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2007年9月16日 (日)

立ち去った青年      マルコ10:17-22

 この間の台風が去った後、急に秋らしくなりました。先週は天気が良いせいか、礼拝人数も少なくてがっかりしました。そこで、私は思いました。何もこの建物の中で礼拝をしなくても良い。自宅や近くの公園でも、礼拝は守れます。聖書には、2人もしくは3人がイエスの名前で集まるとき、主もそこにおられるとあります。共同体の最低の数は3人です。3人以上集まれば、そこで礼拝ができます。私の説教原稿は午前9時にホームページで見ることができます。だれかが、その原稿をメッセージ風に読み、その後、分かち合いをして、祈ったら良いですね。みなさんが住んでいるところで礼拝をするなら、未信者の夫もしくは妻、子どもも参加することができるでしょう。何も亀有まで来る必用はありません。ここは教会ではなく、教会堂という建物です。みなさん一人ひとりが教会です。どうぞ考え方を変えましょう。将来は、柏や松戸、金町、綾瀬、墨田区、江東区にも開拓教会を建てたいですね。こう言うのは、先週、香港のベン・ウォンのセミナー出て、影響を受けたからであります。

1.人にはできない

 ひとりの人とは、ルカ福音書を見ますと、「ある役人」と書いてあります。ユダヤ教会の役員もしくは、エルサレムの議員かもしれません。また、マタイ福音書では「青年」とも書かれています。そして、彼はとても金持ちであり、かなりの財産を持っていました。もし、彼を現代風に言うならば、若手ながら区会議員であり、ある企業の社長の御曹司。数千坪の土地を所有し、ビルが5つ、数百億の資産を持っている。彼はたくさんのクラブに所属し、有名人とも付き合っている。車も外車を入れて7台持ち。その日は、スポーツタイプのベンツで、ダブルのスーツのいでたちでやって来た・・・というところでしょうか?彼は、イエス様のところに走りよって、御前にひざまずいて、尋ねました。「尊い先生。永遠の命を自分のものとして受けるためには、私は何をしたら良いでしょうか?」。イエス様の近くで、弟子たちがその一部始終を見ていました。弟子たちは何と思ったでしょうか?ユダヤでは金持ちとは、神様から特別に祝福を受けている存在、彼こそ神の国に入るのにふさわしいと思いました。イエス様の前に、ひざまずいて、「尊い先生、私は何をしたら良いでしょう?」と言っとき、「わー、今どきめずらしい謙遜で真面目な青年だ。すばらしい求道心の持ち主だ!」と思ったでしょう。さらに、この青年役員が、「先生、そのようなことをみな、小さい時から守っています」と答えたときは、「律法も守っているし、この人だったら申し分ない。さぞ、多く献金をしてくれることだろう。議員さんだったら、かなりの影響力もあるぞ」。こんなふうに思ったかもしれません。

 でも、イエス様の対応は、とっても意外でした。21、22節。イエスは彼を見つめ、その人をいつくしんで言われた。「あなたには、欠けたことが一つあります。帰って、あなたの持ち物をみな売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」すると彼は、このことばに顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。なぜなら、この人は多くの財産を持っていたからである。弟子たちは、彼を追いかけて、このように言った。「まあ、まあ、イエス様が言われたことを真に受けないでください。全部ささげなくても良いのです。10分の1、いや、できるところから捧げれば良いですよ。私たちがやっている聖書研究会にお越しください。少しずつ神の国に関して、聖書から一緒に学びましょう」。残念ながら、そういう続きにはなっていません。イエス様は彼を去るままにしておきました。おそらく、これから10年かけて彼と聖書を学んだとしても、彼は信じないでしょう。イエス様は彼に対して、無駄な時間をかけることはしませんでした。では、なぜ、イエス様は「戒めを守っているか」とか「持ち物をみな売り払って、貧しい人たちに与えよ」と言われたのでしょうか?それは、彼の最初の質問にあります。彼は「永遠の命を自分のものとして受けるためには何をしたら良いのでしょうか?」と問うているからです。彼は地位、財産、お金、持ち物、趣味、たくさんの物を持っていました。他にないのが永遠のいのちでした。永遠のいのちをこれらのものに追加したかったのです。彼にとって救いは、1つのコレクションでした。

 では、なぜイエス様は十戒の5から10番目だけを聞いたのでしょうか。おそらく、この青年はイエス様が戒めを守っているかと聞いてくるだろうと予測していたのでしょう?だから、自信たっぷりに、「何をしたら良いでしょうか?」と尋ねたのです。案の定、イエス様は「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証をたてるな、むさぼるな、父母を敬え」と言われました。青年は、「待ってました」とばかり、「先生。私はそのようなことをみな、小さい時から守っております」と答えました。イエス様は一呼吸置いて、彼を見つめ「あなたには欠けたことが1つあります。あなたの持ち物をみな売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そのうえで、私について来なさい」と言われました。この行為は、十戒の第一と第二にあたります。十戒の第一の第二は、「私の他に神があってはならない。私に似せた像を作ってそれを拝んではならない」という戒めでした。青年が顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った理由とは、青年にとって財産が神であり偶像だったからです。彼は神様よりも自分の財産に頼っていたことが暴露されたのです。彼はこれから先、10年、聖書研究会で学んでも、救われないでしょう。イエス様はそのことが分かっておられたのです。でも、誰に対してもイエス様は「財産を捨てて、私に従ってきなさい」とはおっしゃいません。この青年が、「永遠のいのちを受けるために、何をしたら良いか」と、聞いたからです。つまり、行い(自力)で救いを得ようとしたので、その道を教えたのです。神の戒めを完全に守って救いを得るためには、そこまでやらなければならないのです。

先週は「子どものように」と学びました。子どもであったら、彼のような小ざかしい求め方はしません。素直に「私に永遠のいのちをください」と求めたら良いのです。2000年前、救いはキリストの十字架によって完成されました。一番大切なのは、子どものように疑わないで、受け取れば良いのです。救いは既に完成されているのです。あなたが救われるための必用は、キリストによってなされた救いをもらえば良いのです。なぜなら、救いは行いではなく、恵みだからです。今日は、宮坂悠介君の洗礼式があります。伝道者の書12章に「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに」という御言葉があります。では、わざわいの日とはどんな日なのでしょうか?その続きがあります。伝道者の書12章をリビングバイブルで紹介させていただきます。「若い日に、神様を信じなさい。年をとり、陽の光や月、星がかすんでよく見えず、夢も希望もなくなってから、神様を思い出そうとしても手遅れです。やがて、手足が老齢のため震えるようになり、しっかりしていた足も弱くなり、歯がなくなって物もかめず、目も見えなくなる時が来ます。歯がなくなれば、物を食べる時でも、もぐもぐするばかりです。鳥がさえずり始める朝早く目が覚めても、あなたは耳が遠くて聞こえず、声もしわがれてきます。あなたは、高い所をこわがり、転ぶことを案じる白髪のしわだらけの老人となり、足を引きずりながら歩きます。性欲もなく、死の門のそばに立ち、死んだ人を嘆く者のように、永遠の家へと近づいて行きます。もう一度いいます。まだ若い今のうちに、あなたの造り主を思い出しなさい。銀色のいのちのひもが切れ、金のおわんがこわれ、水がめが命のそばでこわれ、滑車が井戸のそばでこわれない前に。」すでに永遠のいのちをいただいている人と、この世の命しかもっていない人とでは、ぜんぜん生き方が違います。若いクリスチャンなら、人生の目的を知っていますので、時間を無駄に使いません。では、年をとったらどうなるでしょうか?確かに肉体は他の人のように衰えてきます。でも、「内なる人は日々新しい」というか、年を取りません。うちの家内は、心は「20歳よ」と言いました。この間、区役所の集会で、ある姉妹のおばあちゃんの証しを聞きました。そのおばあちゃんは、年を取れば取るほど、輝いていたそうです。なんと「18歳」の娘のような心を持っていたそうです。その姉妹はまだ小学生だったそうですが、おばあちゃんを見て、自分もクリスチャンになりたいと思ったそうです。おばあちゃんは、「ハレルヤ!アーメン」と天国に帰って行ったそうです。救いは行いではなく、恵みです。プレゼントです。どうぞ、受け取ってください。

2.神にはできる

 23-27節。イエスは、見回して、弟子たちに言われた。「裕福な者が神の国にはいることは、何とむずかしいことでしょう。」弟子たちは、イエスのことばに驚いた。しかし、イエスは重ねて、彼らに答えて言われた。「子たちよ。神の国にはいることは、何とむずかしいことでしょう。金持ちが神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」弟子たちは、ますます驚いて互いに言った。「それでは、だれが救われることができるのだろうか。」イエスは、彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。どんなことでも、神にはできるのです。」イエス様は、金持ちが神の国に入ることは、むずかしいと2度も言われました。では、なぜそんなに難しいのでしょうか?実は、24節に、もうひとこと加えている聖書があります。「子たちよ。富にたよる者が、神の国にはいることは、何とむずかしいことでしょう。」そうなんです。神様は目に見えませんが、お金は目に見えます。「やっぱり、神様よりもお金だよな」と、なるのです。両方頼った方が良いじゃないかと思うかもしれません。でも、ルカ16章には「しもべは二人の主人に仕えることはできません。神にも仕え、また富にも仕えることはできません」と書いてあります。ということは、お金や富は、神の国に入るための最大の妨げになるということです。私のように初めからない方が良いですが、なまじっかある人は気の毒です。皆さん、お金はあなたの主人もしくは、神様になりやすいのです。そうならないために、私たちは十分の一献金をするのであります。「私はお金に頼っていません。主よ、あなたに頼っています。あなたがすべての必要を満たしてくださいます。アーメン」と、捧げるのです。捧げていない人は、ひょっとしたら、神様よりもお金を信頼しているからかもしれません。

 では、富とお金を持っている人は神の国に入ることができないのでしょうか?イエス様は不可能だとはおっしゃっていません。「むずかしい」とおっしゃっているのです。どのくらい難しいか?25節「金持ちが神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」「らくだが、針の穴を通過できるわけがないでしょう。いや、それは不可能だ」と思うかもしれません。イエス様は誇張と言うか、とてもユーモアの得意な方であります。イエス様は、マタイ6章で、人の目からちりを取り除く前に、自分の目の梁を取り除けなさい」と言われました。目に、梁(丸太)が入るでしょうか?また、偽善者たちに向かってこう言われました。マタイ23:24「目の見えぬ手引きども。ぶよは、こして除くが、らくだは飲み込んでいます」。果たしてらくだを飲みこむことができるでしょうか?9世紀に、この25節を、なんとかこれを解釈しようとした人たちがいました。「針の穴」という名の門がエルサレムにあった。夜は外敵から守るために正門を閉じるが、夜中に到着する旅人(隊商)もいる。そのとき、正門のすぐわきに「針の穴」の門がある。その門は、らくだが荷物を全部降ろして、ハイハイしながらでないとくぐれないほどの大きさである。つまり、金持ちが富みやお金を一旦下ろして、へりくだって神の国である。そのように解釈しました。マタイ7:13「狭い門からはいりなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです」とあるとおりです。ということは、神様によって、貧しくさせられるなら、救われる可能性もあるということです。イエス様は「人にはできないが、神にはできる」とおっしゃいました。それは、たとえお金持ちであっても、救われる可能性はあるということです。

 歴史を見ますと、そういう人たちが何人かいました。今から 800年余り前、聖フランチェスコはアシジの富裕な織物商人の息子として生まれました。若いころの彼は、仲間たちと飲めや歌えの華やかな生活に溺れ、放蕩に身を持ち崩していました。そんな彼の夢は、騎士になり、武勲を立てることでした。ある日、戦場で病気に倒れた彼は、神の御声を聞きました。「お前は、主人と私のどちらに従うべきなのか。」戦いの虚しさの中、彼は故郷へ帰ります。そしてある日、道でハンセン病患者を抱擁したことが、人生の大きな転機となりました。やがて彼は、「私の壊れかけた家を建て直しなさい」という、キリストの声を聞きます。このときから、彼は持ち物を全て施し、家族に別れを告げ、荒布を身にまとい、清貧と謙遜のうちに、ただ天の御父にのみ頼って生きるようになるのです。聖フランチェスコは、マルコ10章の「富める若者」の逆を行った人であります。すべてを捨てて、神様のみに頼って生きました。彼の生き方に影響されて、多くの人たちが従って、やがてフランチェスコ修道会が生まれました。また、チョー・ヨンギ師の義理のお母さんに、崔子実、後の「ハレルヤおばさん」がおられました。崔子実は朝鮮動乱の後、「杼(ひ)」という紡績工場で使う部品で大当たりし、女社長になりました。彼女はソウルに行っても「崔社長!」、仁川に行っても「崔社長!」韓国中どこへ行っても、はぶりの良い彼女は、最高のもてなしを受けました。さらに彼女は、水産業にも手を出したので、タラ、サケ、イリコの漁獲のために、家庭を離れている時間が多くなりました。気まぐれに教会に立ち寄ってみると、讃美歌の終り頃だったり、主の祈りの終り頃だったりでした。ところが、信仰の篤い母と長女がほぼ同時に天に召されてしまいました。その後、韓国で、第一次貨幣改革が起こり、大変信用していた取引先の社長が不渡り小切手を出して、夜逃げ。社長ばかりでなく、専務も会計士も、集金したお金を持って逃亡。当然のごとく賃金無払いで会社はバッタリ倒産。目の前が真っ暗になり、心臓病に犯されてしまいました。そのとき、母が言っていた「子実、財産はわしのように飛び去ってしまうもんだよ。財産を愛してはいけないよ」という言葉を思い出しました。何日も苦しみ続けたあげく、自殺を選びました。三角山の方へ足を運んだそのとき、祈祷院が目に入りました。「山に登ったら、その場で薬を飲んで死のう」と覚悟したのに、いざ死ぬという段になるとできない。そうこうしているうちに20日余が過ぎてしまいました。昼は祈祷院に行って食事を取り、晩になると洞窟にもぐって、泣きながら夜を明かしました。もう泣く力もなく、いよいよ「死のう!今夜だ!」と最後の昼めしを食べるために、祈祷院の食堂に入って行きました。そのとき、ばったり親友に出会いました。親友にこれまでの一部始終をみな打ち明けました。親友は手を握り締め「子実、あんた聖霊を受けなさいよ」と言いました。親友に連れられ、天幕聖会に出席しました。そこで悔い改めの思いが、火山のように沸々と燃え始めした。夜更けの3時ごろ、突然、聖霊の力が臨み、口からは聞いたことのない言葉が出て、火だるまみたいに熱くなったということです。彼女は聖霊のバプテスマを受けてから、神学校に入り、伝道者になります。そして、おんぼろ天幕から伝道し、チョー・ヨンギ師と出会うわけです。まさしく、「人にはできないが神にはできる」であります。

 実は、この聖書を書いたマルコにも、同じような経験がありました。いや、マルコは「富める青年」に自分を見ていたに違いありません。マルコの家はエルサレム市内にあり、最後の晩餐やペンテコステの日にも、用いられていたようであります。家が広く、女中もいたり門があったりで、かなり裕福だったことが分かります。マルコ14章の「ある青年」は、マルコ自身だと言われています。彼は最後の晩餐のあと、弟子たちのあとを着いて行きました。ところが、兵士たちがイエス様を捕らえたとき、弟子たちはイエス様を見捨てて逃げました。そのとき、素肌に亜麻布を1枚まとったままの青年が近くにいました。人々が彼を捕らえようとしたとき、彼は亜麻布を脱ぎ捨てて、はだかで逃げたのであります。マルコはよく逃げる人で、第一次伝道旅行のときも、途中からエルサレムに帰りました。苦労知らずの、お金持ちのボンボンだったからかもしれません。ところが、彼はやがて、ペテロの通訳者となってローマで用いられます。やがて、この「マルコによる福音書」をまとめたと言われています。「富める青年」の物語は、マタイやルカにも書かれています。でも、マルコだけに書かれている言葉があります。それは、21節の「イエスは彼を見つめ、その人をいつくしんで言われた」です。イエス様はとても冷たそうでありますが、そうではありません。「彼を見つめ、いつくしんで言われた」のです。「いつくしむ」とは、「愛して」であります。イエス様は富める青年を愛して、そう言われたのです。おそらく、マルコ福音書の著者マルコは、同じイエス様のまなざしを受け止めたに違いありません。「あの富める青年は顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。私も自分の命が惜しいので、何度も立ち去った。しかし、もう逃げはしない。何もかも捨てて、イエス様に従おう」と決心したのです。みなさんは、イエス様のまなざしを想像できるでしょうか?一番弟子のペテロも「イエス様を知らない」と3度も否みました。その直後、裁判所から出てきたイエス様が、ペテロを見つめられました。イエス様のまなざしはどのようなものだったでしょうか?血走った、怒りの目でしょうか?「情けないなー」という軽蔑の目でしょうか?いいえ、そうではありません。いつくしみの目、愛のまなざしであります。だから、私たちは立ち返ることができるのです。「人にはできないが神にはできる」。このイエス様の愛に触れたとき、かたくなな心が解かされるのです。どうぞ、愛といつくしみに富んでおられるイエス様に出会いましょう。そして、イエス様を人生の主として受け入れて、従って行きましょう。

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