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2013年12月29日 (日)

 ~神の国の民としての義務~  亀有教会副育牧師 毛利佐保


<ローマ人への手紙13章1節~7節>


13:1

人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。

13:2

したがって、権威に逆らっている人は、神の定めにそむいているのです。そむいた人は自分の身にさばきを招きます。

13:3

支配者を恐ろしいと思うのは、良い行ないをするときではなく、悪を行なうときです。権威を恐れたくないと思うなら、善を行ないなさい。そうすれば、支配者からほめられます。

13:4

それは、彼があなたに益を与えるための、神のしもべだからです。しかし、もしあなたが悪を行なうなら、恐れなければなりません。彼は無意味に剣を帯びてはいないからです。彼は神のしもべであって、悪を行なう人には怒りをもって報います。

13:5

ですから、ただ怒りが恐ろしいからだけでなく、良心のためにも、従うべきです。

13:6

同じ理由で、あなたがたは、みつぎを納めるのです。彼らは、いつもその務めに励んでいる神のしもべなのです。

13:7

あなたがたは、だれにでも義務を果たしなさい。みつぎを納めなければならない人にはみつぎを納め、税を納めなければならない人には税を納め、恐れなければならない人を恐れ、敬わなければならない人を敬いなさい。


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私たちの住む世界は罪に満ちています。そしてイエス様の福音が思うように届かず、キリスト者の中には残念ながら聖書のみことばを二千年前の過去の遺物のようにしてしまっている人もいます。それはこの世と聖書の世界が、かけ離れ過ぎていると思ってしまっているからです。


先ほど読んだローマ人への手紙13章1-7節には、この世の権威に従うことについての戒めが書かれています。現代、この世で生きるキリスト者にとって、この戒めほど理解し難く守りにくいものはないのではないでしょうか。なぜなら、この世には不条理や不当な扱いが蔓延っているからです。


そこで、今も聖書のみことばが確かに働いていると確信するためにも、キリスト者はこの世の権威にどう従うべきなのか、また神の国の民としての義務を果たすためには、何をすれば良いのかについて、聖書と歴史から考えてみたいと思います。


◆キリスト者はこの世の権威にどう従うべきか


①パウロの本心


みなさんもパウロのことはよくご存じだと思いますが、パウロはアンテオケ教会から派遣されて、3度に渡る伝道旅行をし、異邦人にもキリストの福音を広く宣べ伝え、最後にローマに渡り、そこでも大胆にイエス様の福音を語った人です。紀元64年~67年にかけてローマで殉教したとされています。


ローマ人への手紙は、パウロが第三回伝道旅行に出かけた時に、コリントのガイオの家で紀元57年ごろに書かれたという説が有力です。


パウロはこの手紙の中で、キリスト教の福音を体系的、組織的に語っており、この手紙は最初から各教会に回す手紙、回状としての公的性格を持っていたと考えられます。


ですからこの手紙の執筆目的は、パウロがローマのキリスト者の霊的必要に応えるためだったと考えられます。そのローマにいるキリスト者たちに対して、パウロは・・・


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13:1

人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。

13:2

したがって、権威に逆らっている人は、神の定めにそむいているのです。そむいた人は自分の身にさばきを招きます。

******************************************


と教えました。


「上に立つ権威」の「権威」とは、ギリシャ語原文では evxousi,aエクスシーア)と書かれており、元々「許容」の意味を持つことばです。つまり、「訳あって主なる神が当面存在を許しておられるものである。」 という意味で、文脈から見ると、ここでは国家権力を指していると考えられます。


しかし考えてみれば、パウロほど国家権力を恐れず福音を伝えた使徒はいませんでした。

詳しい経緯は解りませんが、パウロは生まれつきローマ市民権を持っていたようです。それにも関わらず、同胞であるユダヤ人から迫害を受け、何度もムチ打ちや石打ちに遭って殺されそうになりました。

しかし彼は全く恐れませんでした。


ローマに行ってからも、幽閉されつつも大胆に福音を伝え続けたことが、使徒の働きの最後に書かれています。このようなパワフルなパウロですから、ローマの信徒たちに手紙でカツを入れて、「国家権力に逆らってでも、殉教覚悟で福音を伝えるように」と指示しそうなのですが・・・

しかしここでは反対に国家権力に従うように、従わない者は神の定めにそむいていると教えています。


いったいこれはどういうことでしょうか。

どうやらそこにはパウロの深い考えがあったようです。


皇帝アウグスト(在位:紀元前27年―紀元14年)は独裁政治(皇帝崇拝)を上手く行い、パックス・ロマーナ(ローマの平和)を強調し、地中海周辺に平和をもたらしました。経済は成長し、貴族たちは大喜びしましたが、これはローマ皇帝の福音であって、神の福音とは全く異なるものでした。


クラウデオ帝(在位:紀元41年-54年)の時代には、紀元49年頃にすべてのユダヤ人はローマから追い出され、キリスト者は方々に散らされていました。使徒の働きに出てくるアクラとプリスキラの夫婦もこの時ローマからコリントに逃げてきて、パウロと出会いました。(使徒18:2)


皇帝クラウデオが死んで後、ローマのキリスト者たちも少しずつローマに戻ってきていたようで、アクラとプリスキラもローマに戻りました。パウロがローマ人への手紙を執筆した時は、皇帝はネロ(在位:54年-68年)になっており、後にキリスト教徒は暴君ネロにより、紀元64年のローマの大火の犯人にされて迫害されますが、パウロがローマ書を執筆した時は、かろうじてパックス・ロマーナ(ローマの平和)は続いていました。


パウロは神の知恵を用いて、そのパックス・ロマーナによって、キリスト者がある程度国家権力から庇護されていることを利用して、福音を伝えようとしたのです。


つまりパウロの本心は、国家権力に従うのは、あくまで福音伝道のための知恵でした。

当然、国家権力が妥当なあり方から落ちた時には、いつでも抵抗する気概がパウロにはありました。


過激でパワフルなパウロも、神様からの知恵を用いました。

現代の私たちも、国家権力に対してパウロの様な知恵を持つことが必要です。

そして何より、私たちキリスト者に与えられている最大のミッションは福音伝道です。


パウロの本心を私たちも心の内に持ち、上に立つ権威に従っていきましょう!


◆キリスト者はこの世の権威にどう従うべきか


②イエス様が語られた終末への警告を忘れない


ところが、この13章の1,2節のパウロの戒めの解釈を誤り、悲劇を生んだ歴史があります。

例えば16世紀~17世紀のイギリスやフランスの絶対王朝などは、「王は神から授かった主権であるから、絶対に服従せよ」という王権神授説を生み出しました。


結果、独裁政治となり民衆を苦しめました。


また逆に、ユダヤ教徒たちは、上に立つ者の権威を「神の権威」のみとし、国家権力に従わず悲劇を生んだ歴史もあります。


パウロがこのローマ書を書いてからわずか12年後に、「エルサレムの悲劇」が起こりました。

紀元66年、ローマ帝国と、ローマのユダヤ属州に住むユダヤ人との間で戦争が起こり、ローマ軍はエルサレムに進軍し、紀元70年、エルサレム神殿は全焼しました。住民の大半は餓死するか虐殺されました。


これは「ユダヤ戦争」と呼ばれる、よく知られている戦争です。


このときキリスト教徒の多くも、この戦争に巻き込まれる危険を伴っていましたが、キリスト教徒たちは、

<マルコ13:14>でイエス様が語られた「ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。」という終末の警告に従い、ペレヤ(ギリシャ地方)などに移住して難を逃れました。


一方ユダヤ教徒たちは、上に立つ者の権威を「神の権威」のみとし、国家権力に従わず、967人のユダヤ熱心党の兵士たちがマサダに籠城し、3年間戦い、最期は集団自決をしました。生き残ったのは、たまたま水汲みに出ていた女性2人と子ども5人だけだったそうです。


マサダとは「要塞」という意味を持つ名前で、紀元前120年に要塞が建設され、その後ヘロデ大王が改修し

て難攻不落だと言われた標高400メートルの岩山です。

このようにユダの荒野の中に巨大な切り株のようにそびえ立っています。


現在このマサダは、2001年にユネスコの世界遺産となり、イスラエルではエルサレムに次ぐ人気の観光地となっています。私もイスラエルに行った時に登りましたが、よくこんな岩山の上で3年も籠城できたもんだと感心しました。

そのマサダの要塞を指揮したヤイルの子エレアザルの最後の演説はこうでした。


「わが忠実な戦士諸君、われわれはかつて、ローマ人には仕えまい、神以外の何者にも仕えまいと決心した。今こそ、そのわれわれの決意を行動で証する時がきた。」


このような勇ましいマサダの籠城の話を伝え聞いて、いのちをかけてローマ人と戦うぞと立ち上がりかねない若者がキリスト教徒の中にもいたかもしれません。しかし、イエス様の終末預言も、パウロの勧めも、それとはまったく逆でした。イエス様は「山へ逃げなさい」と言われ、パウロは「人はみな、上に立つ権威に従うべきです。」と言ったのです。パウロは来るべき迫害のときに、ローマの信徒たちが、このような神の知恵を用いず、極端な過激な信仰を持つことを先だって憂えていたのではないでしょうか。


当時のローマ国家は「すべての道はローマに通ず」と言われたほど、陸路も水路も整えられており、少数の反抗者が多少騒いだとしても、国家には実際何の影響もありませんでした。


ユダヤ教徒はこの後故郷を追われ、戦争を繰り返し、厳しい民族的弾圧を受け、1948年のイスラエル国の再建まで、約2千年近くの長きに渡って国を失う結果となりました。


イエス様は言われました。<マタイ10:16> いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。


私たちは、この歴史を教訓にして、もっと深い部分で神様に信頼を置く必要があります。イエス様が言われたように、「蛇のようにさとく、鳩のようにすなお」でなければなりません。たとえ一時、屈辱的に服従させられたとしても、神様に信頼して忍耐をすることが必要な場合もあるのではないでしょうか。


◆キリスト者はこの世の権威にどう従うべきか


③神の国の民としての義務を果たす


私たちは、地上の民主国家の主権者として、また神の国の民として、与えられた義務を果たさなければなりません。まず、地上の主権者としての義務とは何でしょうか。


今の日本の政治を考えてみましょう。

東日本大震災が起こってから、原発問題など、無関心ではいられない出来事がたくさん起こっています。

最近では特定秘密保護法案のことで議論が交わされていました。


キリスト教界では、特定秘密保護法案に反対する教団として、日本基督教協議会、日本基督改革派教会、カトリック中央協議会、日本ホーリネス教団、基督兄弟団などが声明を出していましたが、可決されてからは、日本聖公会も廃止を求めて声明を出しました。


私の通う大学では反対運動が盛んで、各所で議論が交わされ、祈り会がもたれていました。


法案があっけなく可決された時には、反対派の人は、「人間は歴史からは何も学ばない事が解りました!」と、戦前の治安維持法で宗教団体が弾圧されたことを例に出して落胆していました。

しかし一方で、賛成派の人たちは「反対派は極端な解釈をし過ぎだ」と言っていました。

他にも、そもそも宗教団体が政治に関与することを快く思わない人もいました。


さて私はというと、賛成、あるいは反対、どちらの立場をとるべきか・・・。

どちらの言っていることも一理ある。でも、そもそもクリスチャンが政治に口出しするべきなのか?

・・・などと考えているうちに可決されてしまって、ちょっと情けない気持ちになりました。

この法案が私たちの活動に支障をきたすようになっていくのかどうかは解りませんが、イエス様が教えてくださったように、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおに心の目と耳を開いて、行く末を見て行こうと思っています。それが私にできる神の国の民の義務だと思うからです。


パウロは13:3,4でこう言いました。


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13:3

支配者を恐ろしいと思うのは、良い行ないをするときではなく、悪を行なうときです。権威を恐れたくないと思うなら、善を行ないなさい。そうすれば、支配者からほめられます。

13:4

それは、彼があなたに益を与えるための、神のしもべだからです。しかし、もしあなたが悪を行なうなら、恐れなければなりません。彼は無意味に剣を帯びてはいないからです。彼は神のしもべであって、悪を行なう人には怒りをもって報います。

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私たちは地上の民主国家の主権者として、また神の国の民としての二足のわらじを履いています。

いえ、履いていなければならないのです。


限界があるこの世の権威、権力に対してのキリスト者の服従は、決して奴隷的なものではありません。

パウロは「善を行いなさい」と教えました。キリスト者は、「善をもって悪に打ち勝つ」といった積極的で柔軟な愛の精神をもって服従するのです。


そしてその背後に、神の定めと摂理が働いていることを知り、それゆえに私たちはこの世の権威に服従することができるのです。またパウロは


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13:7

あなたがたは、だれにでも義務を果たしなさい。みつぎを納めなければならない人にはみつぎを納め、税を納めなければならない人には税を納め、恐れなければならない人を恐れ、敬わなければならない人を敬いなさい。

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と言いました。


これは、国家と社会と自己に対して、また、誰に対しても義務を果たす責任を持ちなさいと教えているのです。


最後に、神の国の民としての義務を果たすとは、どういうことなのかについて考えてみましょう。


この世の歩みの中で、神に本当に仕えてゆくということは、世と距離を置いて何もせず、山の中に隠遁するようなことではありません。


私たちは人に仕えることを通して神に仕えています。しかしどんなに素晴らしい社会的貢献をしていたとしても、神様に対して義務を果たしているという自覚がないなら、その営みは、神様の意思とはかけ離れたものになりかねません。


私たちは、つい世の仕事に一生懸命になってしまい、神の国の民としての義務とは何かについて考えることを忘れてしまいます。しかし、地の塩、世の光として生きるには、常に神の国の民の義務について考え続ける必要があります。


キリスト者は世の人から見ると、ただ軟弱なだけの主義主張のない排他的な人たちに見られがちです。

だからこそ、何にでも迎合するのではなく、パウロのような気概をもつ必要があるのです。

先ほども申しましたが、現代の私たちに与えられている最大のミッションは福音伝道です。

しかしそれは、ガンガン表に出て行って伝道するということだけを言っているのではありません。


肝心なのは、私たちの生きざまです。

私たちの生きざまを通して、世の人は神の栄光を見るのです。


まず、

①自分は何者でもなく、何の力もなく、すべては神様の御愛と憐れみ、イエス様の恵みによって回復が

 与えられているということを自覚する。


②神様に対して嘘をつかず、情けない自分をすべてさらけだし、苦い涙を流しつつ、ひれ伏し、全信頼を

 置く。


③聖霊なる神様によって日々の力が与えられているということを知り、更なる原動力となっていただけるよう 

 に祈り求める。


④イエス様が私たちにしてくださった事のひとつひとつを想い起して感謝し、賛美し、褒め称える。


もうそれだけで、その人は無意識に神の栄光を現していることになるのです。


この年末年始、イエス様の警告を思い返し、この世の権威にどう従うべきか、また神の国の民としての義務を果たすためには何をすれば良いかについて、主から知恵をいただき、じっくり考えてみましょう。



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2013年12月22日 (日)

No room for Christ    ルカ2:1-7 

 クリスマスおめでとうございます。「なぜ、説教題を英語にしたのか?」とおっしゃられるかもしれません。今どきの歌はほとんど英語の題名がつけられています。しかも、その中によく分からない英語の歌詞が流れるのは何故でしょう?フィーリング的にかっこいいからかもしれません。私があえて、英語の題名にしたのは、英語しか表現できない微妙なニュアンスがあるからです。きょうはNo room for Christと題して、クリスマスのメッセージをお届けしたいと思います。

 

1.動かされたキリスト

キリストが生まれたのは、ベツレヘムの小さな町でした。しかし、ルカ福音書は、世界的な見地からそのことを述べています。その当時、ローマが世界を支配していました。ローマ皇帝アウグストが「全世界の住民登録をせよ」と勅令を出しました。一番の目的は徴税のためであります。日本でも豊臣秀吉が年貢を取るために太閤検地を行いました。アウグストの勅令は、シリヤの総督クレニオを通して、ユダヤの地方でも実施されました。面倒なことに、自分の出身地に戻って、登録しなければなりません。そのためヨセフはナザレから、ユダヤのベツレヘムまで行かなければなりませんでした。その距離は約100キロあり、ここから北ですと水戸ぐらいまでです。でも、ベツレヘムへの道は平坦ではなく、半分は山地です。「マリヤは月が満ちていた」とありますので、ロバに乗ったとしても過酷な旅だったでしょう。大体、臨月に入ったら、長旅などしてはいけません。二人は生まれ故郷のベツレヘムまで、どうにかたどり着くことができました。しかし、泊まれる宿屋がありませんでした。それで、イエス様は馬小屋で生まれ、飼い葉おけに寝かされることになりました。この短いストーリの中に、いくつか考えさせられることがあります。

このところを見ると、「ああ、イエス・キリストはローマ皇帝によって動かされたんだなー」と思うでしょう。なぜなら、ヨセフとマリヤがナザレからベツレヘムまで、100キロもの道を歩かされたからです。どんな理由があるにせよ、ローマ皇帝の勅令に逆らうことなどできません。だから、二人は生まれ故郷のベツレヘムに行くしかありませんでした。そして、イエス様はベツレヘムの馬小屋で生まれることになりました。ここだけを見ると、「ローマ皇帝は世界を動かすほど力があったんだなー。イエス様をも動かすことができた。」と思うでしょう。ところが、そうではありません。イエス様はユダヤのベツレヘムで生まれる必要がありました。マタイ2章に東方の博士たちが宮殿に行って、「キリストはどこで生まれますか」と尋ねました。祭司長や学者たちは預言書を開いて「ユダヤのベツレヘムです」と答えました。ミカ書に「ユダの地、ベツレヘムに、イスラエルの支配者になる者が出る」と預言されています。ということは、キリストは絶対にベツレヘムで生まれなければならなかったのです。神さまはこの預言を成就させるために、ローマ皇帝に勅令を出させたと考える方が妥当ではないでしょうか?実はそうなんです。確かに、ヨセフとマリヤにとって、総督クレニオも力がありました。また、皇帝アウグストがその当時の世界を支配していました。「生まれ故郷に行って、登録せよ」と言われたら従うしかありません。マリヤは旅先のベツレヘムでお産をすることになりました。でも、これは仕方のないことでも、偶然でもありません。神さまの計画、神さまのシナリオの一部だったのです。でも、「世の中の歴史や政治経済などに、神さまが関知していないのでは?」と思っているのではないでしょうか。神さまがローマ皇帝の上にいるって、なんとすばらしいことではないでしょうか?神さまがローマ皇帝に勅令を出させて、ヨセフとマリヤを動かし、ベツレヘムでキリストが生まれるように仕組んだのであります。ハレルヤ!

詩篇756-7「高く上げることは、東からでもなく、西からでもなく、荒野からでもない。それは、神が、さばく方であり、これを低くし、かれを高く上げられるからだ。」とあります。私たちは、栄枯盛衰の中に、神さまの御支配があることを多少なりとも知ることができます。たとえば、ダニエル書には、何人かの王様が登場します。バビロンのネブカデレザル王様が高慢になって、自らが神さまになろうとしました。王がさばかれ、7年間も理性を失い、野の獣のように暮らしました。ベルツァツァル王は神の宮の本堂にあった金の器で酒を飲みました。彼らはぶどう酒を飲み、金、銀、銅、鉄、木、石の神々を賛美しました。そうすると、神の前から手が送られ、壁に文字が書かれました。まもなく、ベルツァツァル王は暗殺され、他の人が王になりました。バビロンが倒れ、ペルシャが支配しました。それまで、ユダの民が70年間も囚われていました。しかし、ペルシャのクロス王がエルサレムに帰還して宮を建てるように命じました。だれが、そのようにさせたのでしょうか?エズラ11「主はペルシャの王クロスの霊を奮いたたせたので、王は王国中におふれを出した」と書いてあります。また、ダニエル書には、「ペルシャのあとギリシャが起こり、ギリシャのあとローマが起こる

と預言されています。つまり、ローマ皇帝さえも、神さまの御手の中にあったということです。神さまが歴史を導いておられるとしたら、私たち個人の人生はどうなのでしょうか?

私たちはどうしても近視眼的になり、長いスパンで物事を見ることができません。何でもかんでも、自分が生きている間に実現したいと願っています。でも、自分は歴史の1コマのある部分しか演じていない場合もあるでしょう。テレビでペルシャ絨毯を見たことがあります。昔は全部手織りでした。大勢の人が、何年もかけて、1枚の絨毯を織り上げました。ある人は地味な部分、またある人は金色や朱色の部分かもしれません。でも、「自分のは、地味だなー」と思っていた人が遠くから見たら、「ああ、重要な部分だったんだ」と気付くことがあるでしょう。イエス様の降誕で有名なのはマリヤです。カトリックでは「聖母マリヤ」としてあがめています。でも、ヨセフはどうでしょうか?自分の子でない子どものために動かされています。マリヤをいたわりながらナザレからベツレヘムへ、100キロの旅をします。エルサレムの神殿に立ち寄った後、夢を見ました。御使いが「立って、幼子とその母を連れて、エジプトへ逃げなさい。ヘロデ王がこの幼子を捜し出して殺そうとしています」と告げました。マタイ214「そこで、ヨセフは立って、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに立ち退いた」と書いてあります。それは、預言が成就するためでした。ヘロデの死後、主の使いが夢で現れ「立って、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ行きなさい」と言われ、ナザレという町に住みました。これも、預言が成就するためでした。このように、ヨセフの人生は神さまによって振り回された人生でした。でも、ヨセフがいたからこそ、イエス様の降誕が成り立つのであります。

あなたの人生も、私の人生も、神さまによって振り回された人生であってほしいと思います。私は秋田で生まれ町田に住み、座間キリスト教会に集いました。家内の京子さんは岩手で生まれ相模原に住み、座間キリスト教会に集いました。どういう訳か結婚し、その後、亀有教会から招聘を受けました。私たちは「日本基督教団に来ると信仰がなくなるのでイヤだ」と最初は断りました。でも、祈ったらみことばが与えられ、来ることになりました。記憶に残るのは、最初のクリスマスです。座間キリスト教会にいた頃は、私が座間の裏山からヒバの枝を切って、大きなリースを2つ作りました。「亀有でも裏山があるかなー」と思ったら、全くありません。軽乗用車に息子を乗せて、野田の方に向かいました。橋のたもとで5歳の息子がおしっこをしたいと言いました。しょうがないなーと車を脇に止めました。するとそこに、杉の木を伐採した枝がたくさん捨てられていました。さっそく、それを車に積んで、帰って来てから大きなツリーを壁に作りました。クリスマスイブは私がオー・ホーリナイトを歌いました。クリスマスパーティでは2歳の娘と仮想してダンスを踊りました。あれから、26年たってどうなったでしょう?121日はクリスマスの飾りつけがありました。ツリーやリース、モールの飾りつけ、クリペの人形、電飾、全部、兄弟姉妹がやりました。また、2000年から、クリスマス・ゴスペルコンサートが始まりました。大勢いの人が集まり、とっても賑やかです。イブ礼拝も私は、メッセージはしますが、後半のアトラクションはみんながやります。もう、私がオー・ホーリナイトを歌う必要はありません。私がするのはクリスマス祝会のビンゴゲームくらいです。私の小さな経験からも、「ああ、神さまが私の人生を導いておられるんだなー」と思うことができます。

みなさんの人生も同じではないでしょうか?過去を振り返って、全部が良かったとは言えないかもしれません。思い出したくないようなトラウマ的な出来事もあったでしょう?顔を赤らめるような失敗もしたかもしれません。でも、そこにも神さまの御手があったことは確かではないでしょうか。哀321-22「私はこれを思い返す。それゆえ、私は待ち望む。私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。」アーメン。今まで、滅び失せなかったのは主の恵みであり、尽きない主のあわれみだったのです。ハレルヤ!クリスマスの日、主と出会い、主によって贖い出されたことを感謝しましょう。

 

2. No room for Christ

ルカ27「男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。」なぜ、ヨセフとマリヤに宿屋がなかったのでしょう。そして、なぜ、イエス様は馬小屋で生まれなければならなかったのでしょう?「なぜ」という問いの答えになるかどうかわかりませんが、いくつか考えられます。当時は親戚同士で生まれ故郷に帰りました。当然、ヨセフとマリヤにも親戚があったと思われます。でも、どうして身重のマリヤを助けなかったのでしょうか?後から福音書にも出てきますが、イエス様は「マリヤの子」と私生児のように呼ばれました。昔も今も、「聖霊によってみごもった

とだれが信じるでしょうか?婚約中のヨセフは「彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めていました」(マタイ119)。しかし、主の使いが夢で告げてくれたので信じました。しかし、町の人たちは「マリヤは父親がだれかも分からない子どもを宿している」と噂していたことでしょう。だから、ヨセフとマリヤに、宿屋を分けてもらえなかったという考えです。もう1つは、実際に宿屋がいっぱいであったということです。普段は閑散とした村なのに、人口調査のために、にわかに人々が集まったからです。もし、あなたが宿屋の主人だったらどう考えるでしょうか?「身重の夫婦を一組、宿屋に入れるとしたら大変だ。すでに泊まっている客を出さなければならない。また、宿屋で産気づいたら面倒だ。

最終的に、別の宿屋の主人が「馬小屋ならあるよ」と貸してくれたのだと思います。一般に、イエス様の馬小屋を「クリペ」と言います。しかし、当時の馬小屋は横穴をくり抜いた洞窟で、入口にゴザのようなものが掛かっているだけでした。当然、隙間風がビュンビュン入る状態だったでしょう。当教会のロビーに人形が飾られています。博士や羊飼い、御使いもいて、賑やかです。実際は、野原で夜番をしていた羊飼いだけが、駆けつけたのだと思います。博士たちが到着したのは、数日後、家に泊まっていた時です。でも、どうして羊飼いが「みどり子イエス」を発見することできたのでしょうか?御使いは「布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどり子を見つけます。これが、あなたがのためのしるしです」と告げました。彼らは、馬小屋だけを捜しました。飼葉おけに寝ている赤ちゃんなんて滅多にいません。彼らは、馬小屋だったのでイエス様を見つけられたのだと思います。

きょうのメッセージはNo room for Christ「キリストに部屋がなかった」という意味です。英語の聖書でルカ27は、because there was no room for them in the inn.「宿屋には、彼らの場所がなかったから」と訳すことができます。「彼ら」とは、ヨセフとマリヤですが、マリヤのお腹のなかにキリストがおられました。no roomとは、「空き場所がない」「満員だ」「余地がない」という意味です。たとえば、だれかから夕ご飯をごちそうになったとします。そのとき女主人が「おかわりいかがですか?」と言ったとします。そのとき、お腹がいっぱいのときは、no roomと答えます。「では、デザートはどうですか」と聞かれたら、any roomと答えるでしょう。昔、題名は定かでありませんが、『心の部屋』という映画がありました。二人の若い夫婦がアメリカの開拓地で暮らしていました。彼女の夫が一人の酔っ払いによって、銃で撃たれて死にました。町の人たちはその男を縛り首にしました。しかし、残された妻一人でどうやって生きていくでしょうか?彼女は綿花畑を始めますが、問屋はカスの種を売りつけました。そこに黒人がやってきて、「私を雇ってくれたら、綿花畑をやりますよ」と言いました。私は途中までしか見ませんでしたので、全体がわかりません。彼女があるとき夢を見ました。彼女は教会の礼拝に出ていました。そこには町の人々がいました。またそこには、死んだはずの夫がいました。また、夫を銃で撃った男もいました。私は「それは天国の夢なのかな?」と思いました。そうではなく、彼女の心の部屋だったのです。映画の主題はわかりませんが、一人ひとり、心の中に部屋を持っているということです。あなたの心の中に部屋があるでしょうか?いくつ部屋があるでしょうか?そして、部屋の中にはどのような人たちが住んでいるでしょうか?亡くなった父や母、あるいは子どもでしょうか?あるいは別れた昔の恋人でしょうか?あるいは世話になった恩人でしょうか?

でも、私たちの部屋に一番、招かなければならないのは主イエス・キリストであります。ヨハネ黙示録320「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」イスラエルでは、食事は楽しい交わりを意味します。イエス様は取税人のマタイやザアカイと食事をしたことがあります。また、ベタニヤのマルタとマリヤの家でも食事を共にしました。イエス様はあなたと一緒に食事をしたいのです。しかも、一時的なゲストではなく、ずっと一緒に住みたいと願っておられます。ヨハネ15章にはぶどうの木のたとえがあります。日本語の聖書では「わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。」と書いてあります。しかし、英語の聖書はAbide in Me, and I in you.「私の中に住みなさい。私もあなたの中に住みます」となります。ウイリアム・ハントという画家が『世の光』という絵を描いています。イエス様が左手でランプを持ち、右手でドアをノックしています。そのドアはもう何年も開かれたことがないのか、草ぼうぼうで、ツタの枝が垂れ下がっています。良く見ると、そのドアにはノブがありません。ということは、その人自身が内側からドアを開けるしかないのです。これは、私たちがイエス様の招きに答え、自ら心を開けるときの状態であります。「いや、今散らかっていますので、あとで」「いや、私の部屋は暗いので、明るくしてから」と言い訳をするかもしれません。そんなことをしていたら、死ぬまでチャンスが来ないでしょう。イエス様はむさくるしい馬小屋で生まれました。だから、汚いままで良いのです。もし、救い主イエス様を入れるならば、部屋はきれいになり、また明るくなるでしょう。イエス様は世の光であり、心の中の暗闇を追い出してくださいます。Abideという意味は、一時的ではなく、ずっと住むという意味があります。イエス様があなたの部屋にずっと住むなら、平安と守りと喜びが訪れるでしょう。

しかし、イエス様を入れるためには、今あるものを出さなければならない場合もあります。宿屋の主人はヨセフとマリヤを入れることができませんでした。なぜなら、他の客を出さなければならないからです。あるいは、いろんな面倒になるかもしれません。だから、「宿屋には彼らのいる場所がなかった。

No room for Christとなります。この世には様々な宗教があります。一番難しいのは既に、他の信仰を持っている人たちかもしれません。先月、私が駐車場にいたとき、一人のおばあちゃんが「亀有教会はどこですか?」と尋ねました。私は「ここですよ」と答えました。しかし、話が通じません。「カトリック教会でしょうか?」と聞きました。「そうじゃない」と答えます。よく聞くと、金光教の亀有教会だということでした。「ああ、それだったらここを右に曲がって、300メートル位行くと左側にありますよ」と教えてあげました。その後、何とも言えない空しさを覚えました。若い頃は、他の宗教の方でも頑張って伝道しました。しかし、今は「難しい人だな」と思って諦めてしまいます。ある人たちは、キリストよりも、この世に関心があります。福音書には「いばらの地にまかれた種

のことが記されています。心がいばらの地の人は「みことばを聞くが、この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです」とあります。その人は、イエス様を受け入れると、世の中の楽しみや喜びを諦めなければならないと思っています。確かに、そういうところはあります。イエス様と同居できないものもあります。しかし、世の中の楽しみや喜びは中毒性があり、最終的にはそれらの奴隷になってしまいます。イエス様はそういうことがありません。ある人たちは、イエス様を受け入れると「自分のしたいことができない」「自分らしくなくなる」と思っています。本当の自由はどこにあるのでしょう?何でもやっても良いのが自由ではありません。ある幼稚園で実験をしました。柵を全部取り払い、子どもたちを遊ばせました。すると、子どもたちはグラウンドの真ん中に固まって遊びました。なぜなら、柵がないので、怖いからです。今度は、四方にちゃんとした柵をめぐらしました。すると子どもたちは、グラウンドいっぱい広がって遊びました。柵とは神さまの律法であり、きまりです。一見、不自由に思えるかもしれません。でも、越えてはいけない限界を示しています。それと同じで、神さまが定めたきまりの中で生きるなら、本当の自由があるのです。真理はあなたを自由にします。真理であるイエス様と一緒に暮らすならどうでしょうか?イエス様が「これが道だ、これを歩め」と教えてくれます。だれも認めてくれない、だれも評価してくれなくても、イエス様が「あなたは良くやりました」と認めてくださいます。人生、失敗したり、過ちを犯すことがあります。そのとき、イエス様が弁護し、償ってくださいます。英語でVindicatorは「弁護する人」「擁護する人」という意味です。イエス様はまさしく、Vindicatorです。自分のまわりがみんな敵であったとしても、イエス様は味方であり、あなたのために正当性を立証して下さいます。イエス様はあなたを見捨てたりはしません。世の終わりまであなたと共にいてくださいます。あなたが死ぬまでではなく、死の向こうまでも一緒に行ってくださいます。主の主、王の王であるお方があなたの友になってくださいます。イエス様を心にお迎えしましょう。すでにクリスチャンの方は、イエス様を心の王座に迎え、すべての部屋を明け渡しましょう。生活のどの分野においても、王様になっていただきましょう。キリストが共におられる部屋ほどすばらしいことはありません。

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2013年12月15日 (日)

ダビデの子イエス      ルカ1:28-33

 福音書では、イエス様はたびたび「ダビデの子」と呼ばれています。たとえば、盲人のバルテマイは「ダビデの子イエスよ。私をあわれんでください」と叫びました。イエス様は、ご自分のことをそのように呼んだことはありません。しかし、当時の人たちは、「メシヤはダビデの子孫から出る」と信じていました。ただ今、旧約聖書の人物から学んでいますので、イエス様がなぜ「ダビデの子」と呼ばれたのかを知る良いチャンスでもあります。


1.イエス様と御国の関係

 まず、御使いがマリヤに言った受胎告知の一部を取り上げたいと思います。ルカ1:32-33「その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」つまり、生まれる子どもは王位を受け、ヤコブの家(イスラエル)を、永遠にその国を支配するということです。では、この預言の出どころはどこでしょうか?Ⅱサムエル7章に主がダビデにこのように言われたことが記されています。Ⅱサムエル7:11-13「主はあなたのために一つの家を造る。あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。」この預言は「ダビデ契約」として知られています。直接的にはダビデの子、ソロモンのためであります。しかし、同時に、やがて来るべきメシヤの預言でもあります。主がダビデの王国を確立させ、その王国の王座がとこしえまでも堅く立てられるということです。しかし、みなさんもご存知のとおり、ソロモン以降、イスラエル王国は北と南に分裂しました。その後、アッシリアとバビロンに滅ぼされました。南のユダだけが戻されて、国を復興しました。しかし、その後、ギリシヤによって支配されました。イエス様がお生まれになった頃は、今度はローマによって支配されていました。ですから、人々の心の中に、「一刻も早くメシヤが来られて、ローマを倒してイスラエル王国を復興させて欲しい」という願いがありました。ですから、「ダビデの子イエス」という呼び名には、明らかに政治的な意味がこめられていました。イエス様の弟子たちも、そのようなメシヤを期待していました。

新約聖書全体から言うと、イエス・キリストは御国の王であります。しかし、ただちに御国が立てられるかというと、そうではなく、2段階でやって来るということです。2000前イエス様がこの地上に来られたのは何のためでしょうか?それは、御国の基礎を作ることと、御国の民を集めるためでありました。この世はアダムとエバが罪を犯してから、もう御国ではなくなりました。罪とサタンが支配する暗闇の王国になってしまったのです。そこに生まれる子どもたちは、暗闇の支配を受け、生きる意味も、真理も命も分からないまま死んでいきます。イエス様は神さまのところからこの世に送り込まれた神のひとり子であります。イエス様は「私はこの世のものではなく、父から遣わされた者である」(ヨハネ17章)とおっしゃられました。イエス様はこの世に来て、「御国とは何か?御国に入るためにはどうすべきなのか?」ということを教える必要がありました。マタイによる福音書には御国の律法として山上の説教が記されています。また、イエス様はたとえを用いて、天国に入ることが何にもまして重要なことを教えられました。では、どのようにして御国に入ることができるのでしょう?イエス様は「人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません」と言われました。また、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」とも言われました。歴史上、偉大な教師が数多く現れました。ソクラテス、釈迦、孔子、マホメットもそうでしょう。それらの人たちは「道とは何か、真理とは何か、いのちとは何か」ということを教えました。しかし、イエス・キリストだけが「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」と言われました。人はイエス・キリストと出会うなら、それらを追及する旅が終わって、それらを享受する生活が始まるのです。クリスチャンは道を探求する者ではなく、道を渡って御国(神さまがおられるところ)に入った人たちのことです。この世にいながらも、御国の自由、御国の喜び、御国の命を味わうことができるのです。

私たちはイエス・キリストを信じるだけで、御国に入ることができます。しかし、そのためには、イエス様はこの世において、すべきことがありました。ある人たちは、「信じるだけで救われるなんて、虫が良すぎる。何か裏があるんだろう」と言います。裏というか、根拠があります。それは十字架の贖いです。イエス様は霊だけではなく、肉体を持って、この地上に来られました。当時のギリシヤ人はそれが躓きでした。彼らは「肉体は悪であり、神さまが肉体を持つということは汚らわしいことである」と言いました。また、ユダヤ人は「木に吊るされた者は呪われるべき存在であり、メシヤが十字架にかかることはありえない」と思っていました。今日でも、ある宗教の人たちは「私たちの教祖は堂々と死んでいったけど、あんたところの教祖は『わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか?』と見苦しく死んでいった。なんでそれが教祖になれるのか」と言います。しかし、それはとても浅はかな考えです。私たちは罪があったままでは、神の国に入ることができません。イエス様が十字架にかかって死なれたのは、私たちの罪のためです。イエス様が全人類の罪を背負って、身代わりに死なれ、その罰を受けてくださいました。また、父なる神さまは御子イエスに罪がなかったことを証明するために、三日目によみがえらせました。そして、御子イエスを信じる者を義と認め、御国に入れてくださることをお決めになられたのです。だから、私たちは御子イエス様を通して、神さまのところに大胆に行くことができるのです。しかし、それだけではありません。マルコ16:19-20 主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右の座に着かれた。そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。」アーメン。御子イエス様は今も生きておられ、主であり、御国の王です。そして、今も聖霊によって、私たちのところにお出でになり、共にいて助けてくださいます。

では、御国、神の国はどこにあるのでしょうか?イエス様がガリラヤで宣教を始めた頃、「神の国は近くなった」(マルコ1:15)とおっしゃいました。また、ルカ福音書で「神の国はあなたがたのただ中にある」とも言われました。また、世の終わりにいろいろなことが起こりますが、「それらのことが起こったなら神の国は近いと知りなさい」(ルカ21:31)とも言われました。つまり、神の国は現在ここに来ているけれど、まだ、完成していないと考えるべきであります。それってどういう意味でしょうか?そのためには、私たちは御国、あるいは神の国という意味を知らなければなりません。神の国は、英語ではkingdom of God、神の王国であります。私たちは王国というと、領土、王様、民たちと3つなければならないと考えます。しかし、聖書のギリシヤ語で神の国はバシレイアーと言って、神の支配という意味であります。つまり、「神の国が近づいた」とか、「神の国はただ中にある」と言った場合、「神の支配が来ている」ということであります。イエス様が復活した後、天に引き上げられ王になりました。しかし、ないのは領土と民たちであります。神さまが求めておられるのは、御国に入る民たちです。もちろん、領土というか土地も準備しておられます。イエス様は「わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます」(ヨハネ14:3)とおっしゃいました。でも、神さまの一番の関心は、そこに入る人々です。もともと神さまはエデンの園に人間を造り、親しい交わりを持たれていました。ところが、罪が入って、それがダメになりました。しかし、こんどは神の国を作って、そこに贖われた人たちを迎えたいと願っておられるのです。つまり、イエス様を信じて、義とされた人たちがご自分の国に入ることを願っておられるのです。

それでは今はどういう時代でしょうか?そうです。神の国に入る人たちを募集している時代です。神さまは最初、イスラエルの人たちを招きました。しかし、彼らは招きを断り、メシヤを殺しました。イエス様はそのことを盛大な宴会にたとえておられます。招かれていた人たちは、「畑を買ったので行くことができません」「牛を買ったので」「結婚したので行くことができません」と断わりました。それでどうしたでしょう?ルカ14:21-23「しもべは帰って、このことを主人に報告した。すると、おこった主人は、そのしもべに言った。『急いで町の大通りや路地に出て行って、貧しい者や、からだの不自由な者や、盲人や、足のなえた者たちをここに連れて来なさい。』しもべは言った。『ご主人さま。仰せのとおりにいたしました。でも、まだ席があります。』主人は言った。『街道や垣根のところに出かけて行って、この家がいっぱいになるように、無理にでも人々を連れて来なさい。』」御国への招きは、私たち異邦人に向けられています。神さまは「ああ、もったいない」と思って、「この家がいっぱいになるように、無理にでも人々を連れて来なさい」と言われました。この家とは、ダビデに預言されていた御国であり、神の国です。すでにイエス・キリストが十字架に付き、代価を支払われました。使徒パウロは懇願しています。「神の恵みをむだに受けないようにしてください。確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。」と。


2.教会と御国の関係

 神の国ということは分かりました。では、教会というのは何なのでしょうか?アウグスチヌスと言う神学者は、教会と神の国を同一視しました。確かに教会は神の国の一部を表していますが、神の国ではありません。「神の子ども」「聖徒」と言いながらも、罪を犯すことがあります。「神の愛」と「隣人愛」を説きながらも、しばしば争ってしまいます。多くの人たちが躓くのは、教会と神の国を同一視しているからです。しかし「教会は全く、神の国ではなく、救われた罪人たちの集まりです」と言うとどうでしょうか?これだと、救いを受けていても何の効果もないということになります。頭に毛の生えていない人は「毛生え薬」を売ることはできません。また、泥棒が「互いに助け合いましょう」と正義を語ることはできません。イエス様を信じて神の国の民となっているならば、何らかのしるしがなければなりません。パウロはそれを「聖霊の証印」と言いましたが、なかなか、これも見ることができません。クリスチャンになったら、額のところに、十字架が浮かんで来たら良さそうですが、そういうことはありません。カトリックでは、「洗礼証明書」を発行しているようですが、プロテスタント教会はそういうものはありません。では、何か違いはあるのでしょうか?Ⅱコリント2:15「私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです」とあります。イエス様を信じている人からは、かぐわしいキリストのかおりがしてくるということです。かおりは目には見えません。でも、その人と交わった人には分かります。「ああ、この人の中にはキリスト様がいるなー」となったら、すばらしいですね。今は、洗剤の中にいろんな香料を入れているようですが、どうなんでしょうか?キリストのかおりとは、強いて言うならば、「命のかおり」「愛のかおり」「誠実さのかおり」というものではないでしょうか?そのときは分からなくても、後から「ああ、あの人の中にはキリスト様がおられるなー」と知られたなら、すばらしいですね。

また、教会の歴史をたどると何度か極端なこともありました。ジョン・カルバンはルターと並ぶ宗教改革者です。彼は神学者でありますが、同時に教会政治に対して厳格な考えを持ちました。そして、スイスのジュネーブに理想的な国家を作ろうとしました。それはどういうものかと言うと、教会と国家が一体となった「神政政治」です。でも、教会が司法権や警察権を持ったらどうなるでしょうか?洗礼を受けることが義務付けられ、宗教的な罪であっても罰せられます。実際、アナバプテストの人たちが死刑に処せられました。免許のない人が勝手に教えたり、説教することができません。ちゃんと説教できる免状をもらわなければなりません。教会の政治も厳格な長老制で、議会政治と全く同じです。牧師は国家公務員であり、宗教税もあります。人々は国家の法律だけではなく、教会の法律も守らなければなりません。最初はうまく機能していました。ところが、人々はやがて嫌になり「もう、やめてくれ!」となりました。ルターは恵みを強調しましたが、カルバンは律法を強調しました。使徒パウロが言っているように、人は律法を突き付けられると、逆に罪を犯してしまう天邪鬼になります。きまりを多くするということは、クリスチャンを聖徒として見ていないということです。むしろ、罪を赦されただけの罪人として見ているということです。教会によっては、教会員となるためには日曜礼拝と祈祷会の出席、十分の一献金などを守るという誓約書にサインする必要があるようです。この世では罪を犯させないように、法律をたくさん作り、破った者の刑罰を重くします。しかし、犯罪率は低くなるどころか、むしろ凶悪事件が増えています。教会も同じで、決まりを多くすれば多くするほど、命がなくなり、偽善者が増えてきます。イエス様は数えきれない律法を、神さまを愛することと、隣人を自分のように愛することの2つにまとめました。しかし、使徒たちは「隣人を自分のように愛するだけで良い」としました。だから、私は「クリスチャンとは聖徒であり、神の子どもである」ことを強調して、できるだけ律法的なことは言わないことにしています。アメリカのある地方で、1つの実験をしました。1つの高校で、無差別に3人の先生と90人の生徒を選びました。そして、その先生方には「あなたがたはこの地域で最も優秀な先生として選ばれました」と告げました。また、90人の生徒には「あなたがたはこの地域で優秀な生徒として選ばれました」と告げました。1年後、彼らの成績は他の高校よりも30%もアップしていたそうです。実際は、先生も生徒もごく普通のレベルだったのです。と言うことは、人々は期待されたならば、実力以上のものを発揮するということです。つまり、教会員を愛と恵みのメガネをかけてみるならば、そのように成長していくということなのです。

また、教会にはもう1つの極端があります。「教会は聖くて、この世は悪である」という考えです。教会は聖書を学び、祈りをささげ、神さまを賛美する聖いところです。しかし、この世の政治や学問、ビジネス、芸術はみな世俗的であるという考えです。政教分離は良いのですが、教会が政治に全く関知しないようになりました。ナチス・ドイツのもとで、「教会は政治に一切、口出ししない」と誓約までさせられました。それで、あの恐ろしいユダヤ人の大虐殺がなされました。そのとき、勇敢にもボン・フェッファーという一人の牧師が立ちあがり、「キリストが主ではない領域は存在しない」と主張しました。そのため、彼は殺されました。日本の教会も第二次世界大戦中、妥協してしまいました。平和な時代では、平和運動をすることができます。しかし、いざ国家が悪魔化している中で、平和運動することは大変であります。「少年H」という映画があったようですが、戦争に反対した勇気ある人たちもいたようです。「教会は聖くて、この世は悪である」という二元論は間違っています。そうではなく、この世の中に、教会が置かれているということです。では、神の国のことを考えたならば、この世における教会の存在理由とは何なのでしょうか?何のために、教会が存在しているのでしょうか?インドネシアのエディ・レオ牧師が日本に度々来られています。あるときこのようなことをお話しされました。エペソ3:19「こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように」とあります。神さまはご自身の良きもので、この世を満たしたいと願っておられます。政治の世界も、ビジネス界も、芸術界も、教育や医療においてもそうです。しかし、神さまの良いものを運ぶ器が必要です。たとえば、ここに水があるとします。このままでは運ぶことができません。もし、ここに器があれば、これに水を入れて運ぶことができます。教会は、そしてみなさん一人ひとりは器です。この中に、神さまの良きものを入れて、この世のいたるところに満たしていくのです。私たちは、政治、ビジネス、芸術、教育、医療の世界に、神さまの良きものを運んでいくことができます。ここで言う教会は建物ではなく、私たち自身であります。

でも、教会しか運べない神さまのものとは何でしょうか?それは福音です。もっと言うと、御国の福音です。当時は、福音は「戦争に勝利した」という意味でした。一般にも福音は、「良い知らせ」ということで知られています。しかし、イエス様は「御国の福音」を宣べ伝えました。それは、単なる良い知らせではありません。「ここに神の国が来ています。あなたも、無償で入ることができますよ」ということです。人々が「神の国って何ですか?」と聞かれたら、御国の味わいを少し提供しなければなりません。イエスさまはそのために、人々の病を癒し、悪霊を追い出し、死人をよみがえらせました。イエス様は弟子たちにそうせよとお命じになられました。イエス様も弟子たちも、御国には病も死もないということをデモンストレーションしました。それが、今、教会にも求められているということです。私たちは御国の福音を宣べ伝えつつ、そして主が行われたようなミニストリーを行うべきだということです。私たちは何があるでしょう?2つのものがあります。1つはイエスの御名を用いて祈ることができます。2つは聖霊様がそれぞれの人にそれぞれの賜物を与えておられます。かしらはイエス・キリストです。そして、からだの各器官は私たち一人ひとりであります。からだにはさまざまな器官、さまざまな機能があります。私たちはかしらなるキリストに聞いて、協力しながら、命じられたことを行えば良いのです。何をすれば分からない人は、ぜひ、かしらなるイエス様に聞いてください。ある森でクリスマスの劇をすることになりなりました。馬やロバたちはすぐ役が決まりました。ところが、ハリネズミだけには役が回ってきませんでした。本番前に、ハリネズミは悟りました。立派なモミの木の頂上に登り、からだを丸くさせました。動物たちにはそれが星に見えました。からだの中に不要な器官がないように、神さまの前に、誰一人として不要な人はいません。キリストが復活してから、御国は力強くこの世に臨んでいます。私たちは地上でいながら、御国の喜び、御国の豊かさを味わうことができます。そして、まもなくキリストが戻って来られ、完成した御国に私たちを迎えてくださいます。主イエス・キリストこそ御国の王です。私たちはその民であります。ハレルヤ、アーメン。


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2013年12月 8日 (日)

最初の王サウル      Ⅰサムエル15:17-23 

 イスラエルの民は、「他の国のように、私たちをさばく王を立ててください」とサムエルに求めました。本来は、主なる神さまがイスラエルの王でした。「人間の王をください」ということは、主を退けることと同じでした。サムエルは「王があなたがたを支配すると、こういうことになるよ」とさまざまな弊害を上げました。それでも、民たちは「どうしても、私たちの上には王がいなくてはなりません」と主張しました。主は民の言うことを聞き入れ、一人の人物を王としてお立てになりました。その人の名はサウルであり、イスラエルの最初の王様です。しかし、サウル王は致命的な罪を犯したために、神さまから捨てられました。

1.サウルの高慢

 サウルは外見的に素晴らしい人物でした。Ⅰサムエル92「キシュにはひとりの息子がいて、その名をサウルと言った。彼は美しい若い男で、イスラエル人の中で彼より美しい者はいなかった。彼は民のだれよりも、肩から上だけ高かった。」とあります。サウルは背が高くて、とてもハンサムな男性でした。また、彼はとても謙遜でした。Ⅰサムエル921「私はイスラエルの部族のうちの最も小さいベニヤミン人ではありませんか。私の家族は、ベニヤミンの部族のどの家族よりも、つまらないものではありませんか。どうしてあなたはこのようなことを私に言われるのですか。」と言いました。サムエルは人々の前で「見よ。主がお選びになったこの人です」と紹介しました。ほとんどの民は「王様。ばんざい」と喜びました。ところが、「この者がどうして、われわれを救えよう」と軽蔑して、贈り物を持ってこない人たちがいました。しかし、サウルは黙っていました。また、神さまはサウルの心を変えて新しくされました。サウルが預言者の一団の中に入ると、神の霊が彼の上に激しく下りました。そして、サウルも彼らの間で、預言をしました。サウルの最初の戦いは、アモン人ハナシュでした。サウルはイスラエルの民を集め、大勝利を収めました。そのとき、サウルは自分を軽蔑した人たちに対して報復しませんでした。サウルは30歳で王となり、12年間イスラエルを治めました。最初は良かったのですが、いくつかの出来事で、神さまから捨てられてしまいました。

 あるとき、宿敵ペリシテ人との戦いが起こりました。ペリシテは、戦車3万、騎兵6千、歩兵は海辺の砂のように多く集まりました。サウルは、ギルガルというところに留まっていましたが、民は、震えながら彼に従っていました。当時は、主にいけにえをささげてから、戦うというきまりがありました。ところが、7日間待ったけれど、祭司サムエルが定めた日にやってきませんでした。民たちはサウル王から離れて散って行こうとしました。そのため、サウルは全焼のいけにえをささげました。ちょうど、ささげ終ったときに、サムエルがやって来ました。サムエルは「あなたは、何ということをしたのか」と彼を責めました。なぜなら、いけにえをささげるのは祭司であり、王ではありませんでした。サウルは「今にもペリシテ人が私のところに下ってこようとしているので、思い切って全焼のいけにえをささげました」と言い訳しました。ところが、サムエルは「あなたは愚かなことをしたものだ。あなたの神、【主】が命じた命令を守らなかった。…あなたの王国は立たない。【主】はご自分の心にかなう人を求め、【主】はその人をご自分の民の君主に任命しておられる。」と、主からのことばを伝えました。サウルは祭司ではないのに、主の前にいけにえをささげました。これは、分をわきまえない、行き過ぎた行為でした。後のユダの王、ウジヤは、神殿で香をたきました。そのため神から打たれ、らい病になりました。サウルもウジヤも「自分は王だから、何でもできる」と高慢になっていたのです。

 もう1つの決定的な失敗は、アマレクとの戦いにおいて、主の命令に従わなかったことです。主は、「アマレクを打ち、そのすべてのものを聖絶せよ。人も家畜もすべて滅ぼしなさい」と命じました。しかし、どうでしょう?Ⅰサムエル159「しかし、サウルと彼の民は、アガグと、それに、肥えた羊や牛の最も良いもの、子羊とすべての最も良いものを惜しみ、これらを聖絶するのを好まず、ただ、つまらない、値打ちのないものだけを聖絶した。」次の日、サウルは知らんぷりして、「私は主のことばを守りました」とサムエルに告げました。しかし、サムエルは「では、私の耳に入るあの羊の声、私に聞こえる牛の声は、いったい何ですか」と言いました。サウルは「民は羊と牛の最も良いものを惜しんだのです。あなたの神、【主】に、いけにえをささげるためです。そのほかの物は聖絶しました。あなたの神、【主】に、いけにえをささげるために、聖絶すべき物の最上の物として、分捕り物の中から、羊と牛を取って来たのです。」と言い訳しました。ここから先は、聖書でとても有名なみことばです。Ⅰサムエル1522「するとサムエルは言った。『主は【主】の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。あなたが【主】のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。』」私たちの目では、小さな罪のように見えます。しかし、サウルは神さまから油そそがれた王なので、責任がありました。彼は高慢になって、「このくらいのことは良いだろう」と不従順の罪を犯したのです。サウルは、「神さまにささげるため」と言いましたが、神さまの前に従順であることがはるかに重要だったのです。

 では、サウルは本当にそのことを悔い改めたのでしょうか?Ⅰサムエル1530「サウルは言った。『私は罪を犯しました。しかし、どうか今は、私の民の長老とイスラエルとの前で私の面目を立ててください。どうか私といっしょに帰って、あなたの神、【主】を礼拝させてください。』」。サウルは神さまとの関係ではなく、面目、メンツを失うことを恐れました。だから、「一緒に民の前に出てください」とサムエルの上着のすそをつかんで離しませんでした。エリヤハウスに『サウルとダビデの悔い改め』という教えがありました。サウルは自分がしたとは言っていません。「民が羊と牛を取ってきたのです」と言いました。また、サムエルから罪を責められたとき「私は民を恐れて、彼らの声に従ったのです」と言いました。また、サムエルがその場を立ち去ろうとしたとき、サムエルの上着のすそを裂けるほど、つかんでこう言いました。「私は罪を犯しました。しかし、どうか今は、私の民と長老とイスラエルの前で私の面目を立ててください。どうか私と一緒に帰って、あなたの神、主を礼拝させてください」と願いました。サウルは一度も、「神さまの前に罪を犯した

とは言っていません。サウルが気にしているのは、民と長老とイスラエルの前における面目でした。神さまに対する罪は二の次でした。一方、ダビデはどうでしょうか?ダビデは姦淫と殺人の罪を犯しました。罪の大きさから言えば、ダビデの方が重いと思います。しかし、ダビデが罪を悔い改めたとき、「私はあなたに、ただあなたに、罪を犯し、あなたの御目に悪であることを行いました」(詩篇514と告白しています。人ではなく、神さまのことを考えていました。だから、ダビデは神さまから赦され、そして愛されたのです。日本人は「人に迷惑をかけていないから良いだろう」と言います。人との関係を考えて、神さまのことを重んじていません。人との関係も重要ですが、それよりも「すべての支配者である神さまとの関係はどうか?」ということです。もし、神さまから赦されたならば、人からどう思われようと関係ありません。もちろん、人に損害を与えていたら償う必要はあります。でも、最も重要なことは、神さまとの関係です。私たちが罪を犯したなら、神さまとの関係が壊れます。しかし、私たちがその罪を告白するとき、神さまとの関係が回復されます。このように、「神さまから人へ

という順番が大切です。サウルは神さまよりも、イスラエルの民がどう思うか、王としての面目だけを心配していました。だから、悔い改めが浅くて、サウル自身の心は変わらなかったのです。

 サウル王は、私たちにとっての大切な教訓であります。できれば、サウロのようになりたくありません。サウルは王様にならなければ、低い自尊心で生きていた人です。しかし、イスラエルの王様になったので、自尊心が膨らみ、自分の思いを優先させました。ですから、自分に権威や力が与えられると、今まで隠れていた罪が出てくるのかもしれません。ですから、たとえ、権威や力が与えられても、謙遜であることを忘れてはいけません。私たちの人生において、だれが王であり、だれが主人なのでしょうか?それは主なる神であり、イエス様であります。たとえ、権威や力が与えられても、それはイエス様が一時的に下さったものですから、乱用してはいけません。私たちの持っているものはすべて神さまから預かっているものです。私たち自身のものなど1つもありません。だから、誇るならば、主を誇るべきであります。「すべての栄光が主にあるように」と普段から、心がけているなら大丈夫だと思います。イザヤ書5715「いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方が、こう仰せられる。「わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。」アーメン。主はへりくだる者と共におられます。

 

2.サウルの嫉妬

 サウロを滅ぼしたのは高慢でしたが、もう1つは、嫉妬心でした。嫉妬は人の心をだめにしてしまいます。嫉妬している人の特徴は、ものごとを誇張して見、必要以上に恐れを抱いてしまうことです。青年ダビデがペリシテ人のゴリアテを打って帰って来たとき、女たちが歌と踊りでサウル王を迎えました。女たちは笑いながら「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った」と繰り返して歌いました。Ⅰサムエル188-12「サウルは、このことばを聞いて、非常に怒り、不満に思って言った。『ダビデには万を当て、私には千を当てた。彼にないのは王位だけだ。』その日以来、サウルはダビデを疑いの目で見るようになった。その翌日、わざわいをもたらす、神の霊がサウルに激しく下り、彼は家の中で狂いわめいた。ダビデは、いつものように、琴を手にしてひいたが、サウルの手には槍があった。サウルはその槍を投げつけた。ダビデを壁に突き刺してやろう、と思ったからである。しかしダビデは二度も身をかわした。サウルはダビデを恐れた。【主】はダビデとともにおられ、サウルのところから去られたからである。」そこで、サウルはダビデを自分のもとから離し、彼を千人隊の長にしました。ダビデはその行く所、どこにおいても勝利を収めました。ダビデが大勝利を収めるのを見て、サウルは彼を恐れました。そして、サウルはダビデがペリシテ人の手にかかって死ぬように、あえて危険な命令を与えました。ところが、ダビデはなんなく勝利するので、サウルはますます、ダビデを恐れました。しまいには、サウルはダビデを殺すことを、息子ヨナタンや家来の全部に告げました。サウル王の嫉妬心をだれも止めることができず、ダビデは荒野から荒野へと逃げるしかありませんでした。

 サウル王はリーダーとしては失格であります。彼は自分の部下の成功を喜ぶことができませんでした。むしろ、自分の地位を脅かす存在であると恐れました。去る114-5日、グローバル・リーダーズサミットに出席しました。セッション5では、ゲリーという、リーダーズサミットの総責任者がお話をしました。コロサイ323「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい」とあります。彼は、サミットの創始者であり、主任牧師のビル・ハイベルズを喜ばせようと奉仕してきたことを告白しました。ゲリー氏はリーダーのあり方についてこう教えてくれました。「ベストを尽くすのは、人間の主人ではなく、神のためにするのです。低い自己価値を持っているリーダーは、他の人たちに自分の価値を抱かせることにやっきになっています。他の人の成功を受け入れることができません。そして、他の人の失敗を責めます。また、低い自己価値を持っているリーダーは、自分よりも能力のある人を雇いません。増殖者になるのではなく、縮小者になってしまいます。」サウル王はまさしく、低い自己価値を持っていました。だから、「イスラエルの民が自分を王として評価してくれるだろうか」ということに焦点を合わせていました。だから、サムエルが神さまに対する罪を責めても、民たちの面目を第一に考えました。また、青年ダビデがゴリアテを倒し、また千人隊長になって次から次へと勝利を収めました。それはイスラエルのために良いことであり、王様として喜ぶべきことです。しかし、サウル王は「自分の王位が取られるのではないか」と恐れました。こういうことは、会社にもよくあることのようです。部下があまりにも能力があると、「こいつに部署を取られたらどうしよう」といじめることがあるようです。まさしく、嫉妬心から来るものです。

 嫉妬心はどれほど怖いものでしょう?イエス様が十字架にかけられたのは、ねたみであり嫉妬心でした。マタイ2718「ピラトは、彼らがねたみからイエスを引き渡したことに気づいていたのである」と書いてあります。イエス様の時代、宗教を指導していたのは、パリサイ人、律法学者、祭司長たちでした。彼らはイエス様がメシヤ(キリスト)であることを知っていました。しかし、信じて、従うことをしませんでした。もし、メシヤであることを認めならば、自分たちの地位と職を失うことになります。「だいたい、学問も学んでいない、ナザレの大工が何なんだ」と怒りました。彼らは、イエス様の教え、イエス様の人格、イエス様のわざを見たとき、恐れを抱きました。一般の人たちは、「ああ、このお方はメシヤに違いない」とこうべを垂れました。しかし、彼らの心の中に嫉妬心がありましたので、「イエスを排除しなければ、自分たちの地位が危い」と恐れました。ですから、初期のころから、「なんとか、イエスを殺さなければ」と機会を狙っていました。いよいよ、過ぎ越しの祭りの時、ユダによってチャンスが到来し、捕えることができました。彼らは、いくつか裁判しましたが、イエス様に罪を見出せませんでした。結局は、騒乱罪としてローマに訴えました。しかし、総督ピラトは、彼らがねたみからイエスを引き渡したことに気づいていたのです。このように考えますと、ねたみ、嫉妬心は、キリストを十字架にかけるほど重いということです。私たちは日ごろ、無意識の中で、人をねたんだり、嫉妬します。それは自分に対する価値、自己価値が低いからです。私たち一人ひとりは、神さまから造られた尊い存在であり、一人ひとり違う存在なのです。もちろん、この世には、自分よりも優れた人はいるものです。でも、自分には神さまから別のものが与えられており、それを感謝すれば良いのです。ねたみ、嫉妬心は罪でありますが、クリスチャンになっても、「肉」として残ります。私たちは絶えず、それらのものを十字架につけて、主の御目の下で、固有な生き方をしたいと思います。サウルは神さまから捨てられました。そのため、主のもとから悪霊が臨みました。サウルの心も主を離れ、魔術師に頼るほど堕落しました。最後には、サウルは自殺をし、滅亡の断崖からまっさかさまに堕落しました。

では、どのようにして、自分をサウルにならないように注意したら、良いのでしょうか?さきほど、お話したリーダーズサミットのゲリー氏は、『自分を指導する』というテーマで教えてくださいました。かしこいリーダーとはどんなリーダーなのでしょうか?自分自身を指導することが最も難しいことです。自分自身を指導することは、仕事、家族、すべての働き、自分自身にも影響します。ゲリー氏は自分をより良く指導するために、4つ質問を与えています。その第一は、「だれを喜ばせようとしているのか?」あるいは「だれの評価を得ようしているのか」という質問です。先ほども言いましたが、これは自分に対して低い価値観をもっているならば、問題が起こります。自分よりも能力がある人を雇うことができません。失敗した人を責めたり、命令し、自分で決めます。健康な価値観があれば、人を活かすように助け、チャレンジを喜び、相談して決めることができます。この人は、縮小者ではなく、増殖者であります。自分に問いかける必要があります。「私はだれに仕えているのか。だれの好意を得ようとしているのか?」ということです。もし、私たちが人々の好意や評価を求めて生きるならば、その結果、人生、仕事、家族において、自分に思い描いたことのものを得ることができないでしょう。もし、神さまの好意や評価を第一に求めていくならば、結果的に、人々の好意や評価がついてでしょう。第二は「あなたは、批判や矯正のことばやほめられることに対して、どれほどオープンでしょうか?」多くの人は、批判や矯正のことばを受け止められるように訓練されていません。また、そのような言葉を受けることに居心地良く感じません。結果として、ある人の業績や他の人との関係に対して、否定的な影響を話すことを避けます。実はこれはとても不親切なことです。私たちはだれでも自分自身で見えていない盲点や失敗を抱えています。そして、それは具体的に指摘されなければ、私たち自身の成長を妨げ、明確な失敗へと導くことになります。「あなたは、どの程度、批判や矯正のことばを受け入れる用意があるでしょうか?」多くの人はそれを建設的に受け入れることができなかったり、また、あえて受け入れようとしなかったりします。それでは、神さまが与えてくださった可能性を最大限に発揮できないで終わってしまいます。だから、人が自分を正そうとする言葉に、どのように反応するでしょうか?弁解するでしょうか?他の人たちを責めようとするでしょうか?攻撃的になるでしょうか?心を閉ざして、その場を去るでしょうか?それとも、耳を傾けて、どのようにしたら良い結果を出すことができるのか、学ぼうとするでしょうか?第三は、「あなたは自分のメンターを持っているでしょうか?」その人はあなたがさらに向上するために、あなたを支え、あなたに対して説明責任を求める人です。人生の危機は40代に起こります。アメリカではこれを「中年期の危機」と呼びます。若いころ抱いていた夢が達成不可能だと悟る時期です。自分でできると思っていた技術や情熱や知識や賜物が不足していたことを認識します。だから、人生において自分を支え、自分のために語ってくれるメンターが必要です。「あなたにはメンターがいますか?また、あなたはだれかをメンターしていますか?」第四は「あなたは時間をどう使っていますか?」仕事や奉仕は私たちの大事な時間を奪い取り、家族やリクリエーション、学び、神さまとの時間を簡単に犠牲にしてしまいます。やがてバーンアウトし、家族が崩壊してしまうでしょう。仕事と生活のバランスを取ることが大切です。

 私たちは何をするにも、神さまの御目のもとで生きたいと思います。父なる神さまは、御子イエスの洗礼の時、天からこのように語られました。「あなたは、私の愛する子、私はあなたを喜ぶ」。御子イエスがまだ、何もしていないのに、父なる神さまは御子イエスを是認していました。存在そのものを評価し、喜んでいました。父なる神さまは、そのように私たちをもご覧になっておられます。主のご愛と恵みのもとで、息子、娘として生活したいと思います。

 

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2013年12月 1日 (日)

神の人サムエル     Ⅰサムエル3:1-10 

 旧約聖書から代表的な人物を取りあげて学んでいます。その人の長い人生をたった、30分で話すには限界があります。どうしても、出来事を長く説明して、メッセージの部分が短くなってしまいます。それでも、馴染みのない旧約聖書に触れるということは、とても良いことだと思います。前々回は、サムソンを学びました。そして、前回は、ルツについて学びました。そして、きょうはサムエルです。時代的にはどれも、士師(さばきつかさ)たちが治めて頃です。サムエルは最後の士師といえます。とても、暗い時代でしたが、サムエルがイスラエルにともしびを与えた神の人でした。


1.ナジル人サムエル

さばきつかさが治めていた時代、エルカナという人物がいました。「エルカナには二人の妻があった」(Ⅰサムエル1:2)と記されています。おそらく、ハンナという妻が不妊のゆえに、もう一人の妻ペニンナを迎えたのではないかと思います。ヤコブのときもそうでしたが、妻が複数いると、必ず争いが起こるものです。子どもがいたペニンナが、子どものいないハンナをいじめていました。聖書には「ペニンナは彼女をいらだたせていた」と書いてあります。そのため、ハンナは泣いて、食事をしようとしませんでした。それで、夫エルカナは「ハンナ。なぜ、泣くのか。どうして、食べないのか。どうして、ふさぎこんでいるのか。あなたにとって、私は十人の息子以上の者ではないのか」と言いました。夫の対応はカウンセリング的には失敗しています。彼は「なぜ」とか「どうして」と繰り返しています。また、「十人の息子以上の者」と言われても、全く、解決になりません。私も一応、カウンセリングは学んでいます。「こういう言い方は良くない」ということも頭では分かっています。しかし、いざ、家内や子どもとなると、「なぜ」「どうして」を連発してしまいます。他人だったら、傾聴して、共感して、その人自身が気付くような質問をするでしょう。しかし、身内だと遠慮会釈がないので、ずばっと、本音で言ってしまいます。カウンセリングの丸屋先生いわく、「なぜ」「どうして」よりも、「何が」が良いそうです。「何が」とは、その人が抱えている状況や問題をお互いに調べることができるからです。Whyや Howではなく、Whatであります。「何があったのですか?」「何がそうさせたのですか」「何が悩ませているのですか?」等です。

ハンナは夫が話にならないので、神の箱が置いてある主の宮に行きました。そこには、祭司エリが仕えていました。ハンナは、はげしく泣きながら、主の前に祈りました。Ⅰサムエル1:11そして誓願を立てて言った。「万軍の【主】よ。もし、あなたが、はしための悩みを顧みて、私を心に留め、このはしためを忘れず、このはしために男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を【主】におささげします。そして、その子の頭に、かみそりを当てません。」これをナジル人の請願というのですが、サムソンの時と同じです。彼女は「子どもが生まれたなら、あなたのご用のためにささげます」という祈りをしました。彼女が心を注ぎだして祈っていたので、エリは最初、彼女が酒に酔っているのではと誤解しました。その後、エリは「安心して行きなさい。イスラエルの神が、あなたの願ったその願いをかなえてくださるように」と祝福しました。ハンナに信仰が与えられました。だから、彼女の顔は、もはや以前のようではありませんでした。ハレルヤ!であります。

主はハンナの祈りを聞かれ、彼女は男の子を産みました。そして、その子を「サムエル」と名付けました。「サムエル」とは「その名は神」という意味です。ハンナはその子が乳離れするまで、一生懸命、育てました。エルカナが家族そろって、宮に行こうと誘いました。しかし、彼女は「この子が乳離れするまでは宮には上りません」と断わりました。イスラエルでは乳離れが日本よりも遅く、5、6歳ぐらいであると聞いたことがあります。ある本に「ハンナは幼子に対して、乳に祈りを混ぜて与えたのであろう。3歳まで人格の重要な部分が形成されると言われている。ハンナはその重要な時に、宗教的な教育をサムエルに施したに違いない。」と書いてありました。アーメンであります。乳離れしたならば、その子を主の宮に連れて行きます。ハンナは、それまで母の愛を注ぎ、みことばを与え、祈りました。近年、保育園の数が少なくて、お母さん方が大変困っているようです。女性の社会進出、あるいは経済的な問題で共稼ぎをしなければならないという理由があるでしょう。しかし、3歳くらいまでは余裕をもって、赤ちゃんを育てたら良いと思います。お母さんが日中、働いて忙しいと、心に余裕がありません。だから、叱ったり、きつい言葉を投げかけたりするのではないでしょうか?子育ては、その子のための立派な投資だと思います。人格的な土台ができる大事な時、母の愛を注ぎ、みことばを与え、祈るべきだと思います。

ハンナはその子が乳離れしたとき、主の宮に連れて行きました。そのとき、「この子は一生涯、主に渡されたものです。」(Ⅰサムエル1:28)と言いました。アンドリュー・マーレーはある本の中でこう言っています。「もう、すでに子どもを主にささげていますか?子どもは主に仕える者として、栄光の器として選ばれているのです。神は、あなたの子どもをご自分のものとして見ておられます。神はあなたを信任し、その子を訓練するようにと預けられたのです。決して、あなたの子どもなのではありません。主のものなのです。ところが、いつの間にかこのことを忘れてしまい、自分の子どものようにかわいがってしまうのです。『一生涯、主に渡されたもの』このはっきりとした明け渡しの好意は、何と尊い特権かと思うのです。私は、時々、一人息子を喜んで国のため、王のためにささげたという母親の話を耳にします。全部の子どもを戦場に送ったという話を耳にします。であるなら、王の王であるお方に、ご自身のものであるこの子どもをささげることが無情の栄誉でなくてなんでしょうか。わが子は主から託されているのです。しかも、愛し、訓練し、喜ぶ特権を、私たちは与えられているのです。」子どもはわが子であって、わが子ではない。神さまから託されているということです。アーメン。



2.少年サムエル

 Ⅰサムエル3:1-3「少年サムエルはエリの前で【主】に仕えていた。そのころ、【主】のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった。その日、エリは自分の所で寝ていた。──彼の目はかすんできて、見えなくなっていた──神のともしびは、まだ消えていず、サムエルは、神の箱の安置されている【主】の宮で寝ていた。」当時は、シロという場所に主の宮があり、その中に神の箱が安置されていました。主の宮を守っていたのは、祭司エリでした。彼は高齢に達し、目がかすんできて、見えなくなっていました。しかし、それは肉体的にだけではなく、霊的にもそうでした。「その頃、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった」とあるからです。エリの息子たちは、よこしまな者で、主を知らず、祭司の定めについても軽んじていました。民たちがいけにえをささげていると、良い肉を肉刺しで横取りしました。本来なら、脂肪をすっかり焼いて煙にするところを、「今、渡しなさい」と力ずくで取る始末でした。さらに、二人の息子は天幕で仕えている女性たちと寝ていました。エリが悲しんで、戒めましたが、彼らは聞こうとしませんでした。聖書には「彼らを殺すことが主のみこころだったからである」(Ⅰサムエル2:25)と書いてあります。主はエリの家をさばき、忠実な祭司を起こすことを考えておられました。「神のともしびは、まだ消えていず、サムエルは、神の箱の安置されている【主】の宮で寝ていた」とあります。幼いサムエルは主の宮に住み込みで、奉仕していました。彼の一番の務めは祭壇の火を消さないことです。レビ記にも書いてありますが、一晩中朝まで、祭壇の火を燃え続けさせなければなりませんでした。暗い時代にあって、神のともしびは、まだ消えていなかったのです。

 ある晩、主からお声がありましたが、サムエルは「エリが呼んでいるのだろうな」と思いました。しかし、エリは「私は呼ばない。帰って、おやすみ」と言いました。二度目も主からお声がありましたが、エリは、私は呼ばないと言いました。主が三度目にサムエルを呼ばれたとき、エリは、それは主であると悟りました。エリは今度呼ばれたら、「主よ。お話しください。しもべは聞いております」と申し上げなさいと教えました。サムエルが寝たあと、主が来られ「サムエル、サムエル」と呼ばれました。サムエルは「お話しください。しもべは聞いております」と申し上げました。その内容は、エリの家についてのさばきでした。自分の息子たちが、自ら呪いを招くようなことをしているのを知りながら、彼らを戒めなかった罪のためでした。このところで重要なのは、サムエルの態度です。サムエルの仕事は祭壇の火が消えないように管理することでした。また、「はい。ここにおります」といつでも、準備をしていました。このことばが、3章に、5回記されています。乳離れしたばかりの幼子が、ただひとり老祭司エリの前にいて、主に仕えるのは、決して容易なことではありません。夜中に3度も呼び起こされて、すぐにエリのもとに駆けつけるとは、なんとかいがいしい態度でしょう。私の長男の朝陽が生まれる前の晩のことを思い出します。家内から夜中の12時半頃、「陣痛がはじまったから、病院に連れて行って」と起こされました。私は「まだ、大丈夫だよ」と、起きませんでした。いよいよ、午前2時半頃、「あなた、病院に連れて行って」と起こされました。そのとき、私は「朝まで待てないか」と言いました。その頃は、早天祈祷会があったので、変なとき起こされると寝付けないからです。彼女がお願いするので、「わかった」と起きて、病院に連れていきました。午前6時半頃から分娩室に入り、11時頃、生まれてしまいました。今でも、「あのとき『朝まで待てないか』と言ったわよ」とたしなめられます。

 サムエルの「お話しください。しもべは聞いております」は、私たちの学ぶべき態度ではないでしょうか?日本には、お百度参りというのがありますが、一方的に願うだけでしょう。私たちの祈りも、「しもべは話します。主よ、お聞きください」になりがちです。こちらが願い事をならべて語ります。いよいよ、主がお語りくださろうとするとき、もう、そこにはいません。会話はキャッチボールであると言われますが、お祈りも、一方通行だとさびしいと思います。大体、主のお声というのは、小さなものです。一瞬、「あれ、何か語られたかな?」「何か示されたような気がするけど」という時がたまにあります。「ま、いいか」と思って、やり過ごすと、あとから、失敗することがよくあります。私の場合は、忘れてはいけないことを、ついうっかり忘れるときがあります。買い物、外出、コーチング、旅行など、落ち着きがないので、何かを忘れます。車でも、出発するとき、ちょっとゆっくり祈ると、忘れ物を思い出すことがあります。お祈りする中で、ちょっとだけ神さまにも時間をあげます。すると、思い出したり、教えられることがよくあります。サムエルのように、「お話しください。しもべは聞いております」という、祈りの態度は、ぜひ見習うべきだと思います。サムエルがどうして、そうなのかと言うと、お母さんのハンナがそうだったからです。ハンナは子どもが与えられる前、心を注いで祈りました。おそらく、お腹の中にサムエルがいたときも祈ったのではないかと思います。胎教と言うのがあるようですが、祈りほどすばらしい胎教はないと思います。また、短い時間でしたが、乳離れするまで一生懸命祈りました。「この子を主にお渡しいたします。この子は一生涯、主に渡されたものです。どうか、神さまのご用のためにお用い下さい」と祈りました。だからこそ、サムエルの中に、祈りの大切さが染み込んでいたと思われます。晩年のサムエルが、心頑ななイスラエルにこう言っています。Ⅰサムエル12:23「私もまた、あなたがたのために祈るのをやめて【主】に罪を犯すことなど、とてもできない。」サムエルは、祈らないことは、主に罪を犯すことだと言っています。私は講壇の上から、「祈りはすばらしい。祈りましょう」という説教が少ないことを自覚しています。祈りは主の御手を動かします。祈りは私たちの心を変えます。また、祈りは世界を変え、状況まで変えます。でも、忘れてはならかいことがあります。それは、「お話しください。しもべは聞いております」と神さまに時間を与えることです。心を静かにして、主の御声に耳を傾けることです。主はいつでも、私たちに語ってくださいます。



3.神の人サムエル

 なぜ、「神の人サムエル」なのでしょうか?サムエルは20年間イスラエルを治めた、最後の士師でした。その頃、イスラエルを脅かしていたのは、ペリシテ人でした。一般には、フェリシテ人と呼ばれています。彼らはヨーロッパから海を渡って、パレスチナにやってきました。彼らには製鉄の技術がありましたが、イスラエル人にはありませんでした。鉄の剣と青銅の剣では、切れ味が全く違います。イスラエルは長い間、ペリシテ人に苦しめられました。では、サムエルたちイスラエルはどのように戦ったのでしょうか?こういう事件が起こりました。イスラエルが劣勢を強いられていたとき、イスラエルの長老たちは1つのアイディアを考えました。Ⅰサムエル4:3「なぜ【主】は、きょう、ペリシテ人の前でわれわれを打ったのだろう。シロから【主】の契約の箱をわれわれのところに持って来よう。そうすれば、それがわれわれの真ん中に来て、われわれを敵の手から救おう。」彼らは、神の契約の箱を持ってくれば、ペリシテ人に勝てると思いました。ペリシテ人は「神が陣営に来た。ああ、困ったことだ。」と恐れました。しかし、どうでしょう、彼らは逆に奮い立ちました。なんと、イスラエルは大敗し、契約の箱が奪われてしまいました。なぜ、負けたのでしょう?彼らは契約の箱を戦いの道具として利用したからです。この戦いによって、エリの二人の息子が死にました。そのニュースを聞いたエリも、あおむけに落ちて死にました。神の箱は七か月もペリシテ人の野にありました。ところが、ペリシテ人にひどい災いが起こるので、「もういらない」と、送り返してきました。

サムエルはエルアザルを聖別して、神の箱を守らせました。その後、イスラエルの民を招集し、断食と悔い改めを命じました。イスラエル人はサムエルに「私たちの神、主に叫ぶのをやめないで下さい。私たちをペリシテ人の手から救ってくださるように」求めました。サムエルは20年間、祈り続けました。Ⅰサムエル7:10、13「サムエルが全焼のいけにえをささげていたとき、ペリシテ人がイスラエルと戦おうとして近づいて来たが、【主】はその日、ペリシテ人の上に、大きな雷鳴をとどろかせ、彼らをかき乱したので、彼らはイスラエル人に打ち負かされた。…こうしてペリシテ人は征服され、二度とイスラエルの領内に、入って来なかった。サムエルの生きている間、【主】の手がペリシテ人を防いでいた。」とあります。沢村五郎という牧師が、『聖書人物伝』を書いています。その中で、こう書いています。「剣一振りさえない、たよりない民のために、主は20世紀の今日でさえまだ発明されていない電気仕掛けの爆弾を天から投下して、敵を撃ち散らされたのである。敵を踏みたもう者は、神である。サムエルの一生の間、主の手が、ペリシテ人を防いだ。ひとりの神の人の存在は、どんな軍備にもまさって威力のある国防力である。」アーメン。まさしく、サムエルは神の人でありました。

しかし、サムエルの晩年、悲しいことが起こりました。Ⅰサムエル8:1-3「サムエルは、年老いたとき、息子たちをイスラエルのさばきつかさとした。長男の名はヨエル、次男の名はアビヤである。彼らはベエル・シェバで、さばきつかさであった。この息子たちは父の道に歩まず、利得を追い求め、わいろを取り、さばきを曲げていた。」サムエルもエリと同じように、子育てには成功しなかったようです。サムエルは確かに神の人でした、しかし、あまりにも多忙で、子どもたちの教育は、すべて妻の手にゆだねられていたのでしょう。サムエルの子らの堕落は、イスラエルの民が王を求める口実になりました。Ⅰサムエル8:4-5「そこでイスラエルの長老たちはみな集まり、ラマのサムエルのところに来て、彼に言った。「今や、あなたはお年を召され、あなたのご子息たちは、あなたの道を歩みません。どうか今、ほかのすべての国民のように、私たちをさばく王を立ててください。」このことばは、サムエルだけではなく、主をも悲しませました。「私たちをさばく王を立ててください」とは、一種の堕落です。なぜなら、神さまこそがイスラエルを治める王だからです。それなのに、エジプトや他の国々のように、「王を立ててください」とは何事でしょうか?主はサムエルに「それはあなたを退けたのではなく、私を退けたのだ。今、彼らの声を聞け。ただし、彼らにきびしく警告せよ」と言いました。サムエルは王様が国を治めるようになったら、「息子は兵士に取られ、娘は下働き、畑も産物も取られるよ」と警告しました。しかし、民たちは「いや、どうしても、私たちの上に王がいなくてはなりません。王が私たちをさばき、王が私たちの先に立って戦ってくれるでしょう」と言いました。サムエルは民の言うことを聞いて、サウルをイスラエルの王として油を注ぎました。

サウル王を任命した直後、サムエルが言ったことばこれです。Ⅰサムエル12:22-23「まことに【主】は、ご自分の偉大な御名のために、ご自分の民を捨て去らない。【主】はあえて、あなたがたをご自分の民とされるからだ。私もまた、あなたがたのために祈るのをやめて【主】に罪を犯すことなど、とてもできない。」サムエルは生涯、祈りの人でした。イスラエルの民と神さまの間に立って、とりなしの役割を果たし続けました。とりなしの祈りとは何でしょうか?私たちは自分のためには祈ります。しかし、他の人ためにはどうでしょうか?もちろん、祈りには順番があります。神さまと親しい交わりをなし、そして、神さまに向かって祈ります。すると、神さまの愛があふれて、「あー、家族のために祈ろう。あの人のためにも祈ろう。日本のためにも祈ろう」とだんだん、祈りが拡大していきます。5分くらいだと自分の祈りで終わってしまいます。もうちょっと、神さまと親しく交わると、聖霊が祈りを助けてくださいます。聖霊が「あのことのために、祈りなさい。このことのために祈りなさい」と教えてくれます。祈りの醍醐味というのがありますが、仕方なく、祈りの課題をあげて祈るのは苦痛です。しかし、聖霊によって導かれる祈りまでいくためには、ロー、セコンドと加速をつけなければなりません。そこまで行くのが大変です。だから、多くの人は「ああ、疲れた。大変だ」とやめてしまいます。しかし、もうちょっと祈るとサード、トップギアになって、祈りの醍醐味を経験することができます。という、私も祈りが弱いことを告白します。「祈りをやめるのは罪を犯すことである」とサムエルは言いました。主の恵みによって、祈る者となりたいと思います。なぜなら、主にあって私たちクリスチャンは、全員、神の祭司だからです。


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