白いことは、腹から笑えるようになりました。失敗しても神さまがなんとかしてくださるという信仰が与えられています。私たちは成功からはほとんど学びません。失敗したときに、多くのことを学びます。もし、失敗が益になるのだったら、笑っても良いのではないでしょうか?私たちの究極の希望は十字架と復活です。イエス様が死んで、三日目によみがえられました。と言うことは、私たちも死ぬような目にあったとしても、神さまが復活させてくださるということです。「どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。」アーメン。


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