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2007年3月25日 (日)

ヘロデヤとその娘      マルコ6:19-29

バプテスマのヨハネは、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」と、主の道を備えた最後の預言者であります。彼はイエス・キリストに洗礼を授けたのち、しばらくたって、ヘロデによって捕らえられました。なぜなら、彼はヘロデに対して「兄弟の妻を自分のものとしていることは不法だ」とさばいたからであります。きょうの箇所は、バプテスマのヨハネがどのようにして殺されたのか記しています。ですから、読んでもあまり恵まれる箇所ではありません。みなさんも、「神様に仕えたバプテスマのヨハネがなぜ、このように殺されなければならないのか!」と憤りを覚えてしまうでしょう。残念ながら、悪が栄えるときがあるのです。でも、それは一時的であります。きょうは、「こういう人たちのようになってはいけませんよ」と反面教師的に、学びたいと思います。

1.二心のヘロデ

 ここに出てくるヘロデは、ヘロデ大王の息子、ヘロデ・アンテパスであります。彼は「王」と呼ばれてはいますが、本当は王ではありません。その当時はローマが世界を支配して、カイザルが王でありました。しかし、ユダヤの地方は治めるのがむずかしいので、国主という中間的な支配者を置いていたのです。いわば、ヘロデはローマから雇われている王様だったのです。最近、日本では「県知事の待遇が行き過ぎるのでは」とずいぶんマスコミでたたかれています。人は権力を持つとだんだん腐敗するものでありますが、ヘロデも同じでした。彼は異母兄弟の妻、ヘロデヤを奪って、自分の妻にしました。ヘロデヤには前の夫との娘(連れ子)がいました。ヨセファスという歴史家は、その娘の名はサロメであったと記録しています。このサロメが王の誕生日に、あやしげな踊りをしたのであります。ヘロデは大変、喜んで「何でもほしい物を言いなさい。お前が望むなら、私の国の半分でも、与えよう」と誓いました。さきほども言いましたが、彼は本当の王ではなく、国主、知事です。それなのに大きな口をたたいたのであります。サロメが母ヘロデヤのところに行って「何を願いましょうか」と聞きました。すると「バプテスマのヨハネの首を」と言うので、そのままヘロデに伝えました。ヘロデは、「そんな馬鹿な願いを聞くわけにはいかない」と退けることもできたはずですが、メンツを気にして、受け入れました。気持ち悪い話ですが、ヨハネは首を切られ、その首が盆に載せられて運ばれて来ました。本当に、神様がおられるのだろうか?どうしてこういう横暴が許されるのだろうか!と言いたくなります。しかし、歴代の預言者の多くはこのように殉教して行ったのであります。

 まず、私たちはヘロデという人物に焦点を当てて、反面教師的に学びたいと思います。マルコ6:20が彼の性格を表しています。マルコ6:20「それはヘロデが、ヨハネを正しい聖なる人と知って、彼を恐れ、保護を加えていたからである。また、ヘロデはヨハネの教えを聞くとき、非常に当惑しながらも、喜んで耳を傾けていた」。ヘロデは根っからの悪党ではありません。彼はバプテスマのヨハネが正しい聖なる人であると知っていました。また、彼はヨハネの教えを非常に当惑しながらも、喜んで耳を傾けていました。それなのに、ヨハネを解放しないで、そのまま牢に閉じ込めていたのであります。こういう性格の人をこの世では、優柔不断とか、中途半端と言うかもしれません。でも、聖書ではこういう人を「二心の人」と言います。ヤコブ1:6-8「疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。そういうのは、二心のある人で、その歩む道のすべてに安定を欠いた人です」。一人の心の中に、神様を信じたいという思いがあります。しかし、一方では、「信じるといろいろ、不自由なことが起こるからやめよう」という思いもあります。ヘロデは国主であったので、ある程度の権力が与えられていました。しかし、神様に従うと、おいしいところがとられてしまいます。だけど、全く信じないというわけにもいかない。このような人、私たちのまわりにいないでしょうか?みなさん、この世を愛しながら、同時に神様を愛することはできません。イエス様も「二人の主人に仕えることはできない」と言われました。しかし、私たちはヘロデのことを悪くは言えません。だれでも、ある程度は、ごまかして生きています。クリスチャンの中には、学校の先生もおられるでしょう。教会では創造主なる神様をほめたたえています。でも同じ人が、学校へ行くと進化論を教えています。そうしなれば、食べていけないからです。牧師でもそういうことがあります。普段は、「私たちは、主のしもべです」と謙遜にしています。でも、何かの大会の委員会に出かけると、席の順番を気にしたりします。大きい教会を牧会している先生は、重んじられる傾向にあります。ある牧師が日曜日、聖書から「病の癒し」の説教をしたそうです。帰り際、来られた方が「風邪で弱っています」と言いました。牧師は思わず「お大事にしてください」と答えたそうです。病の癒しのために祈れなかったわけです。

 こういうお話があります。イギリスのある村のことです。長い間、雨が降らないので、「教会に集まって、みんなで神様にお祈りしよう」ということになりました。いわゆる、雨乞いであります。ひとりの女の子が、傘を持ち、長靴をはいてやってきました。大人たちは、こんなに天気が良いのに、なんという格好をしているんだと笑いました。それから、教会に集まった人たちは雨が降るようにお祈りしました。午前中は非常によく晴れていました。ところが、お祈りが終わったあたりから急に空が暗くなりました。祈り会が終わった後、雨の中を、傘をさして帰った人は、あの女の子一人だったそうです。私たちも神様に祈りながらも、「もし、きかれなかったら、こうしよう」と逃げ道を作るものであります。こういうのを二心の人と言います。二心の人が良く言うセリフがあります。「信仰だけでは飯が食えない」「しかし、現実はきびしいから」「理想と現実は違うから」・・・これは霊の世界をみくびっている人であります。見える世界は、見えないものから造られたと聖書は言っています。神様が発せられることばは、単なることばではありません。「光があれ」とおっしゃるならば、「光がある」のです。私の母教会は神奈川県ですが、青年会には多くの若者たちが集まっていました。ある人たちは、この世を愛し、また同時に神様を愛していました。聖書を信じながらも、この世の基準で生きていたのです。まことに残念ですが、今はそういう人たちは教会にほとんど残っていません。結婚と同時に教会に来なくなった人もいます。ある試練にあってから、躓いて来なくなった人もいます。青年よりも、ある程度、年配になってからイエス様を信じた人は、「もう、これしかない」と教会を離れません。なぜなら、やっとつかんだ救いですから、ありがたみが違います。また、不幸のどん底から救われた人も、「もう、これしかない」と離れません。私なども、「イエス様から拾われた」と思っております。イエス様を信じたのではなく、イエス様から拾っていただいた、これが真実ではないでしょうか。まことの救い主に出会った人であるならば、この世を愛するわけにはいきません。

「自分の信仰は中途半端だなー」と思う人は、本当の意味でイエス様に出会う必要があります。イエス様は、ヨハネ14:6で「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」と言われました。神様に行く道は、One way、1本道であります。あるクリスチャンが、「私は天国に行けるという確信がありません」と言いました。よく聞いたら、その人は家に先祖の仏壇を置いて拝んでいるとのことです。その人は、「私はイエス様も信じているけど、仏教も捨てがたい」と言いました。私はわかりました。「だから、この人は天国に行ける確信がないんだなー。この人は、二心の人だから安定がないんだ」とわかったのです。みなさん、信仰は単純なものです。私の罪のために十字架にかかって、復活してくださったイエス様をまず信じることです。そして、「私はイエス・キリストを救い主、人生の主として受け入れます」と口で告白します。そうすると、神様の信仰が自分の中に与えられます。不思議なことに、「信じるぞ!」と力まなくても、信じることができます。つまり、信仰というのは、神様からの賜物なんです。でも、だからと言って、そのままにしておけば良いというものでもありません。私たちの側の責任もあります。どういう責任かと言いますと、神様を心から愛することと、神様に従うことであります。そのためには、私たちの意思も必要なのであります。神様を愛し、神様に従おうとすると、信仰がだんだん成長して行きます。そして、不可能なことも信じられるようになるのです。たとえ自分が望んだとおりなくても、「ハレルヤ!感謝します!」と言えるのです。なぜなら、神様が私を愛しておられることを知っているからです。どうぞ、イエス様を受け入れ、1つ心で神様を信じて行きましょう。そうすれば、祝福と幸いがあとから着いてきます。たとい、祝福と幸いがなくても、信じて行きましょう。そういう場合は、天国において、幾倍もの報いが与えられるからです。アーメン。

2.ヘロデヤとその娘

 この物語を見ますと、娘サロメの意思というものが全くないことに気づきます。ヘロデが「おまえの望むものなら、私の国の半分でも、与えよう」と言ったら、どう答えるでしょうか?普通の少女だったら、「お人形」とか「綺麗なドレス」と答えるでしょう。現代では携帯電話とかゲーム機と言うかもしれません。ところが、彼女は自分ですぐ答えるのではなく、お母さんのところに行きます24-25節、そこで少女は出て行って、「何を願いましょうか」とその母親に言った。すると、母親は、「バプテスマのヨハネの首」と言った。そこで少女はすぐに、大急ぎで王の前に行き、こう言って頼んだ。「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を盆に載せていただきとうございます。」普通の女の子だったら、「お母さん、何を馬鹿なことを言うの?」と断るでしょう。でも、サロメは「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を盆に載せてください」と頼んだのであります。私は母ヘロデヤと娘の関係は、少し異常だと思います。でも、こういう関係は、私たちのまわりに結構あるのではないでしょうか。お母さんと娘がくっついている関係、専門的には、こういうのを「母子密着」、あるいは「共依存」と言うようであります。何年か前に、チェンジング・キャンプで、石原牧師が同じところから話されました。先生のお話を少し引用したいと思います。

王様が10歳くらいの子どもに「欲しいものを言いなさい」と言った。そうしたら「お母さん」と言ったので、これは良い子である。私たちはこういう子供を育ててきた。そして、「言いつけをよく聞く子になりなさい」「親の言うことにちゃんと従う人間になりなさい」と育ててきた。みなさんの教育の基準がヘロデヤのようであったならば、子育てに成功したことになる。果たしてどうだろうか。お母さんの言うことを何でも聞く。子供も何が欲しいかと言われたら、「お母さんに相談してから決めなさい」ということをちゃんと実行している。みんなの前で実行しているので、お母さんに恥をかかせない、良い子供に育った。そして近所の人たちから言われるだろう。「お宅の子供は本当に良く育ったね。親の言うことを良く聞いて」。私もこういう話をいっぱい聞いた。そういう子に限って、結構、その後、大きな問題を起こす。しかし、私たちはどういう人になるべきであろうか。「何でも欲しいものを言いなさい」と言ったら、自分で欲しいものを言っていいのである。お母さんに聞く必要はない。自分がもらう権利があるのだから、欲しいものを言えばいいのである。問題は少女が「お母さーん。お母さん何が欲しい」とか言って、自分の欲しいものではなく、お母さんの欲しいものを聞いたことである。そうしたらお母さんが「ヨハネの首」と、異常なものを欲しがった。「預言者の首」とか言って、この世で最も恐ろしい首だと思う。しかし、それを聞く娘も異常である。「はーい」とか言って、殺人事件が起ころうとしているのに何とも思わない。お母さんの命令だから言うことを聞く。これはどういう問題だろうか。おそらく、ヘロデヤはヒステリックな女だと思う。大体、想像がつく。ヒステリックなために娘はいつもビクビクしている。娘はヒステリックなお母さんの言うことをきかないと、ご機嫌をそこなって、家から追い出されるかもしれない。だったら、お母さんの言いなりにならないとまずい。そして、ヒステリックなお母さんの言うなりになった娘、良い子になる決心をした娘がそこにいた。

私は5年くらい前にはじめて、「共依存」とは何かということを知るようになりました。実は、ヘロデヤと娘のパターンを共依存と言うわけです。石原先生もおっしゃっていますが、ヘロデヤはヒステリックなお母さんでしょう。娘のサロメは親の言うことを聞く、良い子に育てられました。しかし、本心はお母さんの言いなりになるのは嫌なのです。でも、逆らったら家から追い出されてしまう。生き延びるために、しかたなく言うことを聞いている。だから、娘の心の中には、お母さんに対する怒りがいっぱいつまっている。ヘロデヤのイライラベルトが娘がかけられ、ふりまわされている状態です。石原先生が考えた12の質問があります。3つくらいあてはまると、共依存の傾向があるそうです。8つ以上だったら、もう立派な共依存です。日本人は共依存の傾向があります。みなさんはどうでしょうか?では、順番にテストしてみたいと思います。

①自分の人生を送ることができず、父や母の代理として人生を送っている。つまり、自分がない。

②人の評価を非常に気にする。世間体がとっても気になる。

③時々、他人の問題を自分のように苦しむ。他人と自分との境界線が曖昧である。

④他人に自分がいなければ生きていけない環境を作りたい。「あなたは本当にひどい人間なので、私がいなければ生きていけない。あなたはたくさんの問題があって私がいないと生きていけない」と言う。世話をすることによって、生きがいを感じている。

⑤何が正しいか、時々わからなくなる。聖書の言うことか、お母さんの願いか曖昧になってくる。

⑥完ぺき主義で他人の問題に首をつっこみ、正そうとする傾向がある

⑦正直に本音が言えず、時々、嘘を言う。「ノー」と言えない。

⑧親密な人間関係が持ちづらい。どうしても心の中に入っていけない

⑨良い子になって自分の悲しみや怒りに蓋をしている。それを表現することがすごく怖い。

⑩過度に責任を引き受けたり、逆にストレスがたまって爆発して無責任になったりする。

⑪自分で決めることができない。決断をするとき、親的な人に承認を求めたりする傾向がある。

⑫罪悪感が強い。罪でないことでも罪悪感を覚える。自分に対する自己評価が低い。

 短い時間に、共依存からの解放について話すことはできません。一番、多いパターンは、ヘロデヤと娘のような関係です。ヘロデヤはものすごくヒステリックで、怒りで子どもや夫をコントロールします。夫はおしん役。娘は仕方なく言うことを聞き、良い子を演じます。もう1つのパターンは、父親がアルコール中毒か、ギャンブル中毒。彼は乱暴な言葉や暴力で子どもや妻をコントロールします。妻がおしん役です。娘は母から父の悪口をいっぱい聞かされます。娘が大人になったら、父親と同じような男性を探して、世話をします。娘ばかり強調されていますが、息子も親と共依存の関係になることもあります。服部先生は、「巨人の星」の星一徹と星飛馬が共依存の関係であると言っておりました。また、「のびたとどらえもん」も共依存の関係です。他に、プロゴルファーのさくらとお父さん、レスリングのアニマル浜口とその娘、卓球の愛ちゃんとそのお母さん、狂言の和泉元彌(もとや)親子もそうかもしれません。子どもが親の夢をかなえてあげるために頑張っているような気がします。あんまり言うと怒られるかもしれません。つまり、共依存とはアル中やヒステリーなど、問題のある人を助ける役であります。「私がいなければ」と助けると、当人は問題を解決してもらうので痛みを感じません。その結果、治るのがずっと遅くなります。一番良いのは、問題のある人を放っておくことです。その人が苦しんで、「これではイカン」と反省するか、死ぬかどちらかです。私たちには人を変えたり、救ったりすることができないということを自覚すべきです。では、だれがやるのでしょうか?それは神様です。神様にゆだねるということがとっても大切です。一番大事なのは、問題のある人ではなく、あなた自身が救われることです。以前は、ヒステリックなお母さん、もしくはアル中の父によって、ベルトをかけられて振り回されていました。そのベルトを一旦はずして、父なる神様にベルトをかけなおすのです。父なる神様は愛であり、善であり、正しいお方です。この方と結ばれると、あなたがあなたらしくなるんです。では、あなたの近くの問題のある人をどう助ければ良いのでしょうか?さきほども言いましたが、私たちは人を変えたり、救ったりすることはできません。私たちができるのは、本人が正しい選択をして、行動ができるように助けることです。決断と実行は、当人の問題です。これは、子育てでも同じです。私たちは良い機会やアドバイスを提供することはできます。でも、最終的には、子ども自身が決断と実行するしかありません。すばらしい希望は、その子どもが神様と結ばれているなら、神様から力がやってきます。私も神様と結びつき、子どもも神様と結びついている。これが一番です。

 共依存のもともとの原因は、親との関係からはじまったものでした。でも、その人が共依存的な体質を一度持ってしまうと、夫との関係、妻との関係、子どもとの関係、上司との関係、友人との関係、牧師との関係・・・ぜんぶ共依存にしてしまいます。相手の言いなりになって、「ノー」と言えない。いつも人の世話ばかりして、心の中には怒りがいっぱいあります。人にふりまわされて人生が終わってしまいます。しかし、日本人の多くは共依存体質を持っています。自分で決断して、行動することが苦手です。人の顔色を見て、戦々恐々と生きています。私たちには絶対者なる神様が必要です。人との関係の前に、まず神様との関係を持ちましょう。人からどう思われるかの前に、神様がどう思われるかを問いましょう。本当の神様は全知全能なだけではなく、愛なるお方です。また、聖書には絶対的な基準が書いてあります。聖書をみことばと言いますが、みことばが何と言っているか。みことばに従うことを第一にすると、本当に自由になります。イスラエルの人たちは律法によってがんじがらめで生きていました。しかし、日本人は世間体で、がんじがらめで生きています。聖書は、「キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい」(ガラテヤ5:1)と語っています。

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2007年3月18日 (日)

短期宣教       マルコ6:7-12

 日本の学校教育は西洋のスタイルを真似たものであります。しかし、日本古来の教育は寺子屋とか塾であり、今とはかなり違っていたのではないかと思います。また、知的なものばかりではなく、生活の術とか、何かの技術を会得させることも必要だと思います。その点、ユダヤ人は、まことにバランスのとれた教育をしていたようであります。「教育ママ」は英語で「ジューイッシュ・マーム」と言うようですが、日本人の「教育ママ」とは違います。神の法に基づいた生きた教育をしていたと思います。また、イエス様の弟子たちへの訓練は、今の神学校とかなり違います。一言で言うなら、体験的に教えていたということです。

1.短期宣教の戦略

 マルコ3章には、イエス様が12弟子を任命した記事が記されていました。それは、彼らを身近に置いて訓練するためでした。イエス様は彼らと生活を共にしながら、教えて来られました。そして、ある程度、時間がたってから、これまで学んだことを実践する機会を与えました。それがきょうの箇所であります。イエス様は短期間ではありますが、弟子たちを伝道旅行に遣わしました。そのとき、大切なことを3つ教えておられます。そのことを「短期宣教の戦略」と言って良いかもしれません。

①チームワーク

マルコ6:7「また、十二弟子を呼び、ふたりずつ遣わし始め、彼らに汚れた霊を追い出す権威をお与えになった」。イエス様が弟子たちを二人一組で遣わしたのは、チームで伝道するためです。このときはだれとだれがコンビになったのかは定かではありません。使徒の働を見ますと、やはり二人ひと組で伝道しているのが分かります。たとば、使徒3章には、「ペテロとヨハネ」「ペテロとヨハネ」と何度も出てきます。また、アンテオケ教会から、「バルナバとサウロ」を遣わしました。その後で、「パウロとシラス」「バルナバとマルコ」と二チームを遣わしました。一人よりも二人が良いのであります。伝道の書4章に、すばらしいみことばがあります。「ふたりはひとりよりもまさっている。ふたりが労苦すれば、良い報いがあるからだ。どちらかが倒れるとき、ひとりがその仲間を起こす。倒れても起こす者のいないひとりぼっちの人はかわいそうだ。・・・もしひとりなら、打ち負かされても、ふたりなら立ち向かえる」。このみことばは、結婚式でも引用されますが、奉仕の上でも適用することができます。私が神学生のとき、伝道実習というクラスがありました。川越だったと思いますが、先輩と二人一組で家々を訪問しました。私はドアを開けるなり、主婦の方に「神様はおられます。あなたも信じたら、生活が変わります」みたいにストレートに語りました。その方は驚いて、立ちすくんでしまいました。先輩は欠かさず脇から口をはさみ、「この近くに新しく教会ができましたので、ぜひお越しください。チラシを置いていきます」と言いました。私はそのとき、「ここで伝道しなければ」と思ったんです。ところが、それはやり過ぎだったようです。その先輩は、京都で喫茶店伝道をしていたので、言葉が上品でとても洗練されていました。元現場監督にはセールスみたいなことは、むずかしいなーと思いました。あのときは、みんなで出掛けたので、なんとかできました。

また、二人で行くには、もう1つの理由があります。それは互いに祈り合うことができるからです。マタイ18章に「もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからですとあります。互いに祈り合うことによって、信仰が燃やされます。また、それぞれの賜物を補い合うこともできます。何年か前に、台湾に伝道旅行に行ったときがありました。そのときは新松戸の津村先生と共に祈ることができました。また、手束先生がメッセージした後、津村先生が一人ひとり癒しの祈りをしました。私は、祈られた人が後ろに倒れても大丈夫なように、支える役をしました。台中のある教会で奉仕したとき、オルガンを弾いていた若い姉妹がいました。集会後、お母さんが「娘のためにお祈りください」とその姉妹を連れて前に出てこられました。津村先生が「病の霊よ、この娘から出て行け」と命じました。驚いたのか、人々が後ろへ、2,3メートル、ぱーっと引きました。その教会は長老教会だったので、そういうことをしたことがなかったようです。伝道旅行はすばらしいです。弟子たちもそうだったと思いますが、何か特別な力が与えられます。柏兄弟もカンボジアやフィリピンに短期宣教に行かれたことがあります。日本では一信徒であったとしても、外国に行くと、いっぱしの伝道者であります。あちらでは、日本から来たというだけで、「おおー」と一目置かれるわけです。不思議なことに、日本人が祈ると人々が癒され、救われたりします。一番驚いているのは、当人でありす。本当に、目覚しいことが起こるんですね。とにかく、伝道は二人もしくは、チームで行くと良いです。励まし合い、助け合い、祈り合うことができるからです。

②必要は与えられる

マルコ6:8 また、彼らにこう命じられた。「旅のためには、杖一本のほかは、何も持って行ってはいけません。パンも、袋も、胴巻きに金も持って行ってはいけません。くつは、はきなさい。しかし二枚の下着を着てはいけません。」私は、おそらく、1週間程度の短期宣教であったと思われます。いきなり、「1年間、行って来い」といわれても、それは無理であります。しかし、着替えやお金も持たないで出掛けるというのは、勇気がいります。だいたい、どこに泊まるでしょうか?食事にありつけるのでしょうか?これは大問題であります。私はこう思います。弟子たちは、人々の病を癒したり、悪霊を追い出したことでしょう。また、ある人は福音を信じて救われたでしょう。人々は感謝と喜びを具体的に現わしたいために、「まあ、どうぞ、どうぞ」とばかり、弟子たちをもてなしたのではないかと思います。普通だったら、高い医療費がかかるのに、ただで直った。あるいは、お金で買えない喜びが与えられた。「いやー、ありがとうございます。今晩、私の家でお泊りください。どうぞ、どうぞ」と言われたんじゃないでしょうか。Ⅰコリント9章で、パウロは、「もし私たちが、御霊のものを蒔いたのであれば、あなたがたから物質的なものを刈り取ることは行き過ぎでしょうか」と言っています。香港のベン・ウォン師は、MTCと言いまして、教会で独自のクラスを持っています。Mはミッションでありますから、宣教トレーニング・クラスかもしれません。一年間に3つの伝道旅行に遣わします。最初は、土日月の3日間です。ベン先生は彼らにこう言います。「週末、教会に来てはいけない。家にも帰ってはダメ。お金も持ってはいけない。ただ、イエス様に祈りなさい。神様が私をどこへ遣わすか、だれに話したら良いか、だれを救いたいのか、だれに仕えたら良いのか祈りなさい。食べるものが与えられたら食べて、泊まるところが与えられたら泊まりなさい。泊まるところがなかったなら、道端か公園で寝なさい。さあ、行きなさい」。若者たちが、3日後に、帰ってくると、ワンダフル。「私も、私も」と、たくさんの証をするそうです。3つ目の伝道旅行はフェイス・ミッション・トリップ、「信仰伝道旅行」であり、新婚旅行ではありません。彼らを2週間放り出します。彼らを5人、1チームで中国の町などに派遣するわけです。全く知り合いのいないところです。どこに泊まるか予約しないで、少しのお金だけ持っていきます。電車の往復チケットだけを渡します。だから、ホテルにも泊まれません。祈って行くと、神様が道を用意してくださることを経験します。人からお金を求めてはいけませんが、働いて食べさせてくれるところでは働きます。イエスの御名によって、彼らの人生が変わるそうです。これは、頭のトレーニングではなくて、人生のトレーニングであります。

経済的な問題に対する信仰は、最も大きな訓練の1つです。このことで、主が本当に生きておられるということが分かるからです。私も5日間だけですが、韓国の先生と、宇都宮に伝道旅行に行ったことがあります。宇都宮の駅から適当なバスに乗って降りました。近くの電話ボックスから、電話帳を見て、いろんな教会に電話をかけました。「今、牧師がいないので」「主任牧師と相談してからでないと」とか、言われました。日本キリスト教団の四條町教会の牧師が、「あんた方、面白いことするねー」と、車で迎えに来てくれました。レストランでお昼をご馳走なりながら、自分たちがだれで、どのようなお手伝いができるか話しました。そして、その教会の周りの家々を訪問しながら、特別集会のチラシをくばりました。夜は、バザーの品物が置いてある部屋で寝袋で寝ました。いやー、朝いただいたトマトがとてもおいしかったです。次の日は、宇都宮福音キリスト教会に行きました。そこでは、道端に立って辻説教というのを試みました。韓国の先生に、「恥ずかしいなー」と言ったら、「イエス様やパウロは道端で説教をしましたよ」と言われました。「ご近所のみなさん。私は東京の葛飾から伝道にまいりました。私は高校生のとき、野球で有名な、落合博之の同級生でした!」。やったら、できるものであります。一人の女子高生が「イエス様を信じます」と言ってくれたので、彼女のために熱く祈りました。その夜は、クリーム・シチューをごちそうになりました。3泊4日の旅でしたが、1日が3日分くらい濃かったです。でも、ストレスがあまりにも大きかったので、それ以来、訪問伝道はやっていません。でも、出て行くとなんとかなるんですね。まことに「主の山には備えあり」であります。

③1つの家を拠点とする

 マルコ6:10「また、彼らに言われた。「どこででも一軒の家にはいったら、そこの土地から出て行くまでは、その家にとどまっていなさい」。ルカによる福音書には、町には平安の子がいるものだと書いてあります。平安な子とは、霊的に備えられた人、あるいは影響力のある人です。1つの家にとどまりながら、その町を伝道するわけです。使徒パウロも同じ戦略を用いました。パウロは始めてヨーロッパに渡り、ピリピの町で説教しました。使徒16:14-15、テアテラ市の紫布の商人で、神を敬う、ルデヤという婦人が聞いていたが、主は彼女の心を開いて、パウロの語る事に心を留めるようにされた。そして、彼女も、またその家族もバプテスマを受けたとき、彼女は「私を主に忠実な者とお思いでしたら、どうか、私の家に来てお泊りください」と言って頼み、強いてそうさせた。ピリピでの初穂は、ルデヤの家族でした。パウロは、彼女の家を基地にして、伝道したものと思われます。でも、それは彼女の家の祝福にもなったと思われます。韓国では、伝道者を喜んでもてなし、家の祝福のために祈ってもらうそうです。申賢均先生から聞いたことがありますが、お風呂上りに、新しい下着がちゃんと用意してあるそうです。そして、家族全員が、先生から按手してもらうわけです。日本ではこういう習慣はありませんが、イスラエルでは、預言者がいつでも泊まれるように、屋上の間を用意していたようです。ある伝道者が兵庫県の高砂教会に行ったとき、ホテルに宿泊させられたそうです。その先生は「ワシをホテルに放っている」と文句をつけたそうです。その次は、教会のゲストルームに宿泊しました。しかし、高砂教会は信徒の出入りが朝から晩まであるので、騒がしいんですね。そのため、先生は、「うるさくてかなわん、次からはやっぱりホテルでいいわ」と言ったそうです。

 それはともかく、初代教会の頃は、家の教会が伝道の拠点でした。パウロの手紙の最後を見ますと、「その家の教会によろしく」という表現が、何べんも出てきます。現代は建物のある教会が、基地みたいで、人々は遠くから通ってきます。しかし、日曜日ではなく、ふだんクリスチャンが住んでいるところが、宣教地であります。ですから、「我が家は、自分が住んでいる地域の灯台なんだ」と思わなければなりません。各々が、ご自分の町のために、祈る責任があります。そうしますと、その町にリバイバルがやってきます。私が宇都宮に行ったとき、教会の周りの人たちは、快く迎えてくれました。「ああ、あの教会から来たのですか。うちの子供たちが幼稚園でお世話になったんですよ」と言ってくれました。でも、教会のない別の町へ行くと、人々の反応が本当に冷たかったですね。その町にどれくらいクリスチャンがいるかわかりませんが、霊的に冷たいという感じがしました。この亀有教会に来る、来ないは別として、ご自分が住んでいる地域の人たちのためにとりなす必要があると思います。そして導かれたならば、家庭を開放して、セル集会をもたれたら良いと思います。牛久の恵泉キリスト教会は、クリスチャンの家庭をベースにして開拓伝道をしています。クリスチャンの家族が転勤などで遠くへ引っ越したとします。普通なら、近くの教会へ行ってくださいと言いますが、その教会はそうではありません。「ご家族で、教会をはじめてください」とチャレンジします。母教会が牛久なのに、茅ヶ崎とか小平、戸田に開拓教会ができています。だいたい、牛久教会の母教会は山形の米沢なんですね。若者が学校を卒業すると、米沢から東京に就職します。その若者たちのために、関東に家の教会を作っちゃうのですね。その家の教会が、やがて教会になるんです。その方式をストロベリーなんとか方式と言うそうです。みなさんは、イチゴを栽培したことがおありでしょうか?イチゴは葉っぱつきの枝が何本か伸びて、そこに根を張ります。しばらくは、親から栄養をいただいていますが、やがて独立するわけです。それでどんどん増えていきます。教団が教会を開拓するのは難しいですが、教会が母体になると効率よくできます。遠くの方は、日曜日、ご家庭で礼拝を持っても構わないんですよ。そこに未信者の夫やお母さん、あるいは子どもを出席させるのです。メッセージは金曜日か土曜日にメールで送ることができます。また、ホームページには、日曜日の午前9時には、その日のメッセージを見ることができます。だれか、その原稿をメッセージ代わりに読むことができます。実行された方は、後で人数を報告してください。ついでに、礼拝の献金もおささげください。家の教会は、地域を伝道するために、イエス様が教えた力強い方法です。あなたの家を地域のベースキャンプにしてください。あなたの家を地域を照らす、家の教会にしてください。

2.実践の必要性

 現代の神学校は建物の中に生徒を集め、三、四年、知識を詰め込めるだけ詰め込みます。そのあと、ポンと教会に牧師として派遣します。もちろん、数年、副牧師とかインターンのときはあります。でも、彼らは聖書の知識はあっても、技術がありません。知識がたくさんありすぎるため、恐れがあり何もできません。実際に使う以上の知識があり、かえって、それが邪魔になるわけです。しかし、イエス様の方法は現代の神学校とは全く違います。まず、教室スタイルではなく、生活を共にしながら教えました。一度に全部教えるわけではなく、少し教えてから、実践させました。すると、それまで学んだ知識を現場で生かすのです。頭で思っていたのと違うときがあります。失敗したら、どうして失敗したか分かります。水泳やゴルフもそうですが、一度、体得すると、体が覚えていますので、時間をあけても、すぐまたできます。頭の知識だと、すぐ忘れますが、体で覚えたものは忘れません。イエス様はこのように、体験的に教えたわけであります。先日、来られた香港のベン・ウォン先生は、「日本人の牧師は、知識は有り余るほどある。しかし、その知識を生かすスキル(技術)が乏しい。知識の問題ではなく、技術の問題である」とおっしゃっておりました。私が教えた「すずめの学校」あるいは、水曜・木曜日の勉強会、やっぱり知的な方に傾いていました。実践というか、技術を習得することに対して、疎かったと思います。勉強会に出ていない人でも、解放のキャンプでスポンサーをした人は、魂を扱う技能を持っていらっしゃいます。本当に偉いなーと思います。その人たちが韓国へ行って、「ああ、聖書の知識も必要だ」と気づいて、夜、集まって勉強しています。ですから、バランスが必要です。頭の知識だけではなく、実際に行うための技術であります。さらに、ベン・ウォン先生から「個人的に会って、リーダーたちをコーチングしていますか?」と聞かれました。グループでの勉強も良いけれど、その人を建て上げる目的をもって個人個人と時間を取る必要があるということでした。「いやー、やっていないなー」と反省させられました。雑談をする時間はあっても、目的を持って会うということはやっていません。ただ、問題が起こったときだけ会うわけです。それだと、「消防の火消しと同じだ」と言われました。そのため、牧師は問題の火を消すために走り回らなければなりません。「どうして、問題がない健康なときに、訓練しないのか」と言われましたね。そうですね。これから直面するであろう問題に対して、前もって教えておけば、将来、自分たちで解決できます。問題が起きてからだと、傷付け合うことが多くなるからです。「本当のリーダーシップは、自由にさせることではなく、ファザーリングすることである。ファザーリングとは、養育と訓練である」と教えられました。ああ、この年になって、またパラダイム・シフトが必要なのか、と愕然としました。みなさん、パラダイム・シフトとは、天動説から地動説になるような転換であります。昔、教会が天動説を唱えていたとき、コペルニクスという科学者が地動説を唱えました。パラダイム・シフトとは、私たちのこれまでの考えや生き方を全く換えることであります。これまでの、価値観を換えると言っても良いでしょう。それは、イエス様を信じたとき、だれでも経験なさられたと思います。でも、そればかりではありません。信仰生活を送って行く上で、いくつものパラダイム・シフトが必要であります。私たちは、案外、変えるべきところがあるのに、盲目にさせられていているのかもしれません。そして、これまでの古い方法にしがみついて暮らしているのです。でも、それは神様のみこころに反しており、神様の法則と逆のことを行っているわけです。それでは、効率が上がるわけがありません。時間とエネルギーの浪費であります。

どうぞ、みなさんも聖霊様が静かな御声で、「あなたのこのことを、パラダイム・シフトしなさい」と促してはいないでしょうか。パラダイム・シフトは方向転換という意味の悔い改めとも言って良いでしょう。パラダイム・シフト、悔い改める点があるならば大胆に悔い改めましょう。そして、主が用意しておられる契約の内を歩みましょう。古い馴染みの道を、新しい道に換えるためには勇気が必要です。また、新しい習慣が身につくまでは、数ヶ月かかるでしょう。私たちは、天国に行くまで、何度もパラダイム・シフト、悔い改めが必要なのであります。大胆に、方向転換いたしましょう

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2007年3月11日 (日)

不信仰に驚かれた    マルコ6:1-6

仮りにですが、みなさんが手術を要する病気にかかったと過程しましょう。病院に行かれるとき、近いところを選ぶでしょうか?それとも、隣町の病院を選ぶでしょうか?案外、私たちは近場よりも遠くの病院を選ぶんじゃないでしょうか?なぜなら、近くの病院の悪いうわさを聞いているからです。また、キリスト教会に行く場合、近所の教会に行くでしょうか?それとも、駅をいくつか飛ばして、遠くの教会に行くでしょうか?柏から来られている方もおられますが、亀有と柏の間に、果たして教会がいくつあるでしょうか?近くの教会よりも、遠くの教会でしょうか?病院や教会は、近場よりも遠くの方が良いように思えるのでしょうか?きょうの物語は、灯台も元暗しではありませんが、ナザレの人たちが一番、イエス様のことを知りませんでした。知っていると思っていたのに、肝心なことを知らなかったのです

1.排斥されたイエス

マルコ6:4に「預言者が尊敬されないのは、自分の郷里、親族、家族の間だけです」とあります。イエス様はユダヤのベツレヘムに生まれましたが、お育ちになられたのはナザレであります。ナザレは散らされた10部族の地であり、日が当たらない場所でした。ですから、人々は「ナザレから何の良いものが出るだろう」(ヨハネ1:46)と言っていました。神様は救い主をエルサレムではなく、そういう目立たないところで養われたのであります。イエス様は大工で生計を立て、30歳になって公生涯を始められました。仏教では出家などと言うかもしれませんが、イエス様の場合は公生涯であります。実は、イエス様がナザレを訪れたのは、これが始めてではありません。そのことはルカ4章に記されています。イエス様はヨルダン川で洗礼を受け、聖霊に満たされました。その後、御霊によって荒野に追いやられ、40日40夜、悪魔の試みを受けられ、勝利しました。イエス様は御霊の力を帯びて、ガリラヤのカペナウムに行き、宣教と癒しのわざを始めました。その後、安息日に、ナザレの会堂に入って、イザヤ書を読んで、「自分はこのようなメシヤである」と宣言されました。人々はイエス様をほめて、その口から出る恵みのことばに驚きました。しかし、その直後、「なあんだ、この人はヨセフの子ではないか」と言いました。これに対して、イエス様は「エリヤやエリシャも自分の郷里では歓迎されず、他の国で奇跡を行った」と言いました。その言葉に、会堂にいた人たちは、ひどく怒りました。立ち上がって、イエス様を町の外に追い出し、丘のがけのふちまで連れて行き、そこから投げ落とそうとしました。しかし、イエス様は、彼らの真中を通り抜けて、去っていかれました。このマルコ6章の記事は、再び、ナザレに戻られたときの記事であります。では、彼らの反応はどうだったのでしょうか?

6:3「この人は大工ではありませんか。マリヤの子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではありませんか。その妹たちも、私たちとここに住んでいるではありませんか。」こうして彼らはイエスにつまずいた。ぜんぜん、改善されていません。ここに「マリヤの子」と書いてありますが、ある人たちは、イエス様は私生児じゃないかと思っていたのかもしれません。イエス様の下には、弟が4人おりました。また妹が2以上はいたようです。ナザレの人たちは、「イエスはこの間まで大工だったし、親や兄弟も知っている。あのイエスがなんで、メシヤなんだ。普通の人じゃないか?それにしても、あの知恵や力はどこから得たんだ。おかしいなー、何か裏があるんじゃないだろうか。俺たちは子ども時代からイエスを見ているし、妹たちは嫁いで俺たちの一緒に住んでいる。イエスはただの人間だ。ただの人間が、神がかりになって、新しい宗教を起こそうとしているんだ」と、つまずいたのであります。麻原彰晃ではありませんが、今も、昔も、そのようにして、新興宗教を起こした人はたくさんいます。ナザレの人たちは「大工のせがれが、メシヤだと?エルサレムだったら分かるけど、メシヤがこんな村から出るわけがない。何かの間違いだ」とイエス様に躓いたのであります。しかし、それは人間的な見方であります。使徒パウロはⅡコリントでこのように言っています。「ですから、私たちは今後、人間的な標準で人を知ろうとはしません。かつては人間的な標準でキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません」(Ⅱコリント5:16)。「人間的な標準」とは原文は、肉によってという意味の言葉です。使徒パウロもかつては人間的な標準でキリストを知っていました。彼はキリスト者を迫害し、のきなみ牢獄に捕らえました。なぜなら、ナザレのイエスはキリストではないと思っていたからです。でも、彼はダマスコの途上に、復活のイエスと出会いました。まばゆい光の中で、イエス様の声を聞いたのです。おそらく、神からの啓示が与えられ、イエスがキリストであると分かったのでしょう。パウロは「目からうろこのようなものが落ちた」と言われていますが、霊的な目が開かれたわけです。ここに集まっておられる方は、「目からうろこ」を経験した方々だと思います。

さて、きょうの物語を私たちの信仰生活にどのように適用したら良いでしょうか?イエス様はナザレの町からも、肉親からもメシヤ(キリスト)だとは信じられていませんでした。マルコ3章にこう書いてあります。イエスの身内の者たちが聞いて、イエスを連れ戻しに出て来た。「気が狂ったのだ。」と言う人たちがいたからである(マルコ3:21)。どうでしょうか?みなさんも、自分がクリスチャンであることをお家の方やご近所に表明しておられるでしょうか?よく「家族伝道が大切だ」と言われます。しかし、私たちを良く知っている親族や家族伝道はかなり難しいですね。私はこの7月に郷里伝道に行くつもりです。2年前、1度行きました。病気の癒しに関してはとても反応が良かったです。しかし、個人伝道に対しては反発までは行きませんでしたが、ノーリアクションでした。手紙やメールを送っても、応答なしであります。遊びに行く分には良いのですが、伝道となると厳しいものがあります。果たして今年はどうでしょうか?隣町の教会で証し説教をさせていただきたいとリクエストしているところです。身内や友人はどう思うでしょうか?「ああ、ヤスだったら知っている。大変落ち着きがない子で、よく喧嘩をしていた」とか。「小さいときは青パナを垂らし、きたない格好をしていたなー」。「8人兄弟の7番目で、わがままで、意地っ張りだった」。いろいろ言うでしょうねー。ちょっと、ため息が出ます。みなさんはいかがでしょうか?お家で、自分がクリスチャンであることをちゃんと表明しているでしょうか?子どもが親に伝道するのが一番難しいかもしれません。「この間まで、おしめを換えてもらったり、おんぶしてもらっていたお前に何が分かる。親に対して、お説教かい?偉そうに?」いやー、厳しいですね。牛久の大喜多先生は、ご両親がクリスチャンです。今はやっていないと思いますが、早天祈祷会を開いていました。早天に集まるのは、ご両親と、ご近所の信徒数名です。大喜多先生が毎回、メッセージを語り、祈祷会を導きます。早天が終わると、お父さんがつかつかとやってきて「ひろし、教会のあの問題はどうなっている?」と聞きます。せめて、教会の話題に関しては、牧師と信徒の関係でありたいでしょう。でも、父親が息子を牧師として見るかどうかは、また、別問題のようです。やっぱり「ひろし」なんでしょうか?これは、悪口になるので問題ですね。みなさんは、お父さんやお母さんに対して、クリスチャンとして接しているでしょうか?初代教会は、「すべての民に好意を持たれた」とありますが、あなたは好意を持たれているでしょうか?もしかしたら、偏屈だとか、高慢なやつだと思われてはいないでしょうか?

では、イエス様の場合はどうでしょうか?ナザレの人たちのことはわかりません。でも、家族は後に救われていることははっきりしています。使徒の働き1章で、弟子たち他、120人が二階座敷に集まり、聖霊を待ち望んでいました。使徒1:14「この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた」とあります。ペンテコステに聖霊を受けた人たちの中に、母マリヤやイエス様の兄弟たちが含まれていたのです。また、弟のヤコブは初代教会の議長に選ばれました。そして、ヤコブの手紙も新約聖書にあります。また、弟のユダもユダの手紙を書いています。ユダの手紙はこのように始まります。「イエス・キリストのしもべであり、ヤコブの兄弟であるユダから、父なる神にあって愛され、イエス・キリストのために守られている、召された方々へ」(ユダ1)。ユダは自分を「キリストのしもべ」と言っています。そして、ユダの一番最後が感動します。これは、祝祷になっています。「あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン」ユダ24,25)。主イエス・キリストがいかにすばらしいお方であるか、修飾語がたくさん付いています。第一はイエス様は「あなたがたをつまずかせないように守ることができる方」と書いてあります。イエス様の家族、兄弟はつまずきませんでした。第二はイエス様は「傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方」と書いてあります。第三は「私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威があるように」と書いてあります。文法上難しいですが、イエス様が救い主であり神であるとも取れます。結論から言って、イエス・キリストを知るとは、肉眼で見て、手で触って分かるというものではありません。イエス・キリストは救い主であり、神であるとは、やはり聖霊の働きであります。だれでも、聖霊によらなければ、イエスを主であると告白できないのです。

今日、私たちは歴史の教科書や、聖書、あるいは考古学の文献でイエスが地上におられたということを知ることができます。でも、本当に救い主であり、神であるキリストと出会えるのは、恵みであります。父なる神様が、召してくださらなければ、だれ一人、みもとに来ることができません。聖霊が啓示を与えてくださらなければ、だれ一人、イエスは主であると告白できないのです。ですから、これは知識の問題ではありません。知識のまるでない幼子でも、イエス様を救い主であると信じることができるのです。大人はなまじっか知識があるので、逆に、信じられないのです。だから、イエス様は「悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、入れません」(マタイ18:3)と言われたのです。

2.不信仰に驚かれたイエス

マルコ6:5「それで、そこでは何一つ力あるわざを行なうことができず、少数の病人に手を置いていやされただけであった」。「それで」とは、不信仰であります。イエス様は6節で「彼らの不信仰に驚かれた」とあります。げー?イエス様は他の町々では、中風の人を癒し、手のなえた人を癒し、長血の女性を癒し、死人さえよみがえられました。しかし、ナザレでは何一つ力あるわざを行なうことができず、風邪とか腹痛を癒されただけでした。なぜでしょう。「どうせ、まやかしだろう。大工の子せがれが、何ができるんだ」。人々は、信仰をもって求めなかったのです。イエス様は、彼らの不信仰に驚かれました。不信仰は、ものすごい力があります。イエス様の力を締め出すほどの力があるということです。海外から多くの伝道者が日本にやって来ました。チョーヨンギ師、アナコンディア、ベニーヒン、それからメルボンドなど。私も何度も行きましたが、目覚しい癒しや奇跡は起こらないですね。アルゼンチンやアメリカでは、そうかもしれませんが、日本では小さな癒ししか起こりません。一度、アナコンディア師が、「めがねをはずしてください。近眼が癒されるように」「新しい歯が生えるように」と祈りました。でも、日本では癒しがあまり起こりません。なぜでしょう。私たちの頭の中には、「眼鏡があるから」「歯医者に行けば治るから」とあまり、危機感がありません。しかし、アルゼンチンとかアフリカとかは、医学が発達していないので求め方が違うんです。私たちの回りにはたくさんの医療施設やお薬があるので必死に求めません。だから、癒される率が低いのではないかと思います。特にクリスチャンが癒しに関しては不信仰です。日本の教会は、癒しや奇跡に関して、あまり良い印象を持っていません。だから、むしろ、未信者の方が癒されるのです。教会の外で、癒しをした方が、ものすごく高い比率で起こります。おおー、未信者に対して、癒しや奇跡が起こるように、祈りましょう。そうすると、イエス様を信じる度合いが高くなります。

次に、病の癒しや奇跡ではなく、私たちクリスチャンの不信仰ということを考えたいと思います。私たちは神様に求める前に、頭や心の中で既に決めているものがあります。自分の中に既にある思いがあり、それが邪魔になって、次のステップに進めないのです。たとえば、男性が良く言う言葉があります。「男性は仕事が忙しくて勉強会に出られない。平日なんか、セルの集まりが持てない」と言います。私もそう言われると、「確かになー」と引き下がってきました。しかし、男性の一日を振り返り、24時間、仕事をしているでしょうか?テレビや新聞は見ていないでしょうか?お酒を飲んで、ぼーっとするときはないでしょうか?私は何に献身するかが問題だと思います。献身とは英語でコミットするといいます。私はこれにコミットすると決意すると、時間はどうにでもなるのです。でも、「仕事が忙しくて」と言い訳すると、もう信仰も工夫も湧いてこないのです。それは、一種の不信仰です。インドネシヤやシンガポールの男性セルは10時から12時過ぎまでやっていました。また、私たち牧師は「日本の伝道は難しい」とよく言い訳します。しかし、ギャラップ調査によりますと、クリスチャン人口は4%、キリスト教が好ましいという人が23%もいるということです。私たちは教会堂に来ている人の数を数え、0.5%だとか言います。でも、外には潜在的なクリスチャンが思ったより多くいるということです。伝統的な教会は、「教会に来なさい」といろんな催しをしてきました。しかし、聖書は「彼らのところに行きなさい」と命じています。先週、セル教会のために、コーチング関東というのがありました。香港からベン・ウォンをお招きして学びを受けました。彼は「教会に人を集めて、礼拝をささげるのは旧約の時代である。新約の時代は、私たちクリスチャン自身が教会である。だから、われわれがこの世に散らされて、そこで生きた礼拝をささげるべきだ。まなじっか、教会堂なんかないほうが良いんだ。牧師室も会堂も焼けてしまえば良いんだ」と言っておりました。ものすごい、強烈なメッセージでした。

私はコーチング関東で、久しぶりに小笠原先生とか菅谷先生と親しく交わることができました。二人の先生は「キリスト教会はここ10年間、心の癒しに集中してきた。教会が心の癒しやカウンセリングをするとをすると、そういう人たちだけが集る。牧師やスタッフがそういう人たちに時間を取られ、伝道がまったく進まなくなる」と言っておられました。そういえば、私も弟子訓練の前に、心の癒しが必要だとやってきました。すると、いつの間にか、癒されなければ何もできないという考えになります。ベン・ウォン先生は、「私は心の癒しはしない。蹴飛ばすと治る。聖書は自我に死ねと言っている」。イエス様も使徒パウロも、外に出歩いて、いろんな人を捕まえ、弟子にしました。私は「牧師室から外に出る必要がある。世の人々と出会って、キリストの弟子になるように、リクルートしなければならない」と思いました。みなさんは、「これは難しい、不可能だ」と頭から決め付けていることはないでしょうか「体が弱いから」「もう年だから」「女だから」「お金がないので」「私の親は救われない」「私の夫は救われない」…これは、不信仰です。私たちが不信仰に陥っているなら、どんなに偉大なイエス様も何もできないのです。私たちは自分ができないから、イエス様もきっとできないだろうと信じているのです。私たちは不信仰の石をどかさなければなりません。

ヨハネ11章には、ラザロの物語が書いてあります。ラザロは死んで4日もたっていました。墓に収められ、すでに腐敗が始まっていたのです。もう、だれの目にも不可能でした。ヨハネ11章39節以降には、このように書いてあります。イエスは言われた。「その石を取りのけなさい。」死んだ人の姉妹マルタは言った。「主よ。もう臭くなっておりましょう。四日になりますから。」イエスは彼女に言われた。「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。」(ヨハネ11:39-40)。イエス様は、「もしあなたが信じるなら、神の栄光を見る」とおっしゃっています。では、信じることを現す行為は何だったでしょうか。何をもって信じることを表すのでしょうか?そこで彼女らは、石を取り除けました。不信仰の石を取り除けたのです。すると、イエス様は大声で「ラザロよ。出て来なさい」と叫ばれました。イエス様は石をどけなかったのです。石をどけたのは人々です。そして、死んだラザロをよみがえらせたのは、イエス様です。私たちの人生において、これは無理だと、大きな石でふたをしていないでしょうか。その石がある限り、イエス様は奇跡を起こすことができません。その石とは、自分の経験であったり、医者の言うこと、ある偉い人の言ったことかもしれません。でも、みんな人間的な見方であります。私たちは人間的な見方を捨てなければなりません。この世で生きていると、いつの間にか、人間的な見方でものごとを見てしまいます。Ⅱコリント5:17に何とかいてあるでしょう。Ⅱコリント5:16からまずお読みいたします。「ですから、私たちは今後、人間的な標準で人を知ろうとはしません。かつては人間的な標準でキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません」これが16節です。では、次の17節です。「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」。人間的な標準を捨てましょう。キリスト様はもっともっと偉大な方であります。そして、私たち自身もキリストにあるなら、古いものは過ぎ去り、新しく造られた者なのです。「新しく造られるであろう」ではありません。すでに新しい被造物になったのです。聖書の預言はみなそうです。なる前に、そうなると断言します。神様は私たちをそういうふうに見ているのです。視点を変えましょう。人間的な目ではなく、神様の目で見ましょう。できないと言えば、もうそこでおしまいです。でも、主にあってできると信じるならば、そこから道が開かれます。

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2007年3月 4日 (日)

ただ信じていなさい    マルコ5:35-43

 春が近づいてきました。その証拠に、花粉が舞い、目やのどが痛いという方もおられると思います。私は、風邪はほとんど治りましたが、朝、起きるとくしゃみが出ます。何かのアレルギーがあるのかもしれません。私は人に対しては「花粉症を叱る。アレルギーよ、去れ」と信仰をもって大胆に祈ることができます。しかし、自分に対しては信仰がないのか、そうは祈れません。「それじゃ、だめじゃん!」笑点風に言いました。きょうは、信仰についての学びです。あることを信じることは案外できますが、信じ続けるということが結構難しいものです。きょう登場します、会堂管理者ヤイロは、信じ続けた人であります。

1.ただ信じていなさい

 会堂管理者ヤイロはイエス様に「どうかお出でくださって、私の小さい娘が死にかけています。手をおいてやってください」とお願いしました。イエス様は彼と一緒に出かけました。弟子たちと多くの群集もイエス様について行きました。しかし、その途中、12年間、長血をわずらった女性が割り込んできました。その間、かなりの時間をロスしてしまいました。35節は、その直後の出来事であります。35、36節「イエスが、まだ話しておられるときに、会堂管理者の家から人がやって来て言った。「あなたのお嬢さんはなくなりました。なぜ、このうえ先生を煩わすことがありましょう。」イエスは、その話のことばをそばで聞いて、会堂管理者に言われた。「恐れないで、ただ信じていなさい。」なんと、家から使いがやって来て、もう死んだので、イエス様に来ていただく必要はないとのことです。会堂管理者は、「ああ、なんという厳しい現実だろう。死んだのならもうおしまいだ」と、思ったでしょう。しかし、イエス様はその話をそばで聞いて「恐れないで、ただ信じていなさい」と会堂管理者に言われました。口語訳聖書は「イエスはその話している言葉を聞き流して、会堂司に言われた」となっています。「聞き流して」という訳はとても面白いと思います。ギリシヤ語のパラクーオーには、「そばで聞く」の他に「聞き流す」「心にとめない」「聞こうとしない」という意味があります。ですから、この場合、「聞き流す」の方が、良いような感じがします。不信仰な人の言葉を「聞き流す、心にとめない」ということも重要だからです。イエス様ご一行は、いよいよ、会堂管理者のお家に近づきました。すると、もうお葬式の準備をしていました。当時は、悲しみを盛り上げるために、笛を吹く者や泣き女が雇われたようです。彼らは、イエス様が「子どもは死んだのではなく、眠っているのです」と言ったことに対して、イエス様をあざ笑いました。イエス様はそういう不信仰な人たちを家から追い出しました。そして、子どもの父と母、3人の弟子たちだけを伴って、子どものいる部屋に入ったのです。

 このところで学ぶことは、信仰の妨げが起こったとしても、信じ続けるということです。会堂管理者ヤイロの立場で考えて見たいと思います。お家にイエス様をお連れするまでに、どんな障害があったでしょうか。まず、第一は12年間長血をわずらっている女性が飛び込んできました。イエス様はわざわざその女性を捜し出して、証しをさせました。癒された女性にとっては良かったかもしれませんが、ヤイロにとってはイライラさせられる時間だったでしょう。第二は、家から使いがやってきたことです。使いは、親切なつもりで言ったのかもしれません。「お嬢さんは亡くなりました。なぜ、この上、先生を煩わすことがありましょう」。もう死んだ。it’s too late.

であります。そのとき彼の信仰は風前の灯でありました。それに対して、イエス様は「恐れないで、ただ信じていなさい」と言われました。第三は、人々が大声で泣いたり、わめいたりしていました。もう、お葬式が始まっていたのです。死んだという現実が、そこにあったのです。人々は死人に対して何かをしようとしたイエス様をあざ笑いました。こういういくつかの障害を乗り越えて、ヤイロはお家まで戻ってきたのです。この世においては、人が一旦、信仰を持ったら、必ず妨げが起こります。サタンが背後で糸を引いているのかもしれません。少し前に、道端に落ちた種について学びました。みことばを聞くと、サタンが来て、彼らにまかれたみことばを待ち去ってしまうと書いてありました。でも、すばらしいことに、信仰を失いかけたとき、イエス様が「恐れないで、ただ信じていなさい」とお声をかけてくださいます。「ただ信じていなさい」は、「ただ信じ続けなさい」とも訳せる言葉です。

 みなさんも、一旦は信仰を持ったものの、さまざまな障害や妨げにあったことはないでしょうか?私は小学校のとき、読書感想文を書かせられました。そのとき選んだのが、十和田湖のヒメマスです。十和田湖は魚の住めない湖として知られていました。しかし、和井内貞行という人が、明治17年(27歳のとき)鯉の稚魚を放流しましたが失敗、さらにイワナも失敗。日光のマスも失敗。最後には支笏湖産のヒメマスを放流。和井内夫妻はすべての財産を使い果たしてしまい食べるのにもことかく状態です。放流後、2年経ちました。彼が48歳のとき、つまり21年後です。ある日の夕方、風がないのに湖にさざなみが立っていました。ヒメマスが産卵のため岸に押し寄せて来たのです。和井内夫妻は屋根の上にのぼり「われ幻の魚を見たり」と叫びました。彼はクリスチャンではありませんでしたが、信じ続けた人の勝利であります。エジソンと言えば発明王で有名です。彼はクリスチャンです。エジソンは白熱電球を長時間輝かせるために、木綿糸の他に何が良いか捜し求めました。なんと世界各地の6,000種を超える素材を使って実験を繰り返しました。友人の髭も使ってみました。ある日、扇子の竹を使ったところ、200時間も輝きました。木綿糸の約5倍です。今度、彼は世界から1,200種類もの竹を集めました。一番長く灯ったのが京都八幡宮の竹でした。なんと、2,450時間も輝き続けたのであります。岩清水八幡宮の境内には、エジソン記念碑があるそうです。それはともかく、エジソンもあきらめないで、たくさんの発明をしました。聖書ではアブラハムとサラです。アブラハムは、75歳で召命を受け、海辺の砂ように子孫が与えられると約束を受けました。ところが年が進み、肉体的に全く不可能になりました。ローマ4章後半にこういうみことばがあります。「アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました(ローマ4:19-21)」。実際は、疑ったのですが、新約聖書は、「不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず」と書いてあります。

 信仰を妨げる敵とは一体何でしょうか?第一は遅延であります。「遅すぎた」ということです。私たちは「もう手遅れだ」とか「もう年だ」と言うかもしれません。しかし、神様の時間と私たちの時間には違いがあるようです。ヤイロは長血の女性が割りこんで来たために遅れました。家に着いたらもうお葬式が始まっていました。第二は人の言葉です。時には親切なことばでも、神様の御旨に反するものがあります。「あなたのお嬢さんはなくなりました。なぜ、このうえ先生を煩わすことがありましょう。」とっても合理的で理解できるものです。でも、イエス様はその人の言葉を聞き流しました。人の言葉をいつも聞き流してはいけませんが、不信仰な言葉は聞き流す必要があります。なぜなら、疑いと恐れが入ってくるからです。第三は自分の常識とか理性であります。家に着いたときには、娘がすでに死んでいました。娘の死はだれの目にも明らかだったのです。しかし、イエス様は「子どもは死んだのではない、眠っているのです」と言われました。人々はイエス様をあざ笑いました。常識が外れているとあざ笑ったのです。確かに常識も必要です。でも、常識と信仰が対決する場合があります。そのときは、信仰を選ばなければなりません。クリスチャンというのは、常識が外れている、おかしな人種に入ります。さきほど引用した、和井内貞行やエジソンも人々から「頭がおかしい」とか「変人」と思われていました99歳のアブラハムは、奥さんをサラ(多くの国民の母)と呼びました。89歳のサラは夫をアブラハム(多くの国民の父)と呼びました。人々は「二人はとうとう頭がおかしくなった」と思ったでしょう。信仰のない人たちは色んなことを言うものです。クリスチャンは人格的であるべきです。しかし、いざ、信仰となるとそういうわけにはいきません。私たちは、非常識ではなく、超常識であります。第四は不信仰な人たちです。イエス様は不信仰な人たちを家から追い出しました。イエス様は不信仰な人たちとは一緒に働かれません。本当に信じている人が一人でも二人でもいれば良いのです。たとえ、大勢の人が信じなくても安心してください。モーセは、カナンに12人のスパイを派遣しました。12人はその地の産物を持って帰ってきました。しかし、イスラエルの民は、2人の話を聞かないで、10人の否定的な言葉に耳を傾けました。神の国は多数決ではありません。

 イエス様は「恐れないで、ただ信じていなさい」と言われました。ただ信じていることは、結構、難しいことであります。何かしろ!と言われた方が楽であります。でも、私たちは神様を助ける必要はありません。神様がなしてくださるのですから、ただ信じていれば良いのです。つまり、信じるということが、神様の御手を動かすための、私たちの役目なのです。神様は私たちの信仰を通して働きたいのです。子どもが自転車に乗れるように訓練したことがあるでしょうか。後ろでパパがちゃんと押さえています。子どもはハンドルを握って、いれば良いだけなんです。でも、子どもが「こわいよー」とハンドルから手を離したらどうなるでしょう。パパはそれ以上何もできません。同じように、私たちが神様の約束を握っていさえすれば良いのです。神様の約束を疑ったり、恐れたりして離したりしてはいけません。イエス様は「恐れないで、ただ信じていなさい」とあなたに語っておられます。

2.タリタ・クミ

 マルコ5:41-42「そして、その子どもの手を取って、「タリタ、クミ。」と言われた。(訳して言えば、「少女よ。あなたに言う。起きなさい。」という意味である。)すると、少女はすぐさま起き上がり、歩き始めた。十二歳にもなっていたからである。彼らはたちまち非常な驚きに包まれた。「タリタ、クミ」とは当時、イエス様たちが使っていたアラム語であります。マルコによる福音書の記者は、イエス様がおっしゃった言葉をそのままとどめておきたかったのでしょう。ある沖縄の教会のホーム・ぺージに「タリタ、クミ」という題で証しが載っていました。この人は、バーバラ・クミンスキーという女性です。彼女は、高校生のときから、まっすぐに歩けなくなり、よく廊下の壁やロッカーにぶつかりました。大学に入ったときに、多発性硬化症と医者から告げられました。せっかく入った大学にも行けなくなり、心臓と肺が一時停止したこともありました。19才には、手足は曲がり、使いものにならなくなり、絶えず酸素吸入が必要でした。ここからは彼女自身の言葉です。20才の時でした。それからの数年間、私の教会の牧師さんが特別な友人となりました。入院している時も、家で寝たきりの時も、毎日、訪ねてくれたのです。この牧師さんが、私に何が一番必要かを教えてくれました。信仰の内に成長することです。それは、私のように役立たずと思えるような存在であってもしがみつける目標でした。私は神に呼ばわりました。「お願いです。私はもうあなたの御言葉さえ読めません。でも何かをしたいのです。」神様から「祈ることは活動である。他の人達のために祈りなさい。」とすぐ答えがありました。祈りのために何時間も費やしました。友人達が来ると、何か読んでくれるように頼んだり、一緒に祈るようにお願いしました。神が私のすぐそばにおられるかのように、声を出して神に語りかけたりもしました。しかし、病状は悪化するばかりで、肺はほとんど機能しなくなりました。目もよく見えません。殆ど盲目状態でした。両親は私のために家を改造し、電動くるまイスのためのスロープや病人用ベッドを設置し、酸素用チューブが三部屋に張り巡らされました。私がどこにいても酸素を吸入できるようにです。誰もが死が近いと思っていました。医師達もそれを否定しませんでした。

そして、運命の1981年6月7日がやって来たのです。その日は日曜日で、妹のジャンの誕生日でした。ジャンは誕生日のお祝いのために家に戻っていて、私もケーキ作りを形だけでも手伝うことを楽しみにしていました。何て明るく美しい誕生日だろうと思っていた時、母が部屋に来ました。「ケーキのたねの味見したい?」と聞かれたので、うなずきました。手を借りて、何とか体をベッドから車いすに移しましたが、まるで胎児のように足が曲がっていたので、床にぴったりと足をつけられませんでした。間もなくして、教会の朝の礼拝を終えた友達のジョイスとアンジェラの二人が顔を出しました。3人でおしゃべりをしていると、聞こえたのです。4人目の声が!私の左肩の後ろからはっきりと聞き取れる声で。「子よ、立って、歩きなさい。」びっくりして二人の顔を見ました。何も聞かなかったようですが、私には確かに聞こえました。「ジョイス! アンジェラ!神様が私に語りかけたわ。立って歩けと言われたの。聞こえたのよ!」呆気にとられて、二人は私をまじまじと見つめていました。私はのどから酸素ボンベのチューブを抜き取り、腕から固定器を外すと、文字通りベッドから飛び降りたのです。私は立っていました。5年間も自分の体を支えることの出来なかったその足で。そうです。不可能な事が起こったのです。こんな事はありえないと証明する医学的根拠は山ほどあったでしょうが、とにかく私は立っていたのです。しっかりとぐらつきもせず。体中がぞくぞくし、シャワーから出てきたばかりのような新鮮で快適な気分でした。自由に呼吸でき、目も見えます。完全に健康になった自分が見えました。手首の方にえびぞりになっていた手もまっすぐです。腕と足の筋肉には力がよみがえり、健康そのものです。足はまるでダンサーのようにまっすぐ床についています。廊下で母に会いました。母はちょっと立ち止まってから、私の寝間着のすそを持ち上げてみました。「バーバラ、ふくらはぎがちゃんとあるわ。」と叫んでいました。父は居間に通じるスロープの所にいました。胸がいっぱいで言葉もなく、ただ私を腕に抱いてワルツを踊り出しました。アンジェラは自分でも何を言っているのか分からない状態でした。「で、でも、バ、バ、バーバラ、そんなことって完全に正常よ。本当の奇跡だわ。」私達は皆そこで神をほめたたえ始めました。

 会堂管理者ヤイロの家も驚きと喜びにつつまれていたことでしょう。イエス・キリストは、病を癒しただけではなく、死んだ人を生き返らせたのです。もちろん、少女は、生き返ったときは、健康になっており、食事を取るように言われました。ルカ8章には、「イエスが命じると、娘の霊が戻ってきて、娘はただちに置き上がった」と書いてあります。イエス・キリストはヨハネ11章で「私はよみがえりであり、いのちです」と言われました。死んだ人を生かすというのは神様しかできません。死はどんな人にでもやって来ます。宮殿に住んでいる人にでも、バラックに住んでいる人にでも、死はやって来ます。富んでいる人にも、貧しい人にも、死はやって来ます。どんなに健康な人であっても、やがては死がその人を飲み込みます。私たちの最大の敵は死と言って良いでしょう。でも、だれ一人、この死には打ち勝つことができないのです。私たちは死に勝てないので、死を考えないようにするか、何かでカモフラージュします。特に日本人は、死と向き合うことができません。そして、クリスチャンでもないのに、天国に旅立ったと言います。しかし、それはごまかしです。イエス様はマルコ4,5章を見ますと、さまざまなものに勝利したことがわかります。嵐に打ち勝ち、悪霊に打ち勝ち、病気に打ち勝ち、そして、死にまでも打ち勝ちました。まさしく、イエス・キリストは救い主であります。

 私は教会でこのように宣言したら、みんながアーメンと答えるでしょう。しかし、私が一歩、外へ出て、このような話をするならどうでしょう。人々は「宗教はやめてくれ!」と断ります。先週、パワーフォーリビングを駅前とアリオで配りましたが、あまり受け取ってくれません。「いやー、何故だろう」と疑いました。私などは寒くて、風邪がさらに悪化しました。この世では、イエス・キリストは宗教の1つです。宗教って何でしょう。おそらく、ある人にとっては救いであるが、ある人にとってはそうではない。だから、強制しないで欲しいと言うのでしょう。でも、みなさん、死はだれにでもやって来ます。ヘブル9:27「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」とはっきり書いてあります。それに備えないで、どうやって毎日を喜んで生きてゆけるでしょうか。アリコジャパンに入ったとしても、本当の解決にはならないんです。うちの小学校1年の子ども、「パパ、死にたくない」と言います。ふつうの親だったら、どう答えるでしょうか?「みんな死ぬんだから、怖いことはないよ」と言えるでしょうか?聖書には、はっきり罪と死に勝利したイエス・キリストが提示されています。「私はよみがえりです。命です。私を信じる者は死んでも生きるのです」(ヨハネ11:25)。インフルエンザの人には、ワクチンを打つと良いと言われます。死に対抗するワクチンは、イエス・キリストです。イエス・キリストを信じている人は、永遠の命を持っており、肉体の死がやって来ても怖くありません。クリスチャンになるとはっきりした確信が与えられます。死がそれほど怖くないことと、私は天国にゆけるという確信があります。ハレルヤ!これは本当です。

みなさん、少女はまだ、12歳でした。他の福音書にはひとり娘と書いてあります。12歳でも死がやってくるのです。彼女の家は死の力による嘆きと悲しみで満ちていました。お葬式も始まり、泣き女や笛吹きが招かれ、宗教をやっていました。しかし、よみがえりであり命であられるイエス様が入って来たらどうなったのでしょう。死が追い出され、命がやってきました。そして、嘆きは踊りに、悲しみは賛美に変わったのです。家族が戻ったのです。キリスト教は宗教ではありません。イエス・キリストであります。よみがえりであり命であるキリストと一緒に生活することです。たとえ、肉体の死がやって来たとしても、キリストと共に永遠に生きるのです。クリスチャンはこの世の人とは同じではありません。クリスチャンとはキリストに属するものであり、すでに永遠の命が与えられ、天国に片足を入れて生活している存在であることを忘れてはいけません。

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